夕焼け、夕焼け、夕焼け、夕焼け……何処を向いても夕焼け。

北も南も東もない世界に聳え立つ電波塔。

誰も居ない展望台の上で、俺は佇む。

君は俺の肩の上。






「地上には何があるのかしら」

「多分、街があるんだろうな」

下界に降りる。そこには暖かな人々の生活がある。

人々の喧騒。バイクのエンジン音。犬の遠吠え。

聞こえるのだけど、そこには辿り着けない。

永遠、辿り着けない。






「……あそこには帰れないんだろうか」

「解ってるのね、あそこから来たって事が」

でも、本当にあの街の何処かに住んでいた訳じゃない。

あの街の属する世界の何処かに住んでいたという事。

「でもね、もう遠い昔に旅立ったのよ」

「ああ、そんな気がする」

「でも、遠い昔はさっきなのよ」

「それも、そんな気がしてた」

「つまり、言いたい事……解る?」

「解るよ。よく解る」






ずっと、動いている世界を止まっている世界から見ていた。

一分一秒がこれ程長く感じられる事なんてなかった。

もどかしい位に、空は赤いままだった。











   わんっ! 〜輝く季節へ
第3話


「ふわぁ……」

日付はまだ変わっていない。つまり、本日3度目の起床。

「まだ、俺はこの世界に居る……」

もう、俺の事なんか誰も覚えてない筈だ。
親父? それともお袋? んな事ぁない。
台所を見ると、そこにはカップ麺の詰まった段ボール箱。
まだ箱は破かれず、手付かずの状態。
俺は、英語の授業でテキストに使った短編小説をふと思い出した。

「最後の一枚が散る時、私も一緒に逝くのよ……か」















………。















……。















…。















笑えない。蔦の葉の代わりがカップ麺だなんて、余りにも哀し過ぎる。

グゥ〜

「やはり、カップ麺1杯じゃ足りないか…」

たまには、外食でもしよう。カップ麺もいい加減飽きてきたし。

「ついでに、銭湯にも行くか…」

俺は外に出る決心を固めた。





ガチャ

外はもう真っ暗。知り合いとすれ違う心配は……

「今晩は」

大いにあった。でも、今更どうでもいい気分だ。
とりあえず、会釈だけは忘れない。

ペコリ。

「それでは、失礼します…」

バタン

小鳩ちゃんは、部屋の中へと消えた。

「……やっぱ、辛いよな」

見知らぬ他人になっても、彼女のヒマワリのような笑顔は変わらない。
でも、気軽に世間話ができないというのは哀し過ぎる。





行き付けの銭湯へは行けない。顔見知りと会うのが辛いから。
2番目に近い銭湯は臨時休業。ついてない。
3番目に近い銭湯……は何処なのかさっぱり判らん。とにかく探そう。










あった。





溜まりに溜まった垢を落とし、銭湯を後にする。
帰り道に牛丼屋があったので、大盛を1杯。

「あ〜食った食った」

ガラガラガラ…

げっ。
何で、よりによってアイツがここに……。
そそくさと店を後にする。





「……俺は、アホか?」

条件反射とは恐ろしいものだ。
つい、いつもの癖でタカられる前に逃げてしまったが、いくらアイツでも、初対面の相手に飯おごらせる訳はねーよな。
でもよく考えたら、タカられてた方がまだマシだったような気もする。
1番最後に、俺の部屋に来たのはいつ頃だったかな……。















「勝手に俺のカップ麺を食うなっ!」
「安心しろ。ちゃんと賞味期限を確認してから湯を注いでるから」
「だから何で食う! 俺の食料だ! お前が食うなっ!」
「賞味期限を過ぎてないのは食わねえから安心しろ」
「だから何で賞味期限切れ全部を食おうとする!」
「おキヌにこんなもん見つかったら、否応なしに捨てられてしまうだろ。だったら、早いとこ俺の胃の中に捨てた方が世のため俺のためだ」
「冗談じゃねぇ! そんな理屈誰が認めるかっ!」















……文字通り、俺にとっては天敵だったよな。
もっとも、それだけの男じゃなかったけど。

「オイ、兄ちゃん」

ん? 何だ?

「俺達に小遣い恵んでくれないかな?」

う〜ん、近道しようと思って公園を横切ったのが拙かったかな?

