おまえは何がほしい?
 ジョットはいつもやさしくツナに問う。瞳をやわらかく眇めて、髪をそうっと梳きながら、おまえが望むのならば何だって用意してやろうと言う。それがツナには嬉しくて、そして悲しかった。
「本当に君のことが好きで、ちゃんと君のことを考えているから、君が何を必要としているのか訊かなくってわかるんだよ」
 誕生日に、アラウディにそんなことを言われてしまった。実際、彼のくれたペンとシャープペンシルのセットは、爪が細くて長いせいでうまくペンを持てないツナでも持ちやすく、非常にありがたかった。
 ハロウィンにはスペードも言った。
「ひとの好みくらい、ちゃんと見ていればすぐにわかりますよ。特にきみはわかりやすい」
 彼がくれた菓子が、ツナが毎年楽しみにしている季節限定のチョコレートだったものだから、ついつい「どうしてオレがこれ好きだってわかったの?」と訊いたのだ。そうしたら彼は、なんでもないというふうにそうこたえた。
 彼らだけではない。Gも雨月もランポウもナックルも、獄寺も山本もランボも了平も雲雀も骸も、皆ツナがほしいものをくれる。時にはあまりそう思っていなかったものを贈られたりもしたけれど、それだって意識になかったというだけで、後から考えればやっぱりほしいものだった。たとえば、ずいぶん前に諦めてしまったゲーム機だとか、予算の都合で意識から追い出してしまった服だとか。或いは、あまり勉強をしないから気にしていなかっただけの、持ちやすく手に馴染む筆記用具だとか。
 それなのに。ツナは薄い唇を噛む。
 ジョットはいつもいつも、何がほしいかと問うのだ。それはまるで、彼がツナの好みなどまったくわかっていないというようで、ツナのことなど少しも見ていないというようで、悲しく腹立たしかった。
 ツナがほしいのは物なんかではない。高級なレストランでのクリスマスディナーだとか、きれいなホテルで一緒に過ごすだとか、そんなのもどうだっていい。ほしいのはたったの一言、
(好きだって、言ってほしいな……)
 それも、ツナからねだることなしにだ。だってツナは、ジョットからその言葉をもらったことがない。
 せっかくつきあってやっていたのに、なんて我が儘な子供だと怒らせてしまうだろうか。生意気だと捨てられてしまうだろうか。わざわざ希望を訊いてやっているのに、贅沢だと呆れられてしまうだろうか。それでももう、このままジョットと顔をつきあわせて暮らしていける自信などない。
 夢のような時間はもうおしまい、ピリオドを打たなければならない時がきたということなのだろう。クリスマスに浮かれるこの時季に別れてしまうだなんて悲しいけれど、このままずるずると暮らすよりはきっとましだ。そう自分に言い聞かせて、ツナはじんわり痛む目を閉じた。涙はとうに涸れ果てた。


 クリスマスはもう一週間後に迫っている。キリスト教圏では早々にツリーを立てて、クリスマス当日までもらったプレゼントをその下に置いておくものらしい。ジョットも十二月の初めに意気揚々とツリーを準備して、まわりに守護者や幹部たちからのプレゼントを積み上げていた。ただでさえ人数が多い上に、競って豪勢なものを贈ってくるものだから、いつ雪崩が起きてもおかしくないような状態だ。
 だが、その中に、ジョットからツナへの贈り物はない。ツナはまだ何も言い出せずにいた。
「綱吉」
 ソファーで寛いでいたジョットが、洗い物を終えたツナを呼んだ。きっとプレゼントのことだろう。跳ね上がった鼓動をどうにかなだめ、彼の隣へと座る。
「何ですか?」
「もうすぐクリスマスだろう?おまえは何がほしい?」
 当日に一緒に買いに行ってもいいが、おまえは人混みが苦手だろうと、ジョットはまるで気遣うようなことを言う。だがツナはそれを素直に嬉しいと思えなかった。大好きなゲームも、服も、何も要らない。ほしいのはたった一言だけだ。そしてその一言は、ツナがねだってしまっては何の意味もない。
 これは賭だ。うまくいけば比類なき幸せを手に入れられるけれど、負ければこのぬるく心地よい関係にピリオドを打つことになる。ひどく気が重かったが、それでもやはり言わなければならないことだ。いつまでもこのままずるずるやっていくわけにはいかないのだから。
 それでツナは口を開いた。
「オレが何をほしいのか、何をもらったら喜ぶのか、ジョットさんが考えてください」
「うん?」
「これまでずっと自分からお願いしてきたけど……一回くらい、ちゃんとオレのことを考えて……」
 殴られないか怒鳴られないか、ごみでも見るような目で見られないだろうか。怖くて顔を上げられなかった。ただうつむいて、泣いてしまわないように、ジョットのはいたパンツの縫い目をじっとにらみつけていた。
「うざいこと言ってごめんなさい。でもこれで最後だから、最後にするから、最後に一回だけオレの我が儘につきあってください……もういなくなりますから。いままで煩わせて、すみませんでした」
 声は小さかったが、余計な音の一切ない静まりかえったリビングではそれで十分だった。ジョットは鋭い目を更に鋭くして、ひゅう、と驚いたように浅く息を吸って、それからツナの肩をがっちりとつかんだ。
「ひっ……!」
「誰に何を言われた?私がおまえのことを考えていないだと?そんなわけがあるわけないだろう!」
 ジョットの怒鳴り声を聞くのも、こんなに険しい表情を見るのも初めてで、ツナは恐怖に身を縮めた。目の前のこの大切な人が、まるでおそろしい別の何かにすら思える。
