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司9 (2)

◆aPPPu8oul.氏

少しずつ、意識が覚醒していく。音が耳に入って、瞼の裏からまぶしい光を感じて、うっすらと目を開ける。
すぐそばにあったはずの温もりがない。
カーテンを引く音が聞こえ、ゆっくりとそちらに顔を向ける。まだ、目が明るさに慣れない。
「……先生?」
影になっている人物に声をかけると、近寄ってきて頭をなでる。
「おはよう。俺は今から朝の打ち合わせ行ってくるからな。
 起床時間までは余裕あるから、寝てていいぞ。ちゃんと起こしに来るから」
「うん……行ってらっしゃい」
寝ぼけたままの司の額に唇を落として、隆也は部屋を後にする。
司は言われるがままに目を閉じて、もう一度眠ろうと体を丸める。
意識がひきこまれていく感覚に陥った数分後、部屋のドアをノックする音がそれを邪魔した。
「司ー、起きてるかー?」
健の声だ。なんとか上体を起こして、出ない声を絞り出す。
「ちょっと待って…今開ける」
他の人間だったらサラシを巻き直して寝たふりをするところだが、とりあえずその必要はない。
頭を抱えふらつきながら立ち上がって、ドアを開ける。
「…よ。先生は?」
当たり前のように聞くその事実が、健には少し苦いものだというところまで頭が回らない。
「今、打ち合わせに行った……ふぁ……ねみー……」
色気も何もない大あくびも健には見慣れたものだ。
ただ、と健はふと考えてしまう。以前は健が司に起こされていたのだ。
寝ぼけた司の声で名前を呼ばれるのがくすぐったくて、寝たふりを続けて怒らせたこともあった。
もうそんなことはないんだろうなと、やや感傷的な気分を振りはらって本題にもどる。
「あぁ、そっか……いやいや、お前着替えどうすんだよ?今なら二人とも寝てるから大丈夫だぞ?」
「そーだな…んじゃ行くか…どーせ先生ここの鍵持ってるし、片付けなきゃいけないんだろーし……」
寝ぼけたままの司の足取りはあぶなっかしい。部屋を出ても周囲を気にするでもなくふらふらと歩いている。
人の気配がないのを確かめて、健は司の手を取る。細い指と手首。
男物の指輪や時計をすると、特にそれが目立ってしまう。
「さっさと歩けよ。見つかったらお前が困るんだろうが」
「うん……」
本来ならあそこでサラシを巻くよう言うべきだったのだが、寝起きで頭が働かないのはお互い様だ。
運良く誰にも見つからず部屋に戻り、司はごそごそと荷物を漁って脱衣所に向かう。
顔を洗って着替えをすませば、男に戻るのだろう。そういう切り替えの早さが、この関係を維持してくれている。
「よし。今日もよろしくな、健」
脱衣所から出てきた司の、予想通りのさっぱりした挨拶に笑って答える。
「おう。よろしくな」
パシン、と手を打ち合わせて、さっさとどうでもいい会話に移る。