「ただで……という訳にはいかねーな」
「じゃあ喧嘩売るから、幾らで買ってくれる?」
「てめーらが勝ったら、有り金全部くれてやるよ。……勝てたらな」

6人か……この程度なら全然問題ないな。

「ナイフはしまっとけよ。万一捕まったら言い逃れができねーからな」
「てめぇは取り囲まれてる側だろうが! 何で俺達に指図する!」
「だって、どー見ても頭悪そーだし♪」
「ぶっ殺す!」





「あ〜あ、全然手応えねぇや…」

悪は滅びた。俺が滅びても一向に構わなかったのだが、些か拍子抜け。

「おい、そこで何をしているんだ」

警ら中のポリ〜スマンが声をかけた。来るのが遅せーよ。

「たった今、悪を滅ぼしたところ♪」
「とにかく、派出所まで一緒に来てもらえるかな」
「い・や・だ♪」

拳銃持ってる相手なら、少しは楽しめるかな?

「おい、こんな所にいたのか。心配したぞ」

え、この声は……。

「君はこの男の関係者かね?」
「まぁ、そんなとこだ。……あ、寝転がってる奴が逃げようとしてる」
「えっ」

ポリ〜スマンが振り向いたのと同時に、いきなり腕を引っ張られる。
そのまま逃走。

「待てぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」

声が段々遠くなる。
気が付いた時には、俺は





「……俺、未成年なんだけど」
「細かい事は気にするな。ほれ、飲め」

とりあえずビールを勧められていた。

「そう言えば、名前を聞いてなかったな」

やはり覚えてないのか……。

「……“浪速のペガサス”とでも呼んでくれ」
「何だそりゃ? 本名を名乗れない理由でもあるのか?」

ダチに改めて自己紹介するのは辛すぎるんだよ。

「本名は、また出逢う事があればその時に…てゆー事にしといてくれ」
「じゃあ、俺の事は“ダテ・ザ・キラー”と呼んで貰おうか」
「うわ、センス悪っ!」
「お前にだけは言われたくないぞ。大体、その面のどこがペガサスなんだ」
「その点、お前は見事にハマッてるよな」
「ふっ、当然だ」
「流石、殺し屋稼業は伊達じゃないって事だな」
「何でそーなる!」

こうして、初めて会った筈の2人は(実際、初めてじゃないので)、10年来の友であるかの如く、話に華を咲かせる。

「……で、何を自棄になってたんだ?」
「……俺の事か?」
「お前以外にいないだろ。俺が来なかったら、確実にブタ箱行きだったぜ」
「正当防衛だから、逃げなくても全然問題なかったんだけどな…」
「そうか? 俺には、公務執行妨害で捕まるような事しようとしてたように見えたんだがな……。ま、そんなのは些細な問題だ」
「些細なのか?」
「そうさ。破滅願望そのものに比べたらな」
「破滅…願望……」










『女の子の強い願望は、本当にお菓子の国を生み出してしまいました』










「誰か大切な相手を失ったのかも知れねぇけどな、マイナスにマイナス足してもマイナスが増えるだけさ。いい事なんか1つもないぜ」
「解ってるさ…」

でも、その大切な相手に言われるのが1番キツいんだよ。
……あくまでも『大切なダチ』だからな。勘違いするなよ。

「とりあえず飲め。金の事は心配するな」
「じゃあ遠慮なく」

とりあえず、今までタカられた分を一気に取戻しますか……。




















たとえば泣きたい時がある。

何処へ向かって泣けばいいのだろう。

何を思って泣けばいいのだろう。

虚無からは幸せは生れない。

そんな気がしていた。

放り出された海に浮かび、俺は何を泣き叫ぶのだろう。

そんな事をする気にすらならない。

それが幸せなのだろうか……。

空虚は、ぽっかりと胸に空いた穴。

もう失う事もない。

それが完全な形なのだろうか。

何も失わない世界にいる俺は何をこんなにも恐れているのだろう。

選択肢のない袋小路だった。

つまりそれは、終わりだ。

それを自分でも気付かないうちに心のどこかで悟っていたから、

こんなにも空虚だったんだ。

空虚だったんだ。




















「ふわぁ……」

新しい朝が来た。絶望の朝……ん?
部屋にもう1人いる。誰だろう……。
雪之丞……じゃない。あれは……





「先生…」

もしかしたら、希望の朝なのかもしれない。


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[平成16年9月1日更新]