永遠のある場所。
帰れない場所。
もう、そこからはどこにもいけない場所。
全てを断ち切った、孤立した場所。
そこに今、俺は立っていた。
ここにあるのは、もの悲しい風景だけ。
「そうなの? 私には綺麗に見えるだけだけど……。
でも、それが悲しく見えるのなら、やっぱり悲しい風景なのかも」
人の賑わいのない風景。それは、やはりもの悲しい。
「でも、貴方の中の風景ってことは確かなのよ」
つまり、俺の心を風景に置き換えてみたらこうなるということ。
でも、こんな悲しい風景こそ、俺には相応しい。
俺は、何もない、どこにも繋がらない場所で、
俺を好きでいてくれる君だけを、もっと切実に大切に思うのだ。
君と一緒にいられること。
それはこの世界との引き替えの試練のようであり、
また、それこそがこの世界が存在する理由なのだと思う。
わんっ! 〜輝く季節へ
第2話
「ふわぁ……」
新しい朝が来た。絶望の朝だ。
喜びに胸を開いていた頃が、今となっては遠い昔のように思える。、
あれ以来、事務所には1度も行っていないし、もはや行く必要もない。
もう、あそこに俺の居場所はない―――
「じゃあ私は帰るわね。ひのめ、お兄ちゃんにバイバイするのよ」
「にーに、ばいばい…」
隊長は、ひのめちゃんと共に事務所を後にした。
ひのめちゃんは、俺を優しく見つめながら手を振ってくれた。
愛らしい笑顔に少し心が癒された。
でも、隊長が俺を忘れたという事実は消えない。
美神さんやタマモは、単なるギャグだと受け取ったようだか。
「……俺もそろそろ帰らせてもらいます」
「どうしたの? 何か用事でもあるの?」
「いや別に用事はないんですけど…」
「先生、せめておキヌ殿が戻るまで居てもいいではござらぬか」
「シロ、別に引き止める必要ないでしょ。横島がいないのが寂しいなら、あんたが横島についてけばいいのよ」
「違うでござる! 今の先生を独りにしてはいけないでござる!」
何故シロが焦ってるのか、皆には理解できない。
当り前だ。シロ自身、不安の正体が判っていないのだ。
こんな状態で皆を納得させられる訳がない。
「悪い、シロ。独りにしてくれないか…」
「先生!」
そのまま俺は事務所を後にした。
道に出た所で事務所への来客とすれ違いざまに接触し、弾みで危うく転倒しそうになる。
「おっと、大丈夫かね?」
相手が身体を支えてくれたため、何とか転倒は避けられた。
だが、全然喜べない。何故なら、目の前にいたのは、
「どうしたんだい? 顔色がすぐれないようだけど」
イヤミでロン毛のキザ男……もとい、長髪の好青年。
俺が今まで見た事のない西条が目の前に立っていた。
「い、いえ、大丈夫っすから…」
今まで使った事のない口調で、西条の気遣いに応える。
違う、そうじゃない。こんな関係を俺は望んでいない。
「あまり無理をしない方がいいと思うよ」
皮肉と悪態の応酬。これこそ、俺達のあるべき姿。
今の俺達には、空虚な社交辞令しかない。俺には耐えられない。
「そ、それじゃこれで…」
「おい、待ちたまえ!」
ダッダッダッ…
俺は、その場から逃げ出した。
どんな経路で辿り着いたのか覚えていないが、何故か俺は公園にいた。
水飲み場で喉の渇きを潤してから、ベンチに腰掛ける。
『あなた、見かけない顔だけど、もしかして転入生?』
『……気のせいかな? あの人何処かであったような気がするんですが』
『余程身体に堪えるのかしら? わざわざベビーシッター雇うなんて』
『どうしたんだい? 顔色がすぐれないようだけど』
愛子、ピート、隊長、そして西条……
次は、誰が俺に絶望を告げるのだろうか。
「何か深刻な悩みを抱えているようですね」
いきなり声を掛けられた。
唐巣神父だ。この人は誰に対しても優しい。
たとえそれが、見ず知らずの相手であっても。
「話…聞いてくれますか?」
「はい」
「吉外の戯言でも構いませんか?」
「はい」
俺は、固有名詞を確定できる事実を伏せた上で、全てを神父に話した。
神父は、しばし考えてから、妙な話を始めた。
「昔々…という訳ではありませんが、ある所に女の子がいました。その女の子は、お菓子の国のお姫様になりたいと強く願っていました」
そーいや、夏子も昔そんな事言ってたような気が…。
「女の子の強い願望は、本当にお菓子の国を生み出してしまいました」
「あまりに唐突でご都合主義な設定ですね」
「寓話とはそんなものだよ…って、話の腰を折らないでくれ」
「あ、すみません。……それで?」
