毒の檎をくちびるに

いつの日か、王子様が・・・なんて夢見てたのが遠ざかって、いつの間にやら女一人。世代交代の激しい現代で大学も四年目ともなれば戦力外通告される奴も出る。
 それが私だ。
 どうにも枯れた。枯れきってしまった。枯れ木も森の賑わいと言うから、いないよりはマシぐらいの感じで合コンに出てみたけれど、にぎにぎとしている空気に慣れず、体調が急激な悪化をしたと見え透いた言い訳をして、早々に店を出た。まだ充分に明るい。
 真っ直ぐ帰る気にもなれないから、近くのショットバーに入ってカウンターでちびちびと飲もう。
 行きつけというには早い感じで、この店に来たのはまだ三回目だ。でも、私みたいなのは珍しいのかここのスタッフは良く話しかけてくる。みんな愛想が良いんだもんな。
「エツ、今日はどうしたん?」
「あーさん。淳さん。もう私、若くないんだよね」
 はあと溜息が零れる。あーさんは苦笑しながらも、頭を撫でてくれてホットカルーアを入れてくれた。あったまるなあ。この店に不似合いで、私にも不似合いだけどあったまる。私もこれくらい甘かったら、今日の合コンもっと楽しめたかなあ。
 けど、今更キャピキャピコロコロは出来ないよなあ。
「あーさんさあ、結婚しないの?」
「どうしたの、急に。彼氏にでも振られた?」
 あー、普通の反応だなあ。でも、残念。違うんだよね。彼氏いない歴更新中だから、今。僅かに年齢とイコールになってないから、幾分かはマシな目では見られるけど。
「だってさあ、後輩が合コンしようっていうから行ったのに、若すぎる会話の中には入れないし、来た男どもはつまらないし。最悪っ!!」
「エツじゃ、年下は厳しいだろ〜」
 あははと笑って新しいカクテルを差し出してくれる。店オリジナルの新作みたい。綺麗なオレンジ色してるけど、意外と辛口だった。
「美佐が元彼とよりを戻す戻さないで揉めてるって話したっけ?」
「おー、そういや最近見かけないけど、元鞘になったか?」
 嫌そうな顔をするあーさんの気持ちは良く分かる。私だって大反対だ。
「まさか。きっぱり振って、真面目に就活してるよ。社会人になって仕事に生きるって」
「さすが、それでこそ美佐ちゃんだよな。で、エツは?」
 あーさんが美佐の従兄弟じゃなかったらな。顔もスタイルも性格ももろ好みなんだけどね。でも、友達の従兄弟ってのはちょっと気が引ける。というか、絶対に上手くいかない自信がある。
「合コンなんて行くんじゃなかったーーーーっっ」
「あはは。でも、前の彼から随分とブランクがあるだろ? そろそろ捕まえとかないといきおくれるな」
「いいもん。結婚願望なんて無いから。私も美佐と一緒に仕事と結婚する!」
 握りこぶしを作りながらカクテルをあおると、ちょっとだけ酔っ払った。頭を振り回したせいか、アルコールの回りが早いみたい。
「・・・それじゃ俺が困るよ」
 あーさんが何か言ったみたいだったけど、全然聞こえなかった。
「何か言った?」
 景気が悪いから就職口が見つからず、フラフラしているところを今の店長に拾われたというあーさんは、今ではオーナー候補として年収も同年代よりは羽振りが良い。見た目も、がっしりした肩に綺麗な顔で満点だ。話し方や姿勢だって客商売だからって、出来る限りシャンとしてるから本当にかっこいいし、モテル。
 それに比べ、私はというと美佐みたいに綺麗でもなければ、ゆっこみたいに可愛くもないから、本当に行かず後家になりそう。
「エツはさ、好みのタイプってないのか?」
 酔っ払ってぼーっと店内のテレビ(たぶん有線なのかな)を見ていたら、いきなりあーさんに話しかけられてびっくりした。テレビの中のゆるキャラから、クールなあーさんとのギャップに私の目もびっくりだ。
