Index(X) / Menu(M) / Prev(P) / Next(N)

素直

◆vr7MlHhdvc氏


「今ヒマ?」
「……」
平日の昼日中、不意にかけられた声。
声をかけられた方は全体的に色素の薄い、清楚とか清純、楚々といった言葉が似合う可憐な美少女。
お嬢様学校として有名なミッション系女子高のセーラー服を崩すことなく着こなしている。
肩にかかる程度のセミロングの髪が風に揺れて、ほのかに花の香りが鼻腔をくすぐっていった。
そして声をかけた方は、黒髪でレンズの形が長方形をしたハーフリムの眼鏡をかけた青年。
柔和な、優しげな笑みを浮かべているが、学生なのか社会人なのか判別は難しい。
恐らく十代ではないだろう。二十代前半から半ば……後半? ちょっと見は年齢不詳である。
「少し話聞きたいだけなんだけど」
「……」
歩むスピードは緩めずに、少女の目が青年を無表情で一瞥。
すぐに視線を前方へ戻してその後は徹底した完全無視。
「俺の話だけでも聞いてくれないかな」
声の調子に、必死にナンパしているような響きは感じ取れない。今日の天気でも話すような口ぶりだ。
全く反応を返さない少女の様子に諦めたのか、青年は短く息をつくと名刺を取り出し、少女の鞄にすっと差し込んだ。
「俺、佐十 千秋(サトウ チアキ)。気が向いたら声かけて、大抵このへんにいるから」
そして立ち止まり、ひと言も発することなく歩み去っていく少女を見送る。
しばらく見ていると、友人だろうか、同じ制服の少女が彼女に近づいてきた。
1人が彼女へ声をかける。
「スズ!」
「スズちゃんね……」
千秋は胸ポケットから煙草を取り出しくわえると、紫煙を吐きながら少女とは逆方向へ歩いて行った。

数日後の夜。
路上で1人の少年が体育会系の高校生数人に囲まれていた。
とても和やかな雰囲気には見えない。どう見たってカツアゲだろう。
その中心にいるのは中学生くらい、女の子と見紛いそうな繊細な顔立ちの少年だ。
サイズが大きめのフードパーカーは裾がお尻の下まであり、更に長い袖からかろうじてのぞく指先が、今は口元を覆っている。上とは逆に細身のハーフパンツは膝下丈で、そこから折れそうなほど細くて白い足が伸びていた。
たまたま立ち寄ったコンビニを出たところで、千秋はそんな現場に遭遇する。
「……?」
脳裏に一瞬の違和感。
しかし、千秋がその違和感の正体を突き止める前に、事態は進展。
高校生がとうとう手を出したのだ。
「お巡りさんっ! こっちです、こっち!」
千秋が発した言葉で、高校生たちが一瞬ひるんだ。
そのスキを逃さず少年の手首のあたりを掴んで走り出す。
「──っ!!」
背後から何か叫んでいるのが聞こえる。
だが、そんなものには構わずに千秋は走った。

「ね、ちょっ……ま、待って……」
見ると、少年は頬を上気させ、空気を求めて苦しげに喘いでいる。
「あ、悪い」
「はっ……はぁ……」
手を離すと、少年はしゃがみこんでしまった。
振り返っても、そこにはただ闇があるだけ。追ってはこなかったらしい。
少し離れたところに自販機があった。
千秋はコーヒーを2つ買って戻ってくると、1つを少年に差し出した。
「っ……あ、りがと……」
コーヒーを受け取って、少年はよろよろと立ち上がり手近なガードレールに腰かける。
それを見て、千秋も少年の隣に座った。
並んでみると華奢なのがよくわかる。
ほんのり赤く染まった頬が妙な色気を醸しだしている。
かわいい男の子もいるもんだ、とその横顔を無遠慮に観察しつつ話しかけた。



