Index(X) / Menu(M) / /

Never Let Go

◆IyF6/.3l6Y氏

60センチほどの高さの、湿った縦穴の中で、青年はじっとその時を待ち続けていた。
ヘッドホンを装着し、無線で飛び交う情報にじっと耳を傾ける。
灰色と緑の迷彩野戦服を着て、ヘルメットを目深に被っていてもその青年の美しさは一目でわかった。
ほんのりと桜色を帯びた真っ白な肌のきめは細かく、生肌の発光するような艶がある。
すっきりとシェイプされた輪郭には、弓なりの切れ長な瞳が寸分の狂いもなく配置されていた。
緑色のオーロラがかかったような灰色の瞳は鋭く、軍人らしい鋭さを湛えている。
彼の所属する諜報部隊―――中央軍情報部の中では、目立つほど小柄であったが。
無線、とくにモールスの並外れた技量を評価されて、彼は軍中枢に配置された。
そして今日も、その職務に従事している。
それで、外は明るい春の野原だというのに、新米将校と無線機と共にこの蛸壺に押し込まれているというわけだ。
隣の、情報部に配属されたばかりの新米将校は少し青ざめている。
ライフルを握る手を緩めないまま、彼は時折祈るように目を閉じていた。
新米将校に、彼―――エーリッヒ・マイヤー曹長は、ひそかに同情した。
初めて現場に出たときは、震え上がるほど緊張したものだ。
もっとも、新米将校―――シュヴァルツ少尉は、マイヤー曹長と違い、万が一の場合は対象と戦わなければならない。
対象が逃げた場合、抗戦してきた場合は、彼も包囲網の一部となる。
貴族の出だというが、確かに彼にはそのような面影があった。
鼻が長いせいか、全体的になんとなく間抜けな、にゅっとしたような印象を受ける顔だ。
あと1年もすれば、それでも情報部らしい精強な顔つきになるのだろう。
脇目でちらりとシュヴァルツ少尉を見やりながら、マイヤー曹長はモールスの送信機の調子を確かめた。
《カラス、こちらツグミ 我の感度どうか》
《ツグミ、カラス 感度よし 感度どうか》
《感度よし》
他所に配置されている通信士との回路を確かめる。
「カラス」はマイヤー曹長の上官であるクレメンス・ハインリッヒ大尉の配下にある。
丸顔で人懐っこい「カラス」―――ウェーバー3等軍曹は、現場慣れした頼もしい通信士だ。
彼だけではない。音声による交信ができなくても、ここには技量の高いモールス通信士が配置されている。
マイヤー曹長は深く息を吸い込んで天を仰いだ。
重なり合った春の空の縦深は長い。それでいてどこまでも澄んでいる。
狭苦しい穴蔵の中にいても、草の流れる音や風のにおいは芽吹きの季節を全身に感じさせる。
こんな仕事でなければ、春の野原を思いっきり駆け回りたいほどだ。
今回の任務は、ここを通るはずの敵国諜報員の車を襲撃し、彼らを捕獲することだった。
それができない場合は、射殺する。
この山道の両脇にはそのために、無数の情報部員たちが潜んでいる。
あたかもそれは、輸送船団を狙った潜水艦による奇襲攻撃―――《群狼作戦》に似ていた。
実際の襲撃部隊である、大尉達は顔に緑の塗料を塗り、偽装のためヘルメットに草や木を纏っているだろう。
それは赤銅色の、鍛え抜かれた逞しい体躯にはよく似合うと思われた。
穏やかな春の野原には、彼ら狼達の息遣いが満ちている。
シュヴァルツ少尉の出番はなさそうだと、マイヤー曹長は踏んだ。
個人的には大嫌いだが、軍人としては優秀だと認めざるを得ない大尉の顔をマイヤー曹長は思い浮かべる。
度重なる彼の「襲撃」に、マイヤー曹長はなすすべもないのだ。


