死ぬ気弾の効果が切れた途端、ツナはひどい眩暈に襲われた。
 またドクロ病のようなやっかいな病気だろうか。思い至ってぞっとした。あの頃とは違って、今は恥を晒しくない相手が多すぎる。
 頭はぐらぐらするし、獄寺と山本の騒ぐ声がぐわんぐわんと響いて、とても気持ちが悪い。きっとまた、限りなくどうでもいいようなことで喧嘩しているのだろう。
 獄寺は多少激しい性格をしているけれど、頭のいい、優しい人だ。山本はかなりの天然だけれど、運動神経のいい、周りまで明るくする力を持ったやつだ。ひとりずつならそれぞれすばらしい友達なのに、ふたり揃うとどうしてこう、大きな困ったちゃんになってしまうんだろう。被害を受けるのはいつだってツナだ。
 でも、ツナはちゃんと知っている。彼らがいてくれれば、間違いなく自分は大丈夫なのだ。具合が悪くなって倒れても、本物のマフィアに命を狙われても、そしてたとえ未来や大昔にタイムスリップしてしまうようなことがあったって、三人一緒にいれば、絶対に大丈夫。
 いつもならこの騒ぎにうんざりするだけなのだけれど、今日はなんだか安心する。目眩のせいだろうか。そこまで考えてツナの意識はぷつりと途切れた。


 気づくと見知らぬ場所にいた。
 ぐるりを木々に囲われた、沢田家のリビングとダイニングを併せたくらいの広さの空間に長いすがぽつりと置かれていて、ツナはそこに横たわっていた。臑に当たる下生えがくすぐったくて足下に目をやると、薄汚れた上履きは洒落た下駄に、着慣れたハート柄のトランクスは着物に替わっていた。白群に白いなでしこの散る、麻の夏着物。和服に疎いツナにもわかる。
(なんでオレ女物着てるのー!?)
 驚きや焦りよりも先につっこみがきた。さすがオレ、と自画自賛して、落ち込んだ。
 なんだか悲しくなってしまったので、すべていったん保留にして、状況の把握から始めることにした。あたりを見回してみると、生い茂る木の葉の向こう側に、木造の建物があることに気がついた。おそるおそる立ち上がって、そちらへと向かう。
(わ……!)
 そこは寺の境内だった。本堂も鐘楼も山門も、見上げなければ全貌がわからないほど大きくて立派だ。規模は小さいが、なかなか立派な古刹のようだ。
 ツナがいたあの場所は本堂の脇を抜けた先にあった。あちら側からは建物が丸見えだが、境内側からは生い茂った植物がうまい具合に目隠しになるため、その存在に気づきすらしないだろう。ツナだって、自分がそこから出てきたのでなければ、きっと素通りしていた。そこはそうやって、非日常のなかにひっそりと存在していた。
 ツナはぷるりと首を振り、それからとにかく人を探して歩き出した。無人の世界がたまらなく恐ろしかったのだ。そう、このシチュエーションは、最近プレイしたばかりのあるホラーゲームに酷似していた。
 下駄なんて履き慣れていないし、参道の石畳はでこぼこしていて非常に歩きにくい。結局ツナは、普段の倍ほどの時間をかけて山門へ出た。本来はここを起点にして、ツナの通ってきた道を逆に辿って参拝するのだ。
 さてどうするか、悩んだ末、ツナは、境内を出ずにそこから延びる別の道を進んだ。山門の外に出るのには抵抗があったからだ。
 土がむき出しになった坂道と石段を上がった先は、墓場だった。こちらも人気はまるでない。ふらふら歩いても咎められないのはありがたいが、場所を考えると、少しだけ背筋がぞっとした。
「し、失礼、します……」
 恐怖を振り切るように呟き、おそるおそる歩みをすすめた。
 墓地は、おそらく斜面を切り崩して作られたのだろう、山門へ続く石段の道を除いた三方を崖に囲まれていた。寺そのものが山の中に存在しているようだが、ここは特にそれを色濃く感じさせる。地面だってでこぼこで、ところどころに石や木製の階段まで点在しており、少し気を抜けばすぐに躓いてしまいそうだ。
 案の定、石段を上がるときに下駄の歯を石段に当ててしまった。静まりかえった墓地に、カツンと耳障りな音が立つ。
(え、わ……あれ?)
