酒の席で、どうしてか理想の夫婦像の話になったことがあった。アルコールのもやをかきわけて記憶をたどってみると、きっかけはどうしようもない芸能ニュースだったように思う。おしどりという表現がぴったりのある芸能人夫婦がいて、その奥さんのほうが死んだ、旦那は十も二十も老け込んで今にも死にそうに見えた。そんな、ヤマもオチも何もないような話だ。
 その日一緒に飲んでいたのは、オレとツナ、獄寺、笹川先輩、そしてスクアーロとルッスーリアだった。なんで集まったのか、今でもなおよくわからないような顔ぶれだ。珍しいことに皆しこたま酒を飲んでいて、隣に座った獄寺は半分、その向こうのツナにいたっては完全に眠っていた。笹川先輩とルッスーリアは気焔を上げ、意味もなく乾杯を繰り返している。こっちも潰れるのは時間の問題かもしれない。一方スクアーロは、珍しいことに何も言わず、据った酔眼で真っ正面を睨みつけながら、ちびちびとグラスの中身を舐めていた。
「夫婦っていえばさ、九歳?十歳?年上の嫁さんを貰うのが良いって聞いたんだけど。あれ何でなんだろーな?」
「あー?」
 オレの問いに、獄寺が億劫そうに顔を上げた。
「平均寿命だろ」
「へーきんじゅみょー」
「女の方が男よりも九年長いんだよ。だから、女の方が九歳年上だと一緒に死ねていいな、ってことだ」
「女が八十四になったときに男は七十七かー」
 ああそうかと、思わず納得してしまった。でも、アレ、そうすると、年下の幼妻をもらったある意味羨ましい男は、大事な大事な嫁さんを置いて逝くことになるわけか。ちらりとそんな考えが頭に浮かんで、視線が自然とスクアーロの方へと向いた。
スクアーロは数年前に、ツナと生涯を誓い合っている。ヴァリアーの他にはおそらくオレだけが、そのことを知らされていた。
 スクアーロは男だ。そしてツナも男。年の差は九。つまりスクアーロはツナより九年早く死ぬ。もちろん、病気やけがでもっと早く死ぬかもしれないし、逆に長生きするかもしれない。けれど、それでも、この話題の後では、その九年は無視をするには重すぎた。
 オレが言いたかったことに気づいたのだろう、テーブルに突っ伏した獄寺とツナの頭越しに、スクアーロがらしくない小さな声音でつぶやいた。
「とっくに解ってるんだよ、そんなこと」
 苛立ちも怒りもない、ただ淡々と落ち着いた、凪いだ声が言った。
「俺はこいつよりも九年早く死ぬ。けどな、別に悲しいことじゃねぇ。俺はなァ、最期の最期に、これまで散々尽くしてくれてありがとうって、縛り付けて好きなことのひとつもさせてやれなくてすまねぇ、オレが死んだ後は解放してやるから、やりたいことをみんなやれよっつって、それで死ぬ。それでいいんだよ。こいつは残りの九年、自由に好きなことを好きなだけやって、それからゆっくり来ればいい。……こいつが『あっち』に来ちまったら、また、逃がしちゃやれねえからなぁ」
 一息にそう語って、それからスクアーロはいっきにグラスを干した。
 不器用な愛情だと思った。あの鈍いツナが、真意を悟って真っ赤になるまで好きだ好きだと繰り返して。初めての感情にとまどうツナをかっさらうようにして自分のものにして。そんな傲岸不遜でどうしようもないやつが、こんなことを考えているなんて。まっすぐなつよいつよい想いに、くらくらする。
 ふと視線を下にやると、眠っていたはずのツナは、スクアーロの肩口に顔を寄せ、ほろほろと涙をこぼしていた。オレはなんともいえないもやもやした気分になってしまって、中身も誰が頼んだのかもわからなくなってしまったグラスをとり、一息に呷った。どうしてか、取り返しのつかないことをしてしまったような気持ちになったのだ。そしてそれは当たっていた。


 ツナが死んだと聞いたのはそれからわずか一月後のことだった。