三月に突入し受験も終わり高校も内定した。近頃は気温も上がり上野公園の桜な んかは早々と芽吹き始め春が近くまで来ていることを感じた。


私と観月君は早帰りの火曜日、新宿線に揺られて神保町の書店街に足を運んでい た。神保町から小川町へと続く靖国通りには古本屋がズラリと並んでいるのだ。 どの店も玄関に巨大な本棚を置いており、その中には全集だの画集だのといった 様々な古本が所狭しと詰め込まれている。まるで万引きしてくださいとでも言っ ているかのようである。


本好きの観月君は慣れた手つきでそれらひとつひとつを指でなぞっていった。古 本屋の端から端まで事細かに巡るものだから結構な時間と体力を要する。日が暮 れ小川町の端の古本屋につくまで私は一言も喋らずただマックシェイクのチョコ レート味をズズズと啜っていた。Lサイズあったそれも小川町につく時点ですっか り溶けて液体と化していた。何時も通り制服の上にカーディガンを羽織ってきた のだがそれが間違いだった。既に三月半ば、それに加えて数時間歩いたのだ。古 本屋を巡り終わった頃には暑いし疲れたしでヘトヘトだった。始終無口だった観 月君の額にも流石に汗が滲んでいた。


「スタバ入ろう」


「はい」


本日数度目の貴重な会話。今の私達には元気が無かった。日々通り過ぎていっ たくだらない中学生活が終わろうとしていた。私達には積極性も無かった。






スタバの店内に入った私は席をとった。何時も通り観月君がレジに並んだ。会話 がなくスムーズに事が進む。これらは私達がファーストフード店等でとるおきま りのフォーメーション、即ち暗黙の了解だ。観月君は何時も通り、ココアを二杯 運んで来た。スタバに来てもココアしか頼まないという珍しい人種である私達は ただ単にカフェイン系を好まない人間なだけである。


私の向かいに座る観月君は気でも狂ったかのようにスプーンでココアを混ぜ続け た。先程購入した数冊の本も読まずに。私も珍しく携帯をいじらないでマナーモ ードにしていた。はっきりいって私達は萎えていた。


流れに身を任せて生きて来た私達が出会えたのは奇跡だった。勿体ないほどの小 さくて暖かい平凡な幸せはあっという間だった。放課後の校舎裏でしたキスも、 夏休みの体育倉庫でしたセックスも、二度と戻らぬ若げのいたり、青春時代の思 い出なのだ。


若げのいたり?ばかばかしい。


「学校って、案外良い場所だったね」


私がやっと口を開いた。観月君はココアを掻き混ぜたまま言った。


「ああ、本当ですね」


店内はガランとしていた。太陽は春の日差しをガラスに注ぎ、きらきらと反射す る。カフェインのにおいが私達の鼻をくすぐる。においだけは、嫌いじゃないの だ。


観月君は延々と混ぜ続けていたココアをやっと一口飲み、それでもただ呆然とし ていた。
私達はまだ中学三年生なんだ。これからあと何年生きれば良いんだろう。そうい った事を漠然と考えた。ココアを飲んだ。


路肩に咲くたんぽぽが揺らいだ。また去年と同じ春が始まり、私達の記憶は薄れ ていく。私達が必死に生きていた思い出は誰も知らないまま校舎に溶けていくの だ。



メルトダウン

(2008/03/15)