 ああやはり怒らせてしまった。申し訳なさと離別の悲しさに震えるツナを、しかしジョットは許してはくれない。
「答えろ、綱吉、誰に何を言われた!?」
「あ、うぁ……」
「答えろ!」
 それが限界だった。決して泣くまいと必死にこらえていたのだが、ついに涙腺が決壊した。涙はあっという間に量を増し、ツナのジーンズを濃い色に変えていく。
 それにうろたえたのはジョットではなくツナ自身だった。絶対泣いてはいけないとあれだけ自分に言い聞かせていたのに、すべてが無駄になってしまった。どうしようどうしようとそればかりが頭の中をぐるぐるまわって、もう何をしたらいいのかわからない。ジョットの質問さえどこかへいってしまった。ただ謝り続けることしかできなかった。
 一方ジョットは、自分の失態にひとつ舌打ちをして髪をぐしゃぐしゃとかきまぜ、それからツナを膝の上に抱き上げた。薄い肩にこつりと額をくっつけて謝罪の言葉を口にする。
「怒鳴ってすまなかった」
 激高したことを恥じていると、それだけで伝わってくるような声音だった。ツナは長い睫毛から涙の滴をひとつ落として、おそるおそる問う。
「……許してくれるんですか?」
「許すも許さないも、お前のことははじめから怒っていないよ。だから、誰に何を言われてあんなことを言い出したのか、教えてくれないか?」
 ジョットのきれいな指が、ツナの濡れた下まぶたをそうっとこする。ツナはそのくすぐったさに目を眇めて、アラウディさんとスペードさんです、と正直に答えた。ジョットはそれを聞いてまた舌打ちをした。
「あいつらの言うことなど信じるな」
「え、でも」
 彼らの言ったことは一般的なことだと思うのだ。だってツナでも容易に想像できる。もしも──そう、今やもしもの話になってしまったが、ツナに本当に好きで好きで仕方がない恋人がいて、そしてほぼ無尽蔵にちかい財力があったなら。贈り物に悩むことなどあり得ないではないか。
 しゃくりあげながらそう主張するツナに、はじめはよくわからないと首をかしげていたジョットも、ああそうだなと苦く笑って頷いた。
「あのなあ、綱吉、私がおまえのことを考えていないというわけではないよ。実際、おまえが喜びそうなプレゼントの候補はちゃんとあるんだ。だが、私は欲張りだから、どうせならお前が一番喜ぶものをやりたかった」
 本人がほしいとすら意識していないようなものではなく、わかりやすく喜んでくれるものをやりたかったのだと、ジョットは自嘲するように言う。
「それがこんなにお前を追い詰めるだなんて思いもしなかった。いや、追い詰めたのはあいつらか」
「え、いや、アラウディさんもスペードさんも悪くないですよ!オレが勝手に勘違いしただけで……」
「そんなわけがあるか。あいつらのはわざとだ、わざと」
 頼むから、狙われていることを自覚してくれ。額に、熱っぽいまぶたに、べとべとの頬に、そして唇に。順番にひとつづつキスを落とされ、ツナは頬を真っ赤に染め上げた。こういった関係を築いてもうそれなりの時間が経つけれど、キスにはまだ慣れない。
 くすぐったさに頬を染めるツナに、ジョットは言う。
「……おまえには未来があるだろう。いつかおまえがどこかのお嬢さんを連れてくる日がくるかもしれない、そんなことを考えたら言えなかった。そのことがおまえを追い詰めていることはわかっていたのに」
「え、えと、なんのことですか?」
 まさか。いや、だが、そんなはずはない。期待と、そうでなかったときのための予防線で、ツナの狭い頭はいっぱいだ。
 一方ジョットは、おまえの考えていることなどお見通しなんだよとにやりと笑った。いじわるなのに甘ったるい、ツナが初めてみる顔だ。
「もしかしたらおまえは困るかもしれないが」
「そんなこと!ジョットさんにもらうもので困るものなんてなにもないです!!」
「二言はないな、綱吉」
「はい!」
 期待と緊張で胸がどきどきする。もう長いこと一緒にいるが、やっと、ようやっと待ち望んだ言葉をもらえるのだ。
 どれだけの時が過ぎたのだろう。永遠に続くのかとも思ったし、一瞬のようにも感じた。静寂のなかでぽつんとジョットは言った。
「おまえが好きだ。何があっても放したくない。いつでもおまえのことを何より大切に思っているよ」
 破壊力抜群。ツナは初めてもらったその一言で、まるで芯まで茹であがったかのようになってしまった。顔も耳も手も真っ赤、耳はきぃんと高く鳴り、頭の中はぐらぐらだ。
 籠もった熱を苦そうとはあ、はあ、と息を吐くツナに、ジョットはくすくす笑って、ほらお前は困ったと言った。
 本当に困ったわけではない。ただ嬉しいだとか、恥ずかしいだとか、そういうたくさんの感情が一度にわき上がってきて、どうしていいかわからなくなってしまっただけだ。少しも困ってなんかいない。そう反論したいのに、もどかしいことに声が出ない。ぱくぱく口を開いて閉じて、そして声の代わりにおそるおそる手を伸ばして、
「な、おい、……!?」
 ちゅう、とかわいらしいリップノイズが、静かな家に響く。
「お、おぉ、おかえしです!オレからのプレゼント!」
 きゅうっと眉を寄せてツナはそんなことを言う。ツナからの初めてのキス、それを、「相手がほしがっているだろうと考えて」ツナはジョットに贈ったのだ。
 ジョットはもうたまらなくなってしまって、膝の上の愛し子をぎゅうぎゅう抱きしめた。悲鳴が上がっても、どれだけばたつかれても、腕の力は緩めなかった。


 後日、アラウディとスペードが死ぬ気のジョットによってぼこぼこにされたことを、ツナは知らない。