Index(X) / Menu(M) / /

月下桜園5(1)

◆ELbYMSfJXM氏

「有難う。気持ちは嬉しいが誰とも付き合う気は無いよ。済まない」
「じゃあオトモダチから。メアドの交換ならいいでしょう? 息抜きは必要ですよね」
「メールは使わない。もしまた俺に用があったら御車に言付けておいてくれ」
「お兄ちゃんには言いません! 言わないでくださいよ! 言ったらダメです!」
「雛菊っ!! 何してる!」
「ちょ、お兄ちゃん! どいて、まだ話終わってな……、先輩っっ!」


「小さいころから惚れっぽい所がある妹でな、すぐにのぼせ上がって周りが見えなくなる。
雨宿にいつ目を付けたのか分からんが、いきなりすまなかった」
 御車 常(みくるま・つよし)は学食のテーブルに額を擦り付けんばかりに頭を下げて平謝りをする。
「妹が居る事も初めて知ったから驚いたよ。断ったのは悪いが嘘を吐いても仕方が無いから」
「分かっている。俺等は受験で浮かれている暇はないのにな、あいつは1年で子供気分が抜けなくてな、
いつも突然思い立ったら何を言い出すかと、ひやひやしているんだ」
「いかついお兄ちゃんは可愛い妹が心配で〜、だから代わりにおれが影から見守り役なんだよなぁー、
貧乏クジなんだよなぁー、いっつも〜、……って、げふぅっ! 痛いなぁ。常っ」
「博、そりゃ言わない約束だ」
 体格の良い御車と糸目で俺より痩せて文字通りもやしの様な根尾 博(ねお・ひろし)は、
身長差20センチの市原・奥丁字と並んで、クラス内もう一組の体型差同士だ。
「雛菊は俺や親父とは正反対の優男好きでな、新珠目当てで時々教室に友達と覗きに来ていたんだよ、
ただあれはな、まあ、単なる浮かれ病だと思って放ってたのさ」
「見込みないから雨宿にしてみたってのかなぁ〜? 共通点って言っても成績がいいくらいだろ?
雛ちゃんの考えることは毎度わからないからなあ〜」
「変な男に捕まらない様に気を付けてやれよ」
 肩を竦め前髪を掻き上げながら今しがた話に出た相手の姿を思い描く。
 新珠燐。この鷲尾学園学園長を父に持ち男子生徒だけの最後の学年に在籍するクラスメイトで、
成績優秀容姿端麗な美少年の――、少女。
 その事実を知る者は生徒内では極少数だ。
 
 驕りのコーヒーを一気に飲み干し空になった紙コップに目を落とす。
 雑談を始めた二人に挨拶をして席を離れようと立ち上がると、御車が手招きをした。
「雨宿に聞きたいことがあったんだ。二学期になって一週間、おまえが休んでる間にな、
――――新珠燐が女だって話が流れているんだ」
 息を潜めて聞き取れるぎりぎりの声で御車が囁き、紙コップがくしゃりと手の中で潰れた。


「突然何を言い出すか、という点は兄妹同じだな」
 座り直し溜息を吐いて肘を突くと左右から詰め寄られる。
 放課後の学生食堂はまばらに生徒が点在し、各々好き勝手に過ごして互いに関心を払う素振りは無い。
「夏休みに、秩父が新珠に似た娘と歩いてたのを見たって奴が、何人かいる。
言われてみるとな、色々怪しい。奥丁字や秩父は身内だからダメだ」
「市原は『んなことあるはずねーじゃん、バカ?』って一抜けしてさぁ、意外だったよなぁ」
「新珠が男か女か、――――俺には無意味な事だ」
 今更この問いに答える資格は無い。
「そーなんだけどなぁ。雨宿って感情出さなくて付き合い悪いし、新珠は完璧すぎてさぁ、
おれ苦手だったんだよなぁー。6月ごろからその取っつきにくい所が薄くなっててなぁ、
今はまた戻ってるけど、秩父が来るまでは仲が良かっただろ〜?」
「……………………。確かに一緒にいて楽しかったよ、いい奴だと思っている」
「それなら気になるだろ〜? 普通さぁ。やっぱり知ってるんじゃないかぁ?」
「もし女だっていうのが本当ならな、問題は、新珠が嘘をついているかどうかだ。
少なくとも学園での2年半な、俺等を騙し続けてきたことになるんだぞ」
「それが? 誰だって秘密や嘘はある」
「肯定したな、雨宿。新珠の嘘を認めてる言葉だよ」
「どう答えて欲しいんだ? 俺が答えたとして、その言葉を信じるのか?」
 片肘を突いたまま横目で見る俺の瞳の奥を探ろうと御車は微動せず目線を捉え続けた。
 

