ジョットという男は、まさしく神に愛され生まれてきたような男である。五体満足で生まれ、容姿や頭脳・運動神経に優れているだけでなく、運、さらには超直感という才能にまで恵まれた。
 そんな彼は、その死に際して、天からさらに大きな贈り物をもらうこととなった。未来でも過去でもいい、好きな時代の好きな日から、再び人生をやりなおす権利を与えられたのだ。
 神の伝言を賜ったのだという厳めしい顔をした聖人の、「いつがいいか」と問う声に、ジョットは微かに笑ってみせた。
「……そんなものとうに決まっている」
 これから百年あまりがたった十月十四日。夢の中で幾度も見た、遠い未来で、大切な大切なあの子供が生まれるはずの日に。
 そうしてジョットは、これまでに得た強大な権力も財力も人脈もすべてなげうって、その身ひとつで時間を飛び越えた。びゅうびゅうと北風の吹きすさぶ、とても寒い日のことだった。


 その日は十月にしてはやたらとあたたかく、まるで、世界そのものが、新しく生まれる命を祝福しているかのようだった。それまでいた場所とのあまりの温度差に、うっすらと汗をかいてしまったほどだった。
 ジョットはマントをはずし、それを小脇に抱えて、目の前にあるこぢんまりとした建物に向かって歩き出した。
 そこは小さな産婦人科のクリニックだった。アイボリーと木目をベースにデザインされた、妊婦と母親と赤ん坊たちでいっぱいの優しい空間を足早に抜け、新生児室へと向かう。
「綱吉」
 ガラスの向こう側、十ほど並んだベッドの右から三番目に、目当ての子供は寝かされていた。目は細く、頬は赤くて、とてもひとの子とは思えない様相をしている。何よりもまだ名前すらない。それでも一目でツナだとわかった。
 ジョットは沢田家の先祖ではあるが、奈々や家光にそうとは認識されていない。家族の許可がなければおそらくツナを抱かせてもらうことはできないだろう。だが、それでもいいと、ジョットは額をガラスに押し当てて目を閉じた。
「我が……我らが愛し子よ、はやく大きくなっておくれ」
 やわらかな芝生の上でころげまわるだとか、この子を膝の上にのせて異国の話を聞かせてやるだとか、高く美しい大空を並んで眺めるだとか、一緒にしたいことが沢山あるんだ。そう続けると、まるで言葉に反応するかのように、ツナはその小さな手をジョットに向けて伸ばしてくれた。
 ああ、こんなに幼い今でも、この子供はジョットを受け入れ、欲してくれるのだ。じわりと熱くなった目頭を押さえて、ジョットは院内にいるだろう奈々を探してふたたび歩き出した。一度はそれでもいいと思ったくせに、見ているうちに、どうにも我慢ができなくなってしまったのだ。


 奈々は寛大で、とにかくごまかしやすい相手だった。ジョットは家光がいないのをいいことに、自分を彼女の会ったことのない親戚と偽り、家事や育児を手伝うからと、ちゃっかり沢田家に転がり込む許可までもらってしまった。
 退院の日、ジョットはツナを抱いて病院を出た。ジョット以外が抱き上げると──たとえそれが母である奈々であっても──ツナがひどく泣き出すからだ。
 遠くから教会の鐘の音が聞こえ、ジョットは天を仰いだ。日本に来てからはあまりないが、イタリアでは飽きるほど聞いた音だ。
 ジョットは、神様などクソ食らえとうそぶき、ろくに日曜礼拝に出もせず、挙げ句「ゴッドファーザー」の二つ名をもらうことで神に成り代わってしまったような無信心男だが、神がきっとこの子供を祝福しているのだと、このときばかりは素直に思えた。
「百年経とうと、千年経とうと、おまえを愛している。おまえが、おまえこそが私の運命だ」
 そしてこの子供が人生の岐路に立ったそのときには、そっと隣に立って、他の誰にも知られないようにこっそりと教えてやるのだ。ツナが世界中のあらゆるものからどれほど愛され、望まれて生まれてきたのかを。