薄手のカーテンをふよふよと包みながら、大きな窓から流れこんでくる風の清々しさに、 悟飯は思わずちらちらと青い芝生を盗み見た。腹をすかせた犬のような、なんとも情けな い顔が硝子に映る。 滑るように空中を泳ぐ鳥、どこか頼りなく浮かんでいる三匹のトンボ、日光を浴びる犬。目 に映るすべてがのんびりとしていて、机にかじりついてる自分がどこか情けなく思えた。 「外に出ちゃおっかなぁ。でもなぁ」 可憐な乙女よろしく花占いでもしてみようか。ふと沸き上がったアイディアは、しかしすぐさ ま自身の手で打ち消された。外に出ない限り、自室では一輪の花さえ手に入らないのだ。 けして勉強が嫌いな訳ではない。知識を積み重ねて自分自身を分厚くさせるのは、むし ろ好きだと言ってもいい。だからといって、いつでもやる気に満ちているのかと言うと、そうで もない。 「結局僕が我が儘なだけなんだよなぁ…」 思わず漏らした苦笑は、猛烈な勢いで向かってくる男の気を捕えた途端、歪な形で空中 に貼りついた。 悟飯はほとほと迷惑していたのだ。あの男を前にすると、何故かいつもの自分ではいられ なくなる。無様なほどどぎまぎしてしまうし、顔だけ妙に熱くなるし、背中に汗をかいたりし てしまう。自分を乱されるのは嫌いだった。 「おい、貴様」 「・・・・・」 「何をしてるんだ」 「べ、別に何も・・してません」 とうとう男が窓辺に姿を現した時、悟飯はどこかへ隠れようとベッドと床の間に頭を挟ん でいたところだった。もっと他に場所があっただろうに、いつも僕はタイミングが悪いん だ。一旦思い始めると、悟飯の意識はずぶずぶと自己嫌悪の渦の中へと潜りこんでいく。 それを止めたのは、ガラスを挟んで、無遠慮に自分に注がれ続ける男の視線だった。 仕方なく、もそもそとベッドの下から這い出して窓を全開にしてやる。何故か突然、どこを 見ればいいのか分からなくなってしまって、とりあえず男の肩辺りに目を向けた。 「どうしたんですか、ベジータさん。・・父さんはもういませんよ」 「フン、それくらい知ってる。貴様に会いに来たんだ」 「・・え、そ、そんな、困ります」 「どうしてだ」 どうしてかなんてこっちが聞きたい。けれどベジータに来られると、それも自分に会いに だなんて、とにかく困るのだ。それ以上のことは分からないし、おろおろする以外に出来る こともない。悟飯の背中を、だらりと汗の粒が流れた。 「ど、どうして僕に、その、会いに来たんですか?」 「会いに来ちゃ悪いか」 「わ、悪いことはな」 「修行しろ」 「・・・・え?」 「俺と戦え」 そう言いながら見せた男の笑みは、尾を引いて悟飯の瞼の奥にちらついた。 あれほど悩んでいた境界線をするりと越えて部屋から出た自分に、悟飯は罪悪感とも興奮 ともつかぬ妙な居心地の悪さを覚えた。自室から見た限りではのんびりとしていた筈の空 気は、今ではベジータがいるせいかひどく緊張している。勉強をさぼっているくせにまったく 楽しくないなんて、まるで騙されているような気分だった。 そもそも約束もしていないのに突然家に、それも窓の外に来た時点で非常識だ。サイヤ人 はこれだから困る。悟飯はベジータを真似てか、思いきり眉間に皺を寄せて見せた。思っ ていた以上に疲れる仕草だった。 「俺を殺す気でこい。貴様は怠けすぎなんだ」 「僕には戦うつもりは」 「うるさい。戦うってのが嫌なら鍛練に変えてやってもいい」 「分かりましたよ、もう。・・ほんと我が儘ですよね、いい年して」 「冗談だろ。俺は寛大なのが自慢なんだ」 悟飯のちょっとした意趣返しは、何の効果も見せなかったらしい。 森はただただ穏やかで、暴れる二人を静かに拒否しているように思えた。