“わたし”は考える。

 命だけは等しいのだ――と。
 かつてはそれぞれの名前を持ち、それぞれの生をたどったに違いない。
 だが、と彼らを見ながら、またも“わたし”は考える。
 この戦場を埋める物体にはもはや差はなかった。
 それにはもう名前はない。
 どんな生をたどったとて、もはや行きつく先は同じ。
 全て同じ、ただの骸の群れである。

「……お前か」

 いや、ひとりだけ、まだ仲間はずれがいたか。
 傷ついた体を剣で支えながら、まるで幽鬼のような顔がこちらに向く。
 彼は、偉大なる勇者は言った。





「お前は死神だ」





 







  説 話  『天命と勇者』





 どこか物悲しい風の音だけが、戦場にはこだましていた。
 やがて、荒い息と怒声がそれに重なる。
「……死神め」
「違う。それはわたしの役目ではない」
「……すべてお前のせいだ」
「わたしはただ天命を伝えただけ――」
「私の部隊は全滅した!」
 聞き苦しい悲鳴。次第にそれは嗚咽へと変わる。
「……みんな、みんな死んでしまった……!」
 勇者は震える手で顔を覆った。
 おお、おお、と涙声に混じったのは、“わたし”には知らない言葉ばかりだ。
 ああ、そうか。
 聞きとりにくい声は骸の名前か。
 彼は哀惜の念を示しているのか。
「……嘆くことはない」
 うなだれた勇者を慰めるように“わたし”は似合わない声を作った。

「あなたたちは天命を全うした」

 それは世界を維持する偉大な理。
 ひとを明日へと導く未来への指針。
 時代という字を刻むための神の系譜。

「本来ならば、ひとはその存在すら伺い知れはしない」

 それを知ることができるのは、選ばれた勇者だけ。
 歴史に変革を生む大役。世界の平穏を保つ守人。
 それができるのは、そう、あなただけ。

「あなたという存在によって、未来は繋がれた」

 暴虐の帝国は瓦解し、アクラルには楽土が誕生する。
 この世の幾万の命と、この先の幾億の命が守られる。
 世界は明日を手に入れることができる。だから――

「あなたは誇っていい」

“わたし”は珍しく笑みすら浮かべていた。
 新たな歴史と未来を生みだすことができた。その充足感からかもしれない。
 なのに、なぜだろう。
 同じ役目を全うしたはずの勇者の顔はまるで違ったのだ。

「――だが、そこに私はいない」
 ゆらり、と質量を感じさせない動作で彼は身を起こした。

「私を慕い、つき従ってくれた部下たちもいない」
 全滅だ。我が隊は全滅だ。彼は薄く唇を歪めた。

「妻も、子も、愛しい家族にも、もはや私にはない」
 死んだ。もう死んだのだ。彼は乾いた声で笑った。

「ははは、なぜ誇ることなどできる……!」
 滑稽だ。ああ、滑稽だ。勇者は笑い続けた。

 からからと、空虚な、壊れた狂人の声が響く。
「……確かに五百八十二の命は失われた。だが、その犠牲により世界は――」


「世界などどうでもいい!」


 荒々しい怒号が“わたし”の声を遮っていた。
 勇者は、いや彼はなおも続けた。

「死んだ者はどうでもいいのか! 多くを救えたからと、ほんの小さな数だと、お前はそう言うのか!」

 自分へと突き刺さる瞳の色を“わたし”は知っていた。
 ただひとつの感情にのみ突き動かされる光、獣の目だ。

「私は認めない!
 なぜ兵たちは理不尽な戦で斃れなければならなかった!
 なぜ私の家族は絞首台に上がらなければならなかったのだ!」

 大命の意義を忘れ、ひたすらおのれの言い分だけを吠え続ける。
 そこには、もはや歴史の執行者たる勇者の姿はなかった。


「――私だって……初めは、それが自分の使命だと思っていた……」


 思うままの怒号が終わると、彼はしぼむように崩れた。
 大地に身を投げ出し、つぶやいた声は一転して細いものに変わる。

「情熱に身を焦がした……自分は選ばれた勇者だと。
 この乱世を終わらせられる……新たな世界を創ることができると」

 天へと見上げられた瞳の色も“わたし”は知っていた。
 未来に目を閉じて全てを諦め受け入れる、敗者の目だ。

「だが……その果てがこれだ。すべてを失くし、私はただの敗軍の将になってしまった」

 人々の平穏を笑い、ひたすらにおのれのことだけを求め続ける。
 そこには、もはや世界の守護者たる勇者の姿はなかった。

「ああ、こんなことなら……大切なものを失ってしまうぐらいなら、私は――」

 彼は、矮小なただの人間は言った。








「天命など知りたくはなかった」








 どこか物悲しい風の音だけが、戦場にはこだましていた。
 ここにはもう命の息吹はない。すべては等しく、同じ物体となっていた。
 それらを無感情に見つめながら、それでも“わたし”は考える。
 やはり命は等しいのだ――と。
 朽ちてしまえば皆同じ、すべて無意味なものと化してしまう。
 命とは生きていてこそ。そうでなければそれが支える世界にも明日はない。
 だからこそ“わたし”はこう考える。
 より多くを生かさなければ――と。



“わたし”は歩き始めた。

 携えた天命に。

 新たな勇者との出会いに。

 それらに想いを馳せつつも、ただひとつの願いを込めて――










≪解説≫

「女神」
 ストーリ―初期の態度を見る限り、女神ってあんまり人間個人を重視していませんよね。あくまでも「世界>人間」みたいなスタンスです。
 で、ブラッドたちの存在がないクロニクルでは、知っての通り特にイベントもなく、女神はほとんど他人行儀なままなんですが、自分はこれこそ真の姿、つまり変化を 与える人々がいないことによる本来の女神だと思うんです。
 またクロニクルの女神はストーリーモードでのイカじじい(笑)の役目も負っているわけですし、ゲフ兄は女神を「騎士団を見守る」という側面の他に、「思考はあくまでも世界至上」というふうにしたわけです。


「天命」
 ストーリーでさんざんプレイヤーを振り回した「預言書」。これを自分はクロニクルにも存在すると勝手に考えちゃいました。しかも「プレイヤー以外も対象∴ 騎士団限定ではない」という、まあトンデモナイおまけ付きです。
 ただクロニクルでは「預言書」について明確な記述がないため、物体としてではなく「天命」というお告げにも似た霊感的なものと設定しました。
 この力は「未来を変えるために、未来を知る」というストーリーの設定を踏襲した形ですが、少しだけ違う点を設けています。
「天命は絶対」「選ばれた人間に拒否権はなし」の二点です。
 確かにこれじゃ死神呼ばわりも当然です(笑)