きっとこれは神様を冒涜することになるのだろう。幾重にも幾重にも禁忌を犯して、何度も泣いて、苦しんだ。それでも後悔なんかない。
鏡の中にはどこからどう見ても綺麗な「花嫁さん」が、真っ白いグローブで頬杖をついてにやけている。つややかな布地、繊細なパールのネックレスとイヤリング、グリーンとホワイトの組み合わせが清楚な花の髪飾り。どれも男の好むようなものではないはずなのに、こうして嬉しくなってしまうのは、きっと、父やあの人やその守護者たちに何年間も可愛い可愛いと言われ続けたせいだ。
(あ、そういえば、もう皆着いてるのかな?)
コテリと首をかしげてみる。ぴっちりと整えられた髪は、珍しいことにそよぎもしなかった。
ツナの守護者たちだけでも、全員揃えば間違いなく大騒ぎになる。しかし今日はそれだけではない。アルコバレーノに同盟ファミリーの幹部たち、ヴァリアー隊、さらにはジョットの守護者たちまで勢揃いしているのだ。
(結婚式くらい静かにしててくれないかなー……無理だろーな……)
いつかのリボーンとビアンキの披露宴を思い出す。獄寺、ランボ、ディーノと、たった三人だけだったはずなのにあの騒ぎだった。一方今日はあの時とは比べものにならないほどの人数がいる。しかも彼らの場合、数が二倍になると威力は二乗になるのだ。
憂鬱だ。これがマリッジブルーというものだろうか。ツッコミ役につっこめるほどの強者がいない中、どこかずれたことを考えてツナは頭を抱えた。
なんとか諦めもついて、いい加減退屈しだした頃に、コツコツとノックの音がした。一体誰だろうと入り口の方を振り返ると奈々だった。華やかなスーツを着てにこにこと笑う彼女は、いつもにまして「母親」の顔をしている。
「まー!つっくん、綺麗になったわね!」
その「つっくん」が息子であることなど忘れたかのように歓声を上げる奈々に、ツナはなんともいえない笑みを浮かべて見せた。
「母さん……」
「ふふ!わたしの結婚式を思い出しちゃうわ〜!」
耳にたこができるほど聞かされた自分たちの結婚式の話をまた始めた奈々に、しかし、今回ばかりはもういいよとは言えなかった。住む家も、名字も、何一つ変わらない。変わらないが、今日からツナは彼女の息子ではなくなるのだ。
思わず涙ぐんでしまったツナを見て、もうしょうがないわねえ!と笑って、奈々はティッシュを手に取った。擦ってしまわないように、化粧が崩れないようにと優しく触れるその繊手に頬を寄せて、ツナは目を閉じる。
「母さん」
「なあに?」
「いままで、ずっとありがとう。それから、いつか父さんがいなくたってオレが守ってあげられるようになるから、それまで待っててね。……大好き」
きっと雰囲気にのまれていたのだろう。そうでなければ、思春期まっただなかの男が、こんなことを言えるわけがない。
それでも奈々はツナをぎゅうっと抱きしめてくれた。肩はちいさく震えていて、もしかしたら泣いていたのかもしれない。
しばらくしてから奈々は顔を上げ、何でもない顔でにっこりと笑った。
「つっくんも、辛くなったら、我慢しないで何でも言いなさいね。ふふっ、でも同じ家に住むんだから、これまでとあんまり変わらないわね」
「変わらない……?」
「そうよ!わたしとつっくんが親子だってことは、これからもずっと変わらないでしょう?それに、リボーンくんもビアンキちゃんも、ランボくんも、イーピンちゃんも、フゥ太くんも、みんなうちにいてくれるっていうし、ジオくんもうちで同居してくれるって言ってくれたし……ね、ひとり家族が増えるだけじゃない。なんにも遠慮なんてしなくていいんだからね」
奈々の言葉はまるで、耳から入って細胞のひとつひとつまで染み渡るようだった。ああこのひとが自分を育ててくれたひとなのだ、そんな今更なことを、ようやく本当の意味で「解った」気がする。
リボーンが来るまで、奈々はほとんど女手ひとつでツナを育ててくれていた。いくら金銭面の不安がなかったとはいえ、辛くもあっただろうし、もしかしたらこの子さえいなければだなんて思ったこともあったかもしれない。それなのにこのひとは、少なくともツナの前では、愚痴も文句も言わなかった。いつだってにこにこと笑い、時に怒って、つっくんは私の自慢の息子なんだから!と言ってくれた。ひとり息子が男をひっかけてきた時だって、驚きこそしても否定しないでいてくれた。
思い出せばきりがない。止めてもらったはずの涙がまたあふれだして、結局化粧は台無しになってしまった。それでも泣くのをやめようとは思えなかった。
奈々は偉大すぎて、きっと一生かかったって追いつけっこないだろう。それでも、何年かかっても、彼女のようになりたいと思うことは諦めずにいよう。そう心に誓った。