失うことなどこわくな

軽い気持ちでやったことが大事になってしまう。そんなの、良くある事だし、ダメージはその場限り。大した事ない。
 って思ってたのに、この状況はマズイ。だいーぶ、マズイよ、ヤバイよ。どうしてこうなっちゃったんだろう。

 ことの発端は、昨日の放課後。美術準備室に先生から言われたチョークと石像(すっごい重いの、上半身だけなのに)を運ぶように言われて、仕方なく準備室まで行ったこと。
 無事に届けて、先生から内緒にアメとチョコレートをもらったんだよね。そこまでは、すっごいついてるって思ってたのに。
「あれ? 優子ちゃん、今帰り?」
「あっ、外崎君」
 ミスター・オールマイティーなんてちゃかされてる有名人だ。かっこいいな。好みじゃないけど、彫深い、エキゾチックな顔立ち。きゃーきゃー騒がれるのも分かる気がする。
「遅かったんだね。優子ちゃんって帰宅部じゃなかったっけ?」
「まあ・・・」
 アイドル並の外崎君が親しげに話しかけてくるのは、1年の時にたまたま一緒に文化委員だったからで、他意は全然ない。でも、そうは思わない子達もいるから面倒なんだよね。
 いつもだったら、とっくにエツや麻子と一緒に帰ってる時間で、本当だったら駅前に出来たカフェでチョコパフェを食べるはずなのに。うーん、悔しい。
「優子ちゃん?」
 あっ、いけない。外崎君の存在忘れてた。
「なんでもない。外崎君も今帰りなの?」
 サッカー部だとか言ってたから、遅くまで練習してたのかな。「自己練習を怠らないから、あいつは伸びる」なんて顧問やってる数学の先生が言ってた。頑張り屋で何でも出来る美形・・・凄すぎるよ。何で彼が私なんかに声かけてくれるのか、ほんと不思議。
「今日は委員会で遅かったんだ。もう少しで文化祭だろ? いろいろと思い出に残るものにしたいからさ。それに、部活も引退したから暇なんだよ」
 うわっ、この受験もクライマックスにさしかかってる時に暇って言っちゃう? 余裕あるなあ・・・私なんて、指定校推薦に縋ってる状態で、文化祭も最後だって分かっていても、家に帰って勉強してたい気分なのに。
「優子ちゃんはどうしたの? いつも一緒にいる・・・えっと」
 そうそう、外崎君ってなんでも出来るんだけど、一つだけ致命的な欠点があるんだった。
「麻子たちの事? あの子達なら先に帰っちゃった。私は先生に言われてモデルを美術準備室に戻す手伝いしてたから」
「ふぅーん」
 自分で聞いておいて気の無い返事ってどうなの!? ねえ、どうなの!? いくら私でも怒るよ。でも、彼にとってはいつもの事、なんだろうな。
 ちょっと悔しい気持ちでギッと睨んだのに、すっごい優しそうに笑ってる外崎君にだんだん気がそがれて、なんだか私が悪い事してるみたいな気にまでなってしまう。
「文化祭って、今年は有志だけの参加なんだよね?」
「うん、そう。さすがに強制は出来ない時期だから。でも、優子ちゃんが出てくれるなら参加したいって奴、結構いるよ」
 口がうまいなあ…さすがラテン系なだけはある。例え見た目だけでも。事実はだいぶ違うのを知っているから、社交辞令にしか聞こえないんだよね。だって、本命で目当てにしてるのはいつだって美佐子だもん。
 美佐子が美人でもてるけど、タメとか年下で気の弱い人だと引け目を感じて直接美佐子にアプローチせずにこっちにくるんだよね。おかげで私がヤキモキしなきゃなんないって理不尽だと思う。
「その顔、全然信じてないね。俺が言うのもおかしいけど、優子ちゃんってかなり人気あるんだよ?」
「そんなこと言うの、外崎君ぐらいだよ。美佐子だったら分かるけど、私なんか全然だもん」
「そんな事ないって。今までに告られた事あるだろ?」
