Index(X) / Menu(M) / /

月下桜園6(1)

◆ELbYMSfJXM氏

「……女装喫茶?」
 唐突に出てきた阿呆らしい単語を鸚鵡返しに聞き直す。

「あした学園祭の出し物決めやるからな、一票頼むぜ。喫茶やるのはもう決まってる。
あとは客寄せネタだ。他んクラスも女装ネタやるみてーだし、本家がやらねーでどーするよ」
 中間考査を週明けに控えた金曜の放課後に、市原は瞳を生き生きと輝かせ、
机に片肘を付き前のめりでにたりと笑った。
「むさ苦しい男ばかりで女装とは地獄の光景だ。コンテストだけならまだしも、阿呆か」
朝から続く吐き気と頭痛に知らぬふりをしながら、奴に向かって呆れた溜息を吐いてみせる。
「ブームなんだぜ今、女装っての。ひとり滅茶苦茶似合う奴がいるだろーが。
鷲尾学園一の美少年でスタイルも良さそーなオトコがよ」
 誰かの物真似なのか、一本指を立てて振りながら首を傾けちっちっと舌打ちをする。
「知らねーとは言わせねーぜ。なあ、雨・宿・松・月(あまやど しょうげつ)?」

「――――新珠燐(あらたま りん)か」

 男装の美少女にしてクラスメイト。
 それは今や学園内では秘密でも何でも無い公然の事実だった。


::::::::::

 23日前、登校時間ぎりぎりに松葉杖を右脇に病院から辿り着いた俺を見て
新珠は目を見張ったが、すぐに毅然と表情を改め挨拶をした。
『おはよう、雨宿』
『お早う、いい天気だ。新珠』
 その時彼女がこれから何をするのか不思議と手に取るように解った。

 始業前に自分の席に立って新珠燐は告白した。
 自分が女であり7年間男装していた事実。
『ぼくは、――もうこの言い方が癖になっているんだ。許して欲しい。
入学以来ずっと君たちを騙していた。本当に申し訳なく思う。すまない。
…………――――ごめんなさい』

『謝って終わりなのか。俺達クラスメイトは新珠にとってその程度だったんだな。
第一言われただけでは不明だな』
 何度も頭を下げ謝罪をする彼女をたしなめる雰囲気が流れる中で、御車が言い放った。
『貴様っ、その言い様を訂正しろ! 燐はどんな思いで……っ』
『そうだったよ。責任を取らないとね、ちゃんと見てくれ』
 御車に躍りかかろうとする秩父を制して、彼女は制服のシャツを脱ぎ始めた。
夏でも長袖のまま裾を出して隠していた腕や上半身の細さが露になってゆく。
 秩父は何度も止めようとしたが、新珠本人の気迫に押され顔を歪ませぶるぶると
拳を握り締め、さらしを解き終わろうとする頃には、机に肘をつき俯いて頭を抱え
肩を震わせるばかりだった。
 奥丁字は泣きそうな目で唇を噛みしめ、市原はどこか冷めた様子で見守っていた。
 俺は、このさまを見る為、目に焼き付ける為に居た。御車が言わなければ、
口を切っていた。
 耳の後ろで腰まである長髪を赤い紐でたばね、際立つ上半身の肌の白さに
耳元と首筋がやや朱に染まり、左斜め後ろから眺める彼女の背中の曲線は変わらず美しい。
 胸を腕で押さえているが膨らみは明らかで誰もが息を呑む。
 ざわりと背筋に悪寒が走る。
 この状況になるのは分かっていた、新珠なら他の方法を採る事は有り得ない。
 だが、――――他の男に肌を晒す事を……、俺は……


 一瞬横目で俺に視線を投げた。決意と最後の躊躇いが混じった瞳にさらりと髪が流れ落ちる。
『やめろっ『分かった。新珠。もういい』っっーー!』
 腰を浮かしかけた瞬間に秩父と御車の声が同時に響き、すぐに奥丁字が駆け寄って
脱いだシャツを彼女の肩に掛ける。
 張り詰めた空気が弛緩し安堵と落胆が入り混じった溜息があちこちから漏れた。
『御車……』
『気持ちは認める。許すには時間がかかるがな。おまえはこの3年3組の仲間に変わりない』
『ありがとう。ぼくもクラスメイトとしてみんな大事な仲間と思っている。
わがままな頼みになるけれど、出来うるなら今までと変わらず接して欲しい』
『皆、これ以上新珠の詮索をするのは禁止だ。手を出す奴は元柔道部副主将の
俺がぶん投げてやる。学園に居る奴全部が相手だからな。覚悟しとけ』
『言われるまでもない! 僕が許すものか!』
『待ってくれ、二人とも。みんなも言いたいことがあれば、原因であるぼくに
直接言って欲しい。憤りがあって当然だ。無理にそれを正す真似はしないでくれ』