「俺は佐十 千秋。お前は?」
「リク」
リクはコーヒーを一口飲むと、眉間にシワを寄せた。
「にが……こんなの美味しいの?」
「缶コーヒーはピンキリだな。これはマシな方」
「ふぅん」
意を決したのか、リクは手の中の飲みかけコーヒーを一気に飲み干す。
「うぇぇ……ごちそうさま……」
「無理しなくていいのに」
「一度口つけたものを残さないのが僕の主義」
座ったまま、カラになった缶をゴミ箱に投げ込む。
それは見事な放物線を描いて、ビンカンの「カン」の方へ吸い込まれていった。
「興味深いな」
「は?」
「ところでお前いっつもこんな時間に1人で出歩いてるのか?」
「何、説教でも始める気?」
コーヒーの時よりも苦々しげな渋面になってリクが言った。
「いや、興味関心に基づく純粋な好奇心」
「ええと……千秋だったっけ。変わってるね」
「褒め言葉として受け取っておこう。で、答えは?」
リクの表情から、警戒心が消えていた。
「夜は珍しいよ。さっきみたいのが増えるし」
「いっつも1人で?」
「うん。1人じゃなきゃ意味ないから」
「理由を聞いても?」
「いいよ」
リクは、規則でガチガチに固められた生活に押し潰されそうになると、1人で街を歩くのだという。
問題が解決するワケではないが、少しばかり余裕ができるのだと。
「ただの気分転換。こんな話聞いて何か楽しい?」
「あぁ。参考になった」
「参考?」
と、首をかしげる姿はそこらの女の子よりよほどかわいらしい。
「俺、本書く人なんだ」
「なりたい、とかじゃなくて書いてるの?」
「そ」
意外なモノでも見るようにリクは目を見開いた。
そして、頭のてっぺんからつま先まで、2往復は視線を動かす。
「サトウって、にんべんに左の佐に漢数字の十って書く……?」
「チアキは千の秋だ」
「じゃあ千秋の本読んだことあるよ。でも『サジュウ』だと思ってた」
「よく言われるよ」
千秋は苦笑しつつも缶コーヒーを口に運んだ。
最後の一口だったのか、立ち上がって空き缶をゴミ箱まで捨てに行く。
「さて、お前1人で帰れるか?」
「帰るトコない」
「おいおい……」
まさか家出?
喉元まで出かかった言葉を飲み込む。
リクの大きな瞳が千秋を見つめていた。
「家出じゃないよ。寮監に外泊届け出してきたし」
聞けば、リクは学校の寮に入っているらしい。
「ただ、家には帰りたくないだけ」
それを家出というんじゃないか、と千秋は思ったが口から出たのは別の言葉だった。
「じゃあ、ウチ来るか?」
「いいの?」
「公園で野宿されるよりマシだからな」
「ありがとう」
リクのある種殺人的な微笑みに、千秋は軽い眩暈を覚えた。



しばらく夜道を歩くと、千秋が1軒の家の前で立ち止まる。
「ここ?」
「ああ」
外見は平屋の和風家屋。
今は暗くてよく見えないが、立派な日本庭園付きだ。
門を入ると玉砂利が敷き詰められたアプローチ。
踏み石を辿った先の玄関には、立派な表札がかけられていた。
「お屋敷だぁ……」
「広いだけがとりえの家だよ」
鍵を開けて中に入ると玄関とは思えないほど広い空間。
リクは興味津々で目を輝かせている。
「おじゃましまーす」
「こらこら、勝手に入ってくな」
玄関を入ってすぐの襖をあけようとしているリクをフードパーカーの帽子を掴んで引き止める。
「えー見たいー」
「そこは客間、入っても何もない。で、左側がトイレで右側が居間だ」
居間へ続くドアを開けると、和風の佇まいから一転してフローリングの洋室だった。
ローソファーと天板がガラスのローテーブル。
黒いリビングボードの上には、50インチ以上はあろうかというプラズマテレビが鎮座していた。
余計なものは一切置いていない、生活感のない部屋とかいうやつなのだろう。
「中は洋風なんだ……」
先ほどのはしゃぎようはどこへ行ったのか、リクはぽかんと立ち尽くしている。
「そのへん適当に座って。何か食うか?」
居間から仕切りなく続くキッチンで、千秋はやかんを火にかけながら問う。
リクは言われたとおりにソファーに座るが、落ち着かないのか膝を抱えて小さくなっている。
「ううん……ねぇ」
「何だ?」
「千秋ここに一人暮らしなの?」
「そうだよ」
「寂しくない?」
「寂しい……かな。どうだろう、寂しそうに見えるか?」
問われたリクは首を横に振る。
そしてそのまま黙り込んでしまった。