 当たり前みたいに言われて、一気に顔に血が上ってしまう。だって無いんだもん。告白されたことも、したことも。
 美佐子に言わせると、私は初恋もまだのお子様なんだって。そんなに子供っぽいのかな。今はまだそういうのは、ずっと先で良いって思っていて、女の子同士で遊んでる方が楽しい。そういうのも子供って事になっちゃうのかな。
「えっと…もしかして、本当に?」
 そんな、すごくびっくりした顔で見ないで欲しい。誰ともつきあったことがない子だって、私の周りにはたくさんいるのに。恋愛に興味ないわけじゃないけど、そういう相手がいないんだから仕方ないと思う。外崎君には考えられない事なのかな。
「ごめん。女の子に聞くことじゃないよな。デリカシーないって言われるの、今すっげえ実感した」
 あっ、なんか落ち込んじゃったみたい。私はそんなに気にしてないのにな。
「そんなことないよ。私、容姿にコンプレックスらしいコンプレックスって、あんまりないから。ほら、美佐子やエツと一緒にいると、もう当たり前っていうか、当然? みたいな。外崎君が謝る事じゃないよ」
 慌てて言いつくろったんだけど、余計に外崎君に悪いことしちゃったみたい。眉間にしわ寄せて考え込んじゃってる。
「あのさ…美佐子ちゃんとエっちゃんだっけ? その……いつも一緒だから仲が良いなって思ってたけど、無理してつきあってるなら」
「へっ? ちちち違うよ! 全然!!」
 びっくりしすぎて、思わず変な声でちゃった。だって外崎君たら、急におかしなこと言うんだもん。
「そう?」
「うん。全然、無理なんかしてない。これっぽっちも!」
 まだ疑わしそうな目で見てくるから、焦ってしまう。男の子同士だと、こういうの分からないのかな。自分の友達がすごく可愛く見えてしまったり、かっこよかったりっていう瞬間があると思うんだけど。
「あの誤解しないでね。美佐子もエツも小さい時からのつきあいだからって意味だよ。二人とも私の大事な友達だよ。麻子もそうだけど、ただあの二人はすごい人気があるし、女の子から見ても可愛いから、男の子たちが仲良くしたいって思うのも当然だと思ってるの。私はそうじゃないから憧れるってだけで…」
 あの二人がもてるの羨ましくないって言ったら嘘になる。でも、それ以上に自慢の友達でもあるんだ。
 ちゃんと伝わるかなと思って話していたら、必要以上に力の入った声になっていたかも。そう気が付くと、今度は段々と恥ずかしくなってくる。なんでこんな話を外崎君にしてるのか分からなくなってきちゃった。
「そっか。ごめんな、変な勘違いして。優子ちゃんって優しいから、嫌いとか面と向かって嫌だとか言えないんじゃないかって心配になったよ」
「えっ…そんな事ないよ。私、ちゃんと言うよ?」
「そうかな」
「うん。美佐子とエツは目立つから誤解されやすいけど、麻子も含めた四人の中で、一番人の好き嫌いが激しいの私だもん」
 あっ、またびっくりした顔してる。そんなに驚くことじゃないのに。美佐子は女王様っぽいけど人に合わせるタイプだし、エツや麻子も選んで付き合うような子じゃない。だから、私が一番、グループの中では人付き合いが悪いんだよね。
「そう。俺と普通に話してくれるのって優子ちゃんぐらいだから、誰にでもそうなのかと思ってた」
 それはそうだと思う。外崎君のこと、最初に全然知らなかったの私ぐらいだったし。噂とかに疎いからそうなるんだけど、周りに美佐子やエツの家族がいたから、外見に関しては普通の子よりも耐性があるんだ、きっと。
「外崎君って、女の子がすっごい憧れるタイプだもんね…何でも出来ちゃうし、かっこいいし、普通に話すのはちょっと難しいかも」
「そうでもないよ。……もしかして優子ちゃんもそう思ってる?」