 では聞きたい事がある、と俺は手を挙げた。
『今まで通りと言うならば、男装を続ける意志があるのか』
『その必要はない。これからは女性として生きると燐は決めたのだ』
『俺は新珠に聞いている』
 射掛けてくる秩父の鋭い視線を突き返し新珠に問う。
 肩を支える奥丁字が遠慮がちに彼女と俺を交互に見ている。
 新珠はしばらく無言で俺を見つめてから、ゆっくりと首を縦に振った。

『……そうだ。このままの姿で過ごし、卒業したい。もちろんみんなの許しがあればこそだが。
どうだろうか?』
 探るように周囲をぐるりと見渡す。力強く意志を示しつつも下がる眉尻や噛みしめた唇、
微かに揺れる肩が不安な心境を覗かせた。
 そして再び新珠の目線が俺の前で止まる。自身の高熱の所為か、彼女の瞳の輝きが揺らめき
潤んで見える。願う言葉であると信じて返した。

『お前が望む姿であるなら、それが一番だ』
 新珠燐の目が見開かれ、息を呑んだ。
『雨宿、貴様っ』
『女の子になられちゃ気が散ってしょーがないだろー。今までも3年3組のオヒメサマじゃん。
なあ?』
 市原の茶化す物言いに、落ち着いた声でそのほうが皆の為だな、と御車が同意し全体に広がる。
秩父は所構わず文句を投げつけたが、クラスのムードメーカーである二人には敵わず
眉を寄せつつ渋々と席に付いた。新珠と奥丁字は顔を見合わせて頷き合っている。
『みんな、ありがとう。本当に、ありがとう』
 最後にもう一度新珠は深々と全員に向かって頭を下げた。


::::::::::

 晒された上半身に両手で触れ脇腹から撫で上げて、柔らかな胸のふくらみを下から
支えるように確かめ、キスをしながら揉み解し先端を弄ると、鼻にかかった声が漏れる。
 恥ずかしそうによじらせる首筋から鎖骨へと徐々に吸いながら下りてゆく。
 点々と付く赤い名残が肌の白さを浮き立たせる。谷間に流れる汗を舌ですくいあげ
突起の周辺をしつこく舐めて焦らした後、口に含むと背を仰け反らせ、振り解くさまに唇を離す。
 そっと見上げると瞳に涙を溜めた切ない顔に途切れがちの呟きで続きをせがむ……
 ――――――――
 あの場に居た男は残らずそんな彼女の姿を脳裏に描いた。
再び市原の言葉で生々しくよぎる妄想に軽く絶望感を抱いて目を閉じる。

 瞬く間に広がった学園長の息子の正体は、既に噂が先行していたせいか、
驚きや落胆の声は上がったものの反発は表立っては聞こえなかった。
 かえって女子人気は上昇し、お姉さまと抱きつかれては慌てまくる新珠が笑いを誘った。
 後から聞いた話だが御車達も口外する気は無く、妹にも口止めしていた為、
翌日の新珠の行動に驚いたという。脱ぎだした時は滅茶苦茶焦ったけど、
あれで見直したって言ってた、と根尾は付け加えた。


 おい、と額を小突かれて改めてにやついた顔に向かい、賛成出来ないと言い切った。
「男装の奴が女装なんて新珠にしか出来ねぇだろ。目玉になるぜ。女だって言ったとき、
オマエがあんなこと言うからスカート姿が拝めなかったんだ。ちっとは協力しろよ」
「話を合わせてきたのはお前だ」
「空気読めねー奴。怪我人だからフォローしてやったんだ、そうは言っても実は見てぇと
吐けばバッチリだったのによ。けど今度はメイド服にニーソだ、女子制服なんざ目じゃねぇ」
「新珠が願っていない服装を無理にさせるのは、どうかという事だ」
「だーかーらオマエに頼んでるんだ。見たくないのか? 見たいだろ? ミニスカの新珠だぜ?」
「ああ見たいな。……お前も女の新珠が好きか?」
 軽い嘲笑を交えて真正面から視線を捉えて聞くと、市原は珍しく一瞬狼狽の色を見せて、
椅子に座りなおしながら肩を揺らせて口元を歪めた。
「なら問題ねぇじゃんか、男も女も全校の奴らが期待してる。
ま、……オレはどっちでもいーんだけどな〜」
「クラスの為の企画なら新珠も承知する。俺の意見など不要だろう。
その英文問題は宿題だ。明日の朝イチでチェックするから辞書を引いてきちんと調べろ」
「うげ、辞書って枕にするもんだろ」