「何考えてる?」
声とともに差し出されたのは、ココアの入ったカップ。
リクの鼻先で甘い香りが漂う。
おずおずと受け取って、抱えた膝の上に置く。
「熱いから気をつけろよ」
「……うん」
千秋はリクから距離を取り、キッチンのスツールに座って煙草に火をつけた。
換気扇の回る音が低く唸っている。

「僕だったら……こんな広い家に1人で住んでたら寂しくて死んじゃうかも」
「想像して怖くなってたのか?」
「……バカみたいだって言うんでしょ」
「言わないよ。言ったら俺がバカみたいだろ」
煙草の灰を灰皿に落とし、押しつぶして火を消す。
「かっこつけ……」
「何だって?」
「何でもない。ココアごちそうさま」
「何か言っただろ」
「また、来てもいい?」
「……ああ、いいよ」
この日から、リクは千秋の家に遊びに来るようになった。
たいていは日中で、泊まったのは最初の1回きりだったが、ふらりとやってきては大画面で映画を見たり、千秋の本を黙々と読んだりして、来た時と同じようにふらりと帰っていく。
千秋も弟ができた気分で、たまにやってくるリクを待ちどおしく思うようになっていた。



ある日。
千秋は久々に趣味の人間観察へやってきた。
初めて『スズちゃん』なる美少女と出逢った駅前である。
待ち合わせの人ごみからは離れた位置のベンチに座り、行き交う人々を観察。
気になった人物へは声をかける。
よくナンパと間違われるが、決して好みの女の子にだけ声をかけているワケではない……らしい。
「また後でねスズ」
かすかに耳に入った声に振り返ると、『スズちゃん』が駅に入って行くところだった。
相変わらずの美少女ぶりだが、もちろん千秋に気づくはずもない。
千秋もベンチから動くことはないが、目は駅舎から出てくる人々を追っている。
そこへ、見覚えのある顔が現れた。
今日は帽子を被っているが、見間違うハズもない。見慣れた顔だ。
「リク!」
歩み寄りながら、声をかける。
笑顔を返してくれると思った少年は、なぜか一瞬ビクッと体を強張らせた。少し顔色が悪い。
「千秋……?」
「どうした? 具合でも悪いのか?」
「ずっと、ここにいた?」
「あ、ああ」
「僕に、何か言うことは……?」
「久しぶり……?」
話が全く読めていない千秋は、半疑問系で言った。
リクは瞬きを繰り返している。
「それだけ?」
「あー、今のところは」
その表情から、それ以上のことは本当に考えていないようだと悟ったリクは、考え込むようなポーズでブツブツと呟いている。
「鈍い……いくらなんでも鈍すぎじゃあ……」
「あ?」
「や、こっちの話」
問題を提起、検討、導き出された解を多角的に検証、誤差修正、最終的な解答を提示、納得。
納得、のあたりでリクはコクンと小さく頷き、千秋に向き直る。
その様子はいつもどおり、千秋が期待した笑顔になっていた。
「今日はどうしたの? あ、もしかしてナンパ?」
「ナンパじゃない。人間観察だ」
疎外感を感じ、千秋は憮然とした表情を隠さない。
「カワイイ子いた?」
「……」
無防備に千秋の顔を覗きこむリク。
今、目の前に。と答えそうになり、今度は動揺を隠せない千秋。
脳内をキーワード『カワイイ子』でサーチ。1件ヒット。
「……スズちゃん」
「えっ!?」
「いや、知り合いじゃないんだけど……この間見かけた時にスズって呼ばれてたんだ」
千秋は自分の動揺に手一杯で、リクの過敏すぎる反応を見過ごしていた。
「なんだ……気付いたワケじゃないんだ。天然にも程があるよ」
「──純粋な知的好奇心から声をかけるのであって、決してナンパでは……って何か言ったか?」
「言い訳してる時点でアウトぉ」
野球の審判のジェスチャーで、高く右手を掲げる。
「アウトっすか……」
「うん。観念した?」
「……お前、今日ウチ来るのか?」
「はい? あ、うん、そのつもりだったケド……都合悪い?」
急に話の方向を変えられて、戸惑いながらも答える。
「いや、むしろ好都合。すぐ帰るぞ」
「う、うん……」
千秋は全然あきらめていない目をしていた。
むしろ、闘志に燃えているような、熱血少年漫画の主人公のような目だ。