「んで、昨夜の鑑賞会どうだったよ」
言われて、健は昨夜の鑑賞会を思い出す。思い出すと、やはり司はいなくて良かった。
本人はなんてことはなく参加していたかもしれないが、健が司を意識してボロが出てしまっただろう。
よりによってショートカットのボーイッシュな女子高生モノなんて…と思い出しかけて、頭をネタに切り替える。
「あぁ…ドン引きだったぞ。予想どおり」
「よし。じゃあ後でそ知らぬふりで二人に話ふってみよう」
「…お前ほんと良い性格してるよな…」
ベッドの上に並んで腰掛けて、健の手からCD-Rを受け取る。
「あいつらは何持ってきたんだ? 」
ふいに司が健の顔を覗き込む。
答えようとした内容とかぶるような視線に、ぐ、と健は息を飲む。
「え、あぁ……」
どもりながら答えようとした健の声に、ドアをノックする音が重なる。
「高槻いるか? 」
「先生? 」
隆也の声に、司は跳ねるようにしてベッドから飛び降りる。
ドアに走りよる司の姿に、健はわずかに痛む胸をなでおろす。
「どーしたの先生? 」
「どーしたのじゃない、さらし置きっぱなしだったぞ。戻るって言ったのに勝手に部屋に帰るし…」
「あ…すいません」
隆也が司に紙袋を渡すのを見て、健が後ろから声をかける。
「すいません、俺が呼びに行ったんです。着替えどーすんのかと思って…」
「あぁ、気にすんな。何ともなかったならそれでいいんだ。じゃ、今日も気をつけて過ごせよ」
ぐしぐしと司の頭をなでる仕草が、やけに頭にこびりつく。同じような仕草を、自分もしたことがある。
隆也と同じような表情で。それはもう終ったことだと自分に言い聞かせて、忘れかけていたのに。
「わ、髪セットしたばっかなのに…先生も仕事頑張ってね」
お返しとばかりに隆也の髪をめちゃくちゃにして笑う司を目の当たりにすると、嫌でも思い出してしまう。
見ちゃいけない。
「じゃあな。そこの二人、朝飯に間に合うように起こしてやれよ」
「はい」
隆也が出て行って、ほっと息をつく。
何気なく健の横に座りなおした司と今日の予定を話しているうちに、妙な胸のざわつきは消えていった。
二日目は終日班行動だ。司たちの班は題して「先行逃げ切り型」で、この日の午前に土産物を全部買って
宿から家に郵送してしまい、三日目、四日目を身軽に好きに歩き回ろうという計画だ。
京都駅から商店街をうろうろして、昼食を取るころには全員の手に土産物の袋が握られていた。
しかし、これで十分と思っているのは男だけで、女子はまだまだ買いたいらしい。
あまり離れると教師に見つかったときに面倒なので、同じ商店街でそれぞれ好きに歩き回ることにした。
司は健とゲーセンに寄り、そこそこに遊んで外に出て、嫌な場面に遭遇した。
「おい、あれ」
デジャヴュ、というか、そのまま夏休みに見た光景だ。ゆいが地元の人間らしき男二人に絡まれている。
その横では、他の女子が口を出すこともできず肩をすくめている。
健と顔を見合わせて、ゆいの下へと駆け寄る。ゆいはすぐに二人に気付いた。
「司君。田宮君」
男たちは二人とも20前後で、いかにも柄が悪い。体格は並だが、まともにやりあって勝てる気はしない。
「手ェ離せ。嫌がってんだろ…修学旅行きてまで喧嘩なんてしたくねぇんだよ」
今回は彼氏ですとは偽れない。にらみつけても男はへらへらと笑っている。
「はっ、喧嘩はしたくないやて? 嫌やったらせぇへんかったらええやん、なぁ」
連れと顔を見合わせて笑う男の手はゆいの細い手首を掴んだままだ。
険悪な雰囲気にゆいは泣き出しそうな表情を浮べている。
「手を離せ。聞こえてないのか? 聞こえててやってんなら嫌だろうがなんだろうがやってやるよ」
「おい司…」
健は、一歩踏み出した司の肩に手を置き止めようとするが、相手は司の怒りをあおるようにふざけている。
「なんや田舎もんが気ぃ吐いてえらいやる気やんか。そんなムキにならんでもこの程度の女いくらでもおるや…」
司の拳が男の頬を殴り飛ばす。
ゆいや他の女子の悲鳴が聞こえたが、構わずもう一発打ち込もうとして殴り返され、ぐらりと体が傾く。
頬骨が痛む。それでも男をにらみつけ殴りかかろうとして―お互い、連れに押さえつけられた。
「離せよ健! こいつの口きけねぇようにしてやる…! 」
「落ち着けって! こんなことしても何にもなんねーよ! 」
「このガキ…っ! 」
「やめとけ、人が集まってきた」


男たちは足早に立ち去り近くに止めてあった車でその場を離れる。健の腕を振り解いた司に、ゆいが駆け寄る。
「司君! 」
司はゆいに僅かに笑みを向ける。
「……大丈夫。三崎さんはなんともない? 」
「う、うん……」
「司。顔……」
触れようとする健の手を払いのけて、司は携帯を手に取る。
「……先生に連絡する。この顔じゃ黙ってられないし。ごめんな、こんなおおごとにして」
女子たちにそう言って無表情で連絡する司に、健はかける言葉が見つからない。
「ううん。ありがとう。あたしが連絡する…班長だから」
ゆいに止められ、司は携帯を下ろす。集まってきた人に手当てをしてもらう間も、司はにこりともしなかった。
よほど腹に据えかねたのだろう、その怒り方は、健の見たことのないものだった。

