「どうしたのかしらねぇ若。食卓にも顔を出さないで」
「母さんほっときなさい。十四歳にもなれば何かとあるのだよ」


母さん今僕は生物の不可解な謎に直面している。俺以外の殆どの人間がその行為 についてをおおよそ理解していて、それについて無知なのは俺の年にもなるとと ても愚かしく恥ずべき事のようなのだ。あの時の彼女の反応を見るとどうやらそ ういう事らしい。

一週間前の放課後、俺は同じクラスの女に呼び出された。彼女は図書委員をして おり小柄で愛らしい顔つきをしている。
俺は意味さえ知らぬがこいつの噂を耳にしていた。その内容というのが、彼 女が「やりまん」であるという事だった。しかし話を聞いても俺にはその言葉の 意味が理解できていなかった。俺はよくわからないまま彼女の指示に従うだけだ った。



後日、やりまんの意味について鳳に尋ねると笑われ、先輩方との話のネタにされ た。俺は遺憾だった。

次に俺はさんに尋ねた。さんは先輩だし何だって知ってると思った。それに 俺は彼女と何気ない会話をするのが好きだった。絶好の機会だと思ったのだ。

「・・・は?」
さんはそう言って顔を引きつらせた。俺はここで先輩を逃がしてはならぬと思 い、鳳にさえ話さなかったやりまんとの出来事を詳しく聞かせた。あのやりまん には校舎裏でした行為は誰にも秘密だと念を押されていた。しかし俺にはそんな 約束さえも先輩のために破るのは極簡単な事だった。

俺はあの甘美な蜜や、ほてる体についてと、謎の快楽の事などを事細かに話し始 めた。 しかしさんは話を途中で遮って俺の頬を殴った。あげく俺を軽蔑したまなざしで睨んで、 廊下を戻って行った。
夕陽が差して窓枠の影を均一に廊下に落とした。それは離れて行くさんの所ま で平淡に続いた。
俺は熱を孕む頬を冷たい風に当てながら家路についた。 帰宅してすぐに辞書を開いたがその意味は載っていなかった。 夕食も食べずに兄の部屋に忍び込みインターネットを参照した。慣れない指でや りまんの意味を検索した。
・・・そこから先はまるで未知だった。全てを知ったと同時に世界が終わったよ うな気がした。そして俺は激しい自己嫌悪に陥って今に至る。


あれは、あの快楽は、絶対冒してはならぬ過ちだった。不純、そう、不純だ。 俺はどこかおかしかった。だってあいつは大丈夫と言った。あいつは・・・やり まんは嘘をついたのだ。この俺を欺いた。許せない・・・許して。さん。俺を 許して。
さんが俺を許してくれるためなら何だってするのだろう俺は。そしてその晩俺 は頭を悩ませた。悩ませたあげく、頭を冷やそうと思い、夜風にあたった。
俺が死ぬ気でやれば誰もかなわない。何でもできるのだ。俺は今何をしても許さ れる。俺は無敵だ・・・俺は無敵。完璧で、何一つ欠陥もない。俺は人だ。さ んと同じ生き物だ。俺はそれに大変な安心を抱いている。もしそれが壊れようも のなら、世界すら道連れにしてしまえるだろう。
(分かってるから何も言うな。)






「やばくない?隣りのクラスの図書委員の子、殺されたって」
「変死体でしょ。屋外プールで・・・さっき警察めちゃいたもん」
「犯人は黒い服を着た二十代の男だって」
「私は中年オヤジって聞いたけど・・・」


「さん」
放課後。警察が校内を世話しなく行き来する。死んだ女生徒について次々と質問 を受け、生徒達のテンションは朝より一掃騒がしかった。
俺は六時間目が終ってからすぐ、下駄箱でさんを待っていた。 さんは俺を凝視した。

