Index(X) / Menu(M) / /

月下桜園2

◆ELbYMSfJXM氏

動き回る気配、揺れる香り、時折触れる体、想像が妄想へと発展してゆく。
柔らかいものが時々腕や背中に当たるんだが。恐る恐る聞いてみる。
「新珠……服着てるか?」
「お風呂に入るのに服を着たままだったら変だろう?」
「…………」
どうして何も見えないんだ今の俺は!!


「ふっふっふっ」
にやついた瞳をしている市原――絶対に何かを企んでいる目だ。彼が新珠燐(あらたま・りん)……君につきまとうのは始業式の日から気を付けていた。
今までと違う様子があればすぐ飛びつきそうな危険な目だ。
『衣黄(いこう)、いつもずっと有難う。今年は最後だからなるべくぼくの自由にさせてくれないかな?君も好きにしたいだろう?
もちろん君が近くにいてもいいと言うなら構わない。父様は五月蠅いしね。だからこれはあくまで希望だけど』
男だらけの中で寮生活を始めると言い出して猛烈な反対をものともせずに押し通した彼女は何時になく強情だった。
表向きは変わらず、でも奥底で誰にも曲げられない意志の強さを感じさせてあの学園長もたじろいだ。
くれぐれも目を離さないようにと釘を刺され、もとい脅迫そのものの形相で頼み込まれた直後に
当の本人からは好きにさせてくれと遠慮がちに伏し目で言われてしまっては、体が二つ欲しくてたまらない。
(ああ、この男にだけは気付かれてはいけない)
――いつからか、彼女がふと寂しげでそれでいて優しい目をして遠くを見つめているのを知った。
3年生になりその視線が追う先を奥丁字だけは気が付いた。それはごく微かな他人とは違う変化であったから。
雨宿松月(あまやど・しょうげつ)。
入学以来新珠と順位上では常に首席を争っている相手、ただ彼女と違い運動能力はかなり低かった。
それでも背は180p近くて線も細め、顔も悪くない生活態度も真面目とあらば普通の女の子なら惹かれてもおかしくないが
新珠のような完璧主義の人間が興味を持つには分不相応に見えた。
……いや、だからこそ、彼女も只の女の子だったということなのか。

「なんかさあ〜、七日前から変な訳よ、どっか」
それぞれ自分の席について本を読み、話題の二人は会話をしている訳でもなく接点もないように見える。
衣黄にも分からない変化を感じているのか、それとも単なる勘違いかハッタリか。
「僕は一応ずっと新珠君を見てきているんだよ。その僕が変じゃないと言ってるんだよ……」
「新珠だけじゃねぇ、雨宿も変だ。二人揃ってって、なんかあるなこりゃ」
ひゃひゃひゃと嬉しそうに嫌みたらしく笑っている。
「なんかある、んじゃなくて、君がそう思いたがっているんだろ?そーゆーの迷惑だからやめてくれよ」
「迷惑って言われてねーし」
「市原がしつこいから言わないだけだよ。だから僕は言うから! や・め・て・く・れ! 」
「なんでそーアンタがムキになってんだあ。新珠『くん』だって周りにとやかく言われたくないだろーに」
カメラをしまうと長めの前髪をかき上げて口元を歪めてにやりと笑った。そのまま二人の側へ歩いていく。
「おーい、暑いから窓開けていいか?」
「ああ」
すたすたと市原が雨宿の後ろに回り込んで窓を引くと、よどんだ教室の空気を掻き混ぜるように一気に風が吹き込んできた。
「うわわ〜」
「市原君、気を付けてよっ」
しまった、という顔をして衣黄が走り寄る。
「――っ、!」
本の頁やカーテンを巻き上げた春の風はすぐに収まったが、窓の一番近くにいた雨宿は目頭を押さえている。
「埃が入った。洗ってくる」
「あいよ、行ってらっしゃいー」
「余計なことばかりするな、君は」
新珠がかすかに眉を寄せて睨んだ。


