あの日から早2ヶ月。
先生のいないこの世界で、拙者の時間は止まったまま。




















時計の針が動く。

「マズいわシロ! ひのめがぐずり始めたわ!」
「そ、それは一大事!」





「すぅすぅ…」
「ふぅ……何とか、何も燃やさずに済んだわね」
「そうでござるな」
「それにしても、私達を散々振り回した張本人はさっさとお昼寝? 全く、これだから赤ん坊は…」
「愚痴を言っても、どうにもならないでござるよ」
「分ってるわよ! だから余計に腹立つのよ。それにしても」
「ん?」
「あんた、変わったわね」

確かに変わった。
先生なしでは生きてゆけないと思ってた。
この世界に慣れつつある拙者自身が許せない。

「バカ犬の癖に妙に落ち着いちゃってさ」
「バカと言う方がバカでござる」
「……やっぱ調子狂うわね」

拙者も調子が狂いっ放し……否、狂ってるのはこの世界だ。
先生を中心に回っていた世界が、今は中心がないのに回り続けている。
上下が逆さなのか左右が逆なのか、それすらも判らなくなっている。拙者も狂いそうになる。
ポケットの中に携えている『証』がかろうじて、拙者の中の正気を支えている。





「じゃあ私は帰るわね。ひのめ、お姉ちゃん達にバイバイするのよ」
「にーに、ばいばい…」

時計の針を止める。

「それにしても、何で『にーに』なのかしら?」
「………」




















ひのめ殿は、先生の事を覚えているのだろうか?











  わんっ! 〜輝く季節へ〜
第10話


ドォォォォォォォォォォン!!!

「はぁはぁ…」
「おい、いい加減にしろ。もう夜が明けるぞ」
「拙者はまだ大丈夫でござるっ!」
「俺が大丈夫じゃねぇんだよ。あ〜眠てぇ…」
「何処をどう見ても余裕綽々ではござらぬか」
「寝不足は美容に悪いぞ」
「拙者は若いから平気でござる」
「……誰もお前の心配なんかしてねぇって」





ドォォォォォォォォォォン!!!

「はぁはぁ…」
「じゃあ俺はもう帰るからな」
「あともう1回…」
「これでもう10回目だぞ」
「まだ8回しか言ってない…」
「8回も言えば充分だ!」





ドォォォォォォォォォォン!!!

「はぁ…はぁ……」
「ふぅ…」
「雪之丞殿……もう1回…」
「やなこった。現実逃避に手を貸す義理はねぇ」
「現実…逃避………拙者が?」
「修行に託けて自分を痛め付け、そうやって辛い現実から逃げている。そんな風に見えたんだが……俺の思い過ごしか?」
「………」

目の前の男は、自分も拙者にとっての『辛い現実』に含まれる事を知らない。

「まぁ、どっちにしても俺には関係ねぇけどな。ところで」
「ん?」
「お前、妙神山って聞いた事あるか?」
「先……美神殿から名前だけは」
「だったら話は早ぇ。美神のダンナに紹介状書いてもらって、そこで修行して来い。その方がいいだろ」
「雪之丞殿もそこで強くなったでござるか?」
「ああ、ダチと一緒に………あれ………誰だったかな………う〜ん…
「雪之丞殿?」
「あ、すまん。という訳で俺はもう帰るからな。それにしても、何で思い出せねぇんだ………
「妙神山…」










「ふぅ……そろそろ修行場が見える頃ね」
「タマモも物好きでござるな。修行する気もないのに拙者と一緒にわざわざこんな所まで」
「仕事するよりマシよ………あ、門だわ」





「我らを倒さぬ限り!」
「この門をくぐる事まかりならん!」


門番の試練。記録は、

「はい。これが美神からの紹介状」
「「入ってよし」」

不戦勝(参考記録)である。

ボカッ!
ボカッ!