 背を向けて話を切り、机の上に散らばる本やノートを集め帰り支度をする。
 市原相手の放課後の補習はいつのまにか人数が増え、10月から勉強会の形になっている。
既に他の奴は帰り、要領は良くてもサボリ癖の抜けない男が相変わらず居残り組だ。
 下方から照りつける残暑の西日を遮りながら眼鏡を掛け直すと、肘を突いたまま苦々しく
眉をひそめる市原の横顔が目に入る。
「何でそー、変なトコで強情なんかね、オマエの言うことなら聞くのにさ。
……アイツは絶対」
 それは、新珠燐ではない。


 足を踏み外して階段から転落した際に、途中に居た秩父も巻き添えになった。
 俺は新珠の告白の後に左足首の捻挫と数箇所の打撲をそう説明した。
 すぐに病院に連れ戻され熱と腫れが引き、検査を受けて寮に戻ったのは5日後だった。
『本当に自分の体には気をつけることだ』
 休み明けにそれだけを言い身を翻した新珠燐の、その変わらぬ颯爽とした姿が
俺には何より一番の薬だった。
 約束を違える事はあってはならない。


 毎年10月の最後の週末に学園祭は行われる。主催は生徒会と実行委員会の合同で、
部活動関連は日頃慣れている生徒会に任せ、クラス出店統括と女装コンテストの運営が
実行委員会の主な仕事だ。
 翌日実行委員に手を挙げると、クラス全員が気が違ったのかと思わせる目で俺を見た。
 気が付けば委員長に収まっていた。誰も立候補しないならば誰がやっても同じことで
押し付けあう時間が無駄だった。
 出店リストに目を通し、市原の言う通り全校内での女装・男装ネタの多さに辟易する。
「2組と希望が被っているから女装は取り止める。喫茶は可能だ」
「横暴だぞ。雨宿オマエそこまで、あ…「最終決定権は実行委員に一任し、異議は申し立てないと
選定時に全員へ確認した」
 教室内を一瞥すると、でも女装がなぁと口々に不満が出る。
「喜べ。今年は女装コンテストは各クラスから候補を出す事になった。但し元の性別は男に限る」
 市原は意味がねー、と尚も零すが、ちなみに…と俺は付け加えた。
「コンテストは今年で取り止める予定だったが、女子からの熱烈な支持で来年も続ける事になった。
本選まで残れば羨望の眼差しを受けるのは間違い無い」

 目の色の変わった男どもは自分の容姿を考えていないような奴まで手を挙げ、
抽選の結果奥丁字に決まった。
「新珠君が、ぼくの代わりに頑張ってよって言うし、当たらないと思ってたのに……」
「他のヤツならやり直してもいいがオマエならいいや面白れーや」
 途方に暮れる奥丁字に、すっかり機嫌を良くした市原が絡むのを、新珠が微笑ましそうに眺め、
彼女の隣には秩父が腕組みをして立っている。
「現金な奴らだ。ミニスカメイドとやらはどうかと思うが、燐にもいい機会だったのに。
やはりきみの為を考えて女性の姿に戻るべきと言っているのは僕だけだね」
「男装が好きなんだよ。高砂はなぜ信じてくれないんだ」
「強制されたものには必ず負担が現れる。燐、自分に素直になるんだ。
色恋沙汰は起こさないとの学園長の約束と、女性に戻ることは別なんだよ」
「高砂、だからね…」

 この平行線の遣り取りは度々目にしている。すまないが、と新珠と秩父の間に割り込んだ。
「立候補しておいて申し訳無いが、本部の仕事で手が回らない可能性がある。
秩父、……と、新珠。クラスの実行委員を代わりに頼めるか?」
 秩父は俺を睨みつけていた目を白黒させたのち、ああ任せてくれと請け負い、
新珠はこっくりと頷いた。
「最後の学園祭だからね。成功させよう」


