王自らが参戦した大規模な叛乱が終息して二ヶ月が過ぎようとしていた。
ようやく落ち着きを取り戻しつつある首都の城門から、わずかな供を連れた騎馬の男が土埃を巻き上げて駆けてゆく。
彼の名はイヴァン、この国の第一王子である。
*
王の後継者の毒殺未遂を許す代償として、役職・領地の一部の没収と爵位及び年金の格下げ、さらに庶出の娘をとある旧家の養子として縁組みさせるよう求められたナタリーの実家は、是も否もなくその命に従った。
もちろん、失敗に終わった叛乱に積極的に参加した当主──ナタリーの義兄は、否とは言えなかった。
いっそのこと大逆罪で処刑されなかったのが不思議なほどの立場なのである。
ナタリーは母や義兄の顔を見ることもなく、あの塔から引き出され、馬で二時間ほどのイヴァンの領地の小さな館に置かれることになった。
ナタリーは、現在彼の『愛人』ということになっている。
本人はまだその立場を厭がっているのだが、現実にそうなのだから仕方ない。
初めてのことは王宮の、虜囚として幽閉されていた塔でのことだった。
二度目以降はなし崩し的に、同じその塔の全く同じ部屋で、だった。
そして今夜は──何度目かもう数えるのは不可能だが、ともかくもそのうちの一夜になるはずだった。
この日、彼女の居間を訪れたイヴァンはひどく機嫌が良かった。
このところいつも悪くはないのだが、今回は特に良かった。
ナタリーは冗談を連発している時のイヴァンは嫌いではなかったので、そのこと自体には問題はなかった。
だが、宵になり、蝋燭が灯された後それとなく人払いをし、距離を縮め始めた彼に気付いて、少し憂鬱になる。
いや──、彼が王宮から都郊外の領地までわざわざ何のために赴いてきているのか、それはわかっている。
彼がこの館に埃だらけの姿で現れたのを見た瞬間、ナタリーは確信した。
館の主人の帰還の際には先触れがある──もちろん目的までは使者も告げないが──ナタリーにはわかっていた。
絶対に彼女を抱くために決まっている。
それを果たさないままに帰る事だけはないはずだ。
*
「あのクッションはとり替えたのか?なかなかいい趣味だ」
イヴァンはナタリーのこぢんまりした居間を見渡し、居心地よげに椅子に背をもたせかけた。
まだ日中は暖かい秋の日よりだったのだが、やはり夕闇に包まれると、薪を焚かねば寒い。
ナタリーは暖炉の傍で炎に照らされながら、緊張していた。
いつイヴァンが引き寄せるか、いつ彼が立ち上がるかわかったものではない。
これまでに何度も抱かれて、もはや抗うのも妙だったが、それでもどうにも納得のできない彼女だった。
「ナタリー」
椅子で、イヴァンが呟いた。腕掛けに肘をつき、顎から頬を片手で支えている。
「はい」
ナタリーは答えた。
「顔色が悪いぞ。風邪でもひいたのか?」
その声音がからかいを帯びていることにも気付かなかった。
ナタリーは首を振った。
「いえ……」
イヴァンはごそごそと、上着のポケットを探ると小さな茶色の瓶を取り出した。
「風邪ならいい薬がある。やるぞ。飲んでみろ」
「いいえ…」
「すぐ治る。いいから、ほら」
「でも…」
イヴァンのこめかみに癇性の筋がうっすらと浮いた。
「いいから、飲めというのに」
彼は椅子から立ち上がった。あっというまに暖炉の傍に風を巻く勢いで歩み寄ってくる。
瓶を押し付けられ、ナタリーは困惑した表情でイヴァンを見上げた。
イヴァンの明るい色の瞳は真面目くさった視線を射込んでくるし、瓶を押し付けた指がナタリーの柔らかい指に巻き付いているのが気に障る。
ナタリーは慌ててイヴァンの手を振りほどいた。
避けられないにしても、このまま当然の如く引き寄せられるのだけは勘弁してほしい彼女だった。
というのも、ナタリーはイヴァンのやり方が気に入らない。
初めての時は…もう忘れたいのだが、とにかくひどかった。
強引というか陵辱というか、まさに奪い尽くす勢いで、それ以降だって強引さでは同じくらいひどかった。
どうも、もともと彼の所業の印象が悪いのかもしれないが、この王子に優しく女を口説くとか、じっくりと心を溶かすとか、そんな繊細さを期待するほうが間違いなのかもしれなかった。
期待──というのもヘンな話なのだけれども。
彼がなぜか自分を気に入っているらしいのは辛うじてわかる。
気に入っている女にこんな扱いをしかけてきて、プロポーズはしたものの、その返事をしない彼女をおかまいなく当たり前のように愛人扱いしている男なのだが。
ナタリーはしぶしぶ、瓶のコルクのふたを抜いた。
イヴァンの前で喉をさらしたくはなかったが、仕方なく中身をあおった。
かすかに甘くとろりとした液体が、冷たく喉を流れ落ちていった。
まさか毒ではないだろう。
好意で勧めてくれるのだから、抗うのもおとなげない──
──と、思ったのだが、やはりそれは間違いだった。
ナタリーから瓶を受け取ると、イヴァンはそれをマントルピースのヘリに置いた。
腕を組み、ナタリーを眺めてにやにやしている。
「…なんですか?」
ナタリーはその態度に不審を感じ、さりげなく後ずさった。
「ん。下町には、あやしげだがなかなか有能な薬屋がいてな」
