炎色反応 第四章・18
「……さすがだな」
潔い苦笑いが地の魔法使いの唇から漏れる。
彼の背中の向こうに現れたオルバンは、頭半分背の高い男の首元に炎で出来た剣を突き付けていた。
火明かりを背負った格好のディアルは前を向いたまま尋ねる。
「どの時点から偽物だった?」
「お前は結局芸のない男だ。また偽物を作り出すことは読めていた。だから、仕掛けてきた時だろうと思って準備しておいた」
事もなげに言うオルバンの指では、赤い石と青い石が輝いている。
「水鏡と陽炎。二つを足して、精巧な幻影を生み出したというわけだ。どうだ? 得意技で返される気分は」
にやりと笑ってそう言うオルバンに、ディアルは広い肩をすくめてみせる。
「なるほどな。お前の力、オレの予想よりはるかに上というわけか」
ふっと笑うその表情はさっぱりしていた。
「生まれ持ったわけではない石を、この短時間でそこまで操るか。火の申し子オルバン、健在だな」
音もなく、炎の剣が動く。
ちりと音を立て、かすかに首筋に食い込んだ燃える切っ先にディアルは小さく眉根を寄せた。
「ディアル様…」
おそるおそる彼を気遣うティスを見下ろし、ディアルはつぶやく。
「ティス、オレはまだお前の答えを聞いていない」
今にも首を切られそうになっているのに、ディアルはまだそんなことを言う。
「お前はこいつを殺して欲しいのか。どうなんだ」
「……オレ、は…」
この状況をひっくり返せる自信でもあるのか、平然とした彼の追及にティスは弱ってしまった。
分からない。
本当に分からない。
自分がどうしたいのか。
「ティス」
揺らぐ心を一瞬で掴み取る声。
オルバンの目が、ディアルの体を通して自分に注がれているのをティスは感じた。
「何も答える必要はない。お前はオレのものだ」
思考を封じるその言葉は、恐ろしくもどこか甘い。
彼の愛撫にも似ている。
激しく乱暴で、自己中心的なのに、最後にはティスを快楽の頂点へとたやすく導いてしまうのだ。
「お前の意思はオレが決める。オレの側にいろ」
傲慢そのものの言い口に背筋が震える。
なのになぜだろう。
不思議にティスは、彼の命令を拒もうと思わなかった。
今しがた感じた震えすら、恐怖よりも官能が勝っていると自分で分かる。
「はい」
炎に自ら飛び込む羽虫のように、唇が動いて答えてしまった。
いまだに自分がオルバンのことを、好きとも嫌いとも分からない。
ただ、離れられないのだ。
どうしようもない力で惹き付けられる。
悲惨な過去を知らされてなお、残酷なほど強く美しい男の支配下から抜け出すことが出来ない。
あたかも自ら、それを望んでいるかのように。
淫らに調教され、心までその手に握り込まれた状態でありながらティスはきゅっと地の魔法使いの与えてくれた布を掴んで言った。
「で……ですから、あの」
イーリックの命乞いをした時のことが脳裏に浮かぶ。
二度と逆らわないとあの時誓ったが、しかし。
「ディアル様を…」
瞬間、ぼこりと地面が陥没した。
一瞬の隙を突き、ディアルが地の魔法を使ったのだ。
さすがの身のこなしで陥没した地面の縁へと飛び上がったオルバンに向かい合うように、ディアルも無事な地面に立つ。
彼の腕に抱き上げられていたティスは、訳が分からないまま正面のオルバンを見つめていた。
炎の剣こそすでに消しているが、物騒な気配だけは漂わせた男の金の目がじろりとこちらをにらむ。
「お前、さっき何を言おうとした?」
ちぢみ上がるティスをもう一度抱き、ディアルがふわりと地を蹴る。
また何かの魔力を使ったか、長身を軽々とオルバンの側へと運んだ彼は腕の中の少年をそこで解放した。
間髪入れず、オルバンがぐいとその腕を引く。
慣れきった火の魔法使いの胸元に抱き寄せられ、暖かいどころか熱いと思った。
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