「おいで、エーディット」
作戦の2日前、満月の夜、ハインリッヒ大尉はいつものようにマイヤー曹長―――エーディットは本名である―――を襲撃した。
マイヤー曹長の本当の名前と姿を知るのは、大尉だけだ。
一見青年に見える、優しげで美しいこの兵士の体を、彼が占領して久しい。
毎回の抵抗も、赤子の手をひねるように潰えさせられるのだ。
ただ単に、押さえ付けられるだけでなく、彼の行為は彼女の理性まで奪ってしまう。
幸か不幸か、蕩けるほどに身体の和合性が高いのだ。
一旦彼を受け入れてしまえば、彼女の体はすぐにでも歓喜した。
私物のほとんど見当たらないエーディットの部屋は殺風景だが、本物の男のような汗の臭いがしない。
ただ、ベッドには彼女と大尉の入り混じった匂いが染み付いているが。
エーディットは部屋の隅に、てこでも動かないといった風情で立っていた。
部下の部屋だと思って、いつも勝手に侵入しては蹂躙していくこの男を、今夜もエーディットは睨みつけた。
上着を脱ぎ、ベッドに座ってすっかりくつろいでいる。
黒いズボンにブーツ、シャツにサスペンダーという格好が妙に板についているのがまた憎らしい。
「来いと言われて行く敵なんて見たことない」
腕を組んで大尉を見据えたエーディットが呟く。
下着の上に黒いTシャツ一枚の、その姿はひどく扇情的だ。
ほっそりしているが、筋肉で引き締まったその肢体は野生動物に似ている。
ふくらみはほとんどないストイックな体だが、生白い肌は間違いなく女のそれだ。
「実力行使よりも話し合いのほうが建設的だと思わないのかね?」
北海のような冷たい蒼の瞳がエーディットを見る。
少し目尻の下がった、鋭い一重の目。
顔全体のパーツが鋭角的なせいもあり、まさに軍人らしい顔立ちだ。
「ふざけるな、どうせ『実力行使』するくせに」
いつもより機嫌の悪いエーディットは、思わず机の上のペンケースを掴んで投げた。
意識するより早く、さっと避ける大尉はさすがの反射神経だ。
バシン!と音を立ててペンケースが壁にぶつかる。
普段無口で冷静なこの曹長が、こうも感情を露にするのは二人きりのときだけだ。
撫で付けている銀髪を下ろし、緩やかなウェーブが顎まで覆っている。
「帰れ!」
「撤退しろといわれて撤退する敵がいるかね?」
鼻で笑う大尉は余裕綽々だ。
むしろ彼女の抵抗を楽しんでいる節がある。
「バカかあんたは」
吐き捨ててそっぽを向くエーディット。
男に混じって兵務に服してきた故の強気さがその横顔から窺える。
おそらくわざと、乱暴にしている言葉遣いや仕草は反抗心故だ。
大尉は、こういう彼女を屈服させるのが好きだった。
力ずくでも、その秀でた拘束術でも、易く彼女の自由を奪うことができる。
だがそれだけではつまらない。
「疲れたな、休ませてくれ」
おもむろに大尉は言い放った。
そのまま返事も待たずに、しなやかな長躯をどさりとベッドに投げ出す。
シャツの襟元のボタンを外すその仕草はごく自然で、だからこそ腹立たしい。
当然のように寝転がるその姿に、エーディットは怒りを通り越して呆れるしかない。
眉間を揉み解しながらうつむく、彼女の困り顔を見るのが大尉は好きだった。
彼女は、怜悧ではあるが、演じているほど冷酷でも薄情でもない。
大尉に困らせられるたびに内心おろおろしている様子は、大変に彼の嗜虐心をそそった。
「・・・あんたの手には乗らないからな」
この厄介な大尉が、エーディットが射程圏内に入ってくることをじっと待っているのを彼女は感づいていた。
エーディットは、きゅっと大尉を見据える。
何が何でも、この大尉には負けたくない。


《モズ、ツグミ、こちらカラス》
「カラス」の呼び声がマイヤー曹長を現実に呼び戻す。
《こちらツグミ、送れ》
《モズ、送れ》
モズ―――ハイネ2等軍曹と、マイヤー曹長がウェーバー3等軍曹の、聞き取りやすいはっきりとしたテノールに応答する。
いけない。心の中でマイヤー曹長は呟いた。
大尉のことを考えると、何だか集中できなくなる。
胸がかき乱されるような、息苦しい感じがするのだ。
《作戦開始時刻訂正、0937》
「モズ」と「ツグミ」が、すぐに了解を送る。
手元の作戦進行予定表の時刻を訂正し、マイヤー曹長はシュヴァルツ少尉に声をかけた。
「少尉殿、時間変更であります。作戦開始0937」
長い睫が影を落とす、マイヤーの目元をじっと見るシュヴァルツ少尉。
はっと我に返ると、彼は慌てて返事をした。
「ああ、分かった」
マイヤー曹長は、内心ああまたかと思う。
最初は、よくその長い睫、不思議な色合いの瞳に注がれる視線が疎ましくて仕方がなかった。
今となっては、気づかないふりをすることにも慣れたが。
口の悪い連中からは「男女」と揶揄されていることも知っている。
体格の良さ、強さを誇りとする、特に作戦部―――特殊工作部の荒くれ者集団―――の連中は、特にマイヤー曹長にちょっかいをかけてくるのだ。
確かに細身で小柄、真っ白な肌の美形とあっては、彼らからすれば揶揄の対象になりかねない。
だから、無口な青年であることで、彼は影のような存在になろうとした。
「曹長は・・・、出身は国内なのか?」
シュヴァルツ少尉が恐る恐る聞いてくる。
少し笑ってマイヤー曹長は答えた。
「自分は、どうみえるのですか?」
庇の陰の下で、少し細められたその瞳の色合いにシュヴァルツ少尉はどきりとする。
(―――なに、男にドキドキしてるんだ俺は)
顔立ちにはまだ僅かにあどけなさが残っているのに、一方で引き込まれるような、落ち着いた存在感がある。
新米の将校は、情けないながらも、彼のその落ち着きが頼もしいと思った。
「何だか、―――違う」
「自分はイワン(露助)じゃありませんよ」
ロシア近隣の北欧ですがね、と苦笑いしてシュヴァルツ少尉を見るマイヤーの表情は少し複雑だ。
その風貌を、そう揶揄されることも多いのだろう、と少尉は感づく。
「ひどいな」
心のそこから、ぽつりと呟いたシュヴァルツ少尉にマイヤー曹長は頭を振る。
「仕方のないことです」
無線に耳を傾けながらも、春の匂いをいっぱいに吸って彼は息を吐いた。
青年らしくない、妙な落ち着きにシュヴァルツ少尉は苦笑する。
天蓋から注ぐ真っ直ぐな光が、マイヤー曹長の瞼に突き刺さった。
「おいおい、何だか随分な老兵に見えるぞ」
シュヴァルツ大尉の問いをフン、とマイヤー曹長が鼻で笑う。
彼の僅かにゆがんだ唇が陽光に照らされて、妙に妖艶に映った。
柔らかく、瑞々しく膨らんだその唇はまるで女のように繊細な造りだ。
(こいつ、まさか男に掘られたりしてないだろうな)
あまりの妖艶さに、一瞬よぎった心配―――ある意味当たっている―――を、シュヴァルツ少尉は慌てて振り払った。
飛び交う電波をじっと傍受するマイヤー曹長の横顔。
少なくとも、彼のその行動や様子は全うな普通の軍人に見えた。
ちらりと横目でシュヴァルツ少尉を見、マイヤー曹長は呟くように訪ねる。
「少し、ほぐれましたか?」
びっくりしたような表情をするシュヴァルツ少尉と顔を見合わせ、マイヤー曹長は笑った。
そういえば、少し話している間に、手の震えもだいぶ治まったようだ。
顔色もよくなっている。
大丈夫ですよ、とでも言いたげにシュヴァルツ少尉を見るマイヤー曹長の表情。
やれやれ、星(階級)より飯の数(年数)とは本当だな、とシュヴァルツ少尉は思わず勝手に納得する。
「頼んだぞ、曹長」
しっかりと頷くマイヤー曹長と、シュヴァルツ大尉は拳をぶつけ合った。
「ええ、こちらは任せてください」