「……まあ、俺等も本気で思っちゃいないさ。色々すまなかったな。予備校行くぞ、博」
「じゃーなぁ〜、雨宿〜」
「ああ、また明日」

 見送る視線の先に、秩父高砂が居た。新珠燐の幼馴染みであり――
彼女を守る為に現れたもう一人の完璧な男。
 出入り口で静かに口元に笑みを浮かべてすれ違う二人に軽く会釈する態度はあくまで紳士的ながら、
瞬間的に狩猟動物が獲物を狙う目で睨め付けた。
 新珠が居ない時の本性はここまで攻撃的なのかと、隠そうとしない敵意はかえって清々しくさえ思う。
 他愛無い噂を一笑に伏し潰してしまう事も易々と出来るはずだ。
 秩父はそのまま追って出る俺を一瞥しただけで踵を返した。
 横を通り過ぎる刹那に話し掛けられ首だけを動かして相手を確認する。
「腕の傷は大丈夫かい? 自転車とはいえ危ない。謹慎が解けたばかりでまた欠席になると大変だろう。
気をつけたまえ。燐も、心配している」
 燐も、と念を押しながら秩父は余裕ありげに笑い、見下ろした。
「気遣い有難う」
「……判っていると思うが、これは忠告だよ。卯月君」
 全て手の内と言うばかりに背中越しに嘲笑めいた呟きが聞こえる。

 真夏の陽差しがまだ色濃く残る9月の夕刻は冷房の効かない廊下に出ただけで汗が噴き出す。
 反射する緑の青と木霊する蝉の声。耳鳴りがする。
 じくりと右腕が疼いた。包帯は袖に隠れて日常の動きでは悟られない。
 預かり知らぬ所で赤の他人に自分の奥底を握られるのは気持ち悪さを通り越して吐き気がする。
 軽く目眩がして意識を取り戻そうと会えない間考えなくとも絶えず想っていた笑顔を手繰り寄せる。
 想う事だけは何者にも阻まれない。俺だけのものだ。

 新珠、お前はずっと秘密を抱えて苦しかったのか?
 49日ぶりに見た彼女は精彩を欠き、あの惹き付けて止まない輝く瞳には僅かに陰りが宿っていた。
 共犯者でも、協力者でも、望むなら叶えてやりたいが出番はもう終わったんだ。
 印は無くしてしまった。


 12時を過ぎて椅子に座ったまま伸びをする。首を反らして筋を引っ張って、がくんと力を抜く。
 あともう1ページ。それから予習と準備をして……
『今日、雨宿松月が女の子に告白されている場面を見たよ。なかなか可愛い娘だった』
 ふと高砂の帰り際の言葉を思い出す。
 気のない返事をして、しつこい男の子は嫌いだな、と口を尖らして上目遣いに見ると、
女の子は少し困らせる位が可愛いよ、燐。とぼくの下ろした髪を撫でた。
「今の時期に告白するなんて困らせる程度じゃない、迷惑だよ」
 高砂の前では言わなかった言葉がつい声になる。受ける訳がない。受けるはず、ない。
 ……でも可愛くて性格も良くてスタイルもいい娘だったなら、彼だって、……男だし、分からない。
それでも、どうなっても、ぼくとはもう何の関係もない。
 つい自分で自分の体を抱きしめる。
 彼から借りた紺色のシャツを、あの日からずっとパジャマ代わりにして寝ている。
 家では本当の君に戻っていいんだよ、と高砂は女の子の服を着せたがり父様母様も喜んだ。
……格好だけなら幾らでも出来るものなんだ。相手が何を自分に求めているのか判ればあっけないほど簡単なこと。
今まで通りに、雨宿と、関わるまでは、いつも、やってきたこと。いままで、どおり。

