夢をみた。とてもリアルな、てざわりのある。あたたかくて、あまさがくるしいくらいの。そこで私はとりまく雰囲気とおなじくらいあたたかな雫を、てのひらに受けていた。ひどく、いとおしいものだった。 あの、つめたくながい指にふれなくなって、ふれられなくなってどれくらいだろう。白い、細い指を。 うっすらと、あまずっばいにおいがする。空気までなんだかそんなふうになっちゃったみたいに。…私、ねぼけてジュースかなんか、こぼしちゃったのかな。まだもうろうとした頭と身体を起こすために、まずはごろん、と寝返りをうってみる。 「…あ」 あれだ! 私の部屋には机と、もうひとつちいさなまるいテーブルがベッドのちかくにある。その、上に、きのうふと食べたくなってつまんだ、食べかけで皮もむきかけなオレンジがのっかっていた。そうか、これの香り。やけにいいにおいだと…!かぶせてあるラップのすきまから、ほのかにするみたいだった。…、おなかへってきた。 / 「…あいかわらず荒れっぱなしだなあ、ここ」 …また来ちゃった。でもだいぶ、ひさしぶりだよね、たぶん。さいしょ、…あの3人がいなくなってすぐのころよりは。 日やけしてうすれた文字の、ぼろぼろの看板。黒曜ヘルシーランド。 朝ご飯はけっきょく、あの片割れオレンジだけ食べて学校に行った。これでお昼までもつかなあ、と思ったけど、あのぼんやりとした夢をみたせいか、ぼおっとしたまま時間がすぎていった。そうしてあっというまに昼休みになって、放課後になって、――ここに着いていた。 歩くたびに、ガラスとか木片の、ぱき、という音がかなしく響く。うすぐらい廊下の、その奥には、窓のわれたすきまからかすかにさしこむ光でほのあかるい、ひとつの空間がみえる。4人で、いつもいたばしょ。こんな荒れたところでも、4人でいたころは「部屋」だった。 足をふみいれる。いまは、ひとといえば、ときどきこうして来てしまう私だけだから。ここはもうただの、廃墟のひと空間なのだ。ほんとうに、なんの気配もしない。さみしく居つづけている、ぽっかりと穴があいた、でもちゃんとしていたときはふかふかだったんだろうなあと思えるくらい、まだちょっとすわりごこちのいい、私のお気に入りのソファー。ぼふん。思いっきり座りこんでしずむ。…そうだ、これ、骸もすきだったんだっけ。いつもここに座っているのは骸で、骸のとなりはあいた穴のせいで座れないから、私はそのへりにのっかっていた。 さげていた学生ガバンをひざに置いて、チャックをあける。ひとつだけ、持ってきたのだ。ここに来るまえについ、スーパーによって買ってきてしまった、すこしいびつなまるのオレンジ。 あの頃からの私のくせだった。 「 どこに、いるの、 」 いるなんてどうしていつまでも思うんだろう。意味深な夢を見たくらいで期待してしまうわたしが憎かった。 これだけさがしにきても、いない、雰囲気も空気も感じないのに。 「 … 食べちゃうか」 声は、つぶやくたびにすいこまれてしまう。うけとってくれるひとがいないから。 下唇がいたい。とにかく一生懸命、いつもよりずっとはやく手を動かす。オレンジの皮をむくのはすきだ。固くてたいへんなぶん、中身がすごくあまい。でも私は半分くらい食べると、たいていいつもおなかがふくれてくる。毎回今度こそ完食、と思うんだけど、やっぱりおなじことになってしまう。 「それ、いただけませんか?」 必死にせまりくる満腹とそのさきを迎えないようにたたかっていると、高めの、幼い声がした。びっくりしてそのほうへふりむくと、入り口のそばに、男の子が立っていた。影がちょうどおおって、顔は見えない。 「…!?きみ、どうしたのこんなところで?…あ、迷子?」 「ちょうど空腹だったところなんです」 おどろきながらも、声をかけて訊いてみた。けど、ていねいに、無視…。男の子はゆったりこっちへ歩いてくる。すると、その子の顔がだんだん見えてきた。短い髪で、ひろめのおでこ。小学、1・2年生くらいかな?見た目はそれくらいにみえる。 とりあえず沈みこんでいたソファーからおりて、オレンジを片手に私もその子に近づく。座ったままはなすのは、その男の子のもつ礼儀正しさに失礼な気がした。無視は、された、けど。 「えーと、お腹すいてるんだ、よね?」 おたがいそばまで来ると、私はしゃがんで、その子に目線をあわせるようにきくことにした。 お、目がおっきい子だなー。くりくりだあ。 「ええ、ひさしぶりのにおいにひかれたんですよ、…、フフ」 「!」 いま、なんて? 「クフフ…お忘れ、ですか?」 「 き、み…え…?」 「この姿ではたしかにしかたない気もしますが。…ちょっと残念ですね。――まあいいでしょう」 「……う そ…、…!」 「クフッ、あとで埋めあわせしてくださいね?」 「 …っ……?」 「ひさしぶりですね、あなたと会うのは」 こえがでない。その子、――は、眉をすこしさげるようにして、ほほえむ。 あの、へんな、わらいかたで。 …ああ―――ほんとうだ。このひとは。 「…やっぱり、半分までしか食べられないんですね、それ」 骸だ。むくろ、…むくろだ。――さけびたいのに、声がうまくでない。でも唇よりも、腕のほうがさきに動いてくれるだろうと思った。条件、反射。 ぽとん、とオレンジが、落ちた。 「むくろ」 ようやく名前を呼ぶと、それに応えるように、髪をすべる指。胸のくらやみのなかでもわかる、ひとつかふたまわりほどまえよりちいさな、つめたくいとしい指だった。おかしな光景かもしれない。小学生くらいの男の子に、縋っている私。 でもたしかに空気が、いつものものにかえっていくのだ。思いだしてゆく。骸の、私の感覚すべて。――とりもどされていく。 「、っ」 そうしてやがて耳におちてくるのは、ちくりといたむ赤と、夢でみたあの、あたたかな。 あなたに、
のこされたラブソング
(桐子さんへ!リクエストははじめての六道さんでした。おそくなってほんっとにすいません…!!しかも私六道さんつかみきれてないです…ごめんなさい!とりあえず髑髏ちゃんに憑依?するまえあたりの話のつもりでした…!最後のほうシリアス要素が消えかかっててすいません。微えろなんかもうどこって感じですよね…!スランプぎみな文章でもうしわけないです。でもリクエストうれしかったです、ありがとうございました!
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