どこにも寄り道せずに、かつ無言で千秋の家に到着。
帰った途端、千秋は仕事部屋に直行し、リクは完全に放置されていた。
仕方ないので、いつもどおりにお茶を入れ、読みかけだった千秋の本を読み始めるが、文字を追っているだけで、内容が頭に入っていかない。
「怒らせた……かな」
本を閉じて、ソファーにころんと寝転がる。
その目に涙がたまっていく。
リクは涙を零さぬように瞼を閉じた。
「千秋が出てきたら、ちゃんと、謝ろう……」
しばらくすると、規則的な呼吸音が聞こえてくる。どうやら眠ってしまったらしい。

閉めきられていた仕事部屋から千秋が出てきたのは、それから数十分後のことだった。
仕事部屋側からは、ローソファーの背もたれに遮られて、横になっているリクの姿は見えない。
「……リク?」
千秋は、ゆっくりとソファに歩み寄り、猫のように丸くなって寝ているリクを見つけた。
そのまま、寝顔にじっと見入ってしまう。
「眉間にシワ寄せて……美人が台無しだな」
人差し指でリクの眉間をぐりぐりとほぐすが起きる気配がない。
千秋は時計を見て、寮の門限まで時間があるのを確認すると、ブランケットをかけてやる。
そして、キッチンで換気扇のスイッチを入れ、煙草を吸い始めた。
リクがいる時は、換気扇の下での喫煙が通例になっている。
リクぐらいの年頃なら、煙草や酒に興味を持ちそうなものだが、リクは煙草も酒もついでにコーヒーも苦手らしい。
お子ちゃま舌だとからかったら、顔を真っ赤にして怒っていたっけ……思い出しながら、千秋はにやける口元を煙草を持った手で隠した。
別に見られているワケではないが、積極的に見せたいものでもない。
「変態……」
「ぶふっ、リ、リク? 起きてたのか?」
「ん……今、何時?」
「5時」
「うわ、門限ぎりぎりだ」
がばっと起き上がると、かけられていたブランケットが滑り落ちる。
「千秋がかけてくれたの? ありがとう」
ブランケットをたたんでソファーの背もたれにかけると、リクは身支度を整えて立ち上がった。
「車で送っていこうか」
「じゃあ、駅まで」
「駅まででいいのか?」
「うん、荷物置いてあるんだ」
「わかった。表に車回してくる」
リクが玄関から出るのと、千秋が車を門前に寄せたのはほぼ同時だった。
車はリクを乗せて滑らかに走り出す。
徒歩なら15分はかかる道のりだが、車なら信号待ちを入れても10分とかからない。
ほどなく、車は駅へ到着し、それまで沈黙を守っていたリクがようやく口を開いた。
「千秋、今日は、その……ごめんなさい」
「何が?」
「何がって……怒ってたでしょ? 僕がナンパだってからかったから……」
「あー……、いや、怒ってない」
「本当に?」
「ああ、本当だ。ほっぽって悪かったな」
「ううん、怒ってないならいいや。送ってくれてありがとう」
「あ、リク」
「何?」
「コレ、持ってけ」
手渡されたのは大きい茶封筒。
中身は原稿用紙だった。
「読んだら、感想を聞かせてほしい。いつでもいいから」
「……うん、わかった。それじゃ」
リクがいなくなった助手席は、何だか少し寂しげだった……。



