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遠い記憶 1

7_611氏

ぼくは、何もない空間の中にいた。
白い、世界だ。
空も、白かった。
いや、地面と空の境目の区別がつかない。。。地平線がなかった。
本当に、何もない・・・・・・
だけど、ぼくは怖くなかったし、寂しくなかった。
目の前に、一人の少女がいる。
年の頃は5・6歳程だろうか。
白い浴衣を着て、ぼくに背を向けて遠くをみつめていた。
ぼくは彼女を知っていた。
いや違う。ぼくは彼女を知らない。
知っているけど、知らない。
変なことだけど、それは本当のことなんだ。
ぼくは、彼女が何歳なのか知らない。
ぼくは、彼女がどこに住んでいるのか知らない。
ぼくは、彼女がなんでいつも遠くをみつめているのかを知らない。
でも、ぼくは彼女の「名前」を知っている。
そして、彼女もぼくの「名前」を知っている。
それだけで、ぼくたちには十分だった。
まだ子供だったぼくたちには、それだけで十分だったんだ。
急に、視界が変わる。
この景色は・・・・・・
そう、ぼくが、いつも彼女と会える場所だった。
町の中心にある、公園。
誰も遊んでいない、鉄棒の横に彼女はいる。
いつもと同じように、遠くをみつめていた。
そんな彼女に向かって、ぼくは歩いていく。
彼女と2・3歩の距離で、ぼくは立ち止まる。
こんなに近づいても、彼女はぼくに気づかずに、じっと遠くをみつめている。
ぼくはこのとき、いつも不安になる。
彼女は、ぼくのことを忘れたんじゃないか。
彼女は、ぼくのことが見えないんじゃないか。
彼女は・・・・・・
考えたらきりがない。
声をかけたら、間違いなくぼくに気づくだろう。
だから、呼んでみた。

「・・・・・・あの・・・・・・」

声が、震えていた。
自分でも、情けないと思う。
彼女は・・・・・・振り向かない。
ぼくの中の不安が、大きくなる。
心臓がドキドキいってる。
帰りたかった。
でも、帰るわけにはいかなかった。
ぼくは、彼女と遊びたかった。


勇気を振り絞って、もう一度声をかける。

「あの・・・・・・ちゃん?」

やっぱり、声は震えていた。
でも、さっきよりは、ちゃんと発音できた。
彼女は・・・・・・まるで今魂が入ったように、ぴくんっ! ってすると、ゆっくりと、ぼくのほうを向いた。
その動きは、とてもゆっくりで・・・・・・そして、白い浴衣といっしょに動く体が、綺麗だった。
ぼくは、やっと彼女の顔を、目を、見ることができた。
そして、ぼくは驚く。
彼女は、泣いていた。
涙が、頬を伝っていた。
ぼくに気がつかなかったのは、声を殺して泣いていたからか。
いつもと同じように遠くをみつめながら、泣いていた・・・・・・・

「どうして、泣いているの? ・・・・・・何か悲しいことがあったの?」

ぼくは、困った。
泣いている女の子を目の前にして、どうしたらいいのかわからなかった。

「とりあえずほら、これで涙ふきなよ」

そういってぼくは、ポケットからハンカチを取り出して、彼女に渡した。
でも、彼女は涙をふこうとせず。
ただ、泣いていた。
どうしよう・・・・・・
ぼくがこまっていると、しばらくしてから彼女が話し出した。

「あの、ね、たるみちゃん・・・・・・ごめんね・・・・・・」

泣きながら、彼女はぼくに謝った。
なぜ謝るんだろう。
さらに、彼女はゆっくりと話し出した。

「ほんとうに・・・・・・ごめんね。あのね・・・・・・わたしね・・・」
「一体、どうしたの?」
「わたしね、もう・・・・・・たるみちゃんと、会えなくなるんだ・・・・・・」

最初、彼女が言った言葉の意味が、わからなかった。

(ぼくと、会えなくなる? ・・・・・・・!?)