 体を撫でると彼の服が柔らかく肌に当たって思わず目を閉じる。
 毎日今だけは、彼に包まれて彼のことだけを考えていられる。彼の匂い彼の声彼の感触を思い出す。
 指が胸の真ん中を触る。くすぐったさにどきどきしながら、布の上から爪先で擦ると先端がはっきりとしてくる。
つまんで刺激すると服と指がずれて余計こそばゆくてぞくぞくする。体の芯が火照ってくるのが判る。
「……ぁ、……んぁ……っ」
 耳の奥で彼が囁いた。
『すぐこんなにして感じやすいよな、もう濡れてる?』
「……や、やらしいこと、言わないで、っ」
 空いた手が太股に伸びて閉じてる脚の間にそろそろと入る。明らかに湿っぽくて、熱い。
「ん……」
 形に沿って彼にされるみたいに、何度もそっとなぞる。膝や腰が震えて更に強い刺激を求めてくる。
それでも我慢して袖口で少しずつ擦り上げてると、とうとうたまらなくなって声が出る。
「あ、あぁ……っ……、もっと、……」
『もっと?どうしてほしい?』
 ちょっと意地悪に聞いてくる彼は、じれったくわざとゆっくり撫で回す。
 胸とあそこの尖った所を同時に押しつぶして、背中を仰け反らす、ぼくの反応を楽しんでる。
そんなことされると、痺れてとろけてしまうよ、いつも、そうやって……
「あぁっ、だめぇ……っ!そこはっ……」
『これ好きだよな?』
「う、うん……、いいの……、もっと、ちゃんと……触って、ぇ」
 じっとりと濡れたショーツごと窪みに指を埋めるとじゅぷ、と鳴って耳からも犯される。
 服のすき間から入ってくるのは彼の指、熱い粘液にどろどろにまみれさせて激しく優しく愛撫される。
「はぁ、……や、いや……、他の子なんて、や、だぁ……っ」
 あふれ出す蜜だけでは収まりきれない熱に浮かされて想いが零れてくる。
 抱かれてる時は嘘なんてつけなかった、ぼくだけを見てくれる嬉しさで気絶しそうに幸せだった。
「触っちゃ、嫌だ……、その指、で……だれも、さわらないでっ……」
 少し節ばって、いつも本をめくるから乾燥して指紋の薄くなった指を引き抜いて、目の前に晒す。
『誰も?』
「…………ひとりだけ、許してあげる」
 ぼくの愛液で手の平までべとべとになった指を丁寧に舐め取ってあげる。
「君の手、大好き……。この指でぼくの胸やあそこを触られる……って、考えただけで、
濡れちゃうよ……」
 はあっ、と興奮しながら告白して、彼の言葉を待つ。
言う通り触らないのに奥からとろりと滲み出してる、いやらしい、ぼく。
『やらしい事好きなのは、嫌いじゃないな』
 再び中をかき回され折った指で敏感な部分をこすられながら囁かれて、ぼくは達してしまった。


『お話、したいです。放課後の4時半に視聴覚室隣の資料室で待ってます。H.M』
 下駄箱に入っていた花柄の封筒の手紙。共学になってから1ヶ月位はよく目に付いたけれど、
女の子達それぞれで示し合わせたのか、ぱったりと見なくなってた。
 課外の後に、帰り支度をする高砂に用があるから、と告げると咎める目つきをしたので、
鞄から封筒をそっと見せて忠告する。
「呼び出し。珍しいね。覗き見して女の子を傷つけたりしないでね」
「1時間後に校門で待っているよ。僕も馬に蹴られたくはないからね」
 先に教室を出ていく高砂に、ふっと後ろを振り向いて彼の視線を捕まえたくなる。
……でも、駄目。かぶりを振って衣黄に挨拶をしてクラスを後にする。

 手紙の子はまだ来てない。戸棚に並んだ本やビデオの背を目で追っていると、女の子が入ってきた。
ぼくを見て、あっ、と声をあげたきり動かない。
 背は150はあるかな? 紺のタイは1年生の証拠だ。くりんとした真っ黒な瞳で丸顔、
少し厚めの唇はリップクリームを塗っているみたいで艶々だ。
 ツインテールを大きなリボンで飾って、軽くカールした髪があごの辺りまで落ちてる。
 低めの身長なのに、ぽんと張り出した胸がアンバランスで、……でもいかにも女の子してて、可愛い。
 砂糖菓子みたいにふわふわして甘いイメージで、スカートも短かくてすごいな……、
少し走っただけで見えそうで、ぼくにはどう頑張っても履けない……と、ようやく彼女が口を開いた。