ナタリーは空の瓶を見た。
「このお薬も?」
「そうだ…わざわざ、買いに行った。オレが自分で」
「…ご自分で?」
ナタリーは警戒した表情でイヴァンのにやにや笑いを見返した。
王子ともあろう身分の彼が足を運ぶというのはどういうことだろう。
風邪薬くらいでそんな手間をかけるだろうか。
「ああ。確実に『本物』を手に入れたかったんでな」
ナタリーは飛び上がった。
「それ…!何の薬なんですか!?」
「言ったろう、風邪薬だ…見た目はな。ただ、それに加えて特殊な薬草がたっぷり入っているらしい」
イヴァンは腕を解いた。
「効いてくるまでに説明してやろう……つまりな、お前が今飲んだのは」
イヴァンは声を潜めた。
「強い媚薬だ」
ナタリーは両手で反射的に喉を押さえた。
イヴァンは笑った。
「安心しろ、安全だから…ちゃんと実験済みだ、兎も犬も死ななかった」
「人間は違うって保証はありません!」
ナタリーは蒼白になった。
「それに、それに、なんですって?媚薬って…」
イヴァンは咳払いした。
「…いや、あの時、未だになんだかお前が辛そうだから、ちょっと和らげてやりたかったんだ」
「どんなお薬なんです?一体どんな効力があるの?イヴァン様!」
ナタリーの怒りが伝わったらしく、彼は少し気まずそうな顔になった。
「そんな声を出すな、ナタリー。薬屋のいうには……」
イヴァンはナタリーを眺めた。
「『貞淑なご婦人の強固な抑制を解き、淫らな欲望をあおりたてる効果』があるという事だった。お前は特に堅物だから、一番強力なのを買ったんだ」
ナタリーはくらくらするくらい腹がたち、イヴァンに詰め寄った。
「そんな怪しげなものを…!あ、あなたという方って…!」
「…頬が赤い。効いてきたかな」
イヴァンはナタリーの様子を観察しているようだった。
「怒っているからです!」
ナタリーがいきりたつと、彼は自分の耳の縁を爪先でひっかいた。
「おかしいな。即効性のはずなんだが」
「即効性…」
ナタリーはぞくりとして、慌てて自分の頬を両手で抑えた。少し火照っているような気がした。
逆上しているからだと無理矢理自分を納得させ、ナタリーはいい募った。
「とにかく、そんなものを人に騙して飲ませるなんて…そ、そこまでひどい方だとは思いませんでした!」
「おや。オレに毒を盛ろうとしていた女のセリフとは思えんな」
イヴァンは嘯いた。
「お前とは毎晩逢えるというわけではないからな──ついていて早く楽にさせてやるわけにもいかない」
彼は目を逸らした。
「今回だけだ。特別にな」
「今回もなにも、もう今日はお帰りになって」
ナタリーはきっぱりと言い、白い指でドアを指差した。
イヴァンが慌てたように腕を降ろした。
「待て。なぜだ!」
「そんな変なお薬を飲んだままイヤらしいあなたにおつきあいするつもりはありません」
「変な薬というが、ナタリー」
イヴァンは彼女におもねるように両手を組み合わせ、揉みしだいた。無意識なのだろう、顔は真剣である。
「試してみないか?──本当に効き目があれば、お前にも悪い話ではないはずだ」
「さっさと出ておいきになることですわ。これ以上私を怒らせたくないなら」
ナタリーは指摘して、頭に被っていた布をはらりと後ろにはねのけた。
暑かった。
その仕草を見たイヴァンの目が一瞬細まり、彼は両手をほどいた。
「…どうした。暑いのか?」
「いいえ──」
言いかけて、ナタリーはまた背筋がぞくり、とするのを感じた。
ぞくりというより、もっと不穏な感覚──ぞわり、といった、這いのぼるような気配を腰の奥に感じたのだ。
「あ──」
意識した途端、その感覚は鮮明になり、ナタリーのくびれた腰を絡めとった。
「ん」
ナタリーはかすかに呻いた。自分が呻いている事に気付き、慌ててイヴァンから離れようとした。
歩こうとすると、触れ合った太腿から光のような快楽が細く腰に炸裂し、彼女はかすかによろめいた。
「…あっ…」
「──値も張ったが。それだけの効果はあるようだな」
イヴァンが呟いて、片腕を伸ばしてナタリーの躯を引き寄せた。
抱きしめると、ナタリーは弾けるように声をあげた。
「!あ…ぁっ!」
「ほほぅ」
イヴァンは口を歪めた。にやにや笑っている。
「これだけでも気持ちいいのか?……いいな」
「そんな…こと…」
「キスしてもそう言えるか?」
キス、と聞いた途端、ナタリーは泣きそうな顔になった。
間をおくことなく、イヴァンが顔を重ねてきた。
その唇の暖かい感触もわずかに伸びているひげのちくちくした鋭さも、これまでと同じもののはずだったが、ナタリーはそこから与えられる情報量の多さに驚いた。
こんなに──こんなに──こんなに、神経を剥き出しにされたような刺激は初めてだった。
「ふ…」
動けなくなり、だらりと腕が垂れるのを遠く意識した。
目を見開いたまま、イヴァンの舌が抵抗を忘れた柔らかな口腔を楽しんでいるのを感じた──とても、抗えなかった。
足からも腰からも力が抜け、イヴァンが抱きしめていなければそのまま崩れ落ちそうだった。
彼の舌で、直接躯の芯に繋がっている線をかき鳴らされているようだった──。