それからしばらく、千秋の家にリクの姿はなかった。
そういえば、携帯電話番号も、メアドも知らない。
1人で考える時間が長くなり、千秋はリクのことを何も知らない自分に気づく。
覚えているのは、自分を呼ぶ声と、少し照れたようなはにかむような笑顔。
いつの間にか、煙草を吸う時は換気扇を回すのが、すっかり習慣づいてしまった。
「まるで恋だな」
自分で呟いておきながら、千秋は言葉を失っている。
己の言葉にショックを受けているようだ。

ピンポーン──

突如響いた呼び鈴の音に、千秋は持っていた煙草を落としそうになる。
それは、殆ど口をつけないまま、中ほどまで灰になっていた。
慌てて灰皿へ灰を落として、そのまま火も消してしまう。
この家には、インターフォンがない。
だから、玄関へ直接向かう。
「はい」
「僕……」
「今開ける」
千秋は、2度、深呼吸をしてから鍵を開け、もう1度大きく息を吸い込んで止めた。
「いらっしゃ──」
引き戸を横へ滑らすと、そこにいたのは思いがけない人物だった。
見覚えのあるセミロングにセーラー服の少女。
「スズ、ちゃん……?」
「こんにちは」
こころなし緊張した面持ちの少女は、そう言って微笑んだ。
その笑顔が脳裏で別の誰かの笑顔と重なる。
「リク……?」
「やっと気づいた……」
リクは嬉しそうに、それこそ花が咲くような笑顔になって千秋に抱きついた。
千秋はまとまらない思考のまま、そっとリクの体を抱きしめる。
男ではあり得ない、柔らかい感触は、紛れもなくリクが女であることを伝えてきた。
「リク、おま……女?」
「うん。ごめんね今まで黙ってて」
「でも……何で、急に?」
「千秋のせいだよ」
そう言って、リクは千秋の腕の中から抜け出して、鞄から数日前に手渡した茶封筒を取り出した。
色気のない茶封筒を愛しげに抱きしめて、千秋へ差し出す。
「これ、僕のこと書いてくれたんでしょ?」
「……」
「違った?」
「……違わない」
「良かった」
その笑顔はもう少年には見えなかった。
今まで、リクのどこを見て少年だと思っていたのか、千秋にはわからない。
「あのね……これ読んで、自分の気持ちに素直になれって言われたみたいな気がして、それで──」
そこで一旦言葉をきり、リクは言葉を探しているようだった。
「それで、僕は千秋に弟じゃなくて、妹でもなくて……女として見てもらいたいって思ったから」
「だからスズの格好で来たのか?」
「うん……千秋はスズの方が好きでしょう?」
「バカだな」
苦笑して、千秋はリクを抱き寄せる。
「バカって──」
「俺がいつスズの方が好きだなんて言ったよ」
「でも、かわいいって……」
「かわいいって言っただけだろ」
抱きしめる腕に力を込める。
「俺は、そのままのリクが好きだよ」