「しかし残念ながら、お菓子の国はこの世界には存在しません。お姫様になるためには、この世界を捨てなければならないのです」
「代償なしに得られるものはない、という事ですか」
「そうです」
「で、女の子は2択を迫られる」
「ところが、お菓子の国にはフィアンセの王子様がいました。ここで問題。女の子は一体どうなると思いますか?」
「王子様の手で、強制的にお菓子の国へ連れて行かれる……ですか」
「そう。そして、女の子はこの世界からいなくなる…」
神父の妙な話は、これで終り。
「要するに、今の俺に起きてる事態は、俺自身がもたらしたものだと?」
「その可能性もあるという事だよ」
「でも、そんな喩え話よく即興で思いつきますね」
「実はたまたま読んだ小説の受け売りなんだ」
「はぁ、そうですか…」
でも案外、神父の話は核心を突いてるのかもしれない。
確かに、俺には世界を引換えにしてでも守りたいモノがあった。
俺には世界を引換えにしてでも手に入れたいモノがある。
しかしそれは不自由な2択。それ故諦めざるを得なかった訳だが……。
「先生、お待たせしました」
「遅かったね」
「すみません。エミさんに捕まってしまいまして」
「もう、ピートったら相変わらずつれないわねぇ(はぁと)」
「むっ胸を密着させないで下さいよぉ〜(でも顔が喜んでる)」
「あれ? 彼は何処へ行ったのかな?」
エミさんやピートにとって、今の俺は路傍の石。
もう、ピートは俺に助けを求めようとしない。
もう友達じゃないんだ。見知らぬ他人の関係なんだ。
また1つ、残酷な現実を突き付けられた。
神父の優しさですら、今の俺には苦痛以外の何物でもない。
もう、誰にも会いたくない。
そして俺は、外に出なくなった。
あいつと引換えにして救った世界。
あの決断が間違っていたとは思わない。思いたくない。
でも俺は、世界を引換えにしてでも、あいつを救いたかった。
「泣いてるの…?」
誰かが俺に話し掛けた。声はすれども姿は見えず。
そもそも、此処には俺以外何も存在しない筈だ。
いや、存在した。
俺の周りを光点が移動する。
「……何してるんだ?」
思い切って、蛍に話しかけてみた。
「貴方が泣きやむのを待っているの」
「俺は泣いてない…」
「それは嘘。此処は貴方だけの世界だから、仮面を被る必要はないのよ」
「別に仮面なんて…」
「被ってないと言い切れる?」
言い切れない。そもそも、無意識とは制御できないものだ。
「もしかしたら……被っていたかもしれない」
「やっぱり泣いていたのね」
「そうかもしれない…」
「ずっと泣き続けるの?」
「多分、そうかもしれない…」
「どうして…?」
「悲しい事があったんだ」
そう、俺はあいつを失った。
「……ずっと続くと思ってたんだ。楽しい日々が」
あいつに相応しい男になる前に。
「でも、永遠なんてなかったんだ」
永遠の別れではないが、恋人としては長いお別れ。
「永遠はあるよ」
蛍は俺の目の前に近づくと、
「これからはずっと、私が一緒に居てあげる」
俺の唇の上に止まった。
そして俺は、君と永遠の盟約を交わした。
「ふわぁ……」
新しい朝はまだ来ていない。だが、絶望は確実に進行している。
「そういや、今日はまだ何も食ってなかったな」
トポトポトポ…
ズルズルズルズル…
いつものようにカップ麺を食らう。
エネルギーの充填は完了した。だが、絶望を食い止める役には立たない。
事務所を最後に訪れた日。
俺はディスカウントストアで、カップ麺を箱ごと買った。
翌日、おキヌちゃんが晩御飯を作りに来てくれた。掃除もしてくれた。
おそらく、女の子の手料理を食べるのは、これが最後になるだろう。
その翌日、家には誰も来ない。そして更に翌日……
「せ、先生……」
「……シロ?」
「せんせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」
俺は号泣するシロを優しく抱きとめていた。
何故泣いているのか、理由は聞かない。聞くまでもない。
ついに、最後の居場所がなくなったのだ。
後は終わりを待つばかり―――
次の日、シロは来た。サンポをせがんだ。俺は拒んだ。
次の日もシロは来た。サンポをせがんだ。無視した。
次の日も来た。もうサンポはせがまない。ただ側に居るだけ。
次の日も来た。ただ側に居るだけ。俺は拒まない。
次の日も来た。俺の顔を舐める。俺は拒まない。
次の日も来た。俺に精一杯甘える。俺は拒まない。
そして今日、
「シロ……ついに、お前も来なくなったのか」
俺の部屋に、温もりはない。
[平成16年9月1日更新]