唇を塞がれていなければ叫び出してしまいそうだ。
泣きわめいてしまいそう。
抱きしめている彼女の躯が何度かひくりと痙攣するのを、イヴァンは感じた。
効き過ぎたかもしれない。
薬屋は量に注意してくださいませ、と言っていた。
「この薬は習慣性もございますし、一度だけならともかく量を増やすのはお薦めいたしません──ご婦人が壊れますから」
同時に細かく薬屋の主人は利用上の注意点を述べた。
抑制を取り去る効果はあるが、過度に淫らにできるわけではないこと──。
つまり、本来対象の女性が持っている感覚をそのまま呼び起こすだけで、もともと『素質』のない女性には不向きなこと。
抑制のかかりかたには各人個人差があるので、効き様も変わってくることなど。
ナタリーを壊す気は全くないので、勧められた最少量を調合してもらったはずだが、それでも彼女にはいささか強かったのかもしれない。
(一番強力な薬だからな)
イヴァンは舌を抜こうとして、いつのまにか応え始めた柔らかい舌に気付いた。
(お───)
薄く目を開けると、上気して色っぽい目の縁になったナタリーが、切なそうにキスに応えている表情が目の前にあった。
あまりに美しいので、一瞬イヴァンは目を疑った。
ナタリーが美人だというのは最初から知っていたが、こういう顔をしている彼女をまだ彼は見たことがない。
イヴァンは歓喜の呻きを押し殺した。
してやったり、というよりもむしろ、ひどく単純なまでに嬉しかった。
厭がる彼女もいいものだが、今夜は、存分に彼女と『一緒に』楽しめそうである。
その期待でイヴァンは膨れ上がった。
顔を離すと、ナタリーが身悶えするようにイヴァンの胸に肩をすり寄せた。
「あ─」
キスをやめるのが嫌なのだ。
潤んだ瞳が艶の滲んだ恨みがましさでイヴァンを見上げている。
イヴァンは眉を片方あげて、彼女を見下ろし微笑した。
意地悪な笑みに見えたのだろう、ナタリーはかすかに唇を尖らせた。
そこにまた唇を押しあてる。舌はすんなりと彼女の中に受け入れられた。
「ん」
ナタリーがくぐもった声を漏らし、背をくねらせた。
「んっ…ん…」
イヴァンがそのくびれた腰にまわした掌で撫でると、彼女はびくっと硬直した。
「んん…」
あまりの反応の良さに、ふとイヴァンは本当にこの薬の影響のままこの女を抱いてもいいものかと疑問を抱いた。
反応が淫らになるだけなら大歓迎で、それこそ望んでいたはずなのだが。
もしナタリーがおかしくなってしまったらどうすればいいのだろう。
彼は『ナタリー』が好ましいのであって、それはどこか頑なところや恥ずかしがるあたりも彼女らしくて、
そこがあるからこそ意志に反して淫らになってしまったナタリーに興味をそそられるわけで──。
本当に心底壊れてしまって、修復不可能になったナタリーを想像して、イヴァンはげんなりした。
違う。
彼が欲しいのは『娼婦も恥じ入るほどに淫らになって、
しかも心の底ではそんな自分の状況を死ぬほど恥ずかしがるいつものナタリー』なのだ(我侭極まりない)。
「ナタリー」
イヴァンは囁いた。
耳朶の近くで囁きかけただけでナタリーは喘いだ。
「大丈夫か?」
「……っ…ひどい」
必死で唇が言葉を紡いだ。
いつもの滑らかさを欠いた声に、喘ぎをおさえようと努力している様が伺えた。
「……こんなの……だめ…」
ナタリーの潤んだ瞳の奥に、彼をなじるときのいつもの光を認め、イヴァンは思わずにやりとした。
──あの薬屋には褒美をやろう。
彼がそんな不埒な決心をしていると気付くわけもなく、ナタリーはイヴァンに縋り付いた。
いや、そうではない。
逃げ出そうとしているのだが、力が入らないので彼の躯にしがみつく結果になっている。
「…ふふん」
腕を掴まれたナタリーが眉を寄せて──瞳が快感を訴えているのでかえって色っぽい寄せ方に見える──イヴァンを睨んだ。
「いや…」
「嘘だな。嫌じゃないんだろう」
イヴァンはもう一度キスをして軽く嬲り──ナタリーは可憐極まりない声で悶えた──その躯をふわりと抱き上げた。
「イヴァン様」
ナタリーが逃げようとしたが、揺さぶるように抱き直すともうダメだった。
「んっ」
彼の指が躯ごと握りしめた乳房からの感覚でナタリーの抵抗はやんだ。
軽く早い喘ぎが耳元に繰り返され、イヴァンはもう真面目な顔をしている余裕がなくなってしまった。
「なあ」
我ながら甘ったるい声で彼はナタリーに囁いた。
「欲しいだろ?」
「欲しく──なんか──っ」
イヴァンは続けた。
「オレに抱いて欲しいだろ?」
膝を抱え込んだ掌で太腿の裏に触れると、ナタリーはまた大きく身を捩った。
「いや──いや」
「抱いてくれと言わせてやる」
イヴァンはやはり甘い声を、その桃色に染まりきった耳朶の奥にねじ込んだ。
「言わなければ抱いてはやらんぞ。──他の事はするがな」
「しないで!」
ナタリーが叫んだ。
「やめて…ああ」
耳朶に濡れた舌先を入れられたナタリーが、頭の先から出るような声を震わせた。
「……気持ちよくしてやる。ぎりぎりまでな──頼むまでは絶対に満足させてはやらない」