 月末まで勉強会は控えようと話が出たが、朝課外の前や休み時間を使おうと俺から言い出した。
「雨宿ぉ、この数式やっぱり分かんないんだよなぁ」
 まだ朝の7時半だというのに、根尾は袖で汗を拭いながら聞いてくる。
 授業での解釈とは別の導き方で説明すると、こっちのほうがわかりやすいとしきりに頷いた。
 夏休み前に新珠と他の方法は無いかと考えたものだった。
 他の奴を相手にすると、新珠がいかに打てば響く応答であったかを思い知らされる。
 しかし不思議と教える事を止める気にはならなかった。次第にどう反応を返すか楽しみになり、
市原に限らず一人一人面白い。
 ……妙なものだ。


 後輩ら数人で連れ立ち、美術部の協力で作った学園祭のポスターを街へ貼りに出た。
幸い、駅や商店街からすぐに協力が得られ、枚数も残り少なくなったので解散して帰らせる。
 7月末で辞めたバイト先を覗いてみるとやたら懐かしがられ、掲示を頼むと快く了承してくれた。
 隣のケーキショップに視線を投げると、売り込み上手のお姉さんがやはり店頭に、
…………一瞬なのに、目が合った。

「あーっ! 雨・宿・君、元気にしてた?」
 逃げようと走りかけた背に速攻で叫ばれる。
「……はい、お陰様で」
「夏の間一度も来ないから心配してたのよー、受験勉強でも息抜き。お隣も心配してたわよ。
市内一進学校の鷲尾学園の生徒ならもうちょっと態度良くしなさい」
 左腕を掴まれわざとらしく大声を張り上げ、そのまま店内に引っ張り込まれた。
「鷲尾の生徒で何の関係があるんです?」
「実は弟が通ってるのよ、出来が悪いのに無理してねー。それに今手伝いに来てる子が…」
「緋南(ひなみ)さん!ぼくのことは内緒でって、」
 奥から押し止める声とちらりと覗く影が……
「新珠?!「……っ!?!!あまやどっ!」」

 思い描いていた、いや、本物は想像に敵わない事実をまざまざと突きつけられる。
 黒の半袖ロングワンピースと白エプロンに身を包んだ新珠燐がそこにいた。
 息を呑む。動けない。互いに顔を見合わせたままだ。
 判りきっていた事だ。女の姿で現れたら完膚なきまでに叩きのめされると。
 黒と白だけの衣装がこんなにも美しく人を引き立たせる力を持っていたのか、
糊の利いた純白の襟元と袖のカフスが、凛々しさと清楚さを併せ持つ新珠に、
ここまで相応しいものは無いと断言できる。
 何か言いかけたが俺が無言で見つめているので、鏡を写したように彼女も押し黙ってしまった。
 表情豊かな黒目は実に魅力的で、通った鼻筋に小振りだがふっくらとしてきた唇、
日焼けしていない腕の細くなめらかな線が、膨らんだ袖と相まって際立つ。

 本来の体型には大きめな男物の制服で覆われた普段の姿が醸し出す雰囲気との共通点は
彼女の本質の芯の強さであり、まとう空気が近寄る者を全て浄化する清冽さに満ちて
更に色濃く魅了してやまない。
唯一赤面していく顔が二人きりの時に見せる恥じらいと同じく、男とは有り得ない、
頭の頂点から足の爪先まで、ただ一人の女の子として俺の前に立っていた。

「あらお友達だった?」
 金縛りから解かしてくれたのは、店員のお姉さんの呑気な問いだった。
「クラスメイトです。ここで何をしているんだ?」
「……喫茶メニューのアイデアを探しに来たんだけど、新製品考案も兼ねてるからって、
色々相談に乗ってくださって、昨日の夕方からキッチンの隅を貸りて試作してる」
 隣のお姉さんをちらちら伺いながら説明される。普段より声のトーンが高い。
ここでは初めから女だと言ってあるのだろう。
「任せきりにして済まない」
「いいんだよ、お菓子作りに興味があったのは本当だし、アルバイトにも憧れてたけれど、
父様が厳しいからね。今回学園祭までの限定で許してくれたんだ。雨宿が任せてくれたからだよ」
「作る手際もいいし、簡単な手伝いもしてもらってるのよ。
3年生でなければ、このまま続けてお願いしたいんだけどねー、残念」
 有難うございますと素直に礼を言い屈託無く笑う姿が、ただただ眩しい。完全に白旗だ。
「ちょうどいいタイミングだわ、試作品が焼きあがってるから味見してよ」
「でも、美味しいかどうか……」
「試作品なら不味くても当然だ」
 しぶる新珠の背をお姉さんが押して奥へと消えていく。
 同じ衣装でも着る人間によってここまで違うのかと、決して聞こえてはならない台詞をひとりごちた。