釣った魚に餌はやらない。
いや、やっぱりここは「私の体だけが目当てだったのね」と言うべき?
あの日から一週間経ったけれど彼のぼくに対する態度は以前と変わらない。
だからといって責めるつもりもないし、外見は男同士でべたべたするのも変だし、何か違う。
「Hしたら世界が変わっちゃったv 」なんていうのは乙女なお話だけのことなんだなぁ。
次の日の腰の鈍い痛みと歩き辛さを気取られないようにすることだけがリアルで。
彼との関係が変わることを期待していなかった訳じゃないけど、ぼくにとっても事前事後の自身の有り様の変わら無さに驚いた。
最中はそれどころじゃなかったけれど……
彼の指が声が体が唇がほんの少し触れるだけでどうしようもなく胸が高鳴って息が出来なくて気が狂いそうだった。
恥ずかしくて何でもない振りをしようとしたけど、かえって勘違いされて怒らせてしまった。
元々嫌われているんだから……彼がぼくのことを何とも思っていないことくらい分かる。
男の振りをしていても、処女でなくなっても、本質は変わらない。
彼の言葉は自分の道標で、だからこそ負けたくない、恥じない人間でありたいと思い続けてきた。
同じ目標を持たなくても肩を並べて二人で前を向いて歩いていけたらそれでいい。

次の時間は移動教室なのに彼は戻ってこない。
教科書をまとめて見に行くと洗面台に手を付いてうつむいていた。
「雨宿」
「新珠? 次は実験室だったな……」
顔も水で濡れて珍しく所在なげな表情でこちらを見ている。その眼差しに胸がきゅんと締め付けられる。
「見せて」
ぼくはもう無意識のうちに彼の顔に手を寄せてのぞき込んでいた。
「……、いいから、大丈夫だ」
軽く手を払われるけど妙に慌てて本当に珍しい。
「目、赤いよ。保健室に行く?」
「そうする」
素直にうなずいた。何だか――かわいい。

「コンタクト流すなんテらしくないネ、何考えてタ?スペアや眼鏡すら作ってないとは呆れるヨ」
「毎月の生活費のやりくりがあるんですよ。今後検討します」
「相変わらず意識が希薄だナ――
 新珠くン、この子、裸眼視力かなり悪いから手伝ってやってくれヨ、病院には連絡してあるからネ」
「はい、分かりました」
「新珠?何故まだ居るんだ、授業に行かないのか?」
「君の様子を報告するために待ってるんだよ」
「松月、教授も心配していルんだからオトモダチに甘えてみるんだネ。彼を困らせたら全校生徒から恨まれるヨ?」
保険医の嶺先生は生まれも育ちも普通の人なのになぜだか面白い喋りかたをする。
……でもどうして名前で呼ぶの!?色々知ってるみたいだし?
「そういうことだ。じゃあ早く戻ろう」
「は? ……あ、新珠っ?」
ぼくは強引に彼の手を握って廊下に出た。嶺先生は大人だし眼鏡の美人だし才女だし巨乳だし当然男子人気もとても高いしそれにそれに……
「……手が痛いんだが……」
「あ、ああ、すまない」
夢中で気付かなくて少し力をゆるめたら熱っぽさが引いていった。すう、と彼との間に風が通る。
「離してくれよ」
「駄目だ。頼まれたことを途中で投げ出すことなんてぼくにはできない。
今日は――、君とずっと一緒にいる」


新学期になって17日目、教室の隅の席にも慣れた。
朝一に誰も居ない校内の静謐さを味わいながら式を叩き込む時間、歴史に思いを馳せる午前、
昼下がりに揺れる葉桜を横目に英文スペルを繰り返す午後、知識に囲まれる図書室での至福の放課後。
入学以来変わらぬ空気とも言える日常が卒業まで続くことに何の疑問もなかった。
視界の隅の涼しげな後姿も、そこに居ることが当然の景色になっていた。
……見た目では。少なくとも頭の中では。
新珠の様子は一見変化無く見えた。整った横顔、眼差しの強さ、光の中に佇む美しさ。
成り行きとは言え最後までやった責任は俺にある。何時処分を受けても構わない。
思いやりのある人間だと人が考えるのは自分が無関係か、相手に期待をする時だけだ。
負けず嫌いの彼女は張り合おうと意地になっていただけで好意からじゃない。
勘違いするな。
目にかかる長めの前髪をそっと払ってやりたいとか、あの笑顔を守るためにどうしたらいいか、とか
考えるのも、可笑しいだろう?