正義も守るもの も、理由さえも無い暴力は悟飯を苦しめることしかしなかったが、それでも一応は応戦し ている自分の中に、確かに流れているらしい血や本能を、悟飯は無意識の内に嘲り、嘆 き、笑った。 「何だ、そのふざけた身体はッ」 「………っ!」 「貴様本当に、サボってやがったな!」 「・・ぅ、・・・くぁ゛!」 ぐにゃりと世界が、否、身体が歪んだ。内臓が迫り上がり、口内に酸が広がる。今日は未 だ何も口にしていなかったことを、今更ながらに思い出した。どうやら腹を蹴られたらしい。 逆流してくる胃液に思わず口元を覆っていた手は、悟飯の知らぬ間にベジータの頬にめり こんでいた。突然の攻撃に防御を忘れていた彼の目に、一瞬驚きが見えたかと思うとあり ありと屈辱が浮かぶ。 「貴様でもやれば出来るんだな」 僅かに口角を上げて笑ったらしい彼の顔を、悟飯はただぼんやりと見つめた。胸の中で、 何かどろりとしたものが溢れ出たことだけは確かだった。 血と汗と痛みと力、それが今悟飯が手にしている全てだ。世界はいつしか彼ら二人を地上 に残して、悉く消え去っていた。思考も常識も言葉も自然も、あらゆるものが意味を無く した中で、掌に残ったのは本能だけだった。 見渡す限り真っ白な、爽快感さえ匂わせる世界で獣のように暴れる快感は、甘く懐かしく 悟飯の中へと染み込んでいく。ぶるりと身を震わせ、傷付いた唇を舐めれば、意識までキ ンと透き通って凍りついた。 「やっとその気になりやがったな」 「どうしてわざわざ自分が負けるような真似をするんですか?僕のことなんて放っておけば よかったのに」 「俺が、必ず勝つからだっ」 言い終わらぬ内に飛込んできたベジータの頬へ、肩へ、胸へ、腹へ、素早く鋭く拳を撃ち 込む。首を蹴る、腰を蹴る、向かってくる腕をねじふせる。 自分の力がベジータの身体とプライドを傷つけ、痛めつけるだなんて、考えてみるだけで 嬉しくて笑ってしまう。いっそ小さく握りつぶした彼を、ポケットに詰め込んで持ち歩いてみ ようか。 屈辱的な行為に、懸命に悟飯の胸元で不満を訴えるベジータの声は、きっと小さす ぎて聞こえやしないのだ。うっかり犬に踏み潰されてしまうことだって、あるかもしれない。 悟飯はうっとりと瞼を下ろした。自分とベジータの気が世界を覆っていることに、何より も幸せを感じた。 「……、ハッ・・クソッタレ!」 「ベジータさん、・・・」 しかし男の名を口にした途端、興奮し猛っていた筈の体が、急速に冷めていくのが分かっ た。何か大切なものが、この世界を完成させる最後の一欠片が、すっぽりと跡形もなく抜け 落ちてしまっている。確かに言いたいことがあった筈なのに、言葉がそれ以上続かない。 けれど今更何かを探すには、世界も頭もあまりにも真っ白すぎて、それでも諦めることもで きない悟飯は、不安げに辺りを窺うことしかできなかった。 「ベジータさん・・・っ!」 一直線に突き進んでくる血と汗にまみれた男。自分と闘うためだけに、この真っ白な世界 に存在する鮮やかな男。今は何も考えず、ただ彼が振り下ろす衝撃のもとで、全てを白 く塗りつぶしてひっそりと静かに眠りたかった。 悟飯は再びうっとりと、とても優しく瞳を閉じた。すっぽりと抜け落ちた筈の何かが、どこか 遠くでひやりと一瞬きらめいたような気がしたが、それも今となってはもう悟飯には何の関 係も無いことだった。 |
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相変わらず分かりづらい話で、もうひたすら申し訳ないです;;最初はただ可愛い感じの
飯ベジが書きたかったんですが、なんだか段々物足りなくなってまいりまして、灰色悟飯
ちゃんを混ぜたら取り返しのつかない感じの飯ベジが、出来上がってしまいました。 |