「好み〜? うーん・・・考えた事ないなあ。いっつもなんとなくから始まって、いつの間にか別れ話になってるから・・・うわぁ、嫌な事思い出した!! 元彼の事なんて今まですっかり忘れてたのに! あーさんのせいだからね! 責任とって今日はおごり」
「ばっ!! お前に奢ってたら俺の給与が無くなる。全く・・・何となくって、告ったり告られたりしてないってのか? つきあうんだからそれくらいあるだろ」
「相手にはあるかもね〜。でもはっきりと好きだとかつきあってとか言われた事ないんだよね、今まで」
 そ、相手にはね、きっかけってのがあるみたい。私には全く分からない。いつのまにかデートするようになって、いつのまにか部屋に行くようになって、いつのまにかそういう関係になってる。いっつも、いっつも言葉は後回し。相手が変わってもその流れが変わらないから、別れる時も大抵は同じ理由。私の疑心暗鬼と彼らの浮気性。
「エツはもうちょっと美佐を見習うべきだな。あいつの我侭はいっそ清々しいぞ・・・見てるだけなら」
 苦笑しながら言うけど、あーさんはきっと告ったことなんて無いに違いない。だって言う前に言われてそうだもの。決め付けちゃいけないんだろうけど、彼女になる人はいっつも大変だろうなって思ってる。
「本当に無いのか?」
「むっ・・・んっ、んまい。何が?」
 合コンの席って、大抵安い料理ばっかだから食べる気にもなれないんだよね。合コンでお腹一杯食べるってのからして間違ってるけど。でも、本当つっまんなかった。
「好みだよ。ナンか無いのか」
「うーん。身長が高くてスタイルが良くて顔と金があれば良いぐらいかなっ」
 うわ。すっごい笑顔なのに目が笑ってない。
「冗談、冗談。うーん、優しくて頼りがいがあって、ベタベタに甘やかしてくれる人かな。顔はほら、最近アカデミー助演獲った人が好き。でも絶対顔が良くなきゃってのは無いのよね」
「アカデミーって・・・彫が深い顔立ちが好きなんだ?」
「違う違う。あの目が好きなの! それに英語喋れないから、つきあうなら断然日本人が良いし。でも、しばらくは男はいいかあ」
 合コンも身内の盛り上がりって感じで、私一人が蚊帳の外だったし。女の子同士だったら、もうちょっと気が利くのにな。
「ベタベタに甘やかしてくれる人ねえ・・・だったら年下はダメだな」
 ちらっと店のウェイター君を見て、あーさんがぼそっと言った。ウェイター君に失礼じゃない。彼はまだ高校生だもん、年下ってだけでなく範囲外だよ。
 むっと口を尖らせる私に気が付いて、笑いながら言う。
「お前のこと見てたらしくて、俺が仲が良いって分かると紹介しろって言われてんだよ。大事な従姉妹の友人を売るような真似は出来ないって、断ってるけどな」
「ええ! せっかくの出会いの場なのにぃ」
 全然思ってないけど、あーさんが珍しくも紹介してくれない子って事で、視線が彼を追う。目が合ったのでにっこり笑ったら、顔を赤くしてそっぽを向かれてしまった。可愛いなあ。
「なに若い子からかってるの。つきあう気が無いんだったら、愛想なんか振りまくなよ。可愛そうだろ」
 ちょっと不機嫌に言われてた。そうかな。私だったら嬉しいけど。ちょっとでも好意があるなら、ちょっとくらいつきあってみても・・・
「ちょっと良いかもが大分マズイに変わるのがエツだろ。いい加減、自分を知れ自分を!」
「だって〜。そんなに大好きっ、愛してるっって感じの人に出会えないんだから仕方ないじゃん。一人は寂しいしぃ」
 特にイベント時なんて寂しくて侘しい。一人ぼっちで歩いていると、全世界から取り残された気になるんだから。そう力説したところで、あーさんに言っても分かってもらえないだろうから言わない。
