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R.m.G-ひみつのくすり- 1

◆.Xo1qLEnC.氏

「アイリーディア殿ではございませんか?」

仕事中にいきなり話し掛けられた。
こんな場所で、知り合い?それに、今は男装してるのに…
振り向くと少し脂ぎったおじさんが、驚きを隠せないようにこちらを
凝視していた。
どこかで見た事ある、かなぁ…?

「あの、どちら様でしたっけ」
失礼だとは思うけど、思い出せない。
店内にお客様が疎らなのを確認して、小声で話し掛ける。
「やはりそうでしたか。いや、解らないのは無理もない。私は、
スコット・フォールド。薬の商いをしております」
「ああ…」
なんとなく思い出せた。
うちのお邸に、何度か来たことある人だ。
薬といっても、魔術用のなんだか怪しいのを取り扱ってたっけ。
えーと、ノーア家の名誉の為に猫被りっと。

取り敢えず、余所様用の笑顔を取り繕う。
「こちらの方にお住まいなんですね」
「ええ、普段は商用で飛び回っておりますがね。アイリーディア殿は
如何なされましたか?こんな所で」
媚びるような笑顔が返って来た。
うーん…あまり関わりたくないなあ。正式名で呼ばれるのも気恥ずかしい。
名前負けしてて、嫌なのよね…
「私用でして。ここでは、男となってますので、リドとお呼び下さい。
では…」

一礼してさっさとカウンターに逃げ帰ると、ママが心配そうに待っていた。
「リドちゃん、変な事言われてない?あの人ホモだから、気を付けてね」
「あ、大丈夫です。顔見知りでした」
「まあ、そうなの?」
頬に手を充て目を見開く仕草は、盛り上がった筋肉の大きな体には
不釣り合いだけど、なんだか自然で見慣れると可愛く見えるから不思議…。
この店は、ママのこのキャラのせいでそーゆー人も何か勘違いして、
集まってくるらしい。
…にしても、こんな場所で会った顔見知りが、ホモだったとは…
身近にも、わりと居るもんなのね。

それは驚いた事ではあったけど、フォールドさんは大した知り合いでもない。
私はそんな事、すぐに忘れてしまったのだった。

* * *
ここ、ヒュージリアで働き始めて数週間。
なんだか怪しい裏通りにある『レッドムーン』は、宿屋も兼ねてるとは
言っても宿泊客は少ない。
その為、食堂が準備中となるとそれはそれは暇である。
いつも御飯を食べた後は、メイさんと仕込みをしながらお料理を
教えてもらってる。
でも、今日は…


「ハッ!」
「っと、あぶねっ」
私の薙は、ギリギリで捌かれる。
でも、バランスが崩れたのは見逃さない!木刀を両手に持ち、突きを狙う。
寸止めのつもりで繰り出したそれは、カチリと小さな音を立てて止まった。
彼の手にした棍が、狙った喉仏をしっかりガードしていたのだ。
「そこまで!」
メイさんの合図で私達は構えを解き、息をついた。

今日も暇な昼下がり。食事は早々に済ませ、ホークに手合わせを
してもらっていた。
赤茶の固そうな髪に、額に今日は深緑のバンダナ。
それと丸首のシャツに、前を一ヶ所紐で止めただけの上着と着古したジーンズはいつもの格好だ。
木刀を手にする私に対し、彼は「ハンデ」と言って短い棍を得物に選んだ。
それは少々不服だったんだけど…
実際に手合せしてみると、経験値の差をひしひしと感じる。

「食後の運動にしては、ちとハードだったな…」
汗を拭いながら、ホークが言う。でも、息はそんなに乱れてない。
私なんか、肺が痛いくらいだというのに。
なんか悔しいな。ベッドの上でも、いつも…
って、違うっ!今そんなの思い出しちゃったら…

「…そうだね」
なんとか息を整え、平静を保つ。
顔が熱いのは、運動したせい。絶っっ対そう!
「ホークちゃん、ちょっと本気出てたでショ」
「バレたか。だーってリディ、はえーんだもん」
持久力には自信が無いもの。先手必勝が信条!
…でも、ハンデ付きの上、本気もろくに出してもらえなかったのか…。なんか悔しい。
「オレ、いつか絶っ対っに、本気のホークに勝ってやる」
拳を握り、心の底から言い切る。

「大丈夫。リドなら充分イケるよ」
やった、メイさんのお墨付きだ!
「カンベンしてくれよ〜」
「大体、あんたはねぇ!」
脱力してるホークに、メイさんのお説教が始まる。

そりゃあ、私だって好きな人より強いっていうのは微妙だけど…。
おじいちゃんに教えてもらった剣技で、負けたくないもの。
そんな事を考えていると、お説教から逃れるようにホークが話しかけてきた。
「そーいやリディは、魔術使えんの?」
嫌な質問だわ…
魔術は素質の差こそあれ、それなりに練習さえすれば誰もが使える。
魔術士の名家、ノーア家で暮らしてきた私も『それなりの練習』は
した事があるけれど…

