レイくんは結婚していた。
子供の頃大会で見てからずっと憧れてたレイくんは結婚して子供までいる。それを知ったとき、目の前は真っ黒になった。初めて話したときは凄くドキドキして、ブレーダーとしての憧れではない、男の子を想う女の子の感情が芽生えていた。
レイくんとのバトルでは毎回ボロボロに負けて、ベイが壊れてしまうこともあった。女の子なのに、と恥ずかしい感情も押し退けるほど強く惹き付けられたヘイブレードを、ママにに必死にお願いして買ってもらった大切なものだった。今までは負けたら悔しい、ばかりがあったのに、何故か、それよりもスッキリしていた。初めての気持ちが、バトルの内容からなのか相手がレイくんだから、なのかスッキリしすぎた頭では考えられなかった。身体が熱くなって、ずっと今みたいな、今よりもっとずっと近い位置に居たいと心が思っていた。
ただレイくんは日本を離れてしまった。里に帰って修行をするらしい。国境を挟まれてしまうと、私はどうにもできなかった。ママに許しを貰って行くなんて、物理面で不可能だからだ。私はただ帰りを待つだけ。レイくんが大会を、中国代表として出場したときから、私は重大な境目を挟まれてしまった感じを覚えた。せっかく話し掛けられた時も、関係が今までとは違う気がしてしまって私ばかり不自然だった。私ばかり。レイくんは変わらない態度で接してくれていたのに。
会場には行かなかった。中国代表を見たくなかった。暗い気持ちがぐるぐる回って動きたくない。それでも最終日にいてもたってもいられなくなった。テレビもつけずにいたからレイくんが勝ち残っているか、今日、レイくんのバトルがあるのかもわからなかったけれど、走った。ユーリに会ったのはその時だ。角を行ったところ、ぶつかってしまった。
「い、痛い…」
「おい」
「あっ、ご、ごめん、なさ、い……」
第一印象はかなり恐い、だ。目付きは悪いし、それで尻餅を着いた私をたったまま見下ろしてくるからだ。誤り倒せばいいのか逃げればいいのか、どうしようどうしようと考えていた。
「木ノ宮たちと居た奴だな」
タカオのことだ。なんで知っているのかもわからないうちに頷くと、ユーリは突然私の腕を取り立ち上がらせ、歩き出した。ユーリの恐さと質問のこととの混乱で何も言うことができずに引きずられていった。いま思えば、まるで誘拐みたい。外国人に、何も行き先も言われず引っ張られたのだ。行き先は、喫茶店だったからよかったものの。
「なにがいい」
「な、なんのはなし……」
「注文だ」
「わかん、ない」
どうしていまこんな状況なのかも把握できていないのに。なにも言えずにいて前に運ばれてきたのは、運ばれてきたコーヒーだった。
「会場へ行くつもりだったのか」
「そうだ。私急がないとならないの」
バトルが終わる前に行きたいんだ! こんな所で道草くっている時じゃないんだ。
湯気の立つコーヒーを目に入れて、この場をどう脱するか……、と思考する前に気付いた。初対面で喫茶店に連れ込まれた人に礼儀もなにもない。むしろ危ない状況なんだから、早く逃げなきゃならない。よし、と立ち上がろうとしたところで、
「大会は終わったぞ」
「え」
一文字溢して立ち上がった私に、彼が視線を寄越す。座れと思えて、腰を落とす。虚無感が押し寄せてくる。中国代表としてのレイくんは、見れなくなってしまった。次に大会がいつあるのかも知らない。それが今度はどういう形式をとるのかも知ることはできない。私はこのとき、レイくんとの距離を埋められない感じがした。私の思い込みであっただろうが、私のなかで萎れたのだ。その萎れ方も中途半端だった。
ふらりよろめいた私をユーリが支えてくれる。いまはユーリと一緒にいれてる。レイくんのことは、もう気に止めていないつもりでいた。目の前にするとくらりとなる。声音優しく子を褒めて、頭を撫でるまるで優しいお父さん。理想通りの父親像。きれいさっぱり絶やせない根に支配されてる。