数時間後、隆也の部屋で、司と健は正座させられていた。
事の仔細を話すように言われて、司が憮然とした表情で話している。
「…三崎さんが男に絡まれてたんです。それで…」
「それで殴ったのか? 先に手を出したのはお前なんだな? 」
隆也は言外に司を責めている。当然のことではあるが、司は納得が行かない。
「だってアイツ、三崎さんのこと馬鹿にして…! 」
「それでも手は出すな。殴って済む問題じゃないだろう」
「………」
険悪な空気に耐え切れず、健が口を開く。
「……すいません、俺も、止められなくて」
いや、と言ったきり、隆也の言葉は続かない。司も口を開こうとはしない。
「……」
「……女子に話を聞いてくる。ここで待ってろ」
腰を上げた隆也の顔を見ようともせず、司はじっと畳の目をにらみつけている。
隆也が部屋を出て行ったのを確認して、健はため息をつく。が、ちょっと怖くて司の顔を見ることはできない。
「…司、どーすんだよ」
「どーもこーもねーよ。俺は悪くない」
いや、悪いだろ、と言える空気でもない。司もわかってはいるのだろう。
「頭下げれば許してもらえるんじゃねーの?」
言って聞くとは思えないが、それでもなんとか場を収めることを考えなければならない。
「かもしれない。でも、だからって頭下げる理由にはならない」
健は再びため息をついて足を崩す。
「その意地っ張りなとこどーにかしろよ。先生にも愛想つかされるぞ」
「……」
黙り込んだ司の顔をちらりと盗み見ると、ぐっと奥歯をかみ締めているのがわかった。
「……なんでそんなに怒ってんだ? たしかに頭にきたけどさ、手ぇだすことないんじゃねえの? 」
「……三崎さんは、人を殴れないから。あの場にいられなかった、三崎さんの彼氏の代わりに殴った」
たしかに、自分の彼女にああ言われたら手も出るかもしれない。
しかしそれをとっさにやったということは、やはり何か思い入れがあるのだろう。
それがまさか、ひょんなことから成立してしまった肉体関係の絡んだ友情だとは、健は思いつきもしなかったが。
しばらく無言だった二人の耳に隆也らしい足音が聞こえてきて、健は慌てて居住まいを正す。
「…詳しいことは三崎たちに聞いた。学年主任とも話したけど、二人は今日はこのまま夕食まで正座してろ。
 明日以降の行動についてはその後決める」
夕食まで、と聞いて健の頬が引きつる。しかし健はそれで済むかもしれないが、問題は司だ。
ちらりと司の表情を盗み見るが、恐ろしいほど動揺の色が見えない。
「夕食まで一時間。俺もここにいるからな」
言葉どおりその場で隆也は仕事を始め、二人は延々と正座を続ける。
途中他の教師や生徒が出入りをしては二人の様子をうかがって微妙な表情とともに帰っていく。
一時間後ようやく立ち上がったときにはさすがに司も辛そうな顔をしたが、
それでも余計な言葉は一切口にしなかった。
健と隆也、二人そろって何度ため息をついたかわからない。
味もわからないんじゃないかと思えるほど無表情な司もいつもどおり(人より細い)夕食を終え、
健と二人でまた隆也の部屋に向かう。この間、司は「うん」と「いや」しか言っていない。
「さっき主任と話してきたんだけど…田宮は無罪放免。高槻は就寝時間まで正座、明日の午前中は宿で謹慎。
 それと反省文を提出。で、明日の午後の班行動には俺がついてくことになった」
言い渡された罪状に、健は思わず司の顔を見る。
まったく折れる気配のない司が、おとなしく反省文を書くわけがない。


しかし司は憮然とした表情で、それでもわかりました、と言った。確かに言った。忘れるなよ。
「それで、だな。こっからはオフレコなんだが」
ふいに隆也が砕けた口調になり、健はほっとする。
「ぶっちゃけ正座はしなくてもな……いや、俺もやった経験があるから」
「あるんですか」
思わずつっこむ健に、隆也は苦々しく笑う。
「大きな声じゃ言えないけどな。でも部屋に返すわけにはいかないからここにはいてもらうぞ。
 あと……風呂のことなんだけど」
延々と無表情で無言を続けていた司が、ようやく口を開く。
「いっそ入らなくてもいいです。午前中謹慎なら、その間に入れるし」
開いたが、よそよそしい口調はあからさまに不機嫌そうだ。
「いや、就寝時間以降は風呂は空いてるんだ。宿は貸切だし、先生連中は自分たちの部屋の風呂に入るから
 男湯でも女湯でも、好きな方に入っていいぞ」
「……わかりました」
司がまだ足を崩さないので、なんとなく健もそのまま正座をして二人の表情を比べている。
隆也はすっかり砕けた雰囲気になっているのだが、どうも司は意固地になっているらしい。
「というわけで、田宮、協力ヨロシクな」
「あ、はい」
突然ふられた健は、ようやく足を崩す。
「えーと、じゃあ…」
ここにはもう用はない。自分は部屋に帰って、友人達に事の次第を説明しなければならない。
ただ、部屋に二人が残ることを思うと、それ以上かける言葉が見つからない。
「おう。あ、三崎にも伝えておいてくれな」
いっそ軽口でも叩きたかったのだが、司の無表情を見るとそうもいかない。
「はい。じゃあ……おやすみなさい」
「おやすみ。早めに寝ろよ」
まるで無反応な司に声をかけるのも気が引けて、結局隆也に声をかけて部屋を出る。
この状況は決していいものではない。なのに少し安心している自分がいた。
「……性格悪いな、俺」
司のことは応援するつもりだったのに、結局”良い奴"になりきれない。
今日何度目かわからないため息をついて、健は部屋に戻った。

