白蘭が何をたくらんでいるか薄々感づいてはいたが、幻騎士にとってそれはさしたる問題ではなかった。むしろそれを利用しようとさえ考えていた。かつて立てた誓いも目標も未だ彼方にあり、大切なのはそこへ辿り着くことだけだとかたくなに信じていたからだ。そのためには、己の上に立つもののたくらみでさえも踏み台にする。ためらいなどないはずだった。
だがすぐに後悔するはめになった。リングを奪って殺せと命じられたボンゴレファミリーの幹部たち、そのデータだと渡された写真の中で笑っている子供の顔。
ひと目見た瞬間、全身の血が音を立てて凍ったような気さえした。
(おまえは……おまえも、この道を歩むのか)
ボンゴレにもミルフィオーレにも知られていないことだが、ツナと幻騎士には古くからのつきあいがあった。恋人同士というほど密ではないが、ただの知人友人というには幾分いきすぎたつきあいが。
きっかけなどとうに忘れてしまったが、それでも問題などなにもない。それほどまでにこの仲は深く、長い。
そのふたりが命をかけて相対することになる。だが、幻騎士はそれでもツナを殺すことなどできないだろうと考えていた。二人が戦うことで死者が出るならば、それは幻騎士の方であるはずだった。
それはすなわち、ツナが、幻騎士と同じ道を歩ことになるということだ。血と臓物と怨嗟にまみれた、一度踏み入れてしまえば死ぬまで抜け出すことのできない、人殺しの、苦難の道を。
白蘭から受け取ったその写真をどうしたか、幻騎士はもう思い出すことができない。ツナの将来というのは、幻騎士にとって、それほどまでに重たい問題だった。一日だって忘れたことのない表情、声、温度。一度は誠意や良心の具現とさえ思った子供が人殺しになるのだ。絶望と呼んでも差し支えないほどの深く暗い闇がそこにあった。
──だが、戦いの終わった今、なお幻騎士はこうして生きている。肺が痛むのも、壁の大穴が見えるのも、ツナたちがそこを抜けていったのだと考えられるのも、すべて生きているからこそなのだ。
どれだけ蔑まれても裏切られても、愛や夢というものを抱え込んで離さずにいた、甘ったれで純粋で無垢な子供。その彼が、己の屍を前にひと殺しになる。黄金に輝く月の下で見たあの綺麗な笑顔はきっと、永遠に失われてしまう。その日のための覚悟ばかりしていたのに、彼は修羅の道を選ぶことなく、先への一歩を踏み出した。
(そうか……おまえは、不殺を貫き通せる人間に育ったんだな)
裏切りを詰り、絶望し、安易に命を奪い取ることしかできなかったかつての幻騎士とは違って、彼は救い生かすための腕を手に入れたのだ。
(ならば俺は、すこしでもその傷が浅くすむよう動くだけだ)
白も黒も、今後の立場も知ったことか。次に相対するときにこそ、あの子供に恥じない存在でいたかった。
そうして、いつか己が言った言葉を思い出す。半分はあの子供のために、そして残り半分を自分のために。
(泣くな……諦めるな)