ツナがあのスノードームの中に閉じこめられたのは、十六歳になったばかりのある寒い晩だった。
 液体が蒸発してしまったため、もう雪は舞わなくなっていたけれど、それでもツナの宝物だったそのドームは、出会って最初の冬に雲雀から贈られた、並盛を精巧に模したものだった。外から見ればちんまりとしてかわいらしいそれは、しかし、一歩中に入ってしまえば、季節も、文明も、生命すらツナのものひとつしかない、死の世界だった。
 頭がおかしくなりそうな孤独と静寂の中で、子供をここへ連れてこずにすんでよかっただとか、ヒバリさんがいてくれるから寂しくないとか、そんなせいいっぱいのよかった探しをしながら、ひとりで二十五年を生き抜いた。人生の半分以上を、ツナは、たったひとりで過ごしたのだ。最後の半年は雲雀がそばにいてくれたけれど、そんな世界だったから、喜べば喜んだだけ罪悪感も大きくなった。
 そんなツナをドームの中から救い出してくれたのは、雲雀と、見慣れた風紀委員の面々と、そして雲雀との間にできた愛息だった。
 子供を産んだときのことは今でも鮮明に覚えている。泣き声は弱々しく、雲雀が「抱き上げたら壊れそうだね」なんて言ったくらい、小さな赤子だった。その子が結婚して父親になって、そしてツナのことを迎えてくれた。
 産んですぐに離れてしまったし、顔もあまり似ていないから、最初は知らない人をみるようだった。けれど彼は、昔のツナみたいに少しだけぼうっとした子で、雲雀みたいに家族を大切にする人で。しっかりもので、つっこみ属性で、涙もろくて、頭がよくて、運動神経はあまりなくて──一緒に過ごす時間が長くなればなるだけ、自分と雲雀の子供だと実感できるようになっていった。
 毎日が本当に嬉しくて幸せで。再会の日からもうひと月が経つのだけれど、ツナは何度も何度も思い出しては、その度に泣いてしまう。
 一度、ひなとふたりで留守番をしていたときに、じわりと涙がにじんでしまったことがあった。必死にそれを拭ってごまかそうとするツナに、ひなは目を丸くして、それからツナの頭をいいこいいこと撫でながら言った。
「おばあちゃん、泣いちゃめー、だよ!こわーいパイナップルおばけが、けいやくしにきちゃうよ!」
 驚きのあまりに涙は一瞬で引っ込んだ。同時に、雲雀がちゃんと孫育てに協力してくれていたことを実感してしまい、今度は笑いが止まらなくなってしまった。
 買い物から帰ってきた義理の娘にそのことを言うと、彼女もまた大笑いして、「こわーいパイナップルおばけ」の話をツナにねだった。聞けば、彼女もひなも、骸どころか家光や奈々にさえ会ったことがないのだという。ツナのことで、雲雀は彼らとの縁をすべて断ってしまったのだそうだ。
 それから、女三人ならんで台所に立って、夕飯の準備をしながらいろいろな話をした。ひなは幼稚園でのおともだちのことを。義理の娘は、ツナがいない間の雲雀とこの家のことを。ツナは守護者たちのことや、黒曜や、未来でのこと、そして呪われた赤ん坊たちのことを話した。
 皆大いにエキサイトして手元がおろそかになり、夕飯のハンバーグは大きさも焼け具合もまちまちになってしまった。そのことで雲雀に文句を言われると、今度は三人で、跳ね馬やパイナップルや幻騎士、ロール、ヒバードといった単語をだしてからかった。雲雀は憮然としていたし、止めに入った息子は涙目だったけれど、ツナは大いに笑って楽しんだ。食事とはやっぱりこういうもののことを指すのだ。
 行儀にうるさい雲雀が、そっとテーブルの下でツナの手をにぎってくれたのが、まるでそのとおりだと言ってくれているようで。嬉しくなったツナはその手をぎゅうっとにぎり返して、雲雀を盛大に喜ばせた。
 ツナが減速器にかけられる瞬間の雲雀の表情を、今でも鮮明に思い出すことができる。憎しみと無力感、絶望に満ちた表情だった。鬼とはきっとああいうもののことを指すのだろうとドームの中で泣いた。戻ってきてからも忘れられなかった。だがそれも今日までだ。雲雀にもうあんな顔をさせることはないのだと、このひとも自分ももう大丈夫なのだと、やっと信じられる気がした。