座り込みを決め込み、何となく教範を読んでいるうちに、すでに40分以上が経っていた。
冷たい床に体育座りして、我に返ると尻が痛くなっている。
エーディットは、ベッドを占領している大尉にちらりと目をやる。
大尉は、目を閉じてゆっくりと呼吸していた。
(・・・眠ってる?)
まさか、彼一流の演技だろう、とエーディットは思い直すが、彼女のほうを伺っている様子は全くない。
時折、ピクリと指先が動く。
考えれば、連日遅くまで仕事があったり、神経が昂ぶったり、大尉だってだいぶ疲れているはずだった。
寝転べば眠くなるのは当然だろう。
じっと観察していると、僅かに眉間にしわを寄せたり、少し唸ったりしている。
さすがに、眠っている間は疲れが表情に出ていた。
張った筋肉に包まれた鳩尾が、ゆっくりと呼吸に合わせて上下している。
柔らかな足裏で、エーディットは足音を殺しながらそっと近づいた。
用心深く、顔を覗き込んでみる。
整って先端のとがった鼻梁、削ぎ落とされたような頬、眉間から深く彫られた目元。
死んだようにぴっちりと閉じた瞼の下には、あのどこか排他的で冷たい蒼い瞳。
軍人特有の、締まっていながらも筋肉で膨張した体躯が今は静かに沈んでいる。
その傍らに、エーディットは音を立てないよう、そっと腰を下ろした。
(今なら、その気になれば殺せるかもしれない)
そんな考えがふと頭をよぎる。
白い指先がそっと、彼の頸へ伸びた。
彷徨うような指先は、触れるか触れないかの感触でそっと彼ののど仏をなぞる。
大尉の瞼がピクリと動き、慌ててエーディットはその手を離す。
一瞬乱れた呼吸が、元に戻って、彼女がほっと息をついたその瞬間―――彼女のその手首を、何かが掴んだ。
はっと我に返ったときにはもう遅く、万力のようなその手が彼女の自由を奪っていた。
「寝首を掻かれるのはどうにも気分がよくない」
薄く瞼を開けて、見慣れた皮肉屋が笑っている。
「主演男優並みの演技だな」
「演技じゃない。体が反応するんだ」
そのまま手首をぐいっと引き寄せられて、エーディットの体が大尉に重なる。
真っ直ぐに目を見る互いの瞳と瞳がかちあった。
何事もないかのような表情で、大尉はエーディットの顎を掴む。
思い切り挟まれた顎の肉越しに、歯列の感触が伝わった。
逸らせない、刺すような大尉の瞳を睨み返してエーディットは吐き捨てる。
「疲れてるんじゃ、ないのか」
ん?といった表情で大尉は返す。
「部下に疲れを見せる上官がいるか?」
「今はそういう関係じゃないだろう」
憎々しげに方眉を吊り上げるエーディット。
ククッ、と大尉は笑って、こいつぁいいや、と呟く。