「御車、雛菊です……。あの……、どうして新珠先輩が……?
わたし、雨宿先輩に手紙を出したんですけど……、この前、お兄ちゃんに邪魔されたから……」
 ――――。この娘が、雨宿に……
 何だか違う感情がこみ上げてくるのを押さえようと、聞き覚えのある単語の意味を必死に探す。
「みくるま……、ああ、君は常くんの妹なんだ。知らなかった、あまり似てないんだね」
「は、はい、兄です」
「隣の雨宿の靴箱と間違えたんだね、今度から気をつけなよ?」
 笑いかけると、急に真っ赤になって、もじもじと恥ずかしがってうつむく。
「――――、はい。ごめんなさい。……、あの、すっ、すみませんでしたっ……、」
「それじゃ、ぼくは失礼するよ「あ、あのっ、待ってください!」」
 弾かれたように顔を上げて引き留める彼女の必死な様子に、思い詰めた風が感じられて、
勝手な敵対心を持った自分に罪悪感を持った。
「――雨宿のことでも聞きたいの? 知っていることでいいなら、答えられるけど」
「は、はい。聞きたいです。新た…、雨宿先輩の話なら、なんでも」
 きらきらと瞳を輝かせてぼくを見る彼女は眩しくて恋する乙女そのものだった。


 話しながらそのシーンの彼を思い浮かべる。教室で寮で校内で、呆れたり溜息をついたりしながら、
ぼくの横にいてくれた彼。ぼくを何度も抱きしめてくれた彼。
 焦げ茶に青みがかかった不思議な色の瞳で見つめられると、体の奥が溶けてしまう気がした。
「すごくよく知ってるんですね、なんだか妬けちゃいます」
 くるくると表情を変えながら、素直に感心する彼女に、思いに耽っていたぼくは少し焦って、
衣黄や市原と仲がいいから、とごまかした。
「市原さん、写真撮ってる人ですね。……えへへ、実はわたしも持ってるんです」
 制服の内ポケットから取り出した一枚を見て、愕然とした。
 席に座った雨宿と、立ってるぼくが話している写真。窓辺の光がすうっと射し込んで照らしてる。
肘をついて伏し目だけど驚くほど優しく微笑んでる彼と、嬉しそうに笑ってるぼく。
「雨宿先輩は、ちょっと横切れてるんですけど、あの、新珠先輩の笑顔がもう素敵で、
男の人なのに、すっごく綺麗で見とれちゃうくらいですね。……す、すみません。
……でも、この写真すっごい人気でやっと手に入れたんです」
 言われるとおり、その写真のぼくは本当に笑顔で、教室でこんな無防備な表情をしていたなんて、
しかも撮られていたなんて、……ぼくの想いなんて一目瞭然に、残酷に映し取っていた。
「ごめんなさい! 綺麗なんて言って、怒りますよね、でも、やっぱり……新珠先輩は、素敵な人ですね。
こんなに近くで会ったの、初めてで……、わたし……」
 ぼくの沈黙を勘違いして眉をひそめた彼女は、深呼吸をして切り出した。
「わたし、新珠先輩のことが好きでした。入学してから、ずっと、ずっと……!」

 ――好きです、好きです、ずっと憧れていました、見てるだけで手の届かない人だと思っていたから、
あきらめてました、でもこうして間近で話せてもう我慢できなくなったんです。