「…こんなとこにアザ作りやがって…」
「……謝んないよ」
口を開いてもむっとしたままの司に、隆也は苦笑するしかない。この強情さは良い点でも悪い点でもある。
ただ、今回の行動は褒められたことではない。
膝を突き合わせて、じっと司の顔を見据える。
「わかってる。俺もお前が悪いとは思わない。
 …ただこういうとこで喧嘩すると、学校側が困るからな、俺も一応教師だし…」
「……」
眉間に皺を寄せたままの司は口を開こうとはしない。教師としての説得では納得できないのはわかっている。
ため息とともに司の頬に手を伸ばす。
「そういう建前とは別に、危ないことはしてほしくない」
言って、痛々しく変色した頬をなでると、顔が歪み苦痛の声が漏れる。
顔に湿布を張るのを嫌がってそのままにしてあるのもやはり司の意地なのかもしれない。
「いっ……」
隆也の眉間にも皺がよる。
「…怪我させるのも嫌だし、痛い思いもさせたくない。教師じゃなきゃ相手のこと殴ってやりたい」
「…うん……」
うつむいて力なくつぶやいた司が、ぐっと声を振り絞る。
「……ごめんなさい」
ここ数時間言わせようと思って言わせられなかった単語がぽんと出てきて、隆也は目を丸くする。
「謝らないんじゃなかったのか? 」
「だって…先生、主任とか校長に怒られるでしょ? 」
つまるところ、迷惑をかけてごめんなさい、ということか。
その殊勝さは恋人としては嬉しいが、教師としては力量不足が露呈されてちょっと微妙だ。
「まぁ、な……でもそこは気にすんな。いや、気にして欲しいけど、それより…」
腰を上げて、司の身体を抱き寄せる。
「…ただ、俺が心配だから危ないことはするな」
「……うん」


腕の中の司は、もうちゃんとほぐれただろうか。
「……このまま、いたいんだけどそうもいかないからな」
頭を撫でて体を離し、司の顔をのぞきこむ。
今までとはうってかわって弱弱しい、不安げな顔が隆也を見上げている。
「先生は……怒ってない? 」
流石に自分でも意固地になっていることは反省しているらしい。
だったら最初から素直になれと言いたいが、多分きっと、できれば苦労はしないと返されるのだろう。
「んー。危ないことをしたのにはちょっと怒ってるな。でもそれだけだ。あとは…」
「…あとは? 」
下から覗き込んでくる司の表情は不安げだ。無駄に心配させる気はないが、隆也も心配させられた身だ。
多少のお返しは許されるだろう。
「あとで、な。さ、反省文、ちゃんと書けよ」
にこりと笑って頭を撫でると、急に憮然とした表情に戻る。
「…嘘でいい? 」
この、教師と生徒というスタンスを維持するのがときどきやたらと難しい。
「…よくはないから黙って書け」

「書けました」
「ん、どれ」
職員の打ち合わせから帰ってきた隆也に提出された反省文は完璧だった。
やや字が雑だがその辺はまぁいいとして、内容は非の打ち所がないような反省文だった。
これが一つも本心ではないあたりがなによりも。
「……恐ろしいな」
思わずぽつりと漏らした隆也の横で、司はそ知らぬ顔であぐらをかいている。
「何が? 」
「いや、なんでもない……」
女ってのは平然と嘘をつける生き物なのかもしれない。
それとも司は悪女の素質があるんでしょうか。そうなんでしょうか皆さん。
思考が二次元からこっちに向かってしまった隆也は首を振って思考を切り替える。
「あとは明日の午前中の謹慎だな。暇つぶしに本でも……」
ぐい、と服の裾をひっぱられて、一拍置いて司に振り返る。
「先生、一緒にいてくれないの? 」
この攻撃力はけっこう卑怯だと思う。
「……いられるもんならいたい、けどな……」
このまま抱きしめていちゃいちゃしたいのだが、いつ他の教師や生徒が部屋にやってくるかわからない。
伸ばしたい手をぐっと握って我慢する。
「できるかどうかわかんないな。司みたいに問題起こす奴もいるかもしれないし」
少し棘を含ませて言ってやると、服を掴んでいた手が離れる。
司は黙り込んで部屋の隅で膝を抱える。
就寝時間まであと一時間。隆也はこのまま反省させることにした。