「何仕事サボってるでちゅか!」
「サボりの常習犯に言われたくないわっ!」
「大体、美神令子の関係者と関わってたら、命が幾つあっても足りんわい!」
「……美神って、一体」
「それは言わない約束でござる」
「で、そこの2匹は誰でちゅか?」
「犬塚シロでござる」
「タマモよ。で、あんた誰?」
「えっへん! 私は妙神山管理人代行のパピリオでちゅ!」

ゴンッ!

「勝手に役職を作るんじゃありません!」
「後ろから殴るのは卑怯でちゅ〜」
「あんたが管理人?」
「はい。小竜姫です」
「拙者の名は「シロとタマでちゅ!」
「タマモよっ!!」
「名前間違ってないのに、何か釈然としないでござるな…」





「貴女は修行しないのですか?」
「私は単なる付添いよ」
「修行しないなら私と一緒にゲーム「風呂掃除」魔族使いが荒いでちゅ」
「見学するのは構いませんが、服は一応着替えてくださいね。決まりですので」
「面倒ね…」
「で、シロさんはどんな修行をしますか?」
「横……美神殿がしたのと同じコースで」
「止めときなさいよ。美神の事だから、ハイリスクハイリターンに決まってるじゃない」
「正解です。1日でかなりのパワーアップが可能ですが」
「強くなってるか死んでるかのどちらか?」
「はい」
「拙者は構わないでござる」
「シロ」

後ろを振り向く。タマモは何も言わずに暫し拙者を見つめ、そして一言。

「死なない程度に頑張んなさいよ」

クスリと微笑む女狐に対しサムズアップで返しながら、再び前を向き、そして扉を開ける。





修行場に立ち、法円を踏む。

ビュウゥゥゥゥム!!!

「これが貴女の影法師(シャドウ)です」

女神が降臨する。

「3つの敵を倒せば修行は終了。でも負けたら」
「負けないでござる」
「覚悟は充分のようですね。では始めます。剛練武!」

ゴゴゴゴゴゴ…

「始め!」




















「シロの奴、大丈夫かな…」
「剛練武と禍刀羅守は、攻略法さえ知ってれば問題なくクリアできるんだが…」
「全く、師匠に断りもなく無茶な事しやがって」
「元はと言えば、雪之丞の奴が」
「帰ったら、ギッタギタにしてやる」
「師匠と言うよりは、ほとんど過保護な親よね…」




















「禍刀羅守! 出ませい!!」

ズシャァァァァァッ!!

「こら禍刀羅守! まだ開始の合図してませんよっ!!」
「不意打ちとは卑怯なり!」




















「しかし美神さんも気が利いてるよな。タマモに予め必勝法を授けとくとは」
「でも、小竜姫様の場合は同じ様にはいかないぞ。流石に美神さんの時と同じ手は使えんしな」
「てゆーかアレは思い出すのも厭だ…」
「やはり正攻法で攻めるしかないか。かなり分は悪いけど」
「せめてタマモの助太刀が認められてたらな…」
「どうやったら勝てるかなんて、ここで論じても意味がないでしょ。それより」




















「最後の相手は、この私です」

ヒィィィィィィィン!!

「用意はいいですか?」
「…(こくり)」
「それでは、行きます!」




















「彼女が敗れた時の事を考えるべきじゃない?」
「負ければシロは霊体もろとも消滅……」
「負けたら後がないなら、それこそ考えるだけ無駄だろ」
「彼女にとってはね。でも、私達にとっては、その先が問題」
「どういう意味だ?」
「彼女がいなくなってしまえば、『賭け』は御破算って事よ」




















ビュン! ギンッ! シュッ! キン!
ビュン! ギンッ! シュッ! キン!


「防戦一方では勝てませんよ? 打ってきなさい!」
「うっ、一瞬でもいいから隙ができれば…」

ビュン! ギンッ! シュッ! キン!
ビュン! ギンッ! シュッ! キン!




