「男でも?」
「男でも。リクならその道に転んでもいいとさっき思った」
「さっきって……もう、千秋らしいからいいや」
「ところで、いつまでも玄関で抱き合ってるのもなんだし、中入らないか?」
「うん」
2人はどちらからともなく、手を繋ぐ。お互いの手が熱い。
「あの……」
「ん?」
「着替えてきてもいい?」
着替え? とは思ったものの、別に止める理由も思いつかなかった千秋は頷いた。
リクは客間へ大きめの鞄を持って入っていく。
ソファーに座っておとなしく待つことにしたが、着替えにしては長く待たされた。
待ちくたびれて覗きに行こうかと思った頃、ようやくリクが客間から出てきた。
「お待たせー」
そこにはスズではなくて、リクがいた。
髪が短くなって、男物のワークシャツにカーゴパンツをはいているが、やっぱり男には見えない。
「はぁ、こっちの方が落ち着く」
「ヅラ?」
「せめて、ウィッグって言ってよ。こっちが地毛だし」
「何で着替えてきたんだ?」
千秋は座ったまま、立っているリクの手を取り引き寄せる。
「え? べ、別に?」
「本当に?」
千秋は引き寄せる手に力を込めて、自分の胡坐の上にリクを座らせる。
後ろから抱きかかえるような格好だ。
「素直になるんじゃなかったのか?」
耳元に低い声でささやくと、リクは小さく体を震わせた。
その反応に気を良くした千秋は耳たぶを舐めてみる。
「ひゃっ、ち、千秋?」
「甘いな」
「なっ、バカ!」
手足をバタバタと動かして暴れるリクを逃がさないようにきつく抱きしめる。
そして、千秋はあることに気がついた。
「固い……」
「今度は何?」
「なんか、お前さっきと抱き心地が違うんだけど……」
さわさわと手を動かす。あきらかに、スズの時とは感触が違った。
「やっ、ちょっ、くすぐったいぃ……」
「何か巻いてるのか?」
「さらし。スズじゃない時はいつも巻いてるからクセで……」
「へぇ、それで?」
「?」
「着替えた理由は?」
「もうっ、しつこいよ千秋っ」
リクが体を捩って振り向くと、すぐ目の前に千秋の顔があった。
改めて近くで見ると、眼鏡の奥の瞳は優しげで、整った顔をしている。
至近距離で見つめあっていた2人の距離がさらに縮まり、唇が触れ合った。
上半身を捻った体勢のリクは、すぐに苦しくなり空気を求めて喘ぐ。
「ふぅっ……ん、ぁ……」
その隙を逃さず、千秋はリクの口へ舌を潜りこませる。
「んちゅ、ふぁ……んくっ」
拙いながらもリクが舌を絡めてきた。細い腕が千秋の首の後ろに回されて、体が密着する。
境界線がわからなくなるほど貪り合って、唇が離れると光る糸が伸びて切れた。
「はぁ、んっ……は、はぁ」
「怒った?」
千秋の問いかけに、リクは首を振って答える。
その目は熱っぽく潤んでいて、濡れた唇は半開きになっていた。目元がほんのり赤く染まってなんともいえない趣だ。



