授業が終わる。教科書を閉じて、再びさん、と話しかけてきた氷室くんに、それあげるよ、よかったら使って。返さなくていいから、捨ててもいいし、とわたしは言った。
「じゃあ学食でお昼、おごるよ。さん、毎日パンだよね」
「うん、そうだけど。よく知ってるね?でもおごってもらうほうが、消しゴムなんかよりずっと高いと思うんだけど」
「気にしないで。オレが勝手に、さんとお昼、いっしょに食べたいなって思っただけだから」
消しゴムのお返しにしてはどうなのだと思ったが、一日とはいえお昼が豪華になるのはとってもうれしいので、素直にのっておくことにした。うちの学食のごはんはおいしいのだ。わたしは入学したばかりの時、一度だけ日替わり定食を食べたことがあった。たしかメインのおかずは、しょうが焼きだったはずである。
「・・・いやかな?」
「ううん、全くいやじゃないよ。ありがたくごちそうになるね。そうだ、わたし氷室くんのことあんまり知らないから、教えてね。たのしみだなぁ。アメリカにいたことがあるんだっけ?で、いまはバスケですごく活躍してるんだよね」
「そんなにおもしろおかしい話ができる自信はないけど、光栄だよ。オレに興味を持ってくれて。知ってほしいなって、君を見ててずっと思ってたんだ」
そうか、うしろの席だと前にいるわたしのようすは丸見えなのだろう。できるだけ下向いてるけどぐうぐう寝てるからなぁ。そんなわたしにだが氷室くんは自分を知って欲しいと言う。
「氷室くんてもの好きなひとだねえ」
消しゴム貸しただけでこんなよろこばれるとは。なかなか貴重な子であろう。
「ふふ。ああそうだ、これ、新しいの買って返すよ」
「いやいや、なにをおっしゃる。お昼おごってくれるんだしそんなことしなくていいんだよ。片割れは生きてるし」
わたしがあげたのはなにも、気を遣われるほどきれいな消しゴムではない。
けれど、すごくいいものもらったからさ、と氷室くんは目の下にまつげの影をつくりながら言う。そんなにいいものだろうか?本当に不思議なことを言うひとだ。
さ、行こう、と氷室くんが腰を上げ、わたしをゆっくり見おろす。ああいいなぁ、どうやったら伸びるのかな、まつげも身長も。
消しゴムあげた
(20130110 → 加筆修正/20131002)
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