「よし、時間だな。風呂どうする? 」
目を合わせないように背を向けて仕事をしていた隆也が振り返り、司の表情をうかがう。
「どうする? って……一回くらい広いお風呂入りたい。空いてるんでしょ? 」
すっかり不機嫌のぬけた表情に安心して、自分の荷物を漁る。
「そうだな。じゃあ用意してこい。宿の人に言ってくるから……男湯でいいよな?」


「はい……え? ちょ、ちょっと待って! それってっ」
自分の着替えを手に言う隆也に、司はあっさり返事をしかかって慌てるが。
「一緒にはいろう……だめか? 司が嫌ならやめておくけど……」
今まで隆也の要求に司がNOと言えた試しがない。
困った、と顔に描いてある司は、それでもやはりNOとは言えない。
「……嫌じゃないけど……する、の? 」
何が? と聞いたら流石に怒るだろうか。
「それは嫌か? 」
「う……だってなんか、嫌な予感がする……」
ぴく、と隆也の眉が動いたが、運悪く司は気付いていない。
「まぁ、嫌なら我慢するさ…いいからはやく用意してこい。就寝時間過ぎたんだから静かにな」
そう担任に言われては従わないわけにはいかない。司はこっそりと自分たちの部屋に戻る。
「…司、これから風呂か?」
健に声をかけられ、思わずびくりと肩が跳ねる。
顔を見られなくて良かった。多分赤い。
「あぁ……」
「さっきな、三崎さんの彼氏が来たんだよ。お礼言いたいってよ
 ……お前が正座させられてるって言ったら、謝りたいって」
司はゆいの彼氏(多分)の顔を思い浮かべる。話したことはないが、生真面目で優しそうな奴だ。
「は……律儀な奴だな。俺と三崎さんのこと疑われたらどうしようかと思ってひやひやしてたのに」
「……な、お前と三崎さんって……」
「わり、もう行くわ。宿の人に迷惑かかるし」
健の追及から逃れるように、司は着替えを手に部屋を出た。
浴場までの道すがら、司はぶつぶつと隆也への不満を漏らす。
「……ってさ、この時間に出てって帰りが遅かったら怪しまれ……」
るどころではない。健は確実に気付くだろう。それがどうしょうもなく恥ずかしくて、気まずい。
「いや、待てよ? それを言うなら今朝の……うわ、そうだよバレて……あぁあぁぁ」
一人でブツブツ言いながら頬を染めて現れた司に、隆也は不審な目をむける。
「…どうかしたか? 」
「あ、いえ、なんでもないです」
浴場の入り口で向き合って、司はちらりと女湯の入口をみる。
そこにははっきりと使用中の札がかけられていた。
「従業員さんが使ってるそうだ。と、いうわけで俺たちはこっちな」
ぽん、と肩に手を置き有無を言わさず男湯にひっぱりこみ、隆也はさっさと服を脱ぎだす。
「う〜〜〜〜……仕込まれてる、絶対」
「仕込んでない仕込んでない。いいからさっさと…脱がせてやろうか? 」
腰にタオルをまいた隆也がわざとらしく手をワキワキさせている。
司は思いっきり、それはもう音がでそうなほど思いっきり首を振る。
「い、いいですっ! 先に入っててください! 」
「……昨日は一緒に入ったのに……」
「あつ、あれはっ……風呂に入ったんじゃなくてっ……」
口ごもった司の次の言葉を聞きたくて、隆也は何知らぬ顔で首をかしげる。
「じゃなくて? 」
「……する、ために…だったから……」
言いながら、司は再び嫌な予感に襲われる。
嫌な、と一言では言い切れないのだが、やっぱり嫌だ。
俯いた司のご機嫌があまりよろしくなさそうなので、隆也はあっさりと司いじりを中断(終了ではない)する。
「うん、そうだな。じゃあ先に入ってるから…さっさと来いよ? 」
「う、はい」
さっぱりした隆也の反応にほっとしつつも、司はどこか物足りなさを感じる。