イヴァンはひどく嬉しそうに、残酷な宣言をした。
言ってみれば彼はナタリーに『拷問』をするつもりなのだった。
彼の求婚を承諾しない彼女を屈服させたかった。
自分を欲しくて欲しくてたまらなくさせたかった。
ナタリーの口から、それを懇願させてみたかったのだ。
抱きあげたままのナタリーの不審な動きに、イヴァンはふと気付いた。
細かく身を震わせている。
無意識のうちの動きらしく、ナタリーはイヴァンから視線を外してはいない。
どうやら彼女が衣装とのわずかな間隙で肌を遊ばせて、衣に触れ合わせることで快楽を得ているらしいことにイヴァンは思い当たった。
子供のような快感だが、この状態のナタリーには自分自身で得られるどんな快楽も許すつもりはなかった。
彼自身を求めざるを得ないようにしたいのだから。
イヴァンは急いで、彼女を次の間に連れていった。
寝室は控えの間を抜けたとなりの、彼女らしいつつましい部屋だった。
かすかにラベンダーの香りの漂うその寝台に彼女を横たえると、ナタリーはうめいて、シーツに躯を擦り付けようとした。
すばやく押しとどめて、イヴァンは手早く彼女の衣装を脱がせ始めた。
いつもはもっと虐めて心底楽しみながら剥くのだが、今回ばかりはそうも言ってはいられない。
薄暗い部屋──蝋燭すら灯してはいないから──に、白い肌が露になると、イヴァンは立ち上がった。
あちこち物色して寝台脇の椢の上の小さな籠から折り畳まれた清潔なハンカチを発見し、シーツに隠れようとしていたナタリーを捕まえると器用にその両手首を縛った。
寝台の柱に繋ぎ合わせたその端を縛り付け、簡単に動けないようにする。
ほっそりと引き締まった両の足首も同様に縛り付け、さて、イヴァンはやっと一息ついた。
彼女の衣装を寝台から払い落としながら改めて眺めると、魅惑的な光景が簡素な寝室に展開されていた。
ナタリーは全裸で、彼がひどく急いで解いたために伸ばし始めた髪が乱れてうねり、豪華な暗い金褐色の影を上気した肌にまつわらせていた。
両腕はひろげられて柱に括りつけられ、そのために脇の下から胸、乳房のラインが露に息づき、思いきり括れた胴から女らしくなだらかに丸みを帯びた腰…。
それから長く伸びた脚は腕同様にひろげられて、その付け根の悩ましい場所までイヴァンの目の前に隠しようもなく横たえられていた。
しかも、彼女はもじもじとその躯をくねらせて、腰や背から伝わるさらりとしたシーツの感触に気をとられている様子だった。
イヴァンが見ていることに気付き、彼女は悲鳴のような喘ぎを漏らした。
全身の白い肌が一気に薄いピンク色に染まった。
「いや!」
イヴァンは思わず喉を鳴らした。
これ以上欲望をそそるものを、彼はこれまで見た事がない。
自分がした事にも関わらず、ナタリーのこの状況が夢のようだった。
ナタリーは腿をよりあわせようとしたが、手首足首をかなり離れた場所に縛られているので…寝台の四隅の柱のそれぞれだから…それは到底不可能だと知っただけだった。
「いや──いや──」
ナタリーは叫んだ。
「見ないで──」
「ナタリー」
イヴァンは乾いた喉に無理矢理唾を送り込んだ。
「お前は──本当に──綺麗だな」
ナタリーの全身がもっと染まった。
彼女は身の置き所がないように躯を捩った。
その柔らかそうで旨そうな曲線を眺めていると──いや、視線を吸い付けられていると──だんだん、自分が彼女を焦らすことができるのかどうか心もとなくなってきて、イヴァンは勢い良く頭を振った。
しっかりしなければ、このままふらふらと欲望のままに抱いてしまいそうだ。
それではこれまでと同じだ──なんのためにわざわざ怪しげな薬を手に入れて彼女に飲ませたのか、まるで意味がなくなってしまう。
彼女を屈服させるのだ。心底彼のものにするのだ。
陵辱ではなく、一度でもいい、彼女から自分を求めさせることができれば、きっとやたらに反抗的なナタリーも自分の立場を理解するに違いない。
王子の愛人──イヴァンの愛人である自分、という立場をだ。
いちいち抵抗もせず、思うように抱きやすくもなるはずだ。
抵抗するナタリーも相当好きだが、それよりは早く彼女の甘い優しい反応を見てみたい、という強い期待もある。
なにせ、今は常時逢えるわけではないのだから。
彼女の髪が結える程度にまで伸びるのを待ち、例の旧家の養女として王子の婚約者に相応しい姿で関係各者の承諾を得る仕事だって控えている。
やると言ったら必ずやるのだ……イヴァンはこんな時にも、無駄に意思の強い男だった。
彼は、部屋の隅から椅子を引っ張ってきた。
「なにを…なさるおつもり……」
ナタリーが途切れ途切れに尋ねてくる。
黙って推移を見守るという気分ではないのだろう、不安そうだった。
「ん。いや」
イヴァンは言葉を濁した。
ナタリーの傍ら、手を延ばせばすぐの寝台の上では辛抱できそうもないので、一応の用心のつもりだった──効果は怪しいものだが。
イヴァンは椅子にどっかり腰をおろすと、腕を組んだ。
じっと眺める体勢になった彼を、ナタリーは恨めしそうに睨んだ。
「…見ないで」
「見たい」
見れば見るほど、美しい躯に見える。