「えええ、新珠先輩が男と手つないでるーーーーっいやあああっっ!!!」
「落ち着いてよ、コンタクト落として見えないから手伝ってるんだって? 優しいよねー」
「私も落とすー! 手をつないで送ってもらうのーっ」
「あんた両目とも2.0じゃなかったっけ?」
女生徒が騒いでいる、当然の反応だ。
「素晴らしいわ。美味しいわ。絵になるわ。やはり女は相応しくありませんわ」
「鷲尾学園高等部最後の男子学年に咲いた麗しい薔薇ですもの。わたくし達の心の泉」
「絵画的には相手の華の足らなさが口惜しいわ。とは言いましても燐様と並べられる存在など許さないのですわ」
「この感動を余すことなく紙の上に表現するのがわたくし達の使命です。さあ行きましょうアトリエへ!」
思考回路を分解して解明したくなる。理解は出来るが認めたくない。
この状況では新珠がどう考えているのか伺うことすら出来ず、繋がった指先だけが存在を意識させる。
正直に言うと人や物がそこにある事はわかるが表情は掴めない。何色のモノがあるか、という位だ。
それでも他の感覚器官や記憶、日常の癖で1日を乗り切るのは実際成せば成る。文字が読めない事だけが辛い。
手伝われる事そのものは有り難いが、相手は新珠だ。……調子が狂う。
「ぼくもね、他人からの評価を気にするのはやめたんだ。変わらないと分かったから」
遠ざけようとすると細い指がさりげなく、だが確かに甘く拘束する。
「新珠先輩と横の野郎のツーショット写真1枚100円!授業中のマル秘ショットもあるぜ〜っ!早いモノ勝ちぃ〜!」
「いーちーはーらーッ!!」
あの突っ込みは奥丁字だ。悪いが今日は完全に任せた。


病院やあちこちに寄って寮に帰って来たら、もう8時を廻っていた。
「有難う新珠、助かった。もう慣れてきたから大丈夫だ。部屋の中は目を瞑っても分かる」
――――
朝までのぼくだったら、このまま帰っていたかも知れない。
でも、自分でも不思議でしょうがないけど、何時間もそばにいて彼を見ていると――
つないだ指の余韻が残って離れたくない。
「夕食をもらってくるから、待ってて。一緒に食べよう」

食堂から二人分の食事を運んできて彼の前にトレイを置く。
壁際の勉強机は椅子がひとつしかないしテーブルもないので、床にそのままだけど仕方ない。
「部屋で食事をする事は無いし机があれば充分だ」
飾り気のないシンプルな部屋、というより必要な物だけの室内でベッドシーツの青色とカバーの白が唯一のコントラストで彼らしい。
ただ個人の趣味や思い出がわかるような写真や小物もなく、本棚も半分くらいしか埋まってなくて意外だった。
並べてある本には全部同じ色のカバーがかけられていて、タイトルはなくアルファベットや数字がマークされている。
「……手を付けないんだ、判りにくい?それとも嫌いなものがあるのか?」
「違う……、……猫舌なんだ」
ちょっと困ったように手に口を当てて照れる。
「そうなんだ。じゃあ――、」
彼の顔をじっと見つめて言う。初めて知った、気にされずにこうして見ていられるのは、嬉しい。嬉しい。嬉しいんだ。
「ふー、ふー、……大丈夫かな、うん、口開けて」
「気にするな! お前は自分の食事をしろよ」
「見張っていないとファーストフードやビタミン剤しか摂ってないように見えるんだ」
「――栄養補給出来れば充分だからな。あー……、猫舌は本当」
しまった、という顔をしてあっちを向いた。
「今日は全部食べるまで許さないからな。……それとも本当に食べさせてほしい?」


