「……んきしさん、幻騎士さん!朝ですよー!」
ぱたぱたと軽い足音と声に意識が浮上した。はっと寝室のドアを見やると、そこから昨晩一緒にベッドに入ったはずのツナが顔をのぞかせている。
それ自体はいつものことだった。だが呼ばれるまで目が覚めなかったのは、ツナの動き回る気配に気づけないほど深く眠れたのは初めてだ。これまでは眠ったといってもせいぜいうとうとするくらいだった。起こしに来るツナの足音を聞いて、心配をかけまいと寝ているふりをしていたくらいなのだから。
ツナはつたない英語でスタンド・バイ・ミーを口ずさみながら、カーテンと窓を開けた。幻騎士はできるだけいつも通り、いかにもそのまぶしさに二度寝を諦めたという演技をしているように顔を出し、上体を起こす。
「おはようございます!」
「……おはよう」
細い腰に腕を回して、頬にそうっと唇を寄せた。おずおずと抱き返してくれる繊手がいとおしい。
日本語での挨拶にはもう慣れた。だが光に透けるきらきらの髪や、上気した頬、軽やかに翻るやわらかなエプロンに慣れる日はきっと当分こないだろう。
ベッドにいる幻騎士にあわせて腰を折ったツナの向こうで、春の風にふわふわとカーテンが揺れている。外も中も朝の光に満ちていて、あれほどまでに畏れた闇などもうどこにもない。
「昨夜はちゃんと寝られましたか?」
「ああ。おまえのおかげだな」
「よかった!……へへ、オレも約束どおり、ちゃんと朝ご飯とお弁当用意しましたよ。今日はトクベツに気合い入れてみたんです!」
だから冷める前に食べてくださいね。そう言い残して慌ただしくキッチンへ戻るツナを見送り、それからチェストに置かれた小さな鏡に視線をやった。無愛想なつや消しメタルのフレームの中には、自分だと思えないほど頬の緩んだ男が映っている。
(いくらなんでも浮かれすぎだ)
これまで幸せぼけだのなんだの、たちの悪い同僚たちにさんざんからかわれてきたが、なるほどいくら否定しても効果がなかったわけだ。なにしろ自分でもそう思ってしまうくらいなのだから。
ぼんやりそんなことを考えていると、キッチンから悲鳴のような叫びが聞こえた。
「幻騎士さーん!遅刻しますよ!!」
おそらくおろおろと時計を見上げているだろうツナに、今すぐいくから落ち着けと返事をして、幻騎士は寝室を出た。
今日の弁当は何だろうか。毎日つけてくれる手紙には何と書いてあるのだろうか。それが幻騎士の平日の最大の楽しみとなっている。しかし、非常に惜しいことに、これからはそれを読み返す時間は取れないだろう。なにしろ今夜からは、ツナとともに早々にベッドに入って、安らかな眠りにつくのだから。
ツナの歌っているへたくそな英語の歌、その歌詞にもあるように、彼がいてくれる限り夜はもう恐くない。すこしも恐くなどないのだ。