「そういう関係なら、こういうことをしたっていいだろう。ん?」
掴んだ顎を左右に揺さぶりながら、彼は軽口を叩いた。
彼女の苦しそうな表情が堪らない。
「いつか殺してやるからな、覚えてろよ」
苦し紛れの涙目でエーディットは吼えた。
そして、こうやって刃向かう彼女が大尉は好きなのだ。
「いつも『殺されてる』のはどっちなんだ?」
手首と、顎を掴む手が離れる。
はっ、と息をついた刹那、今度は剥き卵のような白い尻肉を掴まれる。
「―――ぁっ!」
びっくりして目を見開いたエーディットの素の声。
大きな掌全体で、マシュマロを揉む様に肉を捏ねる手つきは手馴れている。
堪えるように唇を咬む彼女の顔は、さっと紅潮した。
下着越しに弄ぶその手が、尻肉をなぞる。
「・・・・んっ!」
声を殺すエーディットの表情を見上げる。
すっと目を細めて大尉は、エーディットの耳に息を吹きかけた。
「!」
生ぬるい刺激に、彼女の全身にぞくりと電流が走る。
体がピクリと動き、思わず彼女は大尉から目を逸らした。
白い腿に触れる彼の楔は、すでに膨らんで硬さを帯びつつあるのが服越しに分かる。
なぜかその感触が決まり悪く、エーディットはそのまま俯いた。
「マイヤー曹長、どうした?」
わざと耳元で低く囁く大尉。
その声は、アンテナに伝わる周波数のように、体の芯に響く。
細かな共振は漣のように、体の隅々まで拡散した。
「んっ・・・!あんた、・・・根性、悪だな」
大尉を見つめる灰色の目は潤んでいる。
その表情は、囁きに明らかに動揺していた。
白魚のような指先がそっと大尉の胸板に触れる。
一度入ってしまった魔性のスイッチは、尽きるまで止まらないことを彼女は知っている。


《作戦開始10分前》
マイヤー曹長は、無線を傍受し応答した。
《ツグミ了解》
マイクのトークボタンから指を離し、傍らのシュヴァルツ少尉を見る。
「10分前です」
端的にそれだけを告げると、かちりと視線を合わせて頷きあう。
湿った土のあなぐらのなかで、なぜか奇妙な連帯感が生じていた。
見てくれは頼りないが、この少尉はいい指揮官になるかもしれない。
マイヤー曹長は心の中で一人呟いた。
少なくとも、士官学校出の尉官に多い傲慢なタイプではない。
野戦服の着こなしや、髪の毛のかっちりした分け目、神経質そうな仕草から見れば真面目で優秀、どちらかといえば参謀に向いているタイプだ。
性悪大尉のような古狐ぶりは、あといくつ現場をくぐれば備わるのだろう。
《コマドリより全局、対象(オブジェクト)ポイント32を通過》
慌しく通信を処理しながら、マイヤー曹長はぼんやりと考える。
それとも、彼には古狐の素質はないのだろうか。
無意識に眉間を揉み解しながら、頭の上澄みでそんなことを思った。
残念ながら、誠実な軍人であるだけでは、ここで生きていくことはできないだろう。
人間としてすべきでないこと、愚劣な行為を時に強いられるのだから。
マイヤー曹長にとって、善悪の境界線は限りなく曖昧で、広い。
緊張で少し汗ばんだ若い少尉を横目に、体と分離した思考をマイヤー曹長は繰り返していた。
そんなマイヤー曹長の心中も知らずに、シュヴァルツ少尉はただじっと通信を処理する彼を見つめていた。
微弱な電流が流れているかのような緊張感が、春の野原全体に流れている。

空気は針のように、そこにいる人間を刺す。

その命を失うかもしれない人間。

一生に渡り、体の自由を奪われるかもしれない人間。

その彼らを失うかもしれない、人間。

不確定な未来が、ひたひたと喉元まで迫ってくる。
つるりとしたシュヴァルツ少尉の額が、脂汗で光る。
《作戦開始5分前》
氷のような眼差しをしたマイヤー曹長の、険しい表情。
シュヴァルツ少尉はふと、白い彼の首筋を注視する。
土を払った拍子に、襟元から一瞬、わずかに覗いた痣。
痣というよりは内出血のような、赤い斑点―――。
キスマークだろうか。
(彼も一人前に、男なのだな)
乱れる様子がどうしても想像がつかないその冷たい美貌を窺いながら、意外なモノを見た驚きを咀嚼する。
確かに、小柄でこそあるが、女には不自由しない風貌だ。
―――狼の喧嘩のような、激しい交合の真実をまさか彼は知る由もない。


「ンッ」
大尉は思わず呻き声を漏らした。
不意に、頸の付け根に痛みが走る。
獣が肉を千切るように、唸り声を上げながらエーディットが咬みついている。
吸い付く、というような生易しいものではなく、完全に表皮に歯を立てているため結構痛い。
グゥゥゥ〜〜〜、と唸りを上げる生意気な白金色の狼に大尉は苦笑した。
可愛がり甲斐のある狼だ。
上目遣いで彼をにらむその獣の顎を、思い切り大尉は両手で掴んだ。
額関節に指が食い込み、割れるような痛みにエーディットは思わず口を離す。
それでも、エーディットはキッと彼をにらみつける。
自分の上に乗っている姿勢のエーディットの肩を、大尉はおもむろに掴んだ。
そのまま、起き上がって反対側に彼女を押し倒す。
足許を掬われるようになった上、いきなりの重力の変化。
エーディットは抵抗するまもなく、今度は組み伏せられた。
めちゃくちゃになり、剥がれかけたシーツに、絹糸のような髪の毛が散らばる。
「いいか、ボスはおれだ」
こめかみを掌で押さえつけ、エーディットに飛び込むとそのまま首筋に咬み付く。
「ん、んんーっ!」
犬歯や前歯が食い込む感触と、千切れるような激痛にエーディットは小さく叫んだ。
隅々まで発達したしなやかな褐色の身体が、エーディットを覆う。
その体を押し戻そうとする白い手は、むなしくその重量に阻まれただけだった。
ようやく首筋から大尉が離れたると、加減はしたものの小さな傷口が首筋に残っている。
歯形はくっきりと残り、唾液に混じって滲み出る真っ赤な血。
ぜぇぜぇと息をするエーディットの瞳はしかし、自由意志を失ってはいない。
ぎらりと横目で大尉をねめつける。
首筋に、今度は生温かな舌先が触れた。
優位性を誇示するかのように、尖った舌先がとろとろと首筋をなぞる。
ぴくん、と体を震わせたエーディットは、眩しそうに目を細めた。
琥珀色の灯りの下、生温い空気がゆるゆると部屋に流れる。
エーディットは、傷口に沁みる痛みがなぜか、甘美な刺激に感じた。
ぞくぞくと這い上がるむず痒い様な電流は、耳の裏にその舌先が這ったときに一気に爆ぜる。
「あっ・・・!」
思わず漏らした声と、びくんと跳ねた指先。
潤んで蕩けそうな灰色の瞳にそっと大尉は指を添える。
エーディットが熔ける瞬間に見せるその瞳は、大尉が愛してやまないものだ。


