とても幸せだった……。
進級も留年もなく、ただただ延々と繰り返される高校生活。
それが異常そのものであることを俺は、全く気付かずにいた。
そして、ふと感謝する。
ありがとう、と。
こんな幸せな異常に。
美神さんの入浴シーンを覗いてこっぴどくお仕置きされることだって、
それは幸せの小さなかけらだった。
永遠に続くと思ってた。
ずっと俺は煩悩一筋で生きていられると思ってた。
幸せのかけらを集めていられるのだと思ってた。
でも壊れるのは一瞬だった。
永遠なんて、なかったんだ。
わんっ! 〜輝く季節へ
第1話
ここ最近、バイトが忙しくて学校に行ってないが、そろそろ担任から呼出しがかかる頃だろう。
出席日数もマジでやばくなってきたので、久しぶりに登校する事にした。
それにしても、我ながら学生の本分に反しているよなぁ……。
ガラガラガラ……
教室の戸を開け、久しぶりにクラスメートの顔を拝む。
しかしどういう訳か、皆の視線が冷たい。
まさか、俺の顔忘れてしまったのか? んな事ぁない。
とりあえず着席する。ピートとタイガーはまだ来ていないようだ。
愛子が近づいてきた。そして、開口一番、
「あなた、見かけない顔だけど、もしかして転入生?」
余りにもセンスのないギャグをかましてくれた。
『目には目を』の教えに従い、センスのないギャグで返す。
「あ、スマン。学校間違えた」
席を立った。愛子は無反応。
教室を出た。しかし、誰も引き止めない。
扉に手を掛け、そして、
ガラガラガラ……
ピシャン!
閉めた。教室からかすかに声が聞こえる。
「……今の一体何だったのかしら?」
どうやらまだコントは続いているようだ。
頼むから、誰かそろそろツッコミを入れてくれ。
あ、向うからピートとタイガーが来たぞ。
この際奴らの活躍に期待しよう。
「……何で俺は校門を出ているんだ?」
う〜ん、何も声掛けずにすれ違ったのが拙かったのかな?
それにしても、背中越しに聞こえたピートの言葉……。
「……気のせいかな? ああの人何処かであったような気がするんですが」
………。
……。
…。
結論。
ただの幻聴である。
とにかく家に戻ろう。今更教室に戻るのは大間抜けだし。
「せんせ〜い」
おっ、この声はシロ…
ドンッ!
「あ痛たた…」
「サンポ♪ サンポ♪ サンポでござるぅ〜♪」
「分った、分ったから、あまり引っ付くな!」
そして、地獄のサンポロードが始まる……。
「はぁはぁ……つ、疲れた…」
ようやく家に着いた。もう何もする気力がない……。
えっと、鍵は……。
「………」
あ、小鳩ちゃんだ。どうしたんだろ?
いつもなら向うから声を掛けるのに。
あっ、鍵が見つかった。
ガチャン
鍵を開けると、彼女は黙って会釈し、そのまま室内に消える。
どうしたんだろう? 何か少し変だな。
とにかく部屋に入ろう。
トポトポトポ…
カップ麺の容器にお湯を注ぎ、じっと我慢の3分間。
「いただきまーす」
蓋を剥がし、右手に箸を持ちながら左手でカップを持ち上げると、
ズルズルズルズル…
一気に完食。そして、万年床へと直行。
「ZZZ………」
○び太君並の早さで眠りに付く。
こんな悲劇が待ってることを、俺は知らずに生きていた。
ずっと、ルシオラと一緒にいられると思っていた。
彼氏としては力不足だけど、それでも、
あいつに相応しい男になるだけの時間は充分あると思っていた。
でも、もうあいつの笑顔を見て幸せな気持ちになれることなんて
なくなってしまったんだ。
全ては、失われていくものなんだ。
そして失った時、こんなにも悲しい思いをする。
それはまるで、悲しみに向かって生きてるみたいだ。
悲しみに向かって生きているのなら、この場所に留まっていたい。
ずっと、ルシオラと一緒にいた場所にいたい。
俺は、そんな幸せだった時にずっといたい。
それだけだ……。
「……何か嫌な夢を見たような気がする」
寝汗をかいている。別に暑い訳ではない。
という事は、やはり悪夢を見てたんだろう。
それも、余程思い出すのが嫌な内容の……。
そう言えば、最近夢を見なくなったような気がする。
多分、思い出したくない夢ばかり見てるに違いない。
だが今は、思い出したくない夢を思い出したくてたまらない気分だ。
何とも皮肉なものである。
「熱ぢぢぢぢぢぢぢぢぢぢっ!!!」
仕事もないのに学校へ行かなかった天罰だろうか?
