何かが抜け落ちたように時間が空くのは、実はさほど珍しいことではない。街は変わらず 喧騒を保ち、今もにぎやかな声が壁越しに伝わってきてはいるものの、何かを恐れでも しているのかと疑うほど、悪事はその兆しすら見せることはなかった。 こんな日には必ずあの男からの誘いかけがある。今まで何度となく繰り返された行為 であるにもかかわらず、ベジータは一度としてあの男が自分のデスクの周囲にいるところを 目撃したことはなかった。それどころか、そんな姿は想像することさえできないのだ。 それでもまるで性質の悪い手品のように、ベジータが席を外したわずかな時間の中で、 あの男は必ず自らの痕跡をねっとりと色濃く残していくのだった。 果たしてそれは、積み上げられた書類の上にでんと厚かましく鎮座ましましていた。掌に 乗るほどの、小さな色気も何もない白い紙。わざわざ書かなくとも分かるだろう、とでも暗に 揶揄しているような、時間だけを簡潔に訴える少し崩れた黒い文字。まるであの男の 誘いを期待していたかのようにトイレへと赴いてしまった己に小さな舌打ちを浴びせ、 ベジータはいつの間にか掴んでいた白い紙を、それはそれは勢いよく握りつぶした。 確かにあの男は上司ではあるが、しかしベジータはそれほど己の地位や報酬に執着 している訳ではなかった。そもそもあの男が初めて不埒な行いにでたときに、その愚行が 出世とは何の関係も無いことも、ベジータにちゃんと拒否権があることも告げられていた のだ。 最初から断るべきだった。何度思い返しても結論はそこに辿り着くのに、それでも間近で あの底無し沼のような深く暗い瞳を直視した途端、ベジータの身体は思考も常識も、理性 すら拒否してその沼で溺れることを望む。いつもわずかに細められている瞳も、体臭も声も 愛撫も、思い返すときには憎悪の対象にしかならぬあの男に属するものすべてが、実際に 手を伸ばせば届くところにあるだけで、いっそ恐怖すら抱くほど甘美な麻薬に変わる。 背骨が軋むほど強く抱きしめられ、ねっとりと舌を絡まされ、肌を撫でられ、そして―― そしてベジータは、かすかに熱のこもった息を吐きながら、忌々しさすら感じさせる重厚な 扉を幾分か乱暴に叩いたのだった。 「お前だけはドアの叩き方で分かるんだよなぁ。あれわざとやってんのか?」 この男ほど警官らしくないという形容が似合う男を、ベジータは他に知らない。鋭い双眸も 頬に走る大きな傷も、ボタンを開けた上に裾を出して着られたクシャクシャのワイシャツも、 卓上に乗せられた黒光りする革靴も、すべてが警官という言葉から生まれるイメージに 反しているというのに、男はベジータの上司であるばかりか情夫でもあるのだ。改めて それを認識してしまい、思わず軽くこめかみを押さえる。 「そう思いたければご自由にどうぞ。」 「なんだよ、相変わらず素直じゃねぇなぁ。」 そのニヤニヤと口角だけを上げて見せる笑い方が気に入らない。すべてを見透かすような 色をした瞳も気に入らない。否、それだけではない。この男を形作るすべてが悉く、 ベジータの理想とする姿から恐ろしく離れているのだ。今やベジータの中にあるのは、殺意 すら含んだ目前の男に対する強い拒絶のみだった。 「それは生まれつきです。」 「ふぅん。・・・で?自分が何したいか分かってんだろ?ならさっさと来いよ。」 今日こそは、今日こそはこの不埒な誘いを撥ねのけて、この粗野な男を殴り倒して、何故 か今までずるずると続いてきたこの無意味な関係を捻りつぶしてやる。手を硬く握りしめ、 決意も新たにツカツカと男の元へ歩を踏み出していったベジータは、滑らかな卓上に半ば 叩くように両手を乗せた瞬間、強くネクタイを引っ張られ、気づけばさしたる抵抗も無く男に 口腔を蹂躙されていた。 ピントのぼけた男の顔にはっと我に返ったものの、ワイシャツ越しに脇腹を撫でる指先や 舌根に絡みついた生暖かい舌が、見る間に抵抗する余裕を奪っていく。ビクビクと弱々しく 震える身体には、もはや己の意思で立っているだけの余力さえ残されてはいなかった。 いつの間にか男は椅子から立ち上がり、朧げな意識と神経を剥き出しにされたような身体 だけを残したベジータを、その両腕で支えていた。