「えっさん」のことを思い出した。

小生の実家の近くに小さなキリスト教会がありました。そこの牧師さんの息子と保育所で一緒だった関係で、ときどき教会に遊びに行ったものです。「日曜日には教会に行かないといけない」その子はよくそう言っていました。どういうことなのか当時は分からなかったのですが、その子に連れられてだったか、何度かその「日曜学校」に行きました。するとその子の父親が牧師さんで、きらきらと輝く情熱的な目でなにかいろいろとしゃべってるんです。その子の父親は保育園に息子を迎えにきたりしていたので、顔はもちろん知っていました。いつもやさしそうな表情のその父親が、教会で話していることの意味はあまり良く分からなかったのですが、ときどき「えっさん」という言葉が出てきます。「えっさんがどうこうした」とか、「えっさんが○○してくださった」とか・・・「えっさん」=「イエス様」と分かったのはいつだったか・・・その頃には小生は小学生になり、その子は学区が違うため町内の別の小学校に行き、町内小学校の野球大会で年に数度会うも特に会話もなく、中学校は町内にひとつだったため必然的に同じ中学校に通うことになるも、それぞれに友達グループがありますからそこまで親しくなるわけでもなく、高校は全く別になったためそれ以来顔を見かけていません。今どうしているかなと考え、その教会はまだあるのかとふと思ってストリートビューを見てみると・・・なんと、子どもの目にもぼろぼろだった木造の教会は、立派に建て替えられてました。もしかしたらその子が牧師を継いでいるのかな、なんてことに思いを馳せたりしています。
つい先日オホーツク方面に出張に行った際、たいして人も住んでいないような地で小さな教会を見かけ、こんなことをふと思いました。

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