ヴーン、とひくくうなる冷蔵庫をあけて中を調べてみる。 うーん、予想通りほとんどなんにもはいってない。そうだ、今度あたしのお気に入りのチョコレートでもいれておいてみよう。 やっぱりチョコレートは冷やして食べるべきだ。(前、ずっと鞄の中にチョコレートを入れておいたまま忘れてしまって、中身がやわらかくなっていたことがあった。かくして、それは「さっくり、焼チョコ食感。」とかいうキャッチフレーズが見事にズレた味に変身していたのだった。…あのあやまちをくりかえしてはいけない) もしかしたら雲雀が食べてくれるかもしれない。期待はできないけど。 冷蔵庫がパタン、と磁石の吸いつく音を響かせながらしまる。ふと後ろを見遣ると、雲雀が紅茶を淹れているところだった。 丁度紅茶が恋しくなってきた頃合だったので、あたしはあたしのぶんもよろしく、と言い、「あ、あとレモンいれてね」と続けて言った。 「冷蔵庫の中にあるよ」 まあいれてと言ったってくれないのは自分でもよくわかっていたので、あたしははいはい、と言いながらさっき閉めたばかりの冷蔵庫をあけて、さぐる。そうしていると、いま交わした会話を思い出して、ふしぎと笑いがこみあげてくる。こういうときふと、しあわせだなあ、と感じる。どうしてだろう。別にものすごくやさしくされているわけでもないのにねえ。 意外にレモンはすぐちかくにあった。(しかもすでにうす切りにされてラップに包まれていた) 立ち上がって一枚とると、テーブルの上にのせられたティーカップにそろりといれる。 こぽ、と音をたてたあと、それは紅茶の表面にうかぶ。紅茶にはレモンが最適だ。 「いただきます」 まだあたたかく琥珀色にみちているティーカップをもちあげて、一口のみこむ。 のどですこし生ぬるくなったそれは、口の中でゆっくりと紅茶の味をひろがらせた。 落ち着く味。雲雀の淹れる紅茶はいつもおいしい。 ゆっくりと、そしてどこかいたわるようにそれを全てのんだあと、あたしはそれがまた口の中に広がってゆくような感覚をおぼえ、眠くなった。紅茶にはカフェインが多い、といわれているけれど、あたしにはそれは全く関係のないことだ。 「寝てもいい?ソファー、半分かして」 すると「勝手にすれば」とどこかそっけない許可がおりた。まあこれはぶっきらぼうにきこえるけれど、あたしにとって雲雀の言うやさしい言葉のうちのひとつだ(と、あたしには感じられる)。 「ありがとう」 ごろん、とソファーがきしまない程度に、あたしはゆっくりと沈む。 「おやすみ」 雲雀は自分の何気ない、無意識で言葉を発しているとしても、それはあたしをすぐにしあわせにする。 今あたしは目をつぶるっているので彼の表情がみてとれることはないけれど、そんなに不機嫌ではないだろう、と思う。声のトーンをきいて。解るのだ。 だからあたしはここで、雲雀と紅茶をのんだあとに眠るのがすきだ。口の中に余韻としてほんのすこし残っている紅茶の味と、雲雀ののむそれのほのかな香り。それにつつまれて、眠るのがとても心地いい。そしてあたしがここにいていいことを、おしえてくれているような気がする。 眠りにするするとはいりこみそうな頭で、起きたら何時になっているのかな、と考える。今きっと4時半すぎくらいだから、はやく起きたとしても6時になっているにちがいない。それでも雲雀は、待っていてくれるのだ、いつも。「…遅いよ、」と、ぶっきらぼうな声で言っても。 「…、」 あたしが寝てる間に、雲雀がそっとあたしの髪を梳いていてくれるのを、あたしはしらない。 その動作がすんだあと、あたしに紅茶の香るキスをすることも。 午 後 の 紅 茶
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