氷室くんって、目の保養だよね、と友人が語尾にハートマークをつけて言った。
「あー・・・」
「なにその気のない返事はー!あの氷室くんに見惚れない女の子はいないよ?」
わたしの声に憤慨した様子の彼女は、だいぶ離れた席でみんなに囲まれている氷室くんに目をやりながら言う。
きっと彼女のいうとおりなのだろう。
しかしわたしはむしろ見てなんかいられないのだった。見惚れるとか無理だ。氷室くんがいるって意識しただけでどうすればいいかわからなくなる。そうなれば脳味噌のすべてを氷室くんにもっていかれてしまうので、それを防ぐためにわたしは頭から彼の存在を排除しなくてはいけないのだ。だから、わたしは、彼を映してはいけない。
その日は委員会だった。
こんなに遅くなったのははじめてだ。こういうとき寮住まいっていいなぁ。
ごそごそと鞄の中を片付けていると、教室の扉が開いた。つい音のするほうに反応してしまう。
「さん」
「・・・・・・、氷室くん」
部活も終わる時間だったらしい。まずった。
「めずらしいよね、こんな時間まで残ってるの。部活?」
「う、ううん、委員会。やること、多かったから、長引いちゃって。それじゃ、わたし行くね。おつかれ、」
弱りだした頭をなんとか回転させて、この空間からはやく逃げだそうとわたしは会話を切る。
これからは教室にものは置いていかないようにしよう。そうすれば二度めの遭遇はきっとない。ぐちゃぐちゃになって考えながら出ていこうとすると、わたしの脳内の問題の渦中にいる氷室くんに腕を掴まれた。
「さん」
「・・・はい」
鼓動が高速すぎて息がつまりそうだ。ちゃんと発音できているだろうか。対する氷室くんの声色は通常運転である。
「ねぇ、オレが嫌い?」
予想の斜め上をかっとんだ質問だった。どくん。氷室くんを見てしまう。
わたしは固まってしまったけど、くすくす、と声をもらす彼を見て、氷室くんはそれはちがうとわたしが言うと予想して問うた質問だということがわかった。
「オレはね、さんがすきだよ」
わたしはまたぴしり、と固まり、うんともすんとも言えない。
「そうやって、同じクラスなのにオレ意識すると真っ赤になって緊張するとことか、オレの声にびっくりするくらいどきどきしてるのがわかりやすいところ。かわいいよね」
それは。そのわたしがわたしなら、わたしはあなたがすきみたいじゃないか。そういうのじゃない。わたしは、ただ、頭の中を占領しようとする氷室くんという存在を勝手に避けていただけで。
「き、」
「うん、すきだよ」
「ち、がっ」
きらい、と否定するために言おうとした言葉も氷室辰也の前では塵に同じ。 あっという間に肯定の言葉に変えられてしまう。こんなに氷室くんを見ているのははじめてで、うっすら涙が浮かんでくる。
「だってね、ほら。さんとオレ、おんなじくらい、ドキドキいってるでしょう」
広い胸におしあてられるようにして抱きしめられてしまえばそこは彼の領域だ。わたしは氷室くんの檻のなか。
やっと上半身を解放されても、ね?と、目が合えばそらせない。一度見てからは。響いてきた音。どきどき、しているではないか。氷室くんが、わたしに?
さんの目、きれいだね。わたしの目じりにこぼれた涙を拭いながら氷室くんは言う。それに細いね、やわらかいのに。ささやくように言う。
あなたがわたしにそんなに情熱的だったとは、想像すらしていなかった。
焦 点
(121227 あい子)
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