顎先をそっと掴むと、柔らかな耳朶を唇でそっと挟む。
ふかふかしたその感触を楽しみ、舌先で舐ると、掠れたような甘い声が彼女の唇から漏れた。
「はぁぁっ・・・ダメぇ・・・」
ちゅぷっ・・・と唇が離れると、大尉はそっとその灼けた額を重ねる。
「ダメ、だって?こんな目をしてお前は何を言っているんだ」
小さく優しげに、そして悪戯っぽく呟く大尉。
とろりとした女の湿りの匂いが、ふわりと彼の鼻を突く。
事の後で、強烈な嫌悪感、そして後悔に襲われると分かっていても、快楽の海に飛び込まずにはいられない優しい体の匂い。
「他の男に盗られるなよ」
黒いシャツの下にそっと手を這わせると、柔らかい皮膚越しに、肋骨と脈を感じる。
エーディットの、羽根のような長い上睫毛と下睫毛がそっと重なった。
「よしてくれ、・・・・男なんかもう沢山だ・・・・あんっ!」
なだらかな膨らみのその頂が、きゅっと摘まれる。
エーディットの腰がびくんと跳ねて、少尉の腰にぶつかった。
「ぁあっ・・・」
決して激しくはないが、大尉の愛撫は要所を執拗に責める。
首筋をちろちろと舐りながら、冷たいエーディットの肌を指先でなぞった。
すべすべの肌は、しっとりと水気を含んでいて吸い付くようだ。
胸をもみながら彼女のシャツを捲り上げ、片手でサスペンダーを下ろす大尉。
組み伏せられ、弄り回されたエーディットはすすり泣く様な喘ぎ声をあげていた。
身じろぎした彼女の、湿った下着が擦れるくちゅっという音。
薄く充血した、ピンク色の頂を刺激されるたびに押し殺したような嬌声が響く。
「あんっ」
顎をのけぞらせ、女の顔になったエーディットを見遣りながら、大尉は身を起こす。
シャツのボタンを外しながら、彼は彼女の瞳を見つめて言った。
「いい加減俺の前で意地を張るのはやめろ」


《コマドリより全局、対象(オブジェクト)ポイント35を通過。総員、攻撃準備》
小鳥の囀りだけが野原に響く。
《カラス了解》
《モズ了解》
《ツグミ了解》
続々と各無線機から応答が流れた。
腕利き通信士達の電波は、精緻な蜘蛛の巣のように密接している。
息を潜める獣たちを待ちながら、マイヤー曹長はぱちぱちと瞬く。
大きく肺に息を送り込み、高ぶる神経を鎮めた。

やがて、自動車のエンジン音が遠くから響いてくる。
《対象、ポイントAを通過。攻撃開始10秒前》

そして無意識に、祈りを呟いた。
「神様、どうかお護りください。命を繋ぐ、力を下さい」
この指先が、いつでもこの作戦の神経でいられますように。
小さく十字を切り、ゆっくりと瞬きをして、前を見据える。
潜む沢山の兵士が、そうしているように。
血液の波打つ、ドク、ドクという音がひどく耳障りだ。
ギリッ、と眉根を寄せてただ、マイヤー曹長、そしてシュヴァルツ少尉はその時を待った。
長い、そして張り詰めた20秒。
そのエンジンの響きは、すでに充分に近いように感じられ、そして―――

