愛する僕たちの息子へ
僕はこれまでおまえに、多くの隠し事をしてきた。それはおまえに母親がいないことに始まり、そして、僕がおまえの前を去る理由につながっている。
その隠し事のすべてをこれからおまえに話そうと思う。いや、その前にまず謝罪からするべきか。
長い間父親らしいことなど何一つしてやれなくてすまなかった。母親もいなかったから、おまえはこれまで随分と寂しい思いをしてきただろうね。それなのにまっすぐ清廉に育ってくれたおまえは、僕たちの自慢の息子だ。
僕にはたくさんしなければならないことがあった。それはきっと僕にしかできないことで、ずっと、それを優先することがおまえのためにもなると信じていたんだ。そしてそうでないと気づいたときにはもう時間が経ちすぎていた。
僕はばかだ。はじめからおまえに全て話しておけばよかったんだ。今となってはたったふたりの家族なのだから。本当にばかなことをした。
今更こんな手紙を書いたって、もうとりかえしなどつかないかもしれない。でも僕は書かずにはいられない。
おまえが僕をどうしようもないほど憎んでいるなら、こんなものは早々に捨ててしまっても構わない。だがそうでないのなら、或いはほんの少しでも事実を知りたいと思ってくれたのなら、お願いだ、どうか最後までこれを読んでほしい。そして僕たちに、おまえの両親をやり直すチャンスをくれないだろうか。
おまえは僕や綱吉のことについてどれくらい知っているだろうか。情けないね、僕にはそれすらわからない。
僕はずっと研究をしていた。最近はボンゴレリングや匣といったおとぎ話じみたものが主な対象だったけれど、スタートは物理学だった。信じられないかもしれないけれど、光のスピードを闇のスピードにまで遅くできるようになると、人間を塵のような大きさすることもできるようになってしまうんだよ。そして、僕はそれの逆転、つまり塵を人間の大きさにしたかったんだ。
でもそれだけではない。それに一番力を入れていたのは確かだが、他にもなんでもやった。今思い出せるだけでも、農学や栄養学、医学、心理学、建築学、電子工学などがあった。別に僕が飽きっぽいわけではないし、世界の真理だとかそういうものを追求したかったというわけでもない。これはそういう問題ではないんだ。
これらの研究や技術は全て必要なことだった。あの子を死なせないために、無事にこちらの世界へもどすために。すべて彼女のためだけに手をつけた。驚くだろう?医者も農家もエンジニアもいない世界では、たったひとりの人間を生かすために、これだけの知識や技術が必要なんだ。
もう言ってしまうけれど、そのひとりというのはおまえの母親だ。綱吉は本当は死んでなんかいないんだ。ちゃんと生きているんだよ。今は声を聞くことも、手を取って歩くこともできないけれど、でもおまえの本当にすぐそばで、いまもきっとおまえのことを気にかけながら、生きているんだ。
綱吉はマフィアの跡継ぎだった。僕たちが出会えたのはそのおかげだったけれど、感謝など少しもしていない。むしろ僕はその群れを憎んですらいる。なにしろ君から母親を、綱吉から人生を、そして僕から妻を奪った犯人なのだから。
あの子はそもそも裏社会でなんて生きたくなかったんだ。それを周囲がむりやり継がせようとした。彼女の父親も、先代も、家庭教師も、そのほかの誰もかもがそのために動いた。それなのに、もっと有力な候補が襲名した途端に今度は厄介払いだ。あれだけ無理矢理引きずり込んでおきながら、皆して彼女を切り捨てたんだよ。「彼女が将来産むかもしれない子供」が、「跡目争いの火種にならないように」だなんて、ご立派な大義名分を掲げてね。殺さないのが温情だとまで言っていた。なにが情だ、ただ手を下すことから逃げただけじゃないか。
今でもあのときのことを考えただけで死にたくなる。僕は科学の前になす術を持っていなかった。
僕の書斎に小さなスノードームがある。並盛の街を模った、雪も液体もない、せいぜい五六百円の安物だ。
綱吉はそこにいる。減速器だなんてわけのわからない機械にかけられて、虫けらどころかハウスダストよりも小さな体にされて。あんな何もない、まがい物の世界でひとりきり暮らしているんだよ。あんなに寂しがりの子だったのに。
僕はもう一度綱吉と会って話がしたい、寄り添って生きたいと思った。そしておまえたちを綱吉と会わせてやりたかった。あの子は華奢だからおまえを抱き上げることはもうできないけれど、せめてひなのことは抱かせてあげたかった。抱けるうちに会わせてやりたかった。