肌理の細かな滑らかそうな肌(実際にそれが滑らかきわまりないことを彼はもう知っている)。
湯気がたちそうに上気している柔らかく刻まれた微妙な曲線。
めりはりの効いた、抱き心地の良さそうなくびれ。
腿の奥にふっくらと盛り上がった小さな丘。
そこが気になるイヴァンは食い入るように視線を据えた。
ほの暗い部屋で、しかもその中で白い太腿に半ば隠されたそこは、見えそうでよくは見えなかった。
「見ないで…いや……」
イヴァンの視線を痛いほど感じるらしく、ナタリーはなんとかそこを完全に隠そうと腰をくねらせ、膝をたてようと不自由な躯をよじった。
が、その努力がかえってイヴァンをそそっている事には気付いていないらしい。
彼女を抱いたときに、腰や太腿にこすりつけられる彼女の脚の感触を思い出した。
逃れようとして、どうしても彼に触れてしまうその熱い肌。
跳ねた瞬間の、ひきしまった腹の柔らかさやしなやかさ。
耳元に抑えかねて漏らされる喘ぎの無力さ。
これまでに何度か味わったナタリーの、その反応の記憶が、目の前の白く美しい躯からまざまざとイヴァンの脳幹を染めた。
───欲しい───。
こうして彼女を眺めてじっと座っているのはよくない、と、イヴァンは濁りかけた思考を抑えつけた。
ナタリーは羞恥のあまり目を閉じてしまって、顔を横に背けていた。
その上下に息づく、甘く震える乳房を睨みつけ、彼は唇を噛んだ。
絶対に、自分からは抱かない。彼女に懇願させる──だが、見ているだけではやはりそれは不可能のようだった。
イヴァンは立ち上がった。ナタリーがびく、としてこっちを向いた。
寝台に近づくと、彼女は怯えたように腰をシーツにすりつけた。イヴァンがその傍らに座ると寝台は揺れ、ナタリーの顔は赤くなった。
彼女のくびれた胴の横に片手の掌をつけ、イヴァンはナタリーに覆い被さった。
肘を曲げて彼女に接触したい衝動を抑え、ゆっくりと顔をナタリーに近づける。
吐息が絡むほどの近くで、ふい、と顔をずらして彼は彼女の耳元に囁いた。
「ナタリー」
「っ……」
喉の奥で声をくぐもらせ、ナタリーは首筋を伸ばして喘いだ。
耳朶に低く囁くと彼女が動揺するのはもう知っていたが、これほど露骨な反応が出るとは予測していなかったイヴァンは、少し目を細めた。
「どうした?」
「んっ」
その声までもがひどく響くらしく、ナタリーはまた声を漏らした。
ぱあ、とその頬から耳朶、首筋にいたるまでがまた薄く紅を重ね、薄い肌の下でどれほど熱い血が巡っているのかがまざまざと窺えた。
イヴァンは体を退き、彼女を見下ろした。
正確に言うと、『憎からず思っている』というのとは少し違う。
憎からずどころかイヴァンはあの小姓が女だと気付いた時から『好き』で『自分のものにした』かった──今でもそう思う。
好きな女をいつでも抱ける状況で、しかも抱かない。
これまでの彼なら決してこんな事はしなかったろうが、耐えるだけの楽しみがありそうだった。
ナタリーの上気した艶っぽい肌を眺めながらイヴァンは欲望を抑えつけた。
まだ抑制がきくことを確認し、彼は心に余裕を持った。
これならばナタリーを虐めることができる。
*
ナタリーをいたぶってみたいという彼の嗜虐性は、彼女を抱く事自体でかなり満たされていた。
彼が手折るまでナタリーは正真正銘の処女だったから最初はもの凄く抵抗したし(その時彼は頬を平手打ちされた)、その後だって楽に抱いているわけでもない。
先日も当たり前のような顔をして数時間ぶっつづけでいじめたのだが、そう、実に満足した。
痛がるのをなだめすかして興奮させる隠微な愉しみもあれば、わざと激しく行為をして耐えかねて溢れる涙を味わうこともできた。
イヴァンは王の後継者としての有能さとは裏腹に、あまり善良な性質の人間ではない。
どっちかというと悪い男かもしれないのだが、ナタリーにもそういう性格を隠すつもりもない。
実は、彼女がそういう自分をあまり好きではないらしい、という感覚も嫌ではなかった。
それはそれで、そういう女を自分のものにし続ける割合に倒錯した面白みもあった。
──だが、このところ、どうもそのあたりが曖昧になってきている気がしていた。
先日も、深夜に王宮からわざわざこんな場所まで馬をとばしてきたのだが、あれは我ながら狂気の沙汰だったような気がする。
それも、その理由がナタリーを抱きたい気持ちを我慢できなかったから、というとんでもないものだった。
抱かれても積極的に彼に応えてくれない女を、どうしてそれほど恋しがったのか、どうもそのへんが曖昧である。
いや、イヴァンは薄々わかっていた。
ナタリーは、どこか──他の女とは違う感じがする。
抱けばそれで済むわけではなく、一度手に入れたからといってそのまま忘れていい女でもない。
なぜなら、イヴァンは彼女が好きだったのだ。
好きで、抱きたくて、強引な手段にしても手に入れた女だから──続けたかったのだ。彼女との関係を。
だから、求婚までしてその関係を曲がりなりにも続けているということは、もしかしたらそれ以上の感情を持ってしまう可能性もあることに彼は気付いている。