《コマドリより全局、攻撃を開始せよ》
マイヤー曹長はなぞらえて復唱し、シュヴァルツ大尉を見据えた。
「繰り返す、攻撃を開始せよ」
バララララララララ!!と、その語尾に銃声が被る。
引っ張るようなブレーキの悲鳴、それにガンガンガン、と金属を叩くような音が被る。
銃声の輪唱は重なり合い、それに混じって悲鳴が響いた。
マイヤー曹長は、すぐに入るはずの、「制圧」の交信を待つ。
バババババ、と重なる仲間のものより重く遅い連射音は、敵が少なくとも応戦していることを示している。
誰かがしきりに何かを叫んでいるのが遠く聞こえた。
《・・・よりツグ・・・・ ・・答せよ・・・》
銃声にかき消され、かろうじてツグミ、と察せる程度にしか聞こえないその受電にマイヤー曹長は応答する。
《ツグミ、そちらどこか》
ひどく慌てふためいたウェーバー3等軍曹の声が、今度は明瞭に飛び込んでくる。
《カラスよりツグミ、対象1名そちらへ向かって逃走中。至急戦闘体勢に移行せよ》
《逃走1名こちらへ前進、了解。これより戦闘体勢に移行》
復唱したマイヤー曹長の言葉に、シュヴァルツ少尉の表情が凍りつく。
一気に吊り上ったマイヤー曹長の目が、ガチッとシュヴァルツ少尉と合う。
頷きあい、マイヤー曹長は腰に吊るした拳銃を抜き、弾倉を抜き出す。
弾は満タンの10発、よし。
弾倉を戻すと、ガシャン!とスライドを引く。安全装置解除。
一気に体温が氷点下になったかのような錯覚。
息が荒く、薄くなる。
断続的に拳銃の銃声が聞こえる度、心拍数が跳ね上がる。


シュヴァルツ少尉と、マイヤー曹長は蛸壺の壁に張り付いたまま、血が沸騰するような思いで敵の姿を待った。
やがて、遠くから草を掻き分ける足音を二人の鋭敏化した聴覚は捕らえた。
ドッドッドッ・・・と高まる心音が煩わしい。
無線に飛び込んでくる慌しい交信を無視しながら、握り締めた手を緩めぬまま彼らは前を睨む。
ザッ、ザクッ、とこちらに気づかぬまま近づいてくる足音。
「クソッタレ」
シュヴァルツ少尉が、そう呟いて蛸壺から身を起こす。
半身を乗り出して、ライフルを構えた彼の瞳がぎゅっと収縮したのをマイヤー曹長は見た。
肩に食い込んだライフルの木製の床尾。
嗅覚の鋭敏な大尉でなくても、ツンとした男の汗のにおいを知覚できる。
陽光が溢れこんでくる彼の瞳は透けたガラスの破片のように、鋭く光った。
「神様」
そう小さく呟いたのが、聞こえたのか聞こえなかったのか、ただ聞こえた気はする。
彼の、訓練でぼろぼろになった指がグリップを強く握り、祈るように引き金を絞ったのがスローモーションで見えた。

一瞬のオレンジ色の閃光が走った。
同時に空間を衝撃波が突き抜ける。
衝撃波は、同心円状に空気を抜けていき、マイヤー曹長の鼓膜を突き刺していった。
同時に、硝煙を含む高圧なガスの臭い―――アンモニアの、ツンとする臭いが拡散する。

そして、目を極限まで見開いたシュヴァルツ少尉は、息を止めたまま固まっていた。
思わずマイヤー曹長は蛸壺から身を乗り出し、その視線の先を追う。
4、5メートルほど先だろうか。周囲の草は衝撃による霧状の血液で赤く染まり、草の間から倒れた人間の膝が見えた。
「・・・!」
マイヤー曹長は無意識に唾液を飲み込んだ。
生きているのか・・・死んでいるのか。
釘付けになったまま、しばしマイヤー曹長は彼を見つめる。
「はぁっ」
呪縛が解けたかのように息を吐き、シュヴァルツ少尉が乱暴に銃を降ろした。
肩で息をし、それでもグリップを強く握ったまま、自分が撃った人間から目を離さない。
ひどく蒼ざめたその顔には、脂汗が浮き出ている。
奇妙な光景だった。
暖かいお日様が注ぐ、若草の原。柔らかい風。
霧状に飛び散った血と、倒れた男と、マネキンのようにぎこちない二人の兵士。
砲声も、空襲もない、穏やかな日常に突如として口を開ける戦場。
報告も忘れたまま、マイヤー曹長は拳銃を握りなおした。
頭の中に、何か湿った綿でも詰まっているかのように重苦しい。
以上に冷たい指先は、意味のわからない焦燥感、恐怖、緊張によって震えている。


「・・・しましょう、確認」
青い顔を見合わせ、やっとのことで言葉を発するマイヤー曹長。
極度の緊張で、口元の肉がピクピクと痙攣している。
シュヴァルツ少尉が、無表情に―――というよりは、表情も動かせない―――頷いた。
「よし」
二人は、蛸壺から出た。張り詰めた中、草を踏む足音だけが響く。
草の陰からのぞく、折り曲げられた膝は時折ピクリと痙攣した。
用心深く、全ての刺激に対して神経を過敏にしたまま、二人は歩み寄る。
シュヴァルツ少尉は肩に銃をつけ、マイヤー曹長は両手で拳銃を構えながら。
草の間から徐々に男の顔が見え、スーツを着た体が見え、そしてマイヤー曹長を見る彼の瞳を、認めた。
生きている。
左肩は射抜かれて真っ赤に染まり、そして右手には拳銃を握り、―――マイヤー曹長にゆっくりと向ける。
「――――!」
慌てて引き金を引こうとしたシュヴァルツ少尉の引き金はしかし途中で止まる。
弾薬詰まりだ、よりによってこんなときに。
血の引いていく音。長い長い1秒。
シュヴァルツ少尉は、その瞬間マイヤー曹長の剥き出しになった灰色の瞳が男を捉えたのを見た。
ううううぁぁぁぁぁぁ
奇妙な呻きが、マイヤー曹長の唇から漏れる。
永遠のような一瞬。
精悍なその美貌を歪ませて、彼は引き金を、引いた。