 そういや、美佐子に言った時も全然分かってもらえなかったっけ。元が良い人たちにとってはどうでも良い事なのかな。友人も、つきあう人も限定されている私みたいなのが、一番売れ残るのかも。
「エツに理想がないなら、片っ端からつきあってみるってのも手だけどな」
「じゃあ・・・」
 ちらっとあの子を見て指差そうとしたら間髪入れずに、あーさんから待ったがかかった。
「年下以外で、だよ。エツに年下は絶対合わない。つきあうだけ時間の無駄だ。タメもやめといたほうが良いな。男なんて、女よりも数段精神年齢が低いんだから。年上の頼りになりそうな男で、エツの事をちゃんと分かってくれそうな・・・」
「あーさん、それじゃあ全然片っ端からになってないよ」
 私の父親かっと突っ込み入れたかったけど、なんだか力説してるから可愛そうになってやめてあげた。
「私の事よりもあーさんはどうなの?」
 モテルあーさんは、節操無し一歩手前だったはず。それなのに、最近は一晩だけの関係を持つのを止めたそう。美佐がちらっとそんな話をしていた。
「一夜の恋人業を廃業したって話は本当?」
 私としては、かなり怪しいと思ってる。あーさんって意外に寂しがり屋だもん。クールに装っているけど、内情はかなりしつこい・・・というか、おせっかいで情に脆い。と思う。そうじゃなきゃ、美佐の事をこんなに心配しないし、お店で私につきあって喋ってないんじゃないかな。
「本当、本当。もうしないよ」
「えー! あーさんが?」
 あーさんは笑ってるのに、目だけは真剣になって廃業宣言した。これはもしかして。
「・・・・・・もしかして、本気で好きな人が出来たってこと?」
 頭の中ではあーさんに限ってと思いっきり否定したんだけど、本人はあっさりと頷いてくれる。
「うん。真剣に好きだし、その人と一緒にいたいし、誤解や不安にさせたくない」
 うわっ。マジだ。本気だ。本音で。めっずらしい。いっつも人を足蹴にしてるあーさんが。
「エツ。そういうのは口にしない方が良いと思うよ。ほんと、何でコレかなあ」
「あっ、ごめん。つい本心が・・・って、コレって何。これって。ひどくない?」
「ひどくない。ここまで言ってるのに、全く分かってないエツには全然ひどくないと思います」
「何それ! ひどいって認めなさい」
「このっ、鈍ちんめ。エツだって言ってんだよ」
「何がよ!」
「俺が惚れてんの」
「ああ、そう! 惚れ・・・っうぇ?」
 ヒートアップしかけた途端に、あっさり横流しされた気分。固まる私を面白そうにおでこを突っついた。
「俺の身辺整理も終わってるし、いつでも嫁に来れば良い。ああ、子供は三人ぐらいまでならご希望に沿えるかな」
「あっ、うっ、えっ」
 何が言いたいのか、そもそも何かいう事があるような気がするのに、口も頭も完全にライン停止に入ってしまってる。あーさんがちょっと失礼と離れている間に、租借するように言われた言葉を思い返しても、一向に考えがまとまらない。
「で、結論は出たか? まあ、イエス以外の返答は無いけどな」
「えっ、あのっ、ついていけてないんだけど」
「目の前にかっこいい狼がいるんだから、他所の狼に気をとられてる暇はないってこと」
「ど、どこに狼!?」
「ここに。年上で包容力があって、経済力もある上、高身長でスタイルも顔も良い、エツの事を誰よりも理解してる俺がいる。そろそろ遠回りするのも飽きたしな」
 あーさんの綺麗な顔がニヤリと歪み、私の顔近くに接近する。男にしては赤い唇を私は食べるべきか、食べざるべきか。
 どちらが先に寄せてたのか分からない赤がひどく印象的だと、あーさんの整った顔を見ながら薄っすらと思った。


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