今ならもう言ってもいいかな。アルコールで溶けかけた頭でそんなことを考える。
 婦人も娘もとうに寝てしまった。柱時計は先刻一度鳴ったきり沈黙したままだ。
 言ってしまえ、今ならきっと笑い話にできる。意を決して大きく息を吸った。
「なあ大佐」
「ん……ああ、もう寝るかい?」
「いや、まだ大丈夫。あんたこそ明日早いんじゃねえの?」
「大丈夫だよ」
 ウイスキーのグラスを片手にロイは笑う。
「どうだか。俺は一緒に怒られてやらねえぞ」
 空いた酒瓶をどけようと右腕を伸ばすが、酔いの所為でうまく機械鎧を動かせず、金属とガラスがカチンと鳴った。いまいましげなエドを見て、ロイは笑う。
 エドもアルもあの雨の日から何も変わらない。変わったのは、ロイだけだ。
 最初は裏切り者と詰ろうとした。しかし、これ以上惨めにはなるのだけは、プライドが赦さなかった。それで土産だといって酒を持ち込んで、こうして酒盛りなどしている。
 それですべて忘れるつもり、だったのだが。本人を目の前にして未練を断ち切れるほど、エドは大人にはなれなかった。
「なあ、この新しいの、開けて良い?」
「どれだい?」
「桃のやつ」
 エドが指すとロイは丁寧に封を開けてくれた。
「グラスは同じので良いかい?」
「あー、洗ってくるよ。大佐も飲む?」
「ああ」
 立ち上がると少し足許がふらついたが、大丈夫だ。冷たい水でグラスと一緒に指先を冷やすと頭もすうっと醒めていく。もったいないような気もしたが、まだまだ酒ならたくさんあるのだと苦笑した。
 今夜ばかりは記憶をなくすほどに酔ってしまいたかった。
「ほら」
「ありがとう」
 何度目か解らない乾杯を交わして一気に呷った。といってもこの程度では、頭にもやがかかった程度にしか感じられない。ああもうどうしろっていうんだよ、生来の短気が顔を出す。
「なあなあ、そのウイスキーって強い?」
「割りものを多くすればそうでもない。薄すぎるとまずいが……ロックだと結構強いな」
「ふーん……なあ、次に飲むときにさ、俺にもひとくち頂戴」
「程々にしておきなさい」
 二日酔いになると、可愛い奥さんに迷惑がかかるから?心配しなくたって朝になればあんたより先に家を出るさ。皮肉は喉で凍って出てこない。涙と一緒に甘い甘い酒で無理矢理飲み込んでしまえ。
 桃に続いてチェリーの小瓶も開け、ロイ手製のカクテルを口に運ぶ頃になると、もうエドは背筋を伸ばしておくことすら億劫になっていた。前屈みになって前髪で顔を隠して。チャンスだとばかり余計に酔ったふりをして云う。
「なあロイー」
「うん?」
「ずーーーっと云いたくて、云えなかったことがあるんだけどさあ。聞いてくれる?」
 ロイは苦笑しながら頷いた。
「俺、あんたにあえなくて寂しかったよ。……あんたがすきだったよ」
 目頭がじいんと熱くなった。首を上げるだけの気力がないことが、今ばかりはありがたい。
 そして聞こえるか解らないような声でごめんなさいと付け足した。いまさらこんなことをいってごめんなさい。なんかげつもでんわすらしなかったくせに。
 泣いちゃだめだ。
 ロイは困ったような、しかし張り付いているのだろう優しい表情で、言う。
「ありがとう」
 霞む視界をアルコールの所為にしてエドは無理に笑って見せた。きっと一生もうできないだろうというくらいに、きれいな笑い顔だっただろうと自分でも思った。