三度、銃声は轟く。


直後に駆けつけた大尉率いる制圧チーム本隊が見たのは、心臓を射抜かれた死体と、二人の青年だった。
ライフルを手に、ただマイヤー曹長を見ているシュヴァルツ少尉。
体中に硝煙の臭いを染み付かせ、抜け落ちたように無表情に立ち尽くすマイヤー曹長。
その口元の肉だけが痙攣しピクピクと動いている。
能面のようなその表情、そしてただの外界への節穴となっている瞳。
立ったまま死んでいるかのように、拳銃を持った手をぶらりと垂れている。
初めて生きた人間を殺した。
それが、どういうことなのか理解できない、まだ飲み込めない。


「おい、しっかりしろ」
大尉は、マイヤー曹長の肩をしっかりと抱いて揺さぶる。
「よくやった。もういいんだ」
ヘルメット越しに、戦友がそうするように、額を重ねる。
青年は泣くことも、吐くこともしない。ただ、黙って澄んだ瞳で大尉を見ている。
大尉はそっと、彼の手をとる。
静かに、言い聞かせるように囁く。
拳銃を仕舞え。もういいから。
不思議そうな顔で、マイヤー曹長は大尉を見る。
「私は大丈夫です。ええ、何も問題ありません」
そして、震える指先でぎこちなく拳銃を仕舞った。
大尉の、悲しむような目にマイヤー曹長はひどく違和感を感じた。
「あの時」の大尉は、そんな目をするような人間には見えなかったから。


大尉は、まどろっこしくなってエーディットの下着を強引に破って剥いだ。
「ちょっ・・・やめっ・・・!!」
驚いて身を起こそうとするエーディットの右足首を掴んで持ち上げ、彼女を掬う。
筋肉で滑らかに締まった太もも、そこから無防備にパクッと開いた秘所が丸見えになる。
「やっ・・・!」
真っ赤になって俯く彼女を見下ろしながら、大尉は無意識ににやりと笑った。
すでに十分すぎるほど潤っているその血色のいい陰唇は、彼女の表情とは裏腹に、彼を受け入れる準備が整っている。
花芯は膨らみ、蜜は太腿の付け根をぬらぬらと濡らしている。
蕩ける様なそこは、大尉を中へと誘う様だ。
指先でなぞる様に触れると、全身がピクリと弓なりになる。
「んっ」
蕾が開くようにピンク色に染まるその身体。
のけぞった滑らかな首筋の白さが艶かしい。
「素直ないい子だ」
クチュッと指先で中をかき回すと、熱い滴りは中から溢れ出る。
濃い牝の香りで、くらくらするようだ。
シャツを脱ぎ、ズボンの釦を外した大尉のそれは昂ぶり、エーディットを求めている。
彼の鍛え上げられた身体に組み伏せられた、彼女の理性は今すぐにでも切れてしまいそうだ。
彼女の目は潤んで大尉を見上げ、彼を求めていた。
「ん・・・はぁあん」
息を吐いて、高まる快感に耐えるその姿が悩ましい。
細いプラチナ・ブロンドを乱しながらしなるエーディットに大尉は耐え切れなくなる。


息を荒くしながら、大尉はズボンと下着を膝まで降ろした。
グロテスクなまでに屹立したそれは、血管が浮き出ている。
ぐいっと脚を開かせると、身体を割り込ませる。
「や・・・ぁん・・・だめ」
意味を成さなくなった彼女の拒否をキスで封じ、大尉は脈打つ楔をぴたりと彼女の割目に押し当てる。
舌を絡ませると、溢れた唾液がエーディットの顎を伝った。
大尉は楔を押し入れる。
ずぶっ・・・ちゅぷっ、と音を立てて、その滾る熱は女の胎内へ侵入した。
とろとろになった粘膜の締め付けに、彼のモノはすぐにでも爆発寸前になる。
「ん!んーんんーーー!!」
舌を絡ませながらも、呻き、よがる彼女の肩を押さえつける大尉。
すっかり根元を銜え込むまで、わざとゆっくり大尉は挿入した。
「んぁっ、はぁっ」
唇を離すと、たらりとガラスの糸が垂れる。
泣く寸前の顔で唾液を拭うエーディットの眼差しは、ひどく嗜虐心をそそった。
「はぁ、・・・っ感じてるんだろ?」
「違っ・・・、ああんっ」
激しく一突きすると、エーディットは悲鳴のような嬌声を挙げる。
「・・・ほら、言ってみろよ。私は上官に突きまくられてよがる淫乱です、ってな」
快感に揺さぶられながらも、歯を食いしばって彼女は抵抗した。
「ふざけ、ないでっ!はぁっ」
睨みつけようとする彼女の目はしかし、大尉を力なくねめつけるだけだ。
もう一突きして、さらに彼女の奥をグチャグチャとかき回す。
「は・・・ぁああん―――!」
耐え切れず舌を出して喘ぐエーディット。
ゆっくりと奥を擦ると、切なげな呻き声が裏返った。
小さいが確かにある、ふるふるとした柔らかな膨らみの蕾を抓る。
ぴんと膨らんだそれは、腫れたようになっていた。
「・・・言ってみろ」
「あ、ああふっ」
ツンとした顔を快感でやや仰け反らせながら、大尉は男根の付け根で秘所を擦る。
痺れる様な快感に、エーディットはもはや成す術もない。
きゅっと締め付ける膣口からは、どろどろの分泌液が溢れていた。
「言えば滅茶苦茶になるまで突いてやる」
もうどうしようもない。
ついに、エーディットは腰を悶えさせながら彼の命令に従った。
「は、はぁ、私はぁ・・・上官にぃ、突きまくられてよがる、・・・い、淫乱ですぅ、早くぅ・・・」