「さ」
「この前、ご、ごめん」
「・・・え全然、全然気にしてないですよ」
「・・・あたし・・・用事あるから帰るね。じゃあね」
さんは逃げるようにして校門を抜けた。騒ぎを聞き付けたマスコミが校舎の外 に群れを成していた。学園の雇い警備員が怒声をあげている。
俺はさんのすぐ後に付いた。彼女は一掃駆け足になった。俺は追いかける。 カメラをもったテレビ局の男が彼女に声を掛けて腕をつかんだ。俺は叫んだ。
「汚い手でさわんじゃねぇ!!!!」
報道陣は静まり返った。俺にカメラを回しているやつもいる。
「待ってください!さん!」
俺達はそいつらを押し退けて逃れた。 しかしさんはまだ俺を許してくれていないらしい。あの女生徒が死んだ事によ って、俺の純潔は確かに取り戻せたはずだ。 なのに先輩は俺を許してくれない。


「ついてこないで」
五メートル後ろを従順に歩く俺に彼女は震える声でいった。きっと先輩は悲しん でる。あれじゃ俺を許してくれないと言う!それは絶望と似た感覚だった。
さんは突如走り出した。俺は五メートルの距離を保ちつつ彼女に続いた。俺と 彼女はきっと同じ気持ちだったはずだ。なのに俺の無知な欲望がその関係を砂に 変えてしまったのだ。そこで諦めるものか。彼女はきっと許してくれるのだ。た だちょっと恥かしいだけだろう。いつもみたいに笑ってくれよ。俺の事好きなく せに。連れない。


「こないでっていってるじゃない!気持ち悪い!」
さんの家についた。まだ陽は高かった。さんはそう掃き捨てると大きな音を たててドアーを閉めた。俺は玄関先で行き場を無くしてしまった。
「なんで、許してくれないんですか」
「俺、あなたのために、何だってしたのに」
「言ってくれればそうしたのに」
「何してもだめだって言うんですか?」
「教えてください」
「俺もう汚いのですか」



ドアノブを回す。語りかける。返事はなく、鉄の扉は微動だにしない。
陽が暮れてきた・・・。
俺は鞄とブレザーを脱ぎ捨て、二階の彼女の部屋に繋がる木をよじ登った。茶色 の皮が俺の手の皮膚を裂くがそれには構わずにベランダに跳び移った。白いワイ シャツは薄く汚れていた。
二階の彼女の部屋には白のレースのカーテンがキッチリと引いてあり、電気は灯 されていなかった。
窓を叩いた。少しだけ引かれたカーテンの隙間から怯えと怒りの混じった表情で 俺を見る先輩。
施錠する音と同時に先輩は部屋に引っ込む。俺はやわな窓ガラスをポケットに忍 ばせていた金槌で叩き割る。鈍い音と共に散ったガラスの破片は俺の腕や頬を掠 めたり刺さったりした。なんて脆いのだろうか。白いワイシャツに血がにじむ。 それにも気を留めないで、先輩の部屋にお邪魔した。何度か訪れた事がある部屋 。布団の中に潜っていた先輩を見つけた。
「俺そんな気持ち悪いですか」

「やめて」
先輩は涙を流す。
何でですか。
教えてください。
先輩。



夕陽が窓枠の影を部屋に落とした。先輩の部屋から見れるこの街の風景は美しい 。なんて・・・なんて平和なんだろうか。

動かなくなってしまった先輩を見下ろす。額にかかる髪を上げてキスをする。そ のまま先輩と性行為をした。それは自慰と似ていた。精子をどくどくと流し詰め た。これで俺達の子供ができるはずなのだ。しかしこの行為はとても空しいもの だった。あの日あの女としたそれとは全く別の物だった。それは極当たり前の事 だったのだが・・・。
俺はそれを、愛と呼ぶ事にした。
部屋に差し込む夕陽は時と共に徐々に引いていった。先輩のきれいな顔が影に染 まっていった。







嗚呼あああああああああああ先輩。僕がお前の体液を搾り取る。
どうか許せ。僕を許せ。




背徳の僕

(090413)