浴場で水音を響かせる隆也の心中を推し量りながら服を脱ぎ、
今日はしっかりタオルで前を隠して浴場に足を踏み入れる。
「……」
隆也は司が入ってきたのに気付かず、銭湯スタイルで頭を洗っている。
離れて座るのもおかしいし、かと言って隣に座るのもなんだか気が引けて、司は一つ置いた隣に腰を下ろす。
タオルを腰元に落として、手にしたスポンジを泡立て始めるとふいに隆也が口を開いた。
「司〜、シャワーとってくれ」
「……シャンプー目に入った? って、子供じゃないんだから……」
子供っぽい隆也の言いように苦笑しつつ隣に移動して、ウロウロしている手にシャワーのヘッドを握らせる。
「ついでに蛇口も」
「はいはい……」
隆也の前に手を伸ばして蛇口をひねると、隆也の悲鳴が聞こえる。
「つめたっ……! 」
司は慌てて温度を調節しようとつまみをひねるが。
「あ、ごめんなさい…っひゃあっ!? 」
その冷水を背中にかけられて高い声をあげる。
「ほい、早く温度調節してくれ」
「じ、自分でやればいいじゃないですかっ! 」
背中に当てられていた水流が下ろされ、なだらかな割れ目に当てられる。
前かがみになっていた司の肌を流れる水は、臀部から前へと流れ、秘部を冷やす。
「や、ぅっ……」
漏れた声の高さに赤面しつつ、つまみをひねり水をお湯へと変える。
「も、もう大丈夫ですからっ……」
生暖かい水流の感触に耐え切れず、隆也の手を掴み頭に向けさせる。
「ん?おー、ちょうどいい。ありがとな」
悪びれもせず言う隆也の態度に口を尖らせ、司はもといた場所に座りなおす。
「ありがとな、じゃないですよ……いいように悪戯してっ……」
「悪戯? つっても背中に当てただけだろ、何怒ってんだ? 」
頭を洗い終り、ようやく顔を上げて髪をなでつけている隆也に顔をむける気はない。
身体を洗いながら、強い語気で問い返す。
「…それ、本気で言ってるんですか? 」
ふざけてるんでしょ、と言外に言ってみたのだが、隆也の反応は思いのほか軽い。
「うん」
あっさりした返答には本当に悪気がなく、しばらく言葉に詰まってしまう。
その様子を不審に思った隆也の再度の呼びかけに、つぐんでいた口を開く。
「……背中じゃなくて、お尻です」
「え」
聞き返すような隆也の声に、自分が言っているのが恥ずかしいことだと認識させられる。
頬に血が上ったのに気付かないふりをして、むちゃくちゃに身体を洗う。
「だからっ……お尻ですっ! 」
言われた隆也は視線をそこにうつす。と同時に、その状態を思い浮かべて赤面する。
意識してやったならともかく、無意識に悪戯してしまったと考えると、恥ずかしい。
「わ、悪い……俺はてっきり……いや、すまんかった」
「もう、いいです……」
口を尖らせたまま頬を染めた司は腿を洗い始め、ちら、と隆也の表情を伺う。
本当にすまなそうな顔で、それでも凝視されると恥ずかしい。
「あんまり……見ないで下さい……」
「あ、あぁ……悪い……」
慌てて顔を背けて、隆也も身体を洗い始める。
司の手は腿から足首へと滑り、腰に戻る。ふと視線を横に移すと、隆也と目が合う。
「な、何ですか? 」
「あ、いや…背中、流そうかな〜、と…」
申し訳なさそうに言う隆也の様子がすこしおかしい。
同じような状況で、以前は悪びれもせずセクハラから最後まで遣りとおした男とは思えない。
「……悪戯しない? 」
「……しない。さっきのお詫びだ」
何故そこで少し言いよどむ、と追求したかったがそこは黙って背中を預ける。
隆也は言葉どおり、悪戯も何もせず背中を洗う。細く肉の薄い背はすぐに洗い終わってしまう。
その間司はこっそりと股間を洗い、背中の泡と一緒に流す。
「ありがとうございます…先生も」