 眉間にしわを寄せて、眉尻をほんのちょっとだけ下げた外崎君は、普通のどこにでもいる男の子だと思う。何でも出来るって思ってるのは、まるで何も知らないって言ってるのと同じぐらい可哀相なことなのかも。
 外崎君をヒーローみたいに思ってるわけじゃないから、ううんって首を横に振ったら、ほっとした顔をされた。それはそれで複雑な気持ちがするんだよね。
「良かった。優子ちゃんだけには誤解されたくないから」
 ふわっと花が綻ぶような顔で言われて、私がびっくりしてしまう。だって、それじゃまるで…
「やっぱり…全然、気が付いてないとは思ってたけど…俺、結構頑張ってたと思うんだけどな。それとも、俺だと役者不足?」
 目が、目が、違うんですけど!! な……なんか、さっきまでとはキャラが変わってて。外崎君が一歩ずつ近づくたびに、後ろへと下がっていく。だって、そうしないと距離が縮むんだもん。
 けど、さすがに無限鬼ごっこが出来るわけもなく。あっさり教室の隅に追い詰められていた。
「好きだ。ずっと前から優子ちゃんが好きだよ」
 経験値ゼロだからこういうときどうすれば良いのか分からなくて、外崎君を見上げたら、いつもとは違う泣きそうな真剣な顔をして、私を覗き込んでいるから、つい頭を撫でてしまった。

 ま、まずい。まずいよね。告白されて犬扱いっていうか、ペットよろしくやってしまった。おろおろとする私に外崎君がちょっと笑って、顔を更に近づけてくる。
「あ、あの……」
「もっと」
「…ええっ、でも、あのその」
「してくれないの?」
 そそんな顔しないで。しかも、撫でやすいように屈みこんでまってるんだけど。これってなんか違う。違うと思うんだけど…流されて、外崎君の頭をナデナデしてしまった。えっと…いつまでやれば。
「あの…って、なんで笑うの!?」
 外崎君の肩がかすかに震えてるのに気が付いて怒ると、私をちらっと見て立ち上がった。
 まだクスクス笑ってるのに怒って睨んだら、急に顔が近くなって。さっきよりも更に追い詰められた気がする。
「今の俺だけにして?」
「うっ…あの…あの…」
 ん?って聞いてくるのって意地悪。それに今まで誰にもこんな事したことない。ああ、でも、ちゃんと答えないとずっとこのまんまっぽい。そそそんなの困る。
「うん…」
 顔を合わせるのは恥ずかしくて、横を向いてこくんと頷けばぎゅっと抱きしめられた。強すぎてちょっと苦しいんだけど、嫌じゃない。外崎君の心臓の音がとくんとくん聞こえてきて安心する。
 暫くしてからそっと体が離されて見上げると、外崎君と目が合ってちょっとはにかんでる。それがすっごく可愛くてちょっと笑ったら、またぎゅって抱きしめられた。
 それからちょっと外崎君の力が緩んで。
「こういうのも俺だけにして」
 耳元でそっと囁いてくる。人生初が多すぎて、目が回りそう。ついさっきまでこういうのは私とは無縁だと思ってたのに。
 ぱくぱくと金魚みたいな私を見てまた笑ってる。外崎君がこんなに意地悪だって知らなかった。ちょこんと合わせるだけだったけど、でも初めてだったんだもん。
「恥ずかしい?」
「あああ当たり前っ」
「そっか。…じゃあもっとしても良い?」
「なななんでそうなるの!?」
「だって」
 すっごく可愛いから、なんて耳元で囁いて。私の返事もまたずに二度目も持ってかれちゃった。
 ちっちゃな時に想像していたのとは違ったけど、想像していたのよりずっと幸せ。大事に大事にしてきたものを一つ失くしちゃったけど、もっと大事なものを掴めたのかな。


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