日本一高い建造物として知られる場所。
俺にとっては、別の意味を持ち合わせた場所。
もっとも、墓標だとは考えていない。何故なら―――










あいつは、俺の中で生き続けているのだから。


   わんっ! 〜輝く季節へ
第8話


「うわぁ…」

シロは、透明な板の向うの景色に見とれてる。

「キャッキャッ…」

その隣にひのめちゃんの笑顔。
この上なく純粋な魂を持った者の暖かさに触れる事でかろうじて、俺はこの世界と繋がっている。
夕日はまだ見えない。でも、今日は快晴だから必ず見られる筈だ。

「さて、どうしたものかな…」

とりあえず、待つしかない。
俺の中の無意識が、恐らく意図的に選んだこの場所で。
終焉の地なのか、それとも通過点なのかは今の所判らないが。
ここは、2つの世界が交差する場所。















「もう1度確認するけど、今の俺は、世界にとっては、ある筈のない幻なんだよな?」
「そうなのねー」
「で、ある筈のないモノが何で見えるんだ? 過去の残像というのもおかしな話だし」
「どうしてでちゅか?」
「残像っていうのは、要するに過去の記憶だろ。つまり、『かつて存在したモノ』だ。これも『存在』である事に変わりはない」
「よくできましたー。ぱちぱちぱちー」
「もう1つ判らない事がある。幻はいつまで見え続けるんだ?」
「それは私にも判らないのねー」
「所詮ベスは役立たずでちゅ」
「パピリオ、話の腰を折るのは止めなさい。……ヒャクメもイジケてないで」
「イ、イジケてなんかないのね……。と、とにかく1つ考えられるのは、千里眼が届かないという事は即ちこの世界から既に実体が消えてるという事なのね」
「つまり俺の実体は既に別の世界にあり、それがここに投影されていると」
「そういう事なのねー」
「……立直るのが早過ぎでちゅ」















「先生」
「ん?」
「何考え込んでたでござるか? ひのめ殿も心配してるでござるよ」
「にーに、にーに…」
「いや説明したいのは山々なんだが」
「何か不都合があるでござるか?」
「……馬鹿弟子の頭で理解できるかどーか。かなりムツカシ話だから」
「大丈夫でござるっ!」
「お前の『大丈夫』程、根拠に欠けるものはないと思うが」
「どーゆー意味でござるかっ!」
「そのまんまの意味だ。で? 肝心の根拠は一体何なんだ?」
「先生の頭で理解できる話なら、拙者に理解できない筈はないでござるっ!」
「……お前、実は俺の事全然尊敬してないだろ」















「ところで、どうして別の世界のモノが見えるでちゅか?」
「2つの世界が、ある座標軸を除いて完全に一致してるからなのねー」
「座標軸? まるで数学の授業だな」
「で、その座標軸って」
「縦でも横でも高さでも時間でもない……これだけ理解できれば充分なのね」
「『それ以上は答えようがない』の間違いだろ」
「縦・横・高さ・時間が同じという事は、時空としては完全に一致している。だけど、5番目の軸の座標がずれているから別世界…」
「まるで雲を掴むような話でちゅね…」
「全員解ってない様で何となく解ってるから、話を先に進めるのねー」















「さいん、こさいん、たんぜんと…」
「……ヲイ、今の話の何処に三角関数が出てきたんだ」

よこしまはメタパニをとなえた。
シロはこんらんした。















「時空が完全に一致している2つの世界が、何らかの原因で邂逅するに至ったと仮定するのねー」
「そもそも、今までの話が仮説の域を出ないでちゅよ」
「……とにかく仮定するのね。2つの世界に接点が生まれたと」
「あるいは、もう1つの世界がこの世界の何処かで生まれたとする」
「時空が一致してる…という事は、2つの世界を区別する術はないという事ですね」
「そして、実体がもう1つの世界に引き寄せられ、その結果、この世界との縁が絶たれたとすれば…」















「先生の実体は、もはやこの世界には、な、い?」
「ああ、どうやらそういう事らしい」
「先生が、この世界にとっては、ただの幻…」
「そう。そして、その幻が今や消えつつある…」
「……嫌でござる」
「シロ…」
「そんなの、絶対に認めないでござる!」
「お、おいシロ、大声を出すな」
「嫌でござる! 嫌でござるよっ!」
「びえ…」
「マズいぞシロ! ひのめちゃんがぐずり始めた!」
「そ、それは一大事!」















「要するに、ポチを向う側に引き寄せてる何かをどうにかすればいいんでちゅね」
「言うは易し行うは難し、なのねー」
「確かに、原因が向う側にあるとするなら、私達では手の施しようがないですね」
「結局、自分で蒔いた種は自分で刈り取る以外にないって事か…」
「どういう意味でちゅか? 『自分で蒔いた種』って一体」
「深く考えないでくれ。何の根拠もない戯言だから」
「ベスの説明だって、根拠のない仮説に過ぎないでちゅよ」
「『根拠のない』仮説とは、余りに失礼な言草なのねー」
「検証不可能な仮説に根拠があるとも思えませんが」
「と、とにかく単なる戯言かどうかは、聞いてみないと判らないのねー」
「そういう事だから、包み隠さず聞かせるでちゅ♪」
「まぁ、別に隠すほどの事じゃないから話しても構わないけど…」










『女の子の強い願望は、本当にお菓子の国を生み出してしまいました…』















「結局、この世界から消えるしかないのでござるか…」
「そう、しかも戻って来る保証は全くない」
「拙者は……先生を信じるだけでござる。それが……それが………」
「にーに、にーに…」
「1番弟子の務めでござる…」
「そっか……でも、念のため…」

俺は文珠を作成する。込める文字は『忘』。

「受け取れないでござるよ…」
「使え、と強制はしない。どうしようとお前の勝手だ」
「でも…」
「言い方を変えよう。これを使わない事が俺とお前の絆の証だと思え」
「承知したでござる」

シロは餞別を受け取る……って立場が全く逆か。
後ろを振り向く。気が付くと、空は茜色。

「綺麗だ……」

この世で最も美しく、且つ、最も哀しい空を見つめる。










『昼と夜の一瞬の隙間……短時間しか見れないから、よけい美しいのね』










「拙者、先生の事信じてずっと待ってるでござる。だから…」
「だから?」
「にーに、にーに…」
「帰って来たら、せ、拙者にご、ご褒美を…」
「ご褒美? いいぞ、俺にできる事なら何でも」
「にーに、にーに…」
「本当でござるか?」
「ああ、この夕焼けの美しさに賭けて誓うぞ」
「にーに、にーに…」
「じゃあ、帰って来たら拙者にせ、せ、せ、せっ…」
「にーに、に…」





突然、光景が変わった。
そこには、俺と、もう1人。


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[平成16年9月1日更新]