「え・・・なんで・・・どうして!?」

自然と、声が大きくなる。
さっきも、このぐらいの声が出ればよかったのに。

「ごめんなさい! たるみちゃん、ごめんなさい! ほんとうに、ごめ・・・・・・」

最後のほうは、嗚咽で声になってなかった。


「だから、なんで・・・・・・! もう、本当に会えなくなるの?」

頭が、混乱していた。
多分、まともな考えなんて、してなかったと思う。

「たるみちゃん・・・・・・そろそろ、時間なんだ。わたし、そろそろいかなきゃ。」

そういった彼女は、いつのまにか泣き止んでいた。

「泣いていて、ごめんね。今日は、お別れを言いに来たんだ。本当に急で悪いけど・・・・・・」

ぼくは、何も言えなかった。

「本当は、おわかれを言うことも出来なかったんだ。でも、いつも遊んでくれたたるみちゃんだけには、やっぱりおわかれを言わなきゃって・・・・・・だから、無理いって許してもらったんだ」

彼女はぼくをしっかりと見てくれていた。
だから、ぼくも彼女をしっかりと見る見返すことしかできなかった。

「でもね・・・・・・2度と会えないわけじゃ、ないんだよ。お天道様が何回も昇って、お月様も何回も上って。いつかきっと・・・・・・また会える日が来るよ」

そういうと、かぐやちゃんはぼくの手をつかんで、そっと、小箱のようなものを手渡した。

「だから・・・・・・これは、約束のお守り。このお守りを見て、私のことを思い出して・・・・・・忘れなければ、きっとまた会える・・・・・・から・・・・・・」

また、かぐやちゃんは泣き出していた。
・・・・・・ぼくは何をしているんだろう。
いつもいっしょに遊んでいたかぐやちゃんと、もう会えなくなる。
そして、彼女は、いまそのことで悲しんでいる。
ぼくは、ぼくには、一体、何が、出来る、いや、出来ることがあるのか・・・・・・

「もう、いかなきゃ。たるみちゃん、ごめんなさい・・・ありがとう。今まで、本当に楽しかった。」
「ぼくも、楽しかったよ・・・・・・毎日、かぐやちゃんと遊べてさ・・・・・・きっと、忘れないよ」

何か、したかった。
彼女を、ひきとめたかった。
でも、そのときは、悲しみがたくさん襲ってきて、ただ、かぐやちゃんを見送ることしか出来なかった。

「たるみちゃん・・・・・・目、つぶってくれる?」
「・・・・・・いいよ。」

いわれたとおり、ぼくは目をつぶる。

「たるみちゃん・・・・・・また、会える日を信じてるよ・・・・・・」

そう聞こえた瞬間、額に、生暖かい感触。

「え?」

驚いて、目を開ける。


景色が変わる。
ぼくは、また白い世界の中にいた。
彼女は、もういない。

また・・・・・・同じ夢だ。

白い夢。

もう何度も何度も見ている。

繰り返し繰り返し、同じシーンを。

過去の自分なのか、それとも夢の中だけなのかもうわからない。

そして・・・・・・



その夢を見た日、俺は機嫌が悪い。



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首が痛い。
腰が痛い。
手首が痛い。
・・・・・・っていうか、体中が痛ェ。
それだけじゃない、蒸し暑い。
寝汗が服に染み込んでぺったりと肌にはりついている。
この状態を言葉で表すと、アレだ。
不快度指数200%
でも・・・・・・眠い。
まだ寝ていたい。
しかし、人間の体というのは、一度目覚めて、体に不快感を感じると、なかなか眠ることが出来ないので。
結局、俺は起きることになった。


目を開いて、体の不快感の理由がわかった。
俺は、床に寝転がって寝ていたのだ。
そういえば、昨日は遅くまで起きていたような記憶がある。
いつの間に眠ってしまったんだろう?
蒸し暑さの理由は、かけてあった毛布だ。
たぶん、眠った俺に那智が掛けてくれたんだろうけど・・・
枚数、多すぎ。
いくら冬でも、7枚はないだろう、7枚は。
起こしてくれれば布団まで自力で戻ったのに。
おかげでシャツが汗で濡れてる。気持ち悪い。
こういう日は、とりあえずシャワーを浴びるべし。
そう考え、自分の部屋を出たところで、那智に出会った。

