一目で惹かれた。自分の人生をきっちり寿命まで生き、その上更にボーナスステージのような第二の人生を送っているが、それらを合わせた長い長い時間のなかでも初めてのことだった。
 相手はどこまでも純粋で優しくて柔らかくて多感で、そして報われない思いに身を焦がしていた。アラウディはそこにつけ込んだわけだ。後で知ったことだが、スペードまで同じことをしていたらしい。業腹だが気持ちはよくわかる、そうまでしてでもその子供がほしかったのだ。
 十月十四日、彼の誕生日に、かねてから用意していた筆記用具のセットをやった。
「ありがとうございます!でも、どうしてペンなんですか?」
「君、うまく鉛筆持ててないでしょ。それは君でもちゃんと持てるように作られてるから。ちゃんと勉強しなよ」
 目をまん丸くしてこちらを見る彼に、そっと疑惑の種を蒔く。
「本当に君のことが好きで、ちゃんと君のことを考えているから、君が何を必要としているのか訊かなくってわかるんだよ」
 ジョットが、ことあるごとに何がほしいか訊いていることを知っていた。ツナに「好き」と言ってやらないこともだ。それでわざとらしくそんな言い方をした。効果は覿面、しょぼんとうなだれてしまったツナの頭を撫で、自分でも気持ち悪いくらいの笑顔を作る。
「僕は君のことが好きだよ、デーチモ」
 ツナはありがとうございますと言った。その顔は笑っていたけれど、あきらかに無理をしている痛々しい顔だった。
 少しだけ罪悪感という名の針が胸をちくりと指したけれど、目的の前にはささやかことだと思い直した。この子を手に入れてから、ゆっくり慰めてやれば良いだけのことだ。負った傷を埋めてなおあまりあるほどの幸せをやればそれでいい、アラウディはそんなことを考えていた──そう、このときは、まだ。


 それは、十二月も半ば、クリスマスを数日後に控えた、ある寒い寒い日のことだった。
 ボンゴレは現代によみがえったアラウディたちを遊ばせておくつもりなどないらしく、厄介ごとや荒事をつぎつぎと押しつけてくる。この日も押しつけられた雑事をひとつ片付けて、空いた時間でツナの顔でも見に行くかと考えていた。だがそれは、突如屋敷を襲った轟音と衝撃によって妨害された。
「久しぶりだな」
 壁に大穴を開け、瓦礫を踏みしめながらやってきたのはジョットだった。両手にきっちりグローブをはめ、それらと額にごうごうと炎を灯している。久しぶりに見る彼の戦闘モード姿に、うなじのあたりがちりちりする。
「……ちょっと非常識すぎない?」
「非常識なのはおまえだ。ひとの恋人にちょっかい出して泣かせやがって」
「は?何の話かわからないね」
 一瞬どきりとしたもののしらを切り通そうとそう言うと、ジョットはきっと眉尻をあげ、引きずっていた何かをアラウディに向かって投げつけた。
「ちょっ……なに?」
 アラウディが咄嗟によけたせいで、それは分厚いカーペットの上をバウンドし、数度けいれんして動かなくなった。手足は妙な方向に曲がっていて、更にあちこちがひどく焦げているが、間違いなく人間だ。そして、そのどうしようもないファッションと髪型には見覚えがありすぎるほどあった。
「デイモン・スペード?」
「ふん、おまえと同じことをしようとしたクソ野郎だ。名前を持つことすらおこがましいわ」
 さっきからジョットの言葉遣いがおかしい。これまでとても長く深いつきあいをしてきたわけであるが、こんなに汚い言葉を使うような男ではなかったはずだ。
 それともまさか、恋人の件にそれだけ怒っているということなのだろうか。何にもたいした興味を持たず、その恋人にだって愛の言葉ひとつやらなかった、この男が?
 ツナの悲しい笑顔のことを思い出す。あれは遠慮がちで控えめなあの子供の、精一杯の自己主張だ。あんな顔をさせたのは一体誰だ、そう考えると、怒る権利があるのはこちらのような気がしてきた。沸きだした感情にまかせて口を開こうと、顔を上げる──だが、アラウディが言葉を発することはできなかった。目の前に炎を纏ったジョットが迫っていたからだ。
「殺せばツナが悲しむからな、四分の三殺しで勘弁してやろう。賽の河原でツナに詫びるがいい」
 それからのジョットはひどかった。歴戦のマフィアであるアラウディを押し倒し、馬乗りになって、ぼこぼこに殴り続けたのだ。抵抗なんてほとんどできなかった。薄れゆく意識の中、アラウディは、二度とジョットの気に入ったものに手を出すまいと、決意を固めたのだった。


「ひどい目に遭いましたよ」
 アラウディの剥いたみかんをほおばりながら、スペードはぶつぶつと文句を言う。
「大して大事になんてしていなかったくせに、ちょっとちょっかいをかけただけであんなにキレるだなんて、ンー、まったく」
「それより僕のみかんとらないでよ」
「指が使えないんですから、仕方ないでしょう」
 ふたりともひどい有様だった。スペードは腕も足も使い物にならない状態だ。かろうじて右手でものを掴むくらいのことはできるが、みかんの皮むきのような細かい作業など到底できない。また衣類の繊維が熱で溶け、皮膚にはりついたせいで、あちこちに重いやけども負っていた。
 そしてアラウディは、顔と上半身を中心にひどい怪我を負った。あばらは無事なものの方が少ないくらいだし、顔は、腫れこそだいぶ引いたものの、青あざや瘡蓋やガーゼがまだ大量に残っている。口の中も数カ所切っているから、先ほどから剥いているみかんを一房口に入れたが最後、果汁がしみて大変なことになるに違いない。
 ジョットの襲撃から意識が戻るまでの一週間、ふたりは生死の境をさまよった。それだけで済んだのは、ふたりがそれなりの実力者であったことと、そしてボンゴレの卓越した医療技術のおかげだ。どちらが欠けても死んでいただろう。あのときのジョットの顔は、思い出すだけでもぞっとする。
「あんなに本気ならさ、あの子が不安になる暇なんてないくらい、大事に大事にしてやればいいんだよ!」
「同感です」
 やけになったように叫んで、ふたりは大きな大きなため息を吐いた。人のものに手を出そうとしてこの始末、しかも大嫌いなこいつとふたりきり。ツナが見舞いに来てくれれば少しは違うのだろうが、あの男が、可愛い恋人に自分の本性を一片でも見せたりしないだろうことは、容易に想像ができる。
 つい先日までは、来るべき聖夜に傷心のツナをどう慰めようかだなんて浮かれたことを考えていたのに。今年のクリスマスは、ジョットが言ったとおり賽の河原をうろついているうちに、とうに過ぎ去ってしまっていた。