トレイを返して戻って来ると、彼はベッドにもたれてヘッドホンで何かを聴き入っている。
「教科書とノートも持ってきた。どこで勉強しても同じだからね」
気が付いて驚く所に、ぼくが先に言ってしまうと諦めて髪をかき上げる。どきりと胸が高鳴った。
机を借りて今日の復習をしながら、そっと盗み見する。
首筋も喉仏も手首や甲に浮く血管や筋も全部、ぼくには無い彼だけの表情。
節ばって背が高いのに合わせた長めの指。さっきつないでいた時にも感じたけれど、指先が触ってるだけなのに心がふわふわしてしまう。
この前はあんなに見られて触られて指どころじゃない一番恥ずかしい部分でつながってたのに、
それでもどうしてこんなに動悸が早くなるんだろう。触れられてもいないのに、つい目が追ってしまう。
この指でぼくの全部を触ったんだと思うと顔に血が昇る。
自分でした時と全然違う、指先に何かえっちな薬でもつけているんじゃないかと思うくらいに溶かされた。
どこを触られても熱くなって胸も……あそこも気持ちよくて痺れて声が出ちゃうのが恥ずかしくて恥ずかしくて恥ずかしかった。
なのに、触れたい、触ってほしい。また。
彼が目を閉じたままなので、こっそりそばに寄ってみる。
「新珠?」
「は、はわっ、……何っ!?」
「気配が無いから帰ったのかと思った。……、いや、そろそろ寝るから。今日は本当に済まなかったな」
「お風呂も手伝うから」
「小さい子供じゃ無いからさ、もう気にするな」
「何度同じこと言わせるんだ?いい加減学習してほしいな」


離れてくれ、これ以上くっつくな、頼むから。……抱きつくな!
新珠相手だと何故またこんな展開なんだ。普通の状態なら大歓迎だが今回は間違い無く拷問だ。
7日前の出来事が生々しく甦るが脳裏にだけだ、極上の感触と最悪の視界。
全体的にスレンダーでしなやかな体つきなのに意外と胸はある。Bか、Cは確実にある。
体中の血液が頭と下半身の一部分に集中して倒れそうだ。


タオルで背中を擦りながらこっそり素手で触れる。
彼の背中、彼の腕、彼の体。直に感じる今日はちゃんと意識して覚える。
あまり見えていないと分かっていてもやっぱり恥ずかしいから、後ろから手を回すと距離が近くなる。
背中に胸が当たってつぶれる感覚。…嶺先生みたいに大きかったら、いいのになぁ。触るほうも楽しいんだろうな。
ぼくはあんなに揉まれて舐められて気が変になりそうだったのに、不公平だよね。
彼の肩に顔を寄せてそっとキスする。抱きしめるとあったかくて、こうして触れ合っていると何も不安じゃなくなる。
分かるかな? 女の子は嫌いな相手とは髪の先や服の端がちょっとかすめるだけでも嫌なんだよ。
反対にね、
「ほら、先に温まれ」
抱きついてた腕を掴まれて外される。
「ん、……雨宿、顔赤い」
「そ、りゃ、あ、風呂場の中だし熱くて赤くも、なる。きっとお前も赤いぞ。いいから、湯船に浸かっておけ」
体を離すとちょっとほっとした様子なのが見えた。
やっぱり、嫌なのかな、そうだよね、この前も今日もぼくが勝手なことしてるだけだから。
ごめんね。
でも、
最後の学年では、たった一人の前では素直になろうって決めたんだ。