「あ、垂水。やっと起きたんだ。寒くなかった?」
「ああ。おかげさまでな。」

とても蒸し暑かった、とまでは言わない。コイツに悪気はないのだ。
と、よく見ると、那智は背中に小さいリュックを背負っている。

「今日は土曜日だから、病院、いってくるよ。お昼ごはん買ってくるから、留守番よろしくな。」
「ん。気をつけてな。」

玄関から出かけていく那智を見送る。
因幡 那智。17歳。
今、俺が居候させてもらっている家の持ち主だ。
幼い頃から病弱らしく、毎週土曜日にはかかりつけの医者へ通っている。
体力ゼロで、非力で、そしてチビ。
しかし、容姿は、悪くない。
というより、言ってしまえば、美少年。
いや、下手すると美少女に見えるかもしれない。
一度、女装を進めたら殴られたけど。しかもグーで。
とはいえ、性格は悪いわけじゃない。
病弱なくせに元気で、よく外で走り回っている。
体の線は細いけど、やや日焼けした肌が、とても病弱な体質には見えない。
ただ、体力がないから、運動するとすぐに疲れて動けなくなる。
そんでもって、妙に気が利く。
さっきも、寝てしまった俺に毛布をかけてくれていたし。
いつも明るく振舞っているけど、無理に明るく振舞っているような気もする。
因幡家はそこそこ裕福な家庭だったらしいが、3年前、交通事故で両親を亡くしている。
那智は一人っ子だった。そして、親戚に預かられることもなく、この家で一人で生活することになったらしい。
その辺りの経緯は、あまり聞いていない。
1年間一人暮らしをした後、同年代の共同生活者を募集したということは聞いた。
一人で生活することは、やはりさびしかったのだろうか。
条件は、悪くなかった。
自分の部屋は与えられるし、家事雑用はほとんど那智がやってくれる。食事当番は交代制。
家賃は・・・かからない。
丁度その頃、大学に入学し一人暮しをしようとしていた俺は、その話に飛びつき、一緒に暮らし始めた。
ちなみに、那智は今、学校には通っていない。
病弱だからなのか、詳しい理由はわからない。
自宅で勉強して、18になったら大検を受けるそうだ。
毎日キッチリ勉強はしているようで、大学に入ってからほとんど勉強していない俺はとっくの昔に勉強はついていけなくなった。


時計を見ると、11時。
腹は減っていたが、あと1時間かそこらで那智も帰ってくるだろう。
そうなれば、今朝食を食べると、昼飯に障る。
俺は、鳴っている腹を無視するため、TVのスイッチを入れた。
ブラウン管に、マイクを持った女性の姿が映し出される。
チャンネルを適当に変えてみるが、面白そうな番組はやっていないようだ。
他に特にやることもないしな。とりあえず、散歩にでも行くか。


扉に鍵をかけて、表に出る。
一瞬、那智が鍵を持たないで出かけたかもしれない、とも思ったが、そんなことはないだろうし、それほど長く出歩くつもりもなかった。
空を見る。
雲ひとつない、いい天気だ。
俺の住んでいるこの町は、都心部から少し離れていることもあり、自然がまだ多く残っている。
夏なんか、セミがうるさい。(そして、カブトムシを取りにくるガキの集団もうるさい)
しかし、空気はとても澄んでいるし、とても静かな町だ。
だからこそ、体の弱い那智がこの町で暮らしているのだろう。
ただ、ひとつ問題がある。
商店が、非常に少ないのだ。
一応、町の真ん中に商店街はあるが、鮮魚とか八百屋とか、食料品を扱う店ばかりだ。
まぁ、町の人口がそんなに多くないから、沢山店があっても客がこなくて潰れるだけだが。
おかげで、物入りなときは電車に30分程乗って都会まで出なければならない。
車があると便利なのだが、俺は免許を持ってないし、那智は免許をとれる年齢になっていない。
それでも、日々暮らしていく分には、この町で十分生活できるので、あまり不自由だと思うことは無い。
苦労するのは、年末・年始ぐらいか。
俺は、その数少ない店のひとつを今目指して歩いている。
といっても、家を出てわずか10歩でたどり着くのだが。
ようするに、隣だ。
隣の家が、数少ない商店のうちのひとつで。
だからこそ、俺はあまりこの町に住んでて不便と思わないのだ。


店の外の冷凍ケースには、いろんな種類のアイスが入っている。
今は冬なのに、何故置いてあるかというと・・・もちろん、買う人がいるからである。
そして、それは、俺だったりする。
俺は、ケースを開けて100円のカップアイスを取り出すと、ケースを閉めて店の中に入っていた。
店の中はそれほど広くはなく、当然売り物の種類も多くはなかった。
まぁ、駄菓子屋+αみたいな感じだ(どんな感じといわれても困るが)
そして、店の奥には、老眼鏡を掛けた愛想のいいおばあちゃんが・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・いない。
変わりに、俺と同じぐらいの年の女の子がいた。


「おばあちゃん、いつのまに若返ったんだ?」
「・・・・・・そんなこという客には売ってあげないわよ。わたしのど・こ・が・おばあちゃんなのかしら?」
「冗談だ。気にするな。」

