だらりと手足にぶら下がり、どっかりと背中にのしかかり、ぐだぐだと胸中で寝転がる重苦 しい疲労。唇から漏れるのは辛気くさい溜め息ばかりで、このまま全身が腐っていっても何 ら不思議はないような気さえする。 だがしかし。だがしかし! 「・・・・・バレンタインッ。」 なんと甘く優しい響きであろうか。時にはやきもきしながら、時には乙女のように頬を赤く 染めながら、何度この日を指折り数えたことだろうか。ベジータの前で思わず口走ってしま いそうになったところを、何度懸命に耐えたことだろうか。 今まで職に就いていたベジータも、確かにカカロットにチョコレートを渡してはいた。しか し今年は違う。手作りチョコという名の何よりも大きな愛情が、二人の愛の巣の中で、カカ ロットに食べられるのを今か今かと待っているに違いないのだ。 指や腹にとろりとした液体を散らしながら、ベジータはきっと改めて、カカロットへの想い に胸をときめかせたことだろう。もしかすると仄かに顔を赤らめながら、・・・カカロット などと愛らしく呟いていたかもしれない。いやそれどころかダーリン、早く食べてっと微笑 ましいお強請りを口にしていた可能性すらある。 「心配しなくても食いまくるに決まってんじゃねぇか!」 こっそりと台所に置いておいたファンシーなピンク色のエプロンを身にまとい、形のいい尻 をこちらに向けながら、一生懸命にチョコレートを作るベジータの姿を見事に脳裏に描いて いたカカロットは、ボタボタと血を流し始めた鼻を押さえた瞬間、己の犯した最早取り返し のつかない重大な失敗に気づき、顔色を変えた。 押し寄せる悔恨と愚かな自分自身への怒りに、へなへなとアスファルトにくずおれる。過去 の事象に仮定を立てることがどれほど無意味な行為か、それくらい分かっていたカカロット にも、次々と浮かんでは消えていく「もし」という言葉を止めることはできなかった。しかし 儚くもすべては終わってしまったのだ。 「何で隠しカメラセットしとくの忘れたんだ・・・っ!」 何度も地面に叩きつけられた拳には、うっすらと赤黒い血が滲んでいた。 はっと我に返り見下ろした時計の針は、ちょうど11時を過ぎたところにあった。カカロット には後悔している暇など無いのだ。チョコレートもベジータも、待ちくたびれて不貞腐れて いることだろう。 愛しいものの表情が曇ることを歓迎できよう筈もないカカロットは、脳裏 を支配する痛々しい失敗の記憶を輝かしい未来への希望に変え、軽やかな足取りでアスファ ルトを駆けていくのだった。 「ハァッ・・・ハッ、ただ、いま・・・・あ、れ?」 心中密かに期待していた、チョコにする?お風呂にする?それとも俺?と言ってくれるベジ ータの姿どころか、彼が玄関まで出迎えに来てくれる気配さえ感じられないことに首を傾げ はしたものの、全速力で町を駆け抜けたおかげで荒くなってしまった息を整えながら居間へ と進む。歩を進める度にチョコレート独特の甘ったるい匂いが鼻腔をくすぐり、カカロット は思わず相好を崩した。 あと少し、眼前に立ちはだかる少々古ぼけた扉を開ければそこには、食べてくれと言わんば かりに鎮座ましました手作りチョコと、目尻を赤く染める蕩けきったベジータが、しどけな くカカロットをお迎えしてくれるのだ。 先程折角静めた息遣いが再び途切れがちになってい くことにさえ、抑えきれぬほどの愛しさが湧いてくるではないか。 それらを美味しく消化するカカロットは、せめてベジータが惚れ直してしまうくらいに格好 よく登場せねばなるまい。 実に様々なことを考えながら、興奮に頬を紅潮させたカカロット は、うっとりと、しかし激しくチョコと己を分かつ最後の砦に手をかけた。 「お待ちかねのご帰宅たぜ、ベジ・・ってあ゛ーーーー!!」 「誰も待ってねぇよ、バカ息子。」 何とおぞましいことだろうか。全力疾走したカカロットを一番に迎えてくれたのは、乱れき ったベジータでも愛らしいハート型のチョコレートでもなく、父親の野太く厭らしい声だっ たなんて。否、しっかりと現状を把握した今、そんなことは何の問題にもならなかった。 嘆くべきは無残にも半分に折られた姿で、ぽつんとテーブルの上に置かれた手作りチョコで あり、憎むべきは下品にも、かつてはハート型であったのだろう茶色い残骸を口元に付けて 笑っているバーダックなのだから。 