殴られないで大きくなった奴があるかッ!

駒大苫小牧の野球部部長が部員を殴ったとの事。なんか「暴力を振るった」な~んて表現に変わって報道されてる今日この頃ですが。

殴ることが良い事とは思わないけど、昔は先生が生徒を殴るなんて当たり前だったんですよね。私も小学校の頃こわ~い教頭先生にゲンコツで殴られた記憶があったりするわけですが、なんというか、教育者としての当然の義務を果たしてると思えばゲンコツも愛の鞭・・・そう、愛の鞭です。
愛ってのは双方の了解で成り立つ信頼関係のようなものですよね。だから、愛のない叱責ってのは善悪以前に無意味なエネルギー浪費だし、受け入れられない愛ってのも迷惑極まりないのですね。んで、今回の場合はどうなんだろうと。

あとひとつ思うことは、高校野球っていろいろとドラマがありますよね。例えば去年の駒大苫小牧の優勝、白河の関を越えた優勝旗だとかさ。あと、監督に叱責されて立ち直った投手だとかさ。いわゆる高校野球ファンと呼ばれる人たちってそういう美談なんかは好きなくせに、監督や部長が選手を叱り飛ばしたという単なる事実だけに注目してあーだこーだ言ったり。チームの秩序を保つのも上に立つ人の努めだし、チームの雰囲気を壊すような選手を粛清するのは強豪校かどうかに関係なく必要なこと。本当はそういうことって選手たちで何とかしたいところだけど、でも教育者としての立場をわきまえた上で子供たちに手を上げることは教育者としての義務でないかと私は思うのさ。
昨今の教育改革?で教師側がいろいろ窮屈になったことはご存知ですよね。理科の先生が水酸化ナトリウムを生徒に触らせただけで保護者からクレームが飛ぶとか。じゃあ保護者たちよ、あなたたちはいったいどんな教育をしてるのかと。必要なことを子供たちに教えているのか? 都合のいいところだけしゃしゃり出るのはやめてほしいよほんと。明治の教育改革の頃、親たちは「学校は勉強だけでなく、躾までしてくれる」と歓迎したそうです。今はどうでしょ。

殴るなら自分の手で殴りなさい。スリッパやら竹刀やら、モノで殴るな。人を痛めつけるときは、自分も苦しみなさい。

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