律儀にタオルで前を隠して振り返った司の表情がいつもどおりで、隆也はほっとする。
ついでに視線を少し下に動かすとなかなかエロティックなことになっているのだが、
凝視して叱られたくないので大人しく背中を向ける。
「うん。よろしく頼む」
自分で遠慮なく洗うのとは違って少し柔らかな手つきが、心身にこそばゆく感じられる。
「はい、お終い」
お湯をかけられ振り返って、隆也は心底嬉しそうに笑う。
「ありがとう……じゃ、風呂はいるか」
「うん」
つられたように司も笑みを浮べて、湯船に向かう。
桶でくみ上げたお湯は少し熱めで、勢い込んでお湯に浸かった隆也は、ぞわりと肌があわ立つ感触に声を漏らす。
「う〜、しみる〜」
思わず手足を伸ばして盛大なため息をつく。
「ジジくせーw うわ、ほんとに熱い…」
足を浸した司はなかなか湯船に浸かろうとしない。
「さっさと入れって。でかい風呂に入りたかったんだろ? 」
「うん、まぁ……」
腰を上げてそろそろと湯船に身を浸す司の傍によって、肩を並べる。
「……気持ち良いな」
「うん。こーゆーのも棚からボタ餅っつーのかな? 」
笑う司の顔にある痛々しいアザを見て、隆也はそうだ、と思い出す。
「司。反省してるか? 」
"先生"の台詞に、司は目を泳がせる。
「う……一応、してます。でも……」
「でもじゃない。暴力は絶対にだめだ」
うなだれた司の腰にふと手が回される。隆也の顔を見上げると、笑いを堪えているのがわかる。
「先生? 」
「反省の色がないようなので、お仕置きです」
言うなり司の腰を抱えあげ、浴槽のふちに腰掛けさせる。
「な、何? 何すんの!? 」
慌てた様子の司に思わず噴出し、隆也は司の膝に手を当てる。
「ま、お前の予想どおりだ。司がはずかし〜い言葉でおねだりしてくるまで、いじめてやるからな」
膝を開き間に頭を埋めて、鼻先を濡れた茂みにつっこみ舌を伸ばす。
「こ、これも性的暴りょ、く、うっ……やぁ……」
司の手が軽く隆也の頭を抑えるが、それにかまわず舌を動かす。
温泉の味がする秘裂を舌先で舐め、口をつけ水音を立てて弄ると、次第に味が変ってくる。
「ふぁ……はぁ、は……ん、は……はぅ、んっ」
乱れた息の合間に高い声が混じる。
塩気のある愛液を舐め取り、奥に舌を差込みさらに分泌をうながす。
膝を押さえていた手を臀部や腿に這わせ、つるつるとした感触を楽しむ。
「あ、あっ……ん、や……やだ、ぁ……先生、やだ、やめて……」
口を離すのも惜しく、隆也は答えず舌を動かし続ける。
頭を押さえつけていた手からも力が抜け、声もすっかり女のものに変っている。
ひたすら水音を立てて中央を舐め、膣口に舌先を入れ、陰核の付近をくすぐる。
「……っあ、あっ……そ、こぉ……」
司が身をよじり始める。このままではただの前戯と変らない。
膣口を刺激するのをやめ、陰核に舌をのばし、ざらざらと擦る。
「ひぁっ……だめ、そこ、やぁっ……」
隆也の顔を挟む腿が震える。かまわず、執拗に陰核を舐り、軽く歯を立て、舌で擦る。
「あっ、あぁっ、だ、だめぇっ! だめえぇっ! いっちゃう、よぉっ……! 」
切羽詰った声を聞いて、強く吸い付く。
「あっ、あ……あぁっ―――っ!」
こぷ、と愛液が溢れ、足がぴんとつる。一瞬の後、力の抜けた腿をなで愛液を舐め取る。
「ふぁ、ん、んんっ……せ、せんせぇっ……や、いやぁ……」
イったばかりの身体は敏感に反応し、泣き声が浴場に響く。
「や、だ……先生と、一緒にいく、ぅ……」
言われても、ここで折れては意味がない。
口を離したら司の泣き顔に負けてしまいそうなので、司の秘部を弄ることに集中する。
「やっ、あ、あぁっ、せんせっ……せんせぇの、ちょうだいっ……俺の、アソコにっ……」
この程度なら今でなくても引き出せる。もう少しだ。