彼女の怖い視線を、俺はなんなく受け流す。

「で、アンタ誰だ。」
「人に名前を聞くときは自分からまず名乗りなさいよ」

なかなか道理だが、俺にその手は通用しない。

「悪いが俺は名前を持ってない。」
「ワケわかんないこと言ってないでさっさと名前いいなさい。」

そういった彼女の目は、怪しく光っていたように見える。
本気で怖かった。

「・・・・・・はい。」

ちきしょう、あの目には勝てん!
・・・、俺は何をやってるんだ一体。

「俺はこの店のとなりの家に住んでる深海垂水だ。・・・・・・これでいいか?」
「ちゃんと名乗れるならはやくいいなさいよまったく。で、お隣の深海さんが私に何の用?」

店に入って商品持ってレジに行って、何の用ってのはないと思うが。

「・・・・・・このアイスを買いにきた。」

そういって、さっきケースから取り出したアイスを渡す。

「冬にわざわざアイスを食べるの?」
「うむ。夏と違ってなかなか溶けないから安心してゆっくり食べられるぞ。っていうか、だからアンタ誰だよ。」
「私はさくら。塚守さくら。この店のおばあちゃんの孫よ。ま、バイトみたいなもんよ。」

そういうと、彼女は俺に右手を差し出した。
俺も右手を差し出して・・・・・・握手をする寸前、彼女が口を開いた。

「違う。」

言いながら、彼女は手の平を上に向ける。

「・・・・・・税込み105円よ。」


カラカラカラ・・・・・・
店の引き戸が閉め、垂水は店を後にした。
今、店に残っているのはさくらだけである。

「話には聞いてたけど、本当に男の子と暮らしてるんだ。あの子ってば。」

さくらは、頬に手をついて、しばらくぼぉっと考える。

「・・・うん。いい機会だし彼にも、手伝ってもらうかな? でも、いいところまでいく前に、途中で退場してもらうけどね。」

そういうさくらの口元は、にやりと笑っていた。


俺は今、玄関の前に座っている。
ドアよりかかって、右手にスプーン、左手にカップアイス。

「やっぱアイスはバニラが王道だろ。」

そんなことを呟きながら、アイスを口に含み、空をボーっ見上げる。
ときどき家の前を通るおばちゃん達が俺のことを白い目で見て通りすぎてるような気がするのは俺の考えすぎだということにしておく。
・・・・・・単に慣れただけとも言うが。
そんな感じでしばらくボーっとしながらアイスを食べていた。
そして、最後の一口を食べ終わったとき。
いつのまにか、那智が正面から俺をじっと見つめていた。

「うわっ!」

反射的に、俺は飛び退いた。
ゴン! と大きな音がする。
後頭部が痛い。
そういえば、ドアによりかかっていたんだから、後ろに飛べば頭をぶつけるのは当たり前か。

「何やってんの?」
「後頭部を鍛えてるんだ」
「・・・・・・バカ?」

五月蝿い。
俺は後頭部を手で撫でながら立ちあがる。

「いつから俺の目の前にいたわけ?」
「ん・・・・・・ついさっき。なんか幸せそーにアイス食べてたから驚かそうと思ってね。」

驚いた上に、頭も痛いぞ。
まぁ、頭打ったのは自分のせいだが。
しかし、気配がしなかったぞ。忍者かコイツは。

「それにしても、なんでこんなところでアイス食べてたわけ? 確か、前にもここに座ってアイス食べてなかった?」
「ここでアイス食べると幸せになれるからだ。300年前から伝わる王家の伝説なんだぞ」
「・・・・・・僕の家が出来てからまだ20年もたってないよ。」
「よくぞ見破った明知クン。それでこそ私のライバルだ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」

一陣の風が吹く。
・・・・・・虚しいなぁ・・・・・・・


「あ、えーと。お昼、菓子パン買ったんだ。はやく食べようよ。アイスじゃ、お腹は膨れないよね?」

そういって、俺の目の前にパンの入った袋を差し出す。
そういえば、いいかげん腹が減った。

「確かに。いつまでもここにいてもしょうがないしな。」

俺は、ジーパンのポケットから鍵を取り出して、ドアの鍵を開ける。
ドアを開けて、家の中に入ると、

「はぁっ・・・・・・やっと家に着いたよ。疲れたぁ。」

フラフラしながら、アイツは家の中に入ってきた。
その姿を見て、俺は一言、声をかける。

「おつかれさん、おかえり・・・・・・那智。」


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