なに、なんだこの状況。目だけをせわしなく左右に動かしてツナは心の底から叫んだ。ツナの左側には雲雀がいて、ふたり並んでびっちりと一人がけのソファに座っている。ツナは同年代の平均よりも大分小さいが、その分雲雀が大人びた体つきなのであまり救いにはなっていない。
目の前の画面の中では、グラマーな外国人の女が、玩具を手に喘いでいる。ようするにアダルトビデオなどというものを今ツナは見ているのだ。信じられないことに、応接室で。それもあの雲雀と一緒に。
(か、かえりたい……!)
嬌声があがるたびにびくりとするツナを尻目に、雲雀は日本茶を啜り、羊羹を食べ、あげくにリモコンを放り出してDVDの入っていたパッケージを読み始めた。なんだか非常に空気が冷たい。冷たすぎて痛い。
「『東欧の妖精と爆乳大和撫子の濃密セックス競演!レズ・3P・アナル・etc…とどまること知らずの日欧セックスバトル!』だって。世の中物好きっているんだね、こんなものが売れるなんて」
それを没収して見ているあなたも大概物好きですよ!笑ってそう言おうとしたができず、ツナは強ばる喉をむりやり動かして「そうですね」とだけ答えた。声はみっともなくうわずっていた。もしかしたらところどころ裏返っていたかもしれない。
そうこうしているうちにチャプターが替わった。「淫語講座 Japanese“INGO”」というなんとも馬鹿馬鹿しい字幕が入る。一拍おいて画面に映ったのは、先ほどの外国人と、こちらも肉付きの良い日本人の女優だった。色違いのドレス姿で白いソファにかけている。胸を強調した十分露出度の高い衣装ではあったが、それでもツナは彼女たちが服を着てくれたことに心底安堵した。
「なっなんだかオレたちみたいですね、ほらソファに一緒にふたり」
どうにかして画面から気を逸らそうとツナが話を振ると、組んだ膝の上に肘をついた雲雀は、極上の群れを目の前にしてトンファーを構えたときのように、にいっと笑って言った。
「そうだね。ねえ、僕たちもやってみようか」
「なっ何をですか!?」
「聞いてなかったの?……『濃密セックス競演』、だよ」
雲雀の長い腕がツナの腰にぐるりと回る。こうなるとツナにできることといったらせいぜい、背を反らして、一ミリでも彼から離れようと頑張ることだけだった。もちろんたいした効果はなかったが。
「つ、つめた、ひあァ……っ」
雲雀の繊手がツナの胸をまさぐっている。
もっと近くに寄りなよ、その一言で、今やツナが座っているのは、ソファではなく雲雀の右腿の上だ。起ちあがったものが彼の締まった脚に擦れてしまいそうで、必死に腰を浮かす。だが雲雀はそれが面白くない。
「生意気。力なんか入らないようにしてあげる」
「やぁんッ」
くしくしと体温の低い指先が乳首やその周りを擦るたび、びくんと体が跳ねて勝手に高い声が出る。融けはじめた脳の隅っこで、ぼんやりとAVのあの喘ぎは演技じゃなかったんだなあと、どうでもいいことを考えた。だって本当にいくらでもトーンは上がるし、我慢したってしきれない。
「ひっ、ひばりさん、やめっ、お願いっ」
「いやだ。……君なんか嫌いだよ。いつでも他のことばっかり考えてる」
「そ、なこと、な……です」
「僕に嘘つくのも、意地をはるのも許さない」
だからこれはお仕置きだよ。雲雀はそう呟くと、先ほど外したツナのネクタイを手に取った。そのまま器用にツナの手を縛ってしまう。いったいどういう結び方をしたのか、親指一本すら動かせない。
半泣きでパニックを起こすツナに、更にたたみかけるようにリモコンをちらつかせる。
「ねえ、ビデオの真似、してみてよ」
「はあ!?」
「せっかくの『淫語講座』なんだから、ちゃんと受講してみせて。この外人と一緒に言えばいいから」
そうしてチャプターの頭出しをしながらくすくす笑う。
「言わなかったら、咬み殺す」
ツナは黙って頷いた。とりあえず死にたくはなかったからだ。大人しくなった褒美とでも言うかのように、雲雀は背を丸めてツナの薄い胸にするりと頬を寄せた。そのまま視線だけテレビの方へ向け、再生ボタンを押す。
可愛らしい音楽と、何度見てもまったくどうしようもない字幕のあとで、日本人の女が口を開いた。
『まんこ、濡れた?』
「う、うぇ」
『マンコ?』
『濡れた』
『ヌレタ』
「むっ無理ですー!!」
当然だが日常生活では淫語など使わない。これまでにまったくセックスの経験がないツナにしてみれば、こんな単語を頭の中に思い浮かべることすら初めてなのだ。画面の向こう、プロのAV女優でさえ照れてくすくす笑いあっているのに、そんな青い中学生が同じ事をできるわけがない。
だが雲雀はツナを解放する気はないようだった。俯いて黙り込んでしまったのを責めるように、指先に力を込める。
「ヒバリさん、も、やだッあーーー!!!」
「嘘はだめだって言ったでしょ、学習能力がないね」
「やァ、なっ、舐め……それやあッ、舐めちゃだめぇ、ひば……っ」
「こんなに硬くしておいて、まだそんな嘘を言うの?ああ、それとももっとお仕置きされたいのかな」
「ちがっ!」
「違わないでしょ。ほら、さぼっちゃだめだよ」
言いながらも、舌や歯まで使ってツナをなぶる。最初に雲雀の機嫌を損ねる原因になった腰からは、とうに力など抜けきっていたが、もう互いにそんなことはどうでもよくなっていた。ツナの頭の中は真っ白だったし、雲雀はツナをいじめる口実にさえなればなんだっていいのだ。
『そのチンポ、びしょびしょのまんこに突っこんで!』
「その、ち、ちん〜〜っ!!」
『クリトリスの皮、剥いて。乳首噛んで?』
「……も、や、ダメぇ!ひばりさ、助けてッ」
「仕方ないね。もう僕に嘘ついたりしない?」
ツナは勢いよく頷いた。とにかくこの状況から逃げ出したかったからだ。このあと何時間頑張ったって雲雀が満足するような淫語は言えないだろうし、まして、この乳首責めは本当に拷問だ。きっともうすぐ頭の中がおかしくなってしまう──ならばできない約束をして、あとでトンファーでぼこぼこにされるほうが幾分かマシだ。
「し、ませ、ん!ぜったい!」
「うん、それじゃあ止めてあげる。あ、でも最後に一回くらいちゃんと言ってね、淫語。ほら」
どうやらこちらも佳境らしい。画面の中、紅唇から紡がれる淫語はますます過激になっている。雲雀の特命だからと、ツナは必死に耳をそばだてる。
『肛門も開いてつっこんで』
「こ、こ、こうもんもひらいて、つ……っこんで!」
「ワォ!そんなにお願いされちゃったら、応えるしかないね」
「え、な、ヒバリさんッお願い、やめ、ひ、あァ、やぁんっ!あぁーーー!!!」