「おまっ、なんつう不吉なことを!ハート型だったんだぞ!!」 「半分残してやっただけでもありがたく思えよ。なぁ、ラディッツ?」 「兄貴・・・・お前もか。」 「お、俺は関係ないって!」 「もういいから早く部屋に行くぞ、カカロット!」 このままでは家具が少なくとも一つは破壊されてしまうだろう。そしてそれを片付けるのは、 ベジータとラディッツの二人以外にはあり得ない。そう考えたベジータに袖を引っ張られて も、カカロットの怒りが治まることはなかった。 14日になればベジータの手作りチョコが食べられる、それだけを心の拠り所にして今日まで 頑張ってきたのだ。仕事は勿論のこと、普段はしない家事だって手伝った。睡眠不足に陥ろ うとも、朝食を抜くことがあろうとも、セックスが週に3回に減ろうとも、それでも落ち込 むことなく生きてこれたのはすべて、手作りチョコへの大いなる期待があったからこそだっ だ。 それなのにバーダックは、カカロットが帰宅する前に、不死鳥よりも遥かに貴重なベジータ のチョコを胃に収めてしまったのだ。あろうことかハート型のそれを半分にへし折って。 一生懸命作ってくれたのだろうベジータの気持ちを、愛らしく仕上がっていた筈のチョコレ ートの嘆きを、わずかに思い浮かべてみるだけで、カカロットの胸は張り裂けそうなほど痛 む。果たしてこれが許されるべき人間の仕業であろうか、否、けして許されてはならない。 迸る憤怒に任せ、カカロットは愛するもののために脚を振り上げた。 「部屋に行くって言ってるだろっ・・・・ダ・・ダーリン。」 「・・・・うんっ。」 中途半端な位置で止まった脚を、目にも留まらぬ速さで床に下ろす。いつの間にか垂れてい た涎を慌てて拭う。後から後から込み上げてくる例えようもない喜びと興奮に包まれながら、 カカロットは自分がベジータに敵う日は二度とこないのだろう、というかすかな予感を抱い たのだった。 「なぁなぁ、ダーリンってもう1回言ってくれよ。」 「うるさい、さっさと食え。」 「もう1回でいいからさ。ダーリンってな。な?」 「黙れ!食うのか食わんのかハッキリしろ。」 「ちぇ、ベジータのケチ。食うよ・・・半分だけど。」 ベジータの口から漏れた大きな溜め息がカカロットの耳に届く。しかしいくら呆れられよう とも、仕方ないなと諦めることはできなかった。それはもう、本当に本当に楽しみにしてい たのだ。 バレンタインなどという名前しか知らぬ男に、ありがとうございますバレンタイン様!と土 下座しながら感謝できるくらいはしゃいでいた。その結果が半分になってしまったチョコだ なんて。 「なぁ、慰めてくれよ、ベジータ。」 「・・・え゛。」 その上妻に露骨に嫌そうな顔をされるなんて。一体バレンタインとやらは、これを恨まずし て何を恨めと言うのだろうか。 「昨日セックスすんの我慢しただろっ。」 「まぁな。」 「しかも今日家壊さなかっただろっ。」 「そうだな。・・ま、バカロットにしては上出来だったかもしれんな。」 「だろ!」 「分かったから離れろ。」 カカロットはすぐさまバレンタインにひれ伏した。 まるで心臓がそこに移動してしまったかのように、ドクドクと陰茎が脈打つ。艶めいたベジ ータの唇から伸ばされた赤い舌が触れる度に、ゾクゾクと奥底から身体が震える。 今にも達 しそうになってしまう淫らな光景から視線を逸らしたカカロットは、ぽつんと取り残された チョコレートを見つけ、ひっそりと笑った。 「んふっ・・・ぁ、今日は俺が、慰めるんだろ。」 「いいからオレの咥えとけって。お前も気持ちいい方がいいだろ?」 ベジータのジャージを下着ごと下ろしたところで入った、中途半端な抵抗を笑い交じりにあ しらいながら、ひくひくと可憐に収縮を繰り返す後孔をゆっくりと撫でる。 じんわりと湿り 気を帯び始めたそこへ、心中で詫びを入れながら、長時間室温に晒されていたせいですっか り柔らかくなってしまったチョコレートを塗りたくる。甘い匂いが勢いを増して室内に広が った気がした。 「ひぁ、ぅ・・なにや、って・・・・ア!」 「んー?どうせ食うならベジータと一緒に食いてぇもん。」 「んんっ・・・く、やめ、バカロット!」 「ちゃんと咥えろよ。慰めてくれるんだろ?」 