「私達は今、帰るべき場所を失おうとしている」
「シロが負けるとまだ決まった訳じゃない」
「小竜姫に隙ができれば充分勝機はあるでしょうね。隙ができればの話だけど」
「お前ら少し黙ってろ。向うの会話が聞き取れんやないか」
「あ、スマン……って何お前は悠長に観戦なんかしてんだっ!」
「弟子の成長を見届けるのは師匠の務めだろ。俺だって好き好んで見てる訳じゃねぇ」




















「どうやら防御に徹する気ですね。でも、そういつまでもは続きませんよ」
「好…好きで防御してる訳では」
「私には、こういう技もありますから」

ビュン!!




















「超加速……これ使われると、手の施しようがないわね」
「絶対に、とは言い切れんぞ。現に、俺の影法師は小竜姫様の後ろを取ったしな」
「サシで戦った訳じゃないから、比較の対象にはならないでしょ」
「正面からの超加速を避けるのと、後ろから超加速に追いつくのとどっちが」
「だから少し黙ってろとゆーてるだろーがっ!!」
「「お前が1番うるさい」」




















ガッッッッ!! ドッ!

「は、疾い……。これじゃ、避けきれない…」
「もう1回いきます」
「シロ! 早く立ち上がりなさいよ! 今度直撃を食らったら終りよ!」

ビョッッッ!!




















「万事休すね」
「何冷静に事態を分析してんだ! このままではシロが!」
「私達に一体何ができるって言うの? 仮にあの場にいたとしても」
「手出し無用か? そんなの理屈じゃねぇよ!」
「確かに理屈にならない身勝手ね。誰とも関わられたくないが故にこの世界へと逃げた」
「立て! 立つんだシロ!」
「貴方が、何故今更、自称1番弟子の行く末に関わろうとする訳?」
「黙れ黙れ黙れっ!」
「全てから逃げる事は全てを捨て、壊す事と等価値よ。それができないなら」
「シロ! 早く立ちあがるんだ!」




















「せいぜい苦しみなさい」




















「「シローーーーーーーーーーッ!!!」」




















先生の叫び声が聞こえた、ような気がした。










久しぶりに目覚めの良い朝。ここは……黄泉の国か? それにしては

「ここは妙神山なのね〜」
「やっと目が覚めたでちゅか」
「全く、心配させるんじゃないわよ」

目の前にいるのは、パピリオ殿と、タマモと、けったいな格好をした見知らぬ女性。

「あれ? 何落ち込んでいるのかしら? ヒャクメは」
「どーせ勝手に心覗いて勝手に傷付いてるだけだから、気遣いするだけ無駄でちゅ」
「便利なのか難儀なのか判らない能力よね…」
「生きている……という事は、拙者、勝ったのでござるか?」
「あんた、自分が何やったのか覚えてないんだ」
「そう言えば、力が…」

禍刀羅守に勝ってパワーアップした直後と比べても見違える程の力を得た事が体感できる。
これは夢ではなく、現実なのだ。

「じゃあ、もう事務所に帰ろっか。体力も全回復したようだし」
「雪之丞殿の事も心配でござるし」
「バトルマニアが美神にコキ使われるのはどうでもいいんだけど……流石に、3日3晩ゲーム三昧は」
「たった3晩でウンザリとは、鍛え方が足りないでちゅ」
「ゲームは1日2時間までだと名人に教わらなかったの、あんたは…」
「あ、その前に小竜姫様に一言礼を」
「それなら私が代わりに伝えとくでちゅ。天界に用事があって暫くここには戻らないようでちゅから」
「かたじけない」





「ねぇ、シロ」
「何でござるか」
「その気持悪い程にやけた顔は何? 強くなったから、というだけじゃ到底納得いかないんだけど」
「そんなににやけてるでござるか?」
「手鏡持ってたら今すぐあんたの顔に突き付けたい位にね。で?」
「で?」
「にやけてる理由、さっさと教えなさいよ」
「理由? 理由なんか……教えないでござるっ!」

理由なんかあるようでない。ないようである。だから、教えられない。

「教えなさいよ! バカ犬の癖に生意気よっ!」
「狼でござる!」

気のせいだろうか? タマモが一瞬微笑んだような気がした。





もうすぐ、ハッピーエンドの予感。


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[平成16年12月24日更新]