恥ずかしくてちゃんとは見れないけれど、大きくなってる彼のものに手を伸ばす。
「っおい、どこ触って……!」
「黙ってっ!!」
「…………」
えーと、胸の谷間ですると気持ちいいって、読んだ。
両手で寄せて挟んでみるけど、たっぷりと埋まるほどにはならなくて恨めしい。
ちょっと痛いしやっぱり駄目かもしれない。
「あ、新珠…あの、な…………」
「ごめん、無理みたい」
ぼくは諦めて胸を離して両手で握ると先っぽにちゅっ、とキスした。
「そういう事じゃなくて……っ!」
手の中でどくんと脈打って硬くなった。うん、こっちのほうが気持ちいいんだね。
「違う、しなくて、いいから」
「文句言うと噛んじゃうよ?」
「……すみません」
指先でこすりながら軽いキスを上から下へ繰り返す。
頬ずりして今度は舌で舐めていく。なるべくゆっくりとねちっこくと、うん。
「ん…、ちゅ、っ……」
筋に沿って少しずつなぞって刺激しながら先へ戻る。
ぬるぬるしてきたから口で銜えて段のところをぐるりと舐めてから吸い上げた。
ぴくんと震えてまた熱くなった気がする。
感じて、くれてるのかな。ちらっと見上げると困ったようにやや眉をしかめて視線をさまよわせている。
その、ちょっと顔を赤くして不安そうに息を吐いているのが昼間の時みたいにかわいい。
どきどきして、また一杯キスをした。
本当はね……、ぼくも熱い。
そっと右手で脚の間を触ってみるとどうしようもないくらい濡れていて。
「は…、ぁ……」
指が勝手に動いてしまう。
太股にまで垂れてるのが分かって、すくい取って流れてきた所に押し込む。
でも全然追いつかなくて溢れては伝って手の平にまで落ちていく。
見られてたら絶対こんなことできない。もし気が付かれたら恥ずかしくて死んでしまう。
また声が出そうで彼のものを銜えて抑える。のどの奥まで入れると苦しくて息が上がってくるけど本当に辛いのか分からなくなってくる。
だって気持ちよくても息ができないから、どちらも今のぼくには変わらない。
自分でかき回しながら奥から襲ってくる快感のままに口を上下させる。
なんてひどくて恥ずかしい女なんだろう、あんなに彼にしてもらったのにまた自分に都合のいいことだけ考えてる。
舌を動かしてると濡れてるものがぼくの唾液でもっと濡れて滑って音を立てる。
ぼくの耳にはもう指の音なのか口の音なのか判らない。お風呂場の熱気の中で、どちらもいやらしく響いて頭をおかしくさせていく。
体の中も外も触れてるものも全部熱く疼いてあふれ出しそうに――
つ、と優しい指先が頬に触れて、気が付いた。
「そこまでで、いいから」
「や……、でも…」
まだ、どっちも――
「俺にも触らせて?」
―――――――
「だ、だめだめ駄目ぇっ!今日はぼくの言う通りにしてっ」
「俺ばかりで、悪い」
今触られたら自分でしてたってばれちゃったら死んじゃう。嫌われちゃう。だめだってば!


見えない見えない見えない……
やらしい音やたまらない感触だけが鋭敏に響いてくる。
新珠の乱れる顔も躰も認識出来ない生殺し、いっそ殺してくれ……は無しだが。
女の子に目隠しをしてえっちをする話は耳にするが、男はどう興奮しろと言うんだ。
一方的にモノだけ責められても気持ち良くなってしまうのが情けなくなるが、俺だけ中途半端にヤられてもすっきりしない。
せめて触らせてくれ。あの時を思い出すだけでは足りない。存在を、もっと確認させてくれ。
……顔にかかる吐息、しっとりと濡れた肌が覆い被さってくる、彼女の重さ、やっと俺の腕の中に。
受け止めようとした時、握られたモノの先に当たる、ぬちゃりと粘ついた音、肌より熱く柔らかい、
――っ!?