好きだけならまだいい。
愛してしまったらどうするのか。そうなったらもう首根っこを掴まれたも同然だ。
そういう女だったらイヴァンはとても彼女に悪い事をできなくなってしまうだろう。
だから、今のうちにそういうことはしておきたい。
だから……
いや、違う。イヴァンは内心頭を振った。
オレはこの女に逢いたかっただけだ。
思いつく限りのことをして、彼女が自分のものであることを確認したい。
それだけだ。
──たぶん、もう愛してしまっているのだ。
*
伸ばされた手をよけようとして、ナタリーは身悶えした。
「きゃっ…!」
逃げる距離は手首を繋がれたハンカチの余裕しかないから、すぐに片方の乳房の先端を軽く摘まれて、ナタリーは悲鳴をあげた。
「おい」
イヴァンは笑いを含んだ表情を真っ赤になったナタリーの目前に寄せた。
「悲鳴はだめだ…出したら、お仕置きだ」
「お仕置き…」
ナタリーは怯えたように顔を背けかけた。
「ああ。オレがしたことで、もしお前がうっかり大きな声を出したら、そうだな…」
イヴァンは少し間を置いて彼女の怯えを楽しんだ。
「──この前お前の厭がった格好で抱くことにでもするか。声を出したらすぐ、だぞ」
顔を背けたままのナタリーの、肩先まで赤くなるのを横目でみて、イヴァンはわくわくした。
『この前』というのは、深夜突然訪れた時の話だ。
叩き起こした彼女をこの寝室で抱いて、その後居間の暖炉の前でも絡み合った──我ながら飢えていたと思う。
その時、どうしてもナタリーが厭がるのでできなかった抱き方があった。
それを試してみたくてたまらない。
ナタリーとであれば非常に愉しいだろうと思う──女のその時の顔が、よく見えるやり方だから。
実はナタリーが悲鳴をあげようがなんとか耐えきろうが結局やる気ではいるのだが、彼女にそれを告げる必要はない。
薬の効いた今の彼女に、声を抑えることができるかどうか、それはやってみなければわからないが。
摘んだままの先端は、すでにこりこりとしていた。
指の腹を柔らかく縒ると、ナタリーが「んっ」と、鋭い吐息を堪えて腰を揺らした。
「声」
イヴァンが囁くと、ナタリーは涙の滲んだ瞳でイヴァンを睨みつけた。
「だ、出してなんか……んん…っ!!」
イヴァンが指に力を軽くこめて引っ張ると、彼女は背を弓なりに仰け反らせた。
「ほら、油断するからだ」
イヴァンは、柔らかい乳房全体を掌におさめた。
もう片方も捕えて掌に握り込み、その重量を楽しむようにやわやわと握りしめた。
ナタリーは細身だが、乳房は優しげにみえるわりに重量はたっぷりとあり、握り心地がいい。
「ん、ん…!ああ」
ピンクに染まった肌越しに、ナタリーの眉がおそらく快楽で寄るのが見えた。
「あ…ああ…あ」
彼が力の強弱をリズミカルにつけると、彼女は腰を悶えるように振った。
「や…やめ…」
無視して、すっかりぴんと可愛らしくたった乳首を指の間に挟み、イヴァンはやや乱暴に揉みしだきはじめた。
「!」
ナタリーが泣く寸前のように喉をひきつらせるのを確認し、手の甲に顔を寄せる。
指の背側にほんの先端を覗かせている淡紅色の先に舌先が触れた。
ちらちらと舐めながら指をほどいて口の中に乳首全体を吸い込む。
舌で、潰すような勢いで舐め回した。甘い感触の乳暈ごと。
「ああっ!」
ナタリーが叫んだ。
びくん、びくんと痙攣するように彼女の腰がうねり、イヴァンは、今その中にいればどれほど気持ちいいか、ふと考えてしまい頭を振った。
すぐにできる。
イヴァンは、軽く達してしまった彼女の耳朶を銜えるようにして囁いた。
「……良かったか?」
「はあ…あ…あ…あ……っ……」
ナタリーは呆然としている。自分が達した事すらよくわかっていないらしい。
イヴァンは、その背中に勢い良く腕を差し込んだ。
胸板が彼女の乳房にあたるほど近づいた。
「ここが」
イヴァンは、抱いた背筋から腰の距離を測るように、軽く指で触れた。
は…、とナタリーが堪え難いような声を漏らした。
「ぞくぞくしたんだろう?…我慢できなかったんだな」
「ちが…」
「違うもんか。──それにだ」
イヴァンは間近で彼女の綺麗な褐色の瞳にぴたりを視線をあてた。
「『声』をあげたな、ナタリー」
「………」
ナタリーの瞳孔がショックで一瞬縮まった。
イヴァンは処刑を言い渡すような低い声で告げた。
「じゃあ、いいんだな」
「……そんな」
ナタリーが、力の入らない仕草で首を振った。
「おや、嫌か?」
「いや……」
そう言いつつも、ナタリーはイヴァンの抱擁を避けなかった。
避けようもないほど彼が体重をかけているせいもあったが、潤んだような瞳がイヴァンから離れない。
イヴァンは嬲った。
「…キスしてくれと言わんばかりの目つきだ」
「…ちが…」
最後まで言わせずイヴァンが唇を重ねると、ナタリーは自分から力を抜いた。
その縁を舌先でこじ開け、柔らかな甘い舌に舌を絡ませてイヴァンはナタリーの唾液を吸った。
自分のそれも注ぎ、ナタリーが苦しげにそれを呑み込むのを感じた。
口腔は熱く、いつのまにかナタリーの舌が寄り添うように動き始めたのを確かめ、いきなりイヴァンはキスをやめた。