お札が破れ、ひのめちゃんの火炎攻撃がクリティカルヒット。
「先生、大丈夫でござるか?」
「ああ、この程度なら大丈夫だ」
この程度……と軽く言うが、一般人が同じ攻撃を受けたとしたら、多分無事では済まないだろう。試した事ないから判らないが。
「それにしても、どうして学校サボったのよ? ま、そのおかげで私達が火傷しないで済んだ訳だけど」
「先生、もしかして学校で苛められてるのでござるか?」
「あのねぇ…その程度で登校拒否する位なら、美神の所に来ないわよ」
「どういう意味よ、それ…」
「少なくともここに来れば、最低限の食事は確保できるでござるよ」
「シロ、俺は欠食児童じゃないぞ…」
「でも、美神の疑問も一理あるわよね。結局何で学校休んだのよ?」
「それは…」
答えられない。答えられるわけがない。
言葉にならない漠然とした不安。
唯1つ言える事。それは、
学校へ行くのが怖くなったという事。
一般的には、これを登校拒否…いや最近は不登校と言うのか?
まあ、言い方はどっちでも構わない。
問題は、その理由を説明できないという事だ。
「実はクラスの皆から『知らない人』扱いされちゃいまして」
嘘は言っていない。だが、不登校の理由の核心ではない。
「確かに苛めとしてはありがちだけど…」
「その程度で参るほど繊細じゃないわよね…」
「何か他に理由があるのでござるか?」
どきっ。
「拙者、先生の事が心配でござるよ…」
シロ、もしかして俺自身ですら解らない異変に気が付いているのか?
「拙者はどんな事があっても、先生の側にいるでござるぅ…」
「シ、シロ…」
こいつなら、もしかして、俺を……。
スパァーン!
「このバカ犬! 何ドサクサに紛れて妙な雰囲気作ってるのよ!」
「狼でござる!」
「はいはい、どつき漫才はその位にしときなさい」
ガチャ
「あ、ママ」
「どう、ひのめの様子は?」
「お札破れちゃったけど、横島君がいたから大事には至らなかったわ」
「横島、君?」
ようやく俺と目を合わす。しかし、何故か首を傾げている。
「こいつ、仕事もないのに学校サボってここに来てるのよー」
「………」
「クラスの皆にシカトされた様な事言ってるけど、本当はどうだか」
「………」
「どうしたの、ママ?」
スタ、スタ、スタ…
「横島君」
「は、はい」
「大丈夫? 怪我はない?」
「い、いつもの事っすから」
「そう…」
俺にねぎらいの言葉を掛けると、隊長は再び美神さんの方を向く。
「それにしても、シブチンの令子にしてはよく奮発したわよね。ひのめのお守は余程身体に堪えるのかしら?」
幸せな日常は、
「わざわざベビーシッター雇うなんて」
「「「「えっ?」」」」
呆気なく崩れ去るもの。
「ちょっとママ、何言ってるのよ」
「まさか、横島の事忘れちゃったって言うんじゃ…」
「………」
「せ、先生? 何黙ってるでござるか?」
やはりそうだ。
これで確信した。
皆が、いやこの世界が、
俺を忘れ去ろうとしている―――
[平成16年9月1日更新]