キスだけで終わろうと思っていた千秋だったが、下半身の欲望がむくりと頭をもたげ始めているのを感じて逡巡する。
「千秋?」
「リクが欲しい」
思考するより先に、言葉が出ていた。
頭の中では常識人ぶった思考がやめておけと言っているが、欲望を止められそうもない。
「ダメか?」
「……いいよ。千秋に僕をあげる」
首に回された腕に力がこもる。
千秋もそれに応えて強く抱きしめる。そして、リクを対面座位の状態に座りなおさせた。
背中側の裾から手を入れるが、さらしが邪魔して肌に触れられない。
ワークシャツのボタンを下からはずしていく、上の2つを残してできた隙間から手で探ってさらしをほどく。きつく幾重にも巻かれたそれを巻き取るたびにリクが震えるのが愛しかった。
締め付けから開放された膨らみが、ワークシャツの布地を押し上げている。
千秋は、シャツのあわせから覗く谷間の中心に口づけた。
「んぅっ……」
白い肌に赤く所有の印をつける。
背中に手をまわし、中心を中指で縦になぞると、リクはのけぞって可愛く喘いだ。
「あっ」
そのまま滑らかな肌の感触を楽しみながら背中をなでる。
右の肩甲骨の下あたりをなでると小さいながら反応があった。
「やぁっ、そこくすぐったい……だめぇ」
「くすぐったいところが気持ちよくなるんだよ」
「そ、なことっ……あ、んっ、知らな──ひぁ」
空いている左手で膨らみを包み込み、ゆっくりした動作で揉みしだく。
手に余るほどではないが、しっとりと手に吸い付いてくるような感触に夢中になっている内、乳首がその存在を主張しはじめていた。
人差し指と中指ではさんで同じペースで揉み続ける。
「あっ、や、ち、千秋ぃ……あんっ」
「ホラ気持ち良くなってきた」
「う、嘘……あ、あぁ……ぃ」
「いい?」
おもむろに残り2つのボタンをはずし、肌を露にすると、触っていない方の乳首もぴんと固くなって、愛撫を待っていた。
千秋は躊躇うことなく乳首を口に含む。
「ひやぁっ! あっ、はぁ、千秋……それ、変に、なりそっ……ああっ」
「リク、ちょっと膝で立って」
「うん……」
素直に膝立ちになるリク。バランスを取るため、千秋の肩に手を乗せる。
千秋はカーゴパンツと無地のショーツを一緒に膝まで下げてしまった。
ショーツは濡れてシミになっていた。
「きゃっ、千秋! 恥ずかしいよぉ……」
見せまいとしているのか、リクは千秋の顔を自らの胸に押し付けるように抱きしめる。
「こら、眼鏡が潰れる」
「あ、ごめ……はぅっ、も、やだぁ、千秋が、ん、触るトコ、全部熱い……」
くびれから続く形のよいヒップを両手で大きく揉みほぐす。
随分と感度が上がってきたらしいリクは、ゆるく腰を動かし始めていた。
ヒップの割れ目を伝って右手を蜜で溢れるソコへ進めていく。

くちゅっ

「あぁんっ! な、なに? あっ、千秋っ……ちあ、き……」
充分に潤んだソコは、千秋の指をいとも簡単に飲み込み、中指を出し入れするたびに湿った淫靡な水音をたてた。
内股を指でかき出された愛液がつたっていく。
胸を舌で愛撫し、右手で蜜壺をほぐすようにかき回す。左手は、蜜を掬い取って前からリクの陰核を捕えた。
「ああぁぁっ!!」



一際甘く高い声をあげ、千秋の肩を掴む手に力が入る。
微かに震えてリクは初めて他人の手でイった。
くたっと力が抜けて、腰を落とす。
「はっ、はぁっ……はぁ、はぁ、ん……」
リクが力の入らない腕でぎゅっと千秋に抱きつくと、その下腹部に固い何かがあたった。
それが何か思い当たり、一瞬腰を引くが、千秋の腕に逆に強く抱き寄せられてしまう。
「今ので、終わりじゃ……ないんだよね?」
「無理しなくていいんだぞ?」
「ムリなんてしてないよ。僕も、千秋が欲しいから……」
リクは、その言葉を証明するかのように千秋のシャツのボタンをはずし、引き締まった胸板にたくさんのキスを降らせた。
そして、白い細い指がベルトをゆるめ、ズボンのファスナーを苦労して下げていく。
「うっ……」
下着越しに撫でられ思わず声が出た。
「すごいね、こんなに固くなるんだ……」
千秋の欲望は、すでに雫を零していて、リクが触れるたびにビクビクと震えた。
「……リクの中に入りたい」
「うん……」
リクの背中に腕を回し、ゆっくりとソファーに押し倒す。
膝に手をかけて大きく割り開くと、濡れそぼったソコはひくひくと喘いでいた。
ズボンと下着を一気に下ろす。たくましくそそり立った千秋自身は重力に抗って天を仰いでいる。
「おっきい……」
「悪いけど、そんなに大きいワケじゃない」
「そうなの?」
「そこをあんまり突っ込んでくれるな。入れるぞ」
「う、うん……」
リクはぎゅっと目をつむり、くるであろう衝撃に備える。
千秋は、己に手を添えて、狙いを定め腰を進めた。