 丸い瞳ををうるませて熱っぽく語る女の子が何を言ってるか分からない。
「君。雨宿が好きで話をしたくてここに来たんだよね?」
「ええ、……でも。先輩から話を聞いてあきらめました。わたしとは合わないみたいですね。
おつきあいする前に知って良かったです」
 ずいぶんさっぱりとした笑顔で事もなく言う。
「そんなに簡単に諦めてしまっていいの? 第一、ぼくの言葉だけで信じるなんておかしいよ。
雨宿とちゃんと向き合わないうちに、気持ちを変えて後悔しないの?」
「わたしは新珠先輩を信じてます。先輩が嘘を言うなんてありえないから、絶対信じられます」
 ためらいもなく先刻と変わらない愛らしい顔つきで答える。
「ぼくの言うことは、何でも信じるの……?」
「もちろんです。大好きな先輩の言葉なら、何でも」
 曇りのない瞳で満面の笑みで宣言する。
 好き、大好き、……って、こんなに軽い言葉だったっけ。
幾晩も考えて悩んでようやく名付けた想いの深さはこの子にわかってるんだろうか。
 考えるたびに胸が苦しくなるどうしようもなさを、彼に対して、同じように抱えていると思ったからこそ、
馬鹿な嫉妬する気持ちを押し込めて、見つめていくしかないと決めたのに。
「雨宿のことは、本当に諦めるんだね?」
「実を言うとですね、何とも思ってないんです、雨宿先輩のことは。でも、体育祭の時とか、この写真もですね、
新珠先輩と仲が良さげなんで、彼女になったらお近づきになれるかもって……、秩父先輩はちょっと怖いから。
不純ですね。だけど、わたしは心から先輩のことが好きなんです」


 ――彼女にしてほしいなんて、言いません。無理すぎます。
必死になればなるほど、ぼくの心は冷めていくのに。
 ――せめて気持ちを知って欲しい、聞いて欲しいんです。
……ううん、違う。
「……そうだね。君はぼくの彼女にはなれないね」
 はっ、と身をこわばらせて怯む姿に、氷の炎が見えたんだろうか。
「自分の身くらい、わかっていますから……」
「どんなに魅力的な女の子でも、恋人にする気はないんだ。……そんな趣味はないから」
「や、……先輩? え? どういう――、まさか、」
「君が思ってることとは、違うかもしれないけれど――」
 目の前の女の子を見つめて嗤ったあと、飛び切りの笑顔を作って、言った。

「ぼくは、女だから」


 きょとんとした後に目をしばたかせて苦笑いしながら手を振る。
「いやだ、先輩。男の人にしては綺麗だけれど、そんな冗談言わなくてもいいんですよ。
最近そんなことを言ってる人がいるんです、でもわたしは……、」
 笑って流そうとしながらも、ぼくがボタンを外してさらしを緩め始めると表情が固まってきた。
その様子に不思議な高揚感を持ちながら、髪紐をほどく。
「…………」
 彼女の手を取って、掌にぼくの胸を押し付ける。
「きみより小さいけど、ちゃんとあるでしょう?……下も、触ってみる?」
 尚も硬直したまま無表情な彼女の顔を覗きこんで、ゆっくりと笑いかけながら手を動かす。
 胸の上の指が一緒に動いて乳房をなぞると、ばっと腕を引いてその触れた指を片方の手で握り締め、
信じられないものに出会った目つきって、きっとこんな顔なんだな、と――震えはじめた。
「う、……嘘です……、うそ……、!!」
「君は、まだ、ぼくのことを信じるの?」
 驚きと不安で真っ青になり涙目でぼくの顔と体を交互に見ている。
 もう一息かな? よく見えるようにシャツを肩から落として髪を背中へ流してみる。
彼女の顔に手を伸ばそうとしたところで、「嫌っ!!」と払いのけられ部屋から逃げ出してしまった。
 ばたばたと大きな靴音が響きながら遠ざかっていく。


 しぃんと静まりかえった室内で足下に落ちていた写真を拾い上げる。
「…………」
 この先に起こることも知らなくて、ただ幸せに彼の横で笑っていた。
 ずっと、続いて欲しい、続けていけると、信じてた。
 たった2ヶ月前のことなのに、なんて遠い。
 もう、こんな風に笑えない、笑ってはいけない、。
 嫌われてしまった、傍にいる資格はない、許されないことをしたのは自分なんだから。
 だからこそ、この思い出は誰にも壊せないぼくだけの宝物。

 ――――。
 早く高砂の所に行かないと余計な心配をさせる。疑い深いから彼と一緒にいたと思われたら大変だ。
思いながらまだゆるゆるとしか動く気になれない。
 あの子は、誰かに話すだろうか。明日の朝には全校中に知れ渡ってるかもしれない。
 ……それでも、いい。なんだかもう、どうでもいい。


Index(X) / Menu(M) / /