「あ」
互いの唾液の溶け合った糸をかすかにひきながら顔を離し、イヴァンは目を細めてナタリーを眺めた。
ぴくぴくと、ナタリーは何か言いたげに瞼を震わせた。
やめないで欲しいのはわかっていた。
彼女は完全に薬が効いているらしい──彼のキスに応えるなど、これまでのナタリーでは考えられない事態だ。
「続けようか?」
「…い…いや…」
「いや、か」
イヴァンは考えるふりをして身を退きかけた。すがるような眼で見たナタリーに囁いた。
「お願い、と言えば抱いてやる」
くびれた胴に手を廻すとナタリーが跳ねた。
もう完全に自分ではコントロールできていないことがよくわかる、それは鋭くて反射的な反応だった。
熱い躯を抱きしめ、イヴァンは丁寧にキスをはじめた。
「ひ…」
唇が軽く触れただけでナタリーは悶えた。
強弱をつけて吸い、舌で舐め回すと彼女は狂ったように腰をくねらせた。
「んー…!ん…っ…ん…!」
その間に腰を割り込ませると、ナタリーはすぐに綺麗な膝を絡ませてきた。
ひくん、ひくんと背筋が震えている。
「…ほう」
イヴァンが口元を綻ばせたが、もう彼女はその笑みに刺激される羞恥心より彼の躯の厚みや重みの刺激に気を取られてかすかに喘ぐばかりだった。
「うっ…ん…」
その腰を抑えつけて、イヴァンは躯を離そうとした。
後を追うようにつきあがるひきしまった腹をそそるように撫でてやると、ナタリーが叫んだ。
「ああ……!」
イくまでには至らなかったようで、恐ろしく淫らな喘ぎにその叫びの尾は変わった。
「よし」
イヴァンはナタリーの腿の合間に座り込んだ。
「…可哀相だから、ちょっとだけ気持ちよくさせてやるか」
「ん…あ…」
ナタリーは、その言葉だけでほっとしたようにイヴァンを見た。
イヴァンはその潤んだ瞳ににやりと笑ってみせた。
「イかせてはやらんがな」
「………」
ナタリーの美しい瞳が涙で溢れた。
「ひ…ど……」
「オレだって抱かせてもらえないのに、なんでお前だけ気持ちよくしてやらなきゃいけないんだ?」
イヴァンは意地悪く囁いた。
さらりと片手を、ふっくらとした可愛らしい丘に割り込ませる。
「んんっ」
ナタリーが髪を乱して首を振る。
指に絡まる柔らかな毛をほどき、谷間に指を添えてみると、予想通りそこは熱い沼地のようだった。
「これはこれは。大洪水だ」
イヴァンの中継に、ナタリーはついにしゃくり上げ始めた。
「…やめ…」
「まだやめろと言えるとはな…思ったより手強い」
イヴァンは呟き、指先をわずかに曲げた。
ナタリーが跳ねるのを押しつぶすようにのしかかった。
かなり興奮してきていて、頭のどこかで警告が響いている。だがそれも興奮を彩る色彩にしか過ぎなくなりそうだ。
「ほら」
イヴァンが指を差し入れるとナタリーが堪え難いほど色っぽい啼き声を漏らした。
「…気持ちいいか」
「んんっ…あ…あああああぁん…」
イヴァンは濁った眼で彼女を眺めた。
「知ってるはずだな?…あれを挿れるともっといいぞ」
「………」
ナタリーの唇を吸う。
いつの間にか彼の腰は、ズボン越しに彼女の丘にゆっくりと擦り付けられている。
ナタリーが、吸われている唇の合間から甘く喘ぎ始めた。
「…どうだ?──いいだろ?」
「…どう…って…」
「お願いと言え。抱いてくれと言え。オレに頼め」
「どうして…」
「そうすれば挿れてやってもいい」
彼女の上気しきった耳朶に囁いた。
「灼けた鉄のようなのを」
「ん…ああ…」
淫らな言葉にナタリーが我慢できなくなったようにイヴァンにしがみつこうとして、ハンカチで阻まれた。
「かき回してやるぞ…この、可愛いところをな…」
ナタリーの顔を挟み、彼はじっとその眼を見据えた。
「ほら」
深くキスをしかけ、彼女の舌が絡まってきそうになると逃げた。
「…言え」
首のラインを舐め、ほんの一瞬だけ乳房を揉みしだく。
「あああっ」
ナタリーが我慢できなくなったように身悶えした。狂気を覗かせるような激しい動きだった。
「イヴァン様…イヴァン様、お願いです…私」
「お願い?」
「お願い…」
*
ナタリーが涙声で囁くと、イヴァンは顔を輝かせて起き上がった。
「抱いて欲しいんだな」
「…お願い…」
「よし」
イヴァンはひきむしるように服を脱いだ。ナタリーの手首と、足首に絡まっていたハンカチを解いた。
「こい!」
ナタリーは無言で、覆い被さったイヴァンにもの狂おしくしがみついた。
「ああ、ナタリー!」
イヴァンはその顔に唇を押しあて、膝で乱暴にその腿をこじ開けた。
ろくに狙いも定めなかったが、滴るほどに濡れた甘い場所はイヴァンのものをすぐに受け入れた。
「あああーーーーーーーーっ……!」
奥まで一気に攻め込むと、ナタリーが蕩けそうな声をあげてつよく背中をのけぞらせた。
「ん…!」
入り込んだ場所のあまりの気持ちよさに、イヴァンは呻きを押し殺した。
耐えに耐え、大きく硬く張り切ったものは、やっと侵入できた魅力的な隘路に驚喜してすぐにも暴発しそうだった。
だが、ここはこらえなければならない。
我慢に我慢を重ねさせたナタリーをまずは満足させてやらねばならない。