ピクピクと跳ねる身体の動きを楽しみながら、片頬を上げ、からかうような言葉を吐けば、 早くも潤み始めていたベジータの瞳がわずかにつり上がる。俄然やる気を出してくれたらし いベジータの喉に包まれ、亀頭がどくりと膨らむ。欲望を解放しそうになったカカロットは、 思わずベジータの口腔から陰茎を引き抜いていた。 「・・・・・・ぁ。」 「・・仕方ねぇだろ。口よりケツでイきてぇもん。」 「・・・飲みたかったのに。」 「後で飲ましてやるって。」 恨めしげな視線を浴びながらも、昨日は味わうことのできなかった肉襞の熱さを思い浮かべ、 ごくりと唾を飲み込む。期待や喜びや興奮や愛しさや、そんなものが胸でぐちゃぐちゃと渦 を巻いて、訳も分からず叫びだしたくなる気持ちを、カカロットはずっと必死で耐えていた のだ。これ以上我慢し続けられる筈もなかった。 「あ、カカロ・・ぅ、ああぁ・・・・ッ!」 「・・・ベジー、タッ。」 1日ぶりの腸壁は一昨日と変わらず熱く狭く柔らかで、そこに塗りこんだチョコレートはね っとりと軟体動物のように男根を包む。圧倒的な快感に、カカロットの意識は気に留める暇 もなく、真白に弾けていた。 「あ、あ・・・・んっく・・そ、うろう。」 「ひでぇ!絶対もうやだって言わせてやる。」 「はぁんっ・・・ふ、あ、カカロ!」 こぽこぽと雫をこぼすベジータのペニスを扱いてやれば、ぎゅっと収縮する肉襞にたちまち カカロットの陰茎も硬く立ち上がる。前立腺を押しつぶすように後孔を擦ると、滲み出たチ ョコレートがにちゃにちゃと粘っこい音をたてた。 絶え間なくあがる嬌声が、食いちぎらんばかりに締めつけてくる腸壁が、ギリギリと背中に 傷をつける爪が、まるで好きだと必死に告げてくれているようで、歯を食いしばっていない と、すぐにでも飲み込まれてしまいそうになるこの強烈な快感さえなければ、きっとカカロ ットの顔はこれ以上ないほど崩れきっていたことだろう。 この止まるところを知らぬ愛しさが、ベジータにもちゃんと伝わっていればいいのに。そう 願わずにはいられなかった。 「ベジー、タ・・・すげぇ、好きだっ・・分かってるか?」 「ぅんっ、あ、ハァ・・・カカロ、ト、すきっ。」 「っく、ベジータッ・・・・オレ、イっちまいそ。」 「・・んあぁっ、おれ、も・・・ヒッ、ぁぁぁああ!」 秘所からだらしなくこぼれていくチョコレートと精液の残骸を、掬い取ってはベジータの口 元へと運ぶ。うっとりと赤ん坊のように指を吸うベジータの姿を見つめながら、カカロット はほっと甘い溜め息を吐いた。 本当は、チョコレートが欲しかった訳ではないのだ。形の無い愛情をはっきりと示してくれ るものであるなら、何でもよかった。ただそれが愛しさを代弁しているに過ぎないことも、 カカロットは知っている。 「ベジータ・・・・愛してる。」 「俺も・・・・・愛、してる。」 こうして言葉を交しながら見つめる互いの瞳以上に、この思いを伝えてくれるものなどあり はしないのだから。段々と重さを増し始めたらしいベジータの瞼に、そっと唇を寄せる。 「おやすみ。」 「・・・・うん。」 一日が終わりを告げる時に見るものが、これから先もずっと、互いの穏やかな表情であれば いい。そう願いながら、カカロットは静かに一人、すっかり育ってしまった欲望を処理する ためにトイレへと走っていった。 「ギャハハハ!おい、カカロットの奴マスかいてるぞ!」 「笑うなって。あいつも色々考えてるんだろ・・・・多分。」 「それくらい分かってるさ。俺を誰だと思ってんだよ。」 「親父。」 「ハズレ。親父様だろうが!」 「はいはい、親父様ね。」 「・・・・・丸聞こえかよ。」 狭いトイレの中で、手を変え品を変え寝室の様子を探ろうとするバーダックと、その誘いを 断りきれないらしいラディッツの声を聞きながら、カカロットは真剣に二人への対策を練ら ざるを得なかった。金銭的余裕があまりないことが事実ならば、あの二人がベジータとの愛 と快楽に満ちた生活の障害になることもまた、事実なのだ。 それでも今だけは、すべてを忘れ、愛らしいベジータの寝顔を見ながら眠りにつきたい。す っきりとした顔に幾分か苦々しいものを混ぜながらも、カカロットはいそいそと夫婦の寝室 へと駆け戻るのだった。 |
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