一人だけ長湯をして頭に血が上ってきたが、かまわず口を動かす。
再び陰核を刺激すると、今度こそ司が折れる。
後ろに手をつき震えの止まらない身体を支えたまま、腰を押し出し泣き声で強請る。
「んんっ! せ、せんせぇの、おちんちん、俺のおまんこに、入れてぇっ……」
高くかすれた、悲鳴のような声の紡いだ淫猥さに、堪えていたものがふきだす。
「司っ……」
ざば、と水面を波立たせてのびあがり、司を抱き寄せ湯の中に引き込む。
「先生、ひどいっ……」
予想通り潤んだ、どころか涙に濡れた瞳を目にすると、さすがに胸を掴まれる。
が、頭と下半身はまったく別のことを言っている。まずは下半身に我慢してもらって、頭の言うことをきく。
「ん、ごめんな……でも、喧嘩はだめだぞ? 」
「わかったから……ちゃんと言ったんだから、早く……」
言い掛けた司の唇を塞ぎ味わい、舌を絡めて、愛液の混じった唾液を注ぎ込む。
目元を赤くした司の喉が動いてそれを飲み下したのを確認して、体を離し浴槽の縁に腰掛ける。
「……ほら、司の欲しがってたもんだぞ」
自分で見るのも気恥ずかしいほどにやる気を出しているそれに、司の視線が刺さる。
「……おいで」
「うん……」
立ち上がり近付いてくる司の股間に目がいく。温水の滴るそこが、まるで違うもので濡れているように見える。
いや、実際そうだった。脚を開き隆也の腰にまたがった司の腿は、糸を引くような粘液に濡れていた。
「は……ぅ、ん……」
隆也が促すより先に、司は腰を揺らし膣口に先端を押し当てる。
「ん、いいぞ……」
びくんと喜ぶ分身が、濡れてひくつく場所に飲み込まれていく。
「くぅ、んっ……は、はぁ、んっ……んんっ……」
息の上がりきった司は、腰を落とすとそれだけで隆也にしなだれかかる。
「ん、どうした?」
「ん……だ、め……力、入んない……」
「……しょうがない、な」
タオルを敷き、繋がったまま司を組み敷く。
「いくぞ……っん……く」
足を抱え上げて、腰を打ち付ける。上気した司の体が揺れて、高い声が漏れる。
ようやく男を飲み込んだ膣は喜んで締め付け、はちきれそうな肉棒全体を刺激する。
引き抜く動きに絡みつく壁を、再び押し分け進む。
「ひ、あぁっ、んっ……あ、ぁっ……」
司の声が切羽詰っていて、性器とは別のところがぞくりと痺れる。
「司……もっと声、聞かせてくれ……」
「せん、せ……ぁ、せんせぇっ……ふぁ、んっ」
口元に手を当てた司は、涙に濡れた目をきつく閉じて首を振る。
「つかさっ……つか、さ、ぁっ……」
「あっ、あ、あぁっ……」
浴場に響く嬌声と水音を聞きながら、隆也はひたすら腰を振る。
びくびくと震える肉棒を打ち込み、頭まで走る快感に息を乱しながら、ひたすら。
「だめ、だめぇっ、せんせぇっ! 」
「んっ、もう……っ」
隆也が強烈な射精感に襲われ、鈴口が膨らむのと同時に、司が悲鳴をあげ絶頂を迎える。
急な締め付けに逆らわず際奥に熱い奔流を放ち、射精の快感に震える。
「っく、は……司……」
脱力しっぱなしの司の脚を下ろし、のびあがって目線を合わせる。
「は、はぁ…せん、せぇ……ん」
司の手が首に回り、頬に唇が押し当てられる。
思わず口元を緩めて、キスを返す。
「ちゅ、ん……今風呂入ったらのぼせそうだな」
「……シャワーにしとく?」
隆也は司の横に座りなおし、腕を引いて身体を起こさせる。
胸に抱きとめた体は滑らかで熱く、それを確かめるように背を撫でる。
「だな。よし、シャワー浴びたらもう一回あったまって…」
「うん……」
ゆっくりと息を整えていた司が、ぱっと顔を上げる。
「だめだ……やっぱ帰る……健に気付かれる。っつーか顔合わせられない」


もう気付かれてるんじゃないか、とかいうつっこみは心の中にしまっておくことにした。
司は隆也の胸を押し返し、立ち上がろうと膝を突いて、めまいを感じて重心を失い座り込む。
「よしよし。もう少し、な」
頭を撫でられ、司も諦めて目を閉じる。
「……もう少し、したら」
不意に開いた司の口から出てきた"もう少し"は、どうも声のトーンが普通でない。
「うん? 」
「一年半……したら」
その数字が何を示すのか、隆也にもすぐわかった。今高校二年生の司が高校を卒業するまで、一年半だ。
穏やかに、せかさないように、相槌を打つ。
「うん」
「…………やっぱなし。もう行く」
隆也の努力を一蹴して、司は立ち上がる。
「おいおい、なんだよその思わせぶり」
苦笑する隆也に背を向けて、司はシャワーを浴びている。
「知らない。そのうち……ちゃんと言う」
水音に消されそうなその言い方がおかしくて、今度こそ笑いがこみあげてくる。
そのうちがいつになるのかはわからないが、頬のアザが消えるまでに言ってくれるとは思えない。
気の長い話だが、それもいいだろう。
「はいはい、わかったわかった。
 あ、そうだ。不機嫌な顔して帰れよ? あの司には田宮でも声かけられないだろうからな」
「……ほんとに不機嫌になってやる……」
宣言どおりむっすりと黙り込んで部屋に戻った司に、声をかけられるものはいなかった。
修学旅行は波乱含みの二日目を終えて、さらに怒涛の三日目を迎えようとしていた。


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