イヴァンは慎重に彼女を抱き直し、ゆっくりと動き始めた。
「…ああ…ん…あん……ああ…」
動きのたびにナタリーがうっとりと甘いかすれた声を漏らした。
自分のそれで彼女に女の悦びを味わわせているのだと思うとひどく誇らしい。彼は少しピッチをあげることにした。
「んっ…ふあ…はぁん…!」
あまりにも気持ち良さそうな声をあげるので、イヴァンはたまらなくなってきた。
「ん、あ…ああん…あ、はぁ…!」
蜜のような声を出すナタリーを、彼はこれまでまだ知らなかった。
耳からその声が入り込み、脊髄を刺激する。
「ああ…あん……ああぅん……ん……ああっ…」
きつく包んでいる柔らかな襞が絡みつき、肉が一層しなやかに彼を締め付けた。
ナタリーが仰けぞり、眉を寄せ、唇を震わせた。
抱いている女の全身が上気し、盛りの薔薇のように芳香が立ち上るような幻覚を彼は覚えた。
「あ…!!」
「いいぞ」
イヴァンは叫んだ。彼女を抱いた腕に力をこめると猛然と動き始めた。
もう我慢できない。自分のほうが先にイきそうだった。
どうせイかせられてしまうのなら、一緒がいい。
ナタリーは彼の動きにあわせてまだぎこちなかったが、はっきりと腰を振った。艶かしいというよりも、けなげだった。
「いいぞ…そうだ…もっとしっかり動け、ナタリー」
彼が命じるとナタリーは乳房からおなかを擦り付けるように、彼に合わせて動き始めた。
しっとりとした肌が汗に塗れた躯を愛撫し、彼女も同様に汗ばんでいることにイヴァンは気付いた。
ナタリーが目を薄く閉じて、イヴァンの首に腕を巻き付けた。
抗う暇もなく甘い唇に引き寄せられた。
熱く、香しい舌がするりとイヴァンの口腔に入り、さっきイヴァンのやった通りにナタリーは優しく彼の舌にそれを絡めた。
(優秀な生徒だ)
イヴァンは沸騰するような快楽と悦びの合間から密かに思った。
好きな女にキスをされながらその体を深く抱いている。
しかも彼女はそれを嫌がっていない…どころか。
ナタリーの反応は、ただの欲情というよりは、想う男に全てを捧げているといった趣きに満ちていた。
あの薬を使っている事を差し引いても、この反応はもしかしたら──そう考えてもいいのだろうか?
ナタリーは、自分を本当は嫌ってはいないのではないだろうか?
もし、それが本当なら──。
イヴァンは加速度的に膨れ上がっているもので彼女の奥を激しく突いた。
ナタリーは啜り泣くような声をあげ、体中をくねらせた。
ぬめる肉の襞は彼を甘美に締め付け、更に引き込もうとするようにひくついた。
ナタリーの腰を彼は掴んだ。
どう動けば男が悦ぶかを、彼女に教えた。
耳元に囁く前にそれを理解した彼女は、自分から彼の要求に応えて脚を絡め、腰を押し付けてきた。
彼の重みを受け止める腰の丸みからくびれた胴の細さがくっきりとわかり、目の前では彼の動きに合わせて乳房が揺れた。
これ以上は耐えられなかった。
「ナタリー…!」
彼は低く吼え、こらえていた欲望を解放した。
ほとんど同時に彼女の背がしなり、ナタリーははっきりとうわずった、だがたまらなく甘やかな声をあげて達した。
「あ、はっ……あああああぁ…あぁん……っ……!!」
全身が熱く脈打ち、それにあわせて彼女の胎内を子種が満たしてゆく。
快感の中でイヴァンは、ナタリーの細い指が髪を梳くように優しく愛撫しているのをぼんやりと感じていた。
「なあ…」
イヴァンは独り言のように囁いた。
「…まだ薬は効いてるのか…?」
「………」
ナタリーの指がふと動きをとめた。
彼女は答えなかった。
「……まあいい」
イヴァンは呟き、彼女に入ったまま、細い躯を抱きしめた。
「次の時は、薬なしでも大丈夫かな……」
ナタリーはやはり何も言わなかったが、抵抗せず、小さな喘ぎを抑えながら、とまどったように彼の横顔をいつまでも眺めていた。
今体験したことは薬のせいだと思っていたが、我に返ってきてみるとその考えがぐらぐらとしている。
もしかしたら、イヴァンとの行為に馴れてきてしまっているのではないか。
薬はただのきっかけで、もしかしたら自分はこのいけ好かない男を、もしかして──ナタリーは吐息を漏らした。
どういう事が起こっているのかを理解したいが、それも怖いような気がする。
イヴァンが何か呟いた。
ナタリーは聞き返そうかと思ったが、沈黙を破るのも気怠いほど疲れていたので黙っていることにした。
その強さが心地悪くないわけでもないようなイヴァンの腕の中で、彼女は我知らず思った。
しばらく、このままじっとしていたい。
疲れていたが、眠くはなかった。
彼女は甘く疼く余韻を持て余しながらイヴァンの胸にそっと頬を寄せた。
背を抱いていた腕が動き、彼の掌が少しだけ伸び始めた髪を撫でた。
ナタリーは目を閉じた。
イヴァンが何も言わないのが心の底からありがたかった。
居間から漏れる蝋燭の灯が弱くなっている。
もうそろそろ深夜に近いのだろう。
おわり
(余談。
聞き返さなくて正解。
彼はこう独語したのだ──「しまった。あの抱き方をするはずだったのに……」
ナタリーに聞かれたらせっかくの雰囲気がぶちこわしになるところだった)