 野菜を使ったケーキということで中の焼き色の違うものが3個出てきた。
 バウムクーヘンを切り分けた様な形で飾りはなく、固いかと思ったら口当たりは軽い。
 俺の手元と顔色を
「赤は人参、黄色はかぼちゃで緑はほうれん草か。匂いは薄いが食べると結構風味が強いな」
「砂糖でなく素材の味を活かせたらと思って、ね。本当に、平気?」
「悪くないな。俺でも2,3個はいけそうだ」
 正に花が開いた様にぱあっと新珠に笑顔が戻った。
「良かった。これはシフォン型で作ったけど、本番はマフィンにしてね、
ホイップと野菜ジャムを添えるつもりだよ。スコーンやクッキーも余裕があればやってみたい」
「新珠に頼んで正解だった」
「安心するのはまだ早いよ、完成してから言うように」
「そうだな、楽しみだ」
 手を伸ばしもう一つたいらげる俺を見上げる新珠の表情が、服装の所為か店内の甘い香りも
手伝って無闇やたらに可愛い。ついと熱くなる顔を背けた。

「ところで、ね」
 にやっとどこかで見たような口元に薄笑いを浮かべて、その緋南さんが俺の肩をつつく。
「彼女のこの格好似合ってるわよね、可愛いわよね?」
 意識し過ぎてしまう為に敢えてそこには触れないでいたのだが、新珠もぎくりと肩を竦め
思い出したように焦り始めた。長いスカートを握っては離し落ち着かない。
「エプロンごと私服汚しちゃってねぇ、コインランドリーで洗う間着てもらったんだけど、
本人どうも気が乗ってないのよ。普段女の子っぽい格好しないって聞いてるし」
「スカートって、な、慣れないし、半袖の服も苦手だから、変だろ……?」
 もごもごと言葉を濁しながら視線を右往左往させ目を合わせようとしない。
その仕草が半脱ぎ状態で触りまくって焦らす時の、戸惑う反応と瓜二つに加え、
今だけのメイド服に安心して、つい本音が出た。

「見慣れないから戸惑うのも無理無いがな、誂えた様に良く似合っている。
俺が今まで見た女の子の中で一番可愛くかつ綺麗な、比類なき美少女だ」
「……!!」
 まずい。驚いて目を見開きそのまま固まってしまった。
「言葉が悪かった、すまない。しかし言葉が見つからない。本当に可愛い」
「君にそう言われるなら、悪くないんだね。………………ありがとう……」
 唇を震わせながら新珠はどうにか律儀に言うと、焼き加減見てきます、と身を翻した瞬間
足が滑って転びかけ、俺は慌てて背後から支えた。
「気をつけろ」
 期せずして至近距離で声を掛ける羽目になり、目の前の形のいい新珠の耳が朱に染まった。
長い睫毛をしばたたかせ、俯いたまま掠れた声でうん、と溜めた息を絞り出す様に言うと、
固く三つ編みにしたひとつ結びの後ろ髪を揺らせて奥に駆け込んで行った。
 涙も滲んでいたように見える。ここまで気に触られるとは予想外だ。
「頑張れよ、だが無理はするな」
 わかってると声だけが返ってくる。
 
「お土産を持って行ってた先は彼女の所ね」
 にやにや笑いのお姉さんに仕方無く頷くと、満足げに俺と厨房へと交互に視線を投げる。
「ショーケース覗いてる顔と、彼女を見る目が同じよ。それはあっちにも言えるけれど」
 新珠の喜ぶ顔だけを思い浮かべて選んだのだから反論しようが無い。
「だから、この試作品は全部雨宿君が責任を持って食べなさい」
 いまいち繋がりが掴めないが、ごっそりと持たされたところで手元のポスターに気付く。
オーナーに相談するからとひとまず預けてやっと店外に解放された。

 握り締めた彼女の二の腕の感触が掌に強烈に残っている。
 ――――俺だけのものにしたい。新珠燐。体も心も全て、お前が欲しい。


Index(X) / Menu(M) / /