先程まで重ねられていた、唾液で鈍く 光る唇がゆっくりと笑む。頬の傷がわずかに歪む。ああ、あの瞳を見てはいけないのだ。 闇色の深い瞳はすべてを引きずりこんでしまう。嗚呼、溺没を誘う暗い暗い闇が――。 「ったく、あんまり手間かけさせんなよ、天邪鬼。」 「・・・・しょ、ちょ・・・ぁ・・・や、めて下さい。」 「止めねぇよ。こっからがイイとこだろ?・・ベジータ。」 「ひっ・・・うぁ・・あ、バーダック・・・・ッ!」 耳朶をしゃぶられながら、いつの間にか差し入れられていた硬い指に乳首を摘まれ、高い 嬌声が口をついて飛び出す。背中に廻されていたベジータの腕が、更なる愛撫を強請る ようにギリギリと爪を立てる。ベジータはただ今までに無かった明確さすら伴って、すっかり 男に捕らわれている己を自覚せざるを得なかった。 わずかに湿気を含んだような机に押しつけられた乳首が、卓上に擦れる度にむず痒い 快感をもたらす。肩口を噛まれ、滲んだ血の錆びた臭いが鼻腔をくすぐる度に、ぞっとする ほど倒錯的な快楽が中枢を走り抜ける。ふと気がつけば、無造作に置いてあった書類を グシャグシャに握りしめていた。 「んぁ・・ハッ、バーダック!・・・・も、いれ・・て、ください。」 「んー?もう堪えられねぇのか?もうちょっと楽しませろよ。」 ぼんやりと見上げた先の大木が窓越しで風に揺れている。無秩序な葉のざわめきは、確固 としていた筈の烈しい憎悪を呆気なく失くしてしまった後の空虚へと押し入ってくるようで、 ベジータは思わず窓から目を逸らしたのだった。 ただ一つ、あの憎悪でさえバーダックに対する執着の一つに過ぎないのだという空恐ろしい 結果を強く否定する気持ちだけが、今のベジータに残された最後の砦なのだ。ぐらぐらと 淫靡に揺れる意識を押し止めるように、強く奥歯を噛みしめる。それでも唇から漏れる 言葉はバーダックを求める猥褻なものばかりで、ベジータは気づかれぬよう小さくひくりと 喉を鳴らした。 「っく・・・ひあぁっ・・も、はやくっ。」 「分かったから焦るなって。俺はつまらねぇセックスはしない主義なんでな。」 後孔を穿っていた指をゆっくりと引き抜かれ、もはや襤褸布のように腰にまとわりついている だけの濃紺のスカートが捲り上げられる。怒張した男根を宛がわれ、何度も収縮を繰り返す 腸壁に、嗚咽混じりの掠れた声を漏らす。強引に突き立てられた男根の熱さを感じながら 手にしかけた束の間の儚い充足は、しかし吐精する隙すら与えてくれない男に根こそぎ 奪われてしまった。 耳に届かぬ筈の葉のざわめきばかりが溜まっていく。無秩序な音の羅列。溺没を声高に 訴える昏い闇。切り取ったように生々しい肉棒の熱。どこか遠くで聞こえる嬌声。 「 」 白濁していく意識の中で、ベジータは確かに何かを告げる男の声を聞いた気がした。 気だるい疲労感が足元から蓄積していくようなこの時間が、ベジータにとっては何にも勝る 苦痛だった。おざなりな後始末しか施さなかった身体があちこちで不快感を叫んではいる ものの、濃密な情事の痕跡しか残っていない部屋にいつまでも留まっていることには 堪えられないのだ。時が経てば経つほど、胸の中であの男に対する憎悪が育っていくのだ から。 終わってしまえば、いつも何故あれほど無心にあの男を求めたのか理解に苦しむ己がいる。 やはりどこを探してみたところで、ベジータの中にはあの男への嫌悪しか残ってはいない のだ。それでもやはりまたあの部屋を訪れてしまうのであろう自身に、ベジータはかすかな 自嘲の笑みを浮かべた。 いつの間にか開けていた通勤鞄のポケットから、クシャクシャになった、掌に乗るほどの 色気も何もない小さな白い紙が覗く。もはや数えることも諦めてしまったが、恐らくはまた 一枚増えているのだろう。なぜか捨てられぬその紙の分だけまた鞄が重くなったような 錯覚に、もうベジータは自嘲の笑みすら浮かべることができなかった。 |
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エロくない上に妙に暗くて申し訳ありません!!久しぶりに乳首という文字を打つことが
やたらと恥ずかしくて、当初予定していたエロシーンの約八割を省きました(死)
まさにリハビリSSですねorz |