じわりと押し拡げられて中に入ってくるのはまだちょっと違和感があるけれど、あれだけ痛かったのは嘘みたいで。
彼の熱さ、硬さを今度はちゃんと感じる。直に伝わってくるよ、動いたらぼくも動く。一緒に震えてる。
これが、松月。雨宿松月。忘れたりしないから。
彼の上に腰を下ろしてしまうと前より奥まで入ってるみたいで先が、当たってる? って言うのかなこれが、くすぐったいような……
「おいっ…! な、何も付けて無いっっ、待て……っ!!」
あわてて抜こうとするので足に力を込めて首にしっかりと抱きつく。だめ、だよ?
「いい。……今日は、大丈夫。
 嫌、……?」
「まだ痛むんじゃないのか」
「平気、へい、き……、いい、…い、いっ……ぁっ!」
ほんとはどうにかなりそう、我慢してるけど声がうまく出ない、話せない……ぼうっとしてくるよ。
腰をよじったら余計に中でこすれて気持ちいい、いいって…、あ、耳舐めないで…っ。やだ。
抱きついてしまったから背中や胸をいいように触られてしまう。逃げられない。あちこちに火をつけられる。
体中がぞくぞくしておかしい。どうしていいか分からない。動いちゃ、う……っ、はずか、しいっ。
つい逃げようと体を浮かしたら少し抜けて、引っかかったところがすごく感じて一瞬飛んでしまう。
また腰を落とすけどもう一度あの感覚がほしくて繰り返す。何度も、たぶん。
声、でちゃう、もう何言ってるかわからない。何してるかわかんない。
つながった所にもう一つ心臓が出来たみたいで、そこからの鼓動が体中を駆けめぐってますます熱くなる。
最後に頭の中で何度もくり返し響いてぐらぐらしてくる。目の前がぼやけて見えなくなる。
動いて動かされてかき回してかき回されて入り口も奥も足も腕も腰も胸もあなたの感触しか要らない。
全部全部ぜんぶあなたでいっぱいにしてほしい。もっと、もっともっとほしいほしいほかはなにも

あたまのなかもそともさわってるところもさわられてるとこもあそこもあつくてとけてしまとけるとけてまっしろでしろ
のみ、こ…まれ、て……
ぜんぶはじけ、  
――――――――


引き抜こうとした瞬間に一足早くきゅきゅっと締め付けられて限界を超えた。
只でさえ直接色々された上に、口とか生とか性質の悪い麻薬だ。経験の少ない奴が嵌ると抜け出せなくなるだろ、やばすぎる。
彼女は全身で甘く深い呼吸を繰り返す。
そのとろけた表情を堪能出来ないのが畜生何をしたって言うんだ俺が。……分っているさ解っているさ。
見えなくても感じている。濡れた唇が触る羽の様な息遣いが、藻掻きながら夢中で掴み所を探す指先が、互いの汗と石鹸の泡とで滑って擦れ合う躰が、
吐息と湯気が混ざり合って肌を濡らしていく密室の粘ついた空気が、立ち上る蠱惑的な匂いが音が、絡みついて離れない柔肉のぬめりと温さと心地良さが、
霞む視界が他の感覚を痺れさせ狂わせてゆく。
間違えない、たった一人の相手を、腕の中の、新珠燐を。
「……、あー、雨宿……?あ、の…、中で……え、と」
「抜こうと思ったけどもう一回しよう」
「ぇ、やぁんっ、あ……っ、そんなに突い、…ちゃ……、ぁあっ!」


階段の踊り場に立つと4月の夜風はちょっぴり肌寒くて、小さいくしゃみが出たので急いでぼくの部屋に帰った。
ベッドに横になる、とろりと溢れたものがゆっくりと伝って流れるのが分かった。
まだ想い……出せない、恥ずかしくて顔から火が出そう。絶対呆れられてる。明日の朝はどうしよう、いつもの振り、普段通りに。
『朝御飯持ってくるからな』
『コーヒーは飲んでる』
『胃を壊すよ?何か口に入れないと』
『……検討する』
『おやすみなさい』
『お休み』
今日は知らなかった彼のことを色々見れた気がする。もっと、もっと知りたいって、思う。昨日までと同じじゃ、足りない。
そしてもしも振り向いてくれたら、一緒に歩いていけるなら……

ぼくは嬉しさと幸せの中を漂っていて。
だから、彼の領域を侵し始めていることに全く気付いていなかった――


Index(X) / Menu(M) / /