己の死に際して感じたことは、絶望でも疑問でも怒りでもなく、安堵だった。
 以前から、うすうすこうなるだろう予感はしていたのだ。ボンゴレの血など流れてはいないけれど、そんなものなどなくても少し考えればわかることだ。そこから目をそらし続けたのは、ひとえに自分自身の弱さ愚かさゆえだった。
 だから、この死は幻騎士にとって、ほとんど救いのようなものだった。したいことも、しなければならないことも、まだまだ沢山残したままだったけれど。それでも、間違っているとわかっていながらも間違い続けなければならない、そんな人生に終焉が訪れたことに、少しだけほっとしてもいたのだ。
 ただ、すこしだけ、後悔はあった。
 泣きそうに顔をゆがめたあの子供に対して、おまえがそんな顔をする必要はないのだと言ってやりたかった。一度でよかった、あのふわふわの頭を撫でてやりたかったのだ。できないままこの命は終わってしまうけれど。
 お願いだ、どうか泣かないでくれ。裏切り者の最期などいつだってこんなものだ。看取ってくれる人がいて、しかもそれがおまえなのだから、この死は贅沢すぎるくらいなんだ。
 そうして、できるならば、おまえは永遠にこうはならないでほしい。おまえは優しい子供だ、すすんでひとを裏切るようなことはきっとしないだろうけれど、それでも万が一を考えずにはいられない。
 ああ、この命が、少し、あとほんの少しでも続くのならば、おまえがそうならないように、できる限りのことをしてやれるのに。出会うのが遅すぎたなんて、そんな恨み言のようなことは言いたくないのに。
 意識がブラックアウトする。
 最後の最後に思い出したのは、やはり、あの情けない顔だった。いったい己はどれだけあの子供のことが好きだったのだろう。ここまでくると自分でも笑ってしまう。


 *


 みんなが寝静まった夜中、ツナはひとり、桃色のお湯につかって泣き続けた。お風呂の中で泣くと目が腫れなくていいんだよ、そう京子が教えてくれたからだ。入浴剤を選んでくれたのはハルで、一番最後に入浴する権利を譲ってくれたのはビアンキだった。
 せいぜい泣くことね、そう言って、ビアンキは寂しそうに笑った。
『本当に好きだったなら、何年経っても、何があっても、絶対に忘れることなんかできないものよ。それでも、泣くだけ泣いてすっきりすれば、今より少しはましになるわ』
 いつもの情熱がなくなってしまったかのように目を伏せる姿を見て、ああ、このひともまた大切な人をうしなったのだったなと、今更ながらに胸が痛んだ。ツナたちにとって悪夢のようだったここでの日々は、リボーンを亡くした彼女には、奇蹟そのものだったに違いない。
 湯船に入ってからもう何時間経っただろうか。指はすっかりふやけてしまっている。それなのにまだ涙は枯れてくれない。
「ふ、う……っ」
 黒曜とも、ヴァリアーとも、十年経った今ならうまくやっていけていた。ならば更に今から十年後、ツナが三十を超えたときには、ミルフィオーレファミリーの面々とだって仲良くなれているかもしれないかもしれないではないか。ここへ来たばかりの頃にはまだそんなことを考えていた。
 だがそれは甘かった。相容れないひとというのはいるのだ──白蘭はだめだった。あんな残虐で簡単に人を殺せる奴と、仲良くできる気なんかしない。そして幻騎士もまた、だめだった。運命も彼の神も、彼に少しも優しくしてはくれなかったのだ。
(それならオレが優しくしてあげたかった。神様にはなれなくても)
 だって本気で好きだった。一目で好きになって、そしてあっという間に手遅れになった。好きだと思った部分が見せかけでも、勘違いでも、少しも幻滅なんてしなかったのだ。
(ね、幻騎士さん、オレ、絶対あなたのこと、忘れないから……あいつらがさっさと忘れちゃっても、オレだけはずうっとずうっと憶えてるから)
 それは、この痛みや悲しみがいつまでも癒えないということだ。だが、あの人はたくさんたくさん苦しんだのだから、今度はツナ自信がそうする番ではないか。少しの気負いもなくそう思えた。
 ビアンキの言うとおりだ、ただ泣くだけだったさっきまでよりずうっとましになった。ツナは苦々しく笑って、湯船を出た。ふわりとバラとジャスミンの香りがした。
 もしもうまい具合に未来が変わって、いつかあの人に会うことができたら──そしてもし彼が苦しんでいたときには、泣くことは少しも悪くないのだと教えてあげたい。こんなふうにいい匂いのするお風呂を準備してあげたい。京子が、ハルが、そしてビアンキがしてくれたように。そして、ずうっと共にいられたらいいなと、やわらかなタオルに顔を埋めながら願わずにはいられなかった。