割合人通りの少ない白昼前の通り。のんびりと大学へ向かっている時だった。

「……え」
ありえない人が目の前にいる。幻覚なのか、とても似ている。いや、そっくりだ。
「主なのか?」
私は目を背けることにした。というより現実をみることにした。まさか、居るわけがない。
「人違いです」

“主”とは、なんて関係を築いているのか。おかしい。そう思う傍らで、まさかと腰に据えているデッキに手を被せた。
少し通り過ぎた辺りではた、と思いがついてたち止まった。あの格好では捕まるのではないか。剣士姿。きちんと刀まで据えている。コスプレなのかもしれないが、気になってしまう。具現化したかと本当に疑うくらい似ているからだ。話しかけようと後ろを振り向いた。だが、そこにはもうだれもいない。拍子抜け。なんだか遊ばれたようにも思えた。


残りの授業を受け、帰路に着く。行きと同じ道を通ったが、さっきの人は居なかった。まあ、少しの時間で消え失せたのに、この夕方に同じ場所に居るとも思っていなかったから、大した感動もない。
風変わりな変質者だったのかもしれない。こんな考えが出てくれば再会は無くていいものだ。中途半端な出来事に、そもそも巡らさずともよい思考が巡らされる。ああ、面倒臭い! お風呂に入って体も頭もすっきりさせよう。

「あー、ヨーグルトないじゃん」
夕飯も済まして習慣のヨーグルトに手を着けようと冷蔵庫を開けると入っていない。買いだめする前に無くなったっけ? Tシャツにスウェットの自分の姿を見て、まあ良いやと小銭と手頃な袋を持ってスーパーへ出た。


ありがとうございましたーと言う店員と、こんな時間こんな所に居ていいものなのか、中学生集団を過ぎる。何事も起こらず家へ帰れるつもりだったが、もう目前という小路に誰か居る。誰かと言ってもあのマントは今日見たあの人に違いない。しかし不審者とまで思った人物。キョロキョロと辺りを伺っているのも、夜の効果もあって怪しい。あの剣士姿は一般人とはとても思えない。素知らぬ振りで脇を通るかどうするか、一歩手前の角に隠れ考えていると、足音が近づく。どうしてこっちに来るのか。居るのがバレたのか? 突然、強くは感じていなかった恐怖が、私を一杯にし、足音が近づくにつれ胸が苦しくなっていく。動くことも忘れたように出来なくなる。襲われる確証もないのに、恐怖が身体中を渦巻く。いやだ。
目の前で足音が止まるのが分かったけれと、目も開けられず動くこともできない。やっぱり不審者だったんだ。なにを薄ら期待していたんだ。ただの不審者だ。
「主、何に泣くんです」
また主従ごっこか。頬を布地に包まれたものが触れる。細いから指だとわかる。一体なにがしたいのか。
「主、私が怖いのか」
この人が喋る毎に涙が増えていくのを感じる。なのに、抱き締められた、抱擁を感じた一瞬、なにから来る涙なのか分からなくなる。
「っは、なして……!」
突き飛ばしたつもりだ。入らない力を入れて。……触れた感覚がなかった。
「……どういう、こと?」
腕がすり抜けている。理解できない。幽霊、なの。は、え、どっちが?
「主……、私は、」
「っ!」
さっきとも違う。空恐ろしさに足がすくむ。声を上げられない、なにも出来ない。ゆっくりと、気配が遠退いていく。
「ここに居ては、ならない、か」
沈んだ声。それはわかるのに、気にかける余裕がない。
「主から負が去るように」
顔を上げたとき、そこに彼はいなかった。