ひなに初めてあったとき、僕は思ったんだ。おまえは家族を得た。僕に孫の顔を見せてくれた。僕にはそれが本当に嬉しかった。そして僕もなにかを返したいと思ったんだ。おまえを綱吉に会わせたい。ぜひ会ってほしいんだ。おまえに奥さんがいるように、ひなに母親がいるように、僕とおまえには綱吉がいるんだから。本当に、そこにいるんだから。
二十年近い時間をかけて、僕はようやっと、減速の逆、つまり加速のプロセスについて展望を得た。理論は完璧だし実験結果も上々だ。
けれど僕たちには完成を待つだけの時間がない。綱吉はなにか病気をしているようなんだ。何の準備もないまま閉じこめられてしまったから、彼女に医学の知識なんてほとんどない。家庭用の医学書や薬なんかは幾らか送ったけれど、おそらくそれでは用が足りないんだ。僕が行かなければあの子は死んでしまうかもしれない。
もしおまえが僕たちにチャンスをくれるというのなら、そして僕たちのために手間をかけてくれるというのなら、ひとつお願いしたいことがある。加速器、綱吉を元に戻す装置のことだ、それができあがるまで僕たちの世話を頼みたい。物資は十分に持って行くし、自給自足だってある程度はできるようにしたけれど、やはり僕らは外部の世話なしにはやっていけないだろうから。
逆にどうしても許せないというのならば、スノードームの蓋を開けて、僕を外に出してしまえばいい。いや、そんなことをする必要すらないね。ただ長い間放置しておけば、それだけで僕は死ぬだろう。
人を殺したといって気に病むことなどない。いずれひとは皆死ぬんだから。ほんのちょっとその時が遅いか早いか、どこでそうなるかの違いだけだ。僕は、僕の望んだとおりに綱吉の傍で死ぬだろう。少ない選択肢の中からとはいえ、確かに自分で選んだんだ、後悔なんてしない。ただミジンコほどの大きさもない命がひとつなくなる、それだけのことなんだ。
僕はこの手紙をイタリアの知人に託す。おまえの手元に届くまでに何日かかるか知らないけれど、きっとそのときにはもう、僕はそちらの世界のどこにもいない。
ついでにいくつか用事を済ませてくるよ。ボンゴレはいまだにおまえやひなのことを知らないけれど、いつ気づかれるかわからないからね。僕たちは、おまえにもひなにも、ボンゴレだなんてものを継がせる気はない。だからしっかり手を回してくるよ。
安心していい。僕は父親としては最低だったけれど、生きた人間と戦う分には自信があるんだ。なんとも意味のないことだけれど。ああ、でも、そんなものでもおまえたちのためになるのなら、これまで培ってきた甲斐もあるというものだね。
僕が隠してきたことはこれで全てだ。詳しくは、書斎にある僕の日記や研究ファイルを読めばいいだろう。適当に漁ってくれて構わない。不要だと思ったら全て処分してしまってもいい。金に換えれば、お前の家族の生活はこの先三百年くらい保証されるだろう。
すべて、どうするかはおまえが決めることだ。僕ではなくてね。たとえおまえがどんな道を選んだとしたって、誰もそれを責めたりはしない。安心して好きな方へ進めばいい。
何もしてやれない父親で悪かった。一緒にいられなくて、何も教えてやれなくて、そして母親さえ守れなくてすまなかった。
僕は何度も嫌ならしなくていいと書いたね。でも本音はそうじゃない。僕に関してはそれでいいけれど、綱吉のことだけはぜひ許して、そして助けてやってほしいんだ。彼女も不当に家族を奪われただけの被害者なのだから。
そうだ、このことはちゃんと言っておかなければならない。おまえを放ったらかしていたのは僕だけだ。綱吉はいつもおまえを心配していた。おまえが風邪やインフルエンザやはしかや小児ヘルペスに罹るたび、彼女はずっと寝ないで、何も知らなかった僕に看病の仕方を教えてくれた。傍にいてやれないことを悔いて泣いていた。
綱吉は素晴らしい人だ。考えるより先に手が出ていた僕を受け入れ、怯えながらも諫めてくれた。懐がとても広いんだ。間違っても嫁姑間でいざこざなんて起こらないし、ひなのことだって大事にしてくれるはずだ。僕とは違って、おまえたちとちゃんと「いい家族」になれる人なんだ。だからお願いだ。
おまえと家族たちが綱吉と共に笑い会える日が来ることを、極小の世界で、祈りながら待っているよ。