くぷっ……

「くっ……リク、ゆっくり息吐いて……体の力抜け」
「はぅっ……うん」
先端を入れただけで、強烈な締め付けが千秋を襲う。
千秋は、リクの様子を見ながら、少しずつ、ゆっくりゆっくり奥へと分け入っていくよう心がけた。
「痛いよな……ゴメン」
「っ、千秋は? 気持ち、いい……?」
「ああ、すごく気持ちいいよ」
大きく胸を上下させながら、痛みに耐えて微笑むリクが愛しくて、抱きしめる。
「千秋……好き、大好き……」
「俺もリクが好きだ」
「も、平気だから、千秋動いて……いいよ」
千秋はおでこに鼻に、頬に、瞼に、唇にキスを落とし、じんわりと腰を動かし始める。
「ふあっ、あっ、つ……千秋……」
「リク……」
名前を呼び、キスをして、少しでも痛みが和らぐように乳首や陰核を愛撫した。
「ひゃん、あふっ、いっ、あぁっ……あん、あっ……ぇ? あ、はぁん!」
「リク?」
「くぅん……千秋ぃ、気持ちいっ……ああっ、んっ」
リクの喘ぎ声にそれまでなかった快感の響きが混じり、千秋の動きに合わせるようにして華奢な腰を揺らし始めた。
「千秋、もっと──て……っと、して……っ」
意外と大胆な発言に千秋は腰の動きを大きくし、激しくなり過ぎないように調節しながら、高みに向かって昇りつめていく。
「……リク、もうそろそろ、イキそ……くっ」
「ああぁっ、んんっ、んっ……はぁっ、僕も、あっ、も……ダメ、っ────」

ドクン──



千秋は果てる直前、リクから己を引き抜き、膣外に精を放った。
白濁が、リクの下腹部から胸にかけて白い花を散らしていく。
そのままでは気持ち悪かろうと、千秋はウェットティッシュを持ってきて、リクの体を清める。
「千秋……ありがと」
「礼を言うのは俺の方だよ」
ソファーに2人で横になるのは無理なので、リクを抱いて背もたれによりかかる。
髪を撫でている内にリクは寝息をたてはじめていた。
リクが起きたら何て言おう。
そんなことを考えながら、千秋も一緒に眠りに落ちていった。


おわり


Index(X) / Menu(M) / Prev(P) / Next(N)


おまけ

「で、結局何で着替えたんだ?」
「まだ言ってるの?」
「言うさ」
「……笑わない?」
「約束する」
大人の口約束ほどあてにはならないものだが、リクはそのことばを信じてとうとう口を開く。
「スズの姿で千秋に好きって言われるのは何かイヤだったから……」
「スズもお前だろ?」
「そうだけど! だって、千秋が……リクが好きって言ってくれたんだもん」
「そっか、自分で自分に嫉妬したのか。かわいいな」
ちゅ、と頬にキスされてリクが赤くなる。
「そういえば……」
「まだ何かあるの?」
「何で女の時は『スズ』で男の時は『リク』なんだ?」
「あぁ、そのこと。簡単だよ、どっちも僕の名前」
「まさか……多重人格とか?」
「違うよ。そういえばフルネーム名乗ったことなかったっけ?」
「聞いた覚えがないな」
「僕の名前、須々木 理久(スズキ リク)っていうんだ」
「あー……蓋を開ければたいしたことなかったな」
「千秋が聞いてきたのに」
「いや、本編で明かされなかったから、気になるだろ普通」
「何の話……?」
きょとんとした表情でリクが首を傾げる。
千秋は、声は出さずに『あ』という顔をしてから首を振った。
「なんでもない」
「怪しいなぁ……」
自分たちのあんなコトやこんなコトがまさかどこかの誰かに公開されているなんて、全く思いも寄らないリクだった。


今度こそおしまい


Index(X) / Menu(M) / Prev(P) / Next(N)