世の中に不変のものなどない。それはごくごく当たり前のことだが、あまりに当たり前すぎてこれまで意識したことなどなかった。
 夏が終わって秋がきても、大きな戦が始まっても、たとえ天子様がお隠れになったって、己とあのひとはずっと共に在り続けるのだと思っていた。もし何かがあっても、先に死ぬのは彼の方で、きっと自分は置いて行かれるのだと思っていた。その日のための覚悟ならばいくらでもしてきたというのに、まったく、この男と出会ってから何一つ思うようにならない。
 自嘲しながらそう告げると、隣に膝をついた男はとびきり情けない顔をして頷いた。
「私もそればかり考えていたよ。まさか君を看取ることになるとは」
 こんな時にでも彼は優しい。そっとしなやかな手に頬を寄せると、するりとまるで他の式たちにするように撫でられた。今までならあんな奴らと一緒にするなと腹を立てたり、身分の貴いあなたが鬼なんかに軽々しく触るものではないなどと苦言を呈したりしただろう。だが今度ばかりは素直に嬉しいと思えた。
 胸の傷からは血の代わりに墨のようなどす黒い液体がごぼごぼとあふれている。繊手はそこにも構わずふれようとする。慌てて伸べられた腕をつかんで止めた。
「汚れる、やめ」
「構うものか!」
 だが主はその腕を振り払い、怒ったように言うのだ。まったくこちらの気も知らないで。
「……人の言葉を遮るなといつも言っているでしょうに」
 声を出すために腹に力を入れると、一際たくさんの墨が流れ出た。
 いつでも共に戦ってきた。その時々により相手は物っ怪だったり同業者だったりしたが、何であれ、二人きりの時でさえ気を抜けない日々だった。それがまさかこんなに穏やかに逝けるとは。
「なあ、お前は輪廻転生を信じるか?」
「宗教が違うだろう」
 陰陽師が何を言う。揶揄するように返事をすると男は苦虫を噛み潰したような顔で言った。
「陰陽道は科学だよ、宗教じゃない」
「俺にはどうでもいいことですよ。輪廻にも陰陽道にも興味はない。……ああ、でもそうだな、もし生まれ変われるのなら」
 あんたと対等に立てるようになりたいよ。一緒になにかできたらいい。きっと何度生まれ変わったってあんたは前しか見ないんだろうから、そしたら後ろは俺が見てやらなくては。
「あんたに使役されるのだけはごめんだ。敵でも友でも良いから、今みたいに誰の目を気にすることもなく、一緒に何かするんだ」
 夢想すればするほど楽しくなってくる。
「あなたはそう悪い顔じゃないんだし、来世ではもっと自信を持ってください」
「次も同じ顔だとは限らないだろう」
「ああ、そうだな。きっともっといい顔になっている」
 そしてこの男が人の顔を覚えるのが苦手だと思い出して続ける。
「あなたがちゃんと俺だとわかるよう、俺はとびきり見窄らしい格好で待っていますから」
「なんだそれは!そんなことをしなくてもきっとわかるさ」
 案外私はおまえのことを気に入っているんだよ、主はくすくすと笑う。白い頬がうっすらと紅潮していて珍しいなと目を見張った。
 もともと息などしていなかったが、少しばかり苦しくなってきた気がする。いっそ思い切りよく荼毘にでも付してくれればいいのに、この男はときどき無自覚に残酷だ。――そんなひとに調伏されてしまったあたり、今度の人生は本当はついていなかったのかもしれない。ついさっきまで考えもしなかったが。


 それから何度も春が来て夏が過ぎ秋になって冬が終わり、大きな戦がいくつもいくつも勃発しては終結し、天皇は人になった。ベニーはアメリカに旅立ち、鬼丸は忌戸部署に配属された。
(あまり見窄らしすぎるのもかえって目立つのかもしれないが……)
(自信がありすぎると言われてもこればかりはなあ)
 ドアを挟んで同時にため息をついた。再会まではあと数秒である。