 モノクロの墓石の間で、なにか鮮やかな色が動いた気がした。音に反応したのだろうか?ツナは緊張に体を硬くしながらも、慎重にそちらへと足を向けた。ざわざわと急に強くなった風に、金臭い匂いが混じる。それが血だと理解した途端に指先が震えだした。
 色彩の主は、敷地の最奥にいた。高級そうなストライプのスーツを着て、どうやらマントまでつけている。金髪金目の小柄な男だった。
「あ、あのっ」
 おそるおそる声をかけるが、返事はない。ただ、金色の鋭い瞳が、威嚇するようにツナを射貫いた。
 男は右手で左脇腹を、もう片方の手でその右腕を押さえていた。スーツもマントも黒地だから見えにくいが、少し目を凝らせば血がどくどくと流れ出しているのがはっきりとわかった。
 きっと、この人は、このまま放っておいたら死んでしまう。ツナは悲鳴を必死にこらえ、ゆっくり彼に近づいた。
(たすけなきゃ)
 あいにく荷物は何もない。懐にはハンカチとなぜかあめ玉、帯には扇子が挟んであったけれど、これだけではどうにもならない。
(せめてもう少し長さのある布があれば……)
 きょろきょろと代用できそうなものを探したが見当たらず、結局、着ている着物を膝下あたりの長さまで切ってしまうことにした。布の裂ける音が静かな墓地に響く。きっちりと織られていた麻は、しかしそれだけに、端さえ破いてしまえばあっという間だった。
「なっ……!」
 ツナの行動に男は絶句したようだった。手負いの獣のように張りつめていた綺麗な顔は見事に崩れている。それに少しだけ勇気を貰って、ツナは彼に手を伸ばした。
「その手、どかしてください」
「何?」
「今から手当てをしますから。手をはなしてください」
 リボーンにさんざん仕込まれたせいで、応急処置くらいならなんとかできるようになった。彼の傷がそれでどうにかなるものとは思えなかったが、それでも、何もしないよりは絶対にいい。少なくとも、ちゃんとした医師に診せるまでに、彼の状態が悪化しなければいいのだから。
 マントを外し、ジャケットとシャツを脱がせて、記憶を頼りに男の体を縛っていく。血は嫌いだし、こんな状態で行き倒れている人間をかたぎだと思えるほど世間知らずでもない。だが、目の前にいるこの男の命は、おそらく今にも消えようとしているのだ。オレが助けなきゃ、絶対にどうにかするんだと何度も自分に言い聞かせながら、震えを必死にごまかして、腰に巻いた着物の残骸をぎゅうっと結んだ。
 一カ所、二カ所と止血の結び目が増えていく。夢中だったせいか、処置は、終えてみればあっという間だった。
(あとは……体を冷やさないようにするんだっけ。ああ、患部を本人に見せないようにもしなくちゃ。もう遅いかもしれないけど)
 血まみれの服を着せ直すのは気が引けたが、かといってツナの着物はこれ以上譲れるほど残っていない。彼のジャケットも血まみれで使えそうになかったので、比較的汚れていないマントだけを彼に掛けてやった。
 応急処置が一段落して、ツナにはようやっと、男の顔を見るだけの余裕ができた。つややかで豪奢な金髪、今は閉じられた金の瞳。どこかで見た、というより、思いっきり誰かにそっくりな顔立ちなのだが、それよりも彼の頬にべったりとついた血に目がいった。汚れた指で擦ったのだろうか、五指の跡が生々しく残っている。ツナは、墓地入り口の井戸まで戻ってハンカチを濡らし、それでていねいに拭ってやった。いつの間にか彼は気を失っていたけれど、その頬は心なしか赤みを取り戻している。思わず、ほうっと安堵の息が溢れた。
「もう大丈夫ですよ。あなたはぜったいに助かります」
 囁きながら男の隣に座って、そろりと力の抜けた指を握る。たとえ血の気が引いていても人の体というのは温かいものなのだと知った。