「マ、マッチの代わりくらいなら…」
「…?」
絞りだすように答えると、不思議そうな視線が集まる。
「つまり、こう…」
火炎の呪(しゅ)をモゴモゴ唱えると、手の平に収束する熱を感じる。

―ぽふっ

気の抜ける音と共に小さな火の球がヘロヘロと、数cm進んで消えた。
沈黙が耳に痛い。
「笑いたかったら、笑って下さい。そのほうが、オレも救われます」
言うと、皆一斉に吹き出した。
人には向き不向きがあるんだから…ふん。


「ふふっ…と、すまないね、なんか意外だったから」
「お、惜しいわネ。魔術剣士なんて、滅多にいないのに」
一仕切り笑った後に、やっとフォローが入る。
「リディは剣だけで強いから、充分だろ」
それでも、ホークに勝てませんけどねー。
「きゃあっ」
拗ねてたら突然、両足が地面から離れた。
「こんな軽いのに、一撃一撃がすっげー重いんだもんな」
楽しそうな笑顔が下にある。
小さい子がよくやられるように、私はホークに持ち上げられていた。
去ったハズの顔の熱が、一気に舞い戻る。
「お、下ろしてっ」
脇の手がくすぐったいっ!
足をバタつかせると、ストンと地面に下ろされた。
「機嫌直せって」
グリグリと、頭の上を大きな手が往復する。

この人は大きい。
私の身長があまり高くはないのもあって、大人と子供のようだ。
とゆうか、まるっきり子供扱いだわ。
子供には出来ないようなコト、してくるクセに…
なんて思いつつ、口の端が笑ってるのを感じていた。
頭を撫でられるの、嫌いじゃないのよね。結局。
もう、仕方ないなぁ。

「仲良いわネ〜」
そんな私達を見て、ママとメイさんが笑う。
「そういや最近、ホークが男色に目覚めたって、この辺の噂だよ」
「マジかよ…」
私のせいだ。ホークは、よくお店に来て構ってくれるから…。
「アンタ、密かにそのテの連中に人気あるんだから、気を付けなさいヨ」
「うげ…それヘコむわ。女にゃモテなかったのに…」
「そうなの?」
思わず、聞いてしまった。
「リディ…そこはツッコまないで…」
あらら、落ち込んじゃった。聞いちゃいけなかったかしら。
まあ、モテない方が安心だけど、それはそれで淋しいかなー…なんて。
でも、男の人にモテるって…それは、どう取るべきなのかしら。

「リディ、明日休みだろ?」
「あ、うん!」
思考を遮るホークの言葉に、男の子のフリも忘れて浮き立つ。
「じゃあ、朝迎えに来るよ」
「うん、待ってる!」
この町は宿場町なので、いろんな地方の商人が立ち寄り、小さな市なら
毎日のように立っている。
今度のお休みは、それに行く約束だった。
市には珍しいものが沢山あって、すごく楽しみ。


「休日くらい、女の子の格好で出掛けたら?」
メイさんの提案に、ホークの表情が明るくなり、少し焦る。
「あの…実は、そういう服は売っちゃったんです。路銀の足しにするつもりで…」
と、いう事なのだ。
こっちで女の子の格好するなんて、考えてなかったなぁ…。
「アラ、勿体ない〜!なんならアタシ達の娘のお古、あげるわよー?」
「い、いえ、結構ですっ」
折角だけど、この人達の前で女の子らしくすると思うと何故か気恥ずかしい。
「俺は、どんな格好でも構わないよ。ま、見てみたいけどな。
リディのそーゆー格好も」
…ホークの前では開き直れるよう、頑張ろ。

そういえば、たまに話は出るけど、ママ達の娘さんには会った事が無いなぁ。

* * *
そして、約束の朝。
髪に念入りに櫛を通し、ツヤをチェックする。
色は地味でも、お婆ちゃん譲りのストレートは密かな自慢。
こんな格好じゃ、そんなの関係ないけど。女の子の格好、かぁ…
昨日の事を考えながら、鏡を覗く。
いつもどおりの男物シャツにジーンズ、顔を隠すためのキャスケット。
女の子らしさには程遠くて、少し落ち込む。
………今日、服も見にいこうかな。ホークはどんなのが好きだろう。

髪を縛って立ち上がり、傍らの剣に手を伸ばしかけて止まる。
…いいか。ホークと一緒だもんね。

カウンターに座り、準備万端でホークを待つ。
なのに約束の時間を過ぎても、彼は来なかった。
「ホークちゃん、遅いわね…」
「そうですね」
ママが心配そうにトレイを抱える。
ホーク、寝起きは良いはずなのにな…どうしたんだろ。
その時、お店のスウィング扉が音を発てた。
反射的に振り向く。
お店に入って来たのは、薄汚れた服を着た子供だった。
えっと、確かティムっていったっけ。ホークと仲の良い、浮浪児の子だ。
「あら、ティム。どうしたの?」
ママが声をかけると、ティムはこちらに駆け寄ってくる。
その手には封筒が握られていた。
「兄ちゃん、リドっつったよな。ホークさらわれたぞ!」
「ええ!?」
慌てて封筒を受けとる。
内容は…


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