溢れそうな瞳で、彼女は大尉を見た。
「よし、いい子だ」
大尉は彼女の腰を抱き上げ、力一杯楔を打ち込んだ。
思わず悦びの声をエーディットが挙げる。
「ああああんっ!」
エーディットの細い腕が大尉の太い頚部に絡まった。
脚は彼の腰を挟んで、更に身体を密着させる。
「いいぃー、ああんっ」
悩ましげな泣き顔は、完全に快楽に溺れる女のそれだ。
冷徹な曹長。生意気な部下。どれとも違う。彼女は自分から腰を打ち付けてくる。
その様はまるで淫魔の様で、大尉はぞくぞくとしながら思わず我を失いそうになった。
じゅぶっ、ズブッ、とみだらな音、荒い息遣いが部屋に響く。
そしてパシパシと腰のぶつかる音。
「あ、ああぁあ、もっとぉ」
締め付けが根元からしごく。今にも爆発しそうなそれを大尉はどうにか堪える。
互いに腰をぶつけ合い、内奥と熱の塊を擦りあう快感。
突き上げられる身体の揺さぶりが激しくなる。
「うう、うぐっ」
大尉の荒い息。鍛えられた腹筋、背筋を駆使して彼女の内奥まで揺さぶる。
子宮まで甘く痺れて、エーディットは正気が保てない。
「あん、あんっ、あんっ、ダメぇ、イくぅっ」
彼女がこんなに痴態をさらけ出すのは初めてだ。
突かれる度に愛液を溢れさせながら、彼女は泣いていた。
「アッ、あッ、い、ぁぁ、あ」
「そろそろ、出、す、ぞ」
激しく揺さぶられたフラスコの中の水のように、高まりは加速度的に激しくなり、溢れそうだ。
肌の擦れ合いすらビリビリと性感になる。互いの限界が近づいてきた。
「はぁっ、エー、ディット――」
大尉は名を呼ぶ。
応えるようにするように、首が絞まるほど激しく、エーディットが大尉を抱いた。
そして、頭の中が白い炎で一瞬焼き尽くされる。
「あっ、大、尉ぃ」
ビンと硬直するその身体の中に、彼は熱い愛欲の塊を吐き出す。
「あ、っァァぁぁぁ――――」
滾りを受け止めたエーディットの細い腹が、大尉のそれに密着した。
一瞬時間が止まり、ベッドに崩れ落ちる二人。
まだ荒い息と、快感の余韻だけが残響している。
二人はそのまましばらく唇を重ね、互いを貪りあっていた。


「おい、マイヤー曹長」
夢うつつの中、自分が呼ばれたのを知った。
ノックの音。
呼ばれているのに起き上がれない。―――身体が、鉛でできているようだ。
「・・・・はい」
シーツに包まったまま、彼はおぼろげな返事をした。
よく知っている声、足音の持ち主が部屋に入ってくる。
鋭敏な嗅覚の持ち主である彼なら、ドアの外からでもアルコールの臭いを嗅ぎ分けられるかもしれない。
虚ろな瞳で、マイヤー曹長は彼を見た。
「大・・・尉、殿」
無表情に、しかし深海のような瞳に悲しみを湛えながら、大尉はマイヤー曹長を見下ろす。
ベッドサイドには黒い酒の瓶。それも、希釈して飲むような度数の強いものだ。
初めて人間を殺した人間が、その衝撃と恐怖を内部に押し殺したまま持て余している。
かつて自分も、初めての戦場でそうだったように。
「マイヤー曹長、・・・異常、ありません。まだ、戦えます・・・」
うわ言の様に、曹長の顔で大尉に笑いかける。
その瞳はひどく酔い、彼を見ていない。
いつもの黒い制服姿の、大尉は帽子を脱ぎ、何も言わずマイヤー曹長の横に座る。
髪の毛を乱し、下着姿のまま横たわる姿はエーディットであったが、今は大尉にとっては違う。
慰めに来た?違う。
肯定しに来た?そうではない。
何もできないのを、大尉は知っていた。
結局は、悲しみを分かつことしかできない。
自分の力で、順応し開き直るまで、誰も助けてやれない。
大尉はそっとその白く細い手を握った。
そして額をそっと重ね、軽く上唇にキスをする。
握った手を、不意に強く握り返された。
「大尉殿」
夢うつつのまま、焦点の合わない瞳でマイヤー曹長は大尉を見た。
黒い制服に身を包んだその姿を見ると、何故だかひどく安心する。
「行かないでください・・・もう少しだけ」
マイヤー曹長はふらふらと上半身を起こし、ベッドの柵に寄りかかる。
「おれはここにいるから、安心しろ」
大尉はそっとその小さな身体を胸に抱きしめ、すっぽりと覆った。
戦友同士が、抱き合うように。
彼らがそうやって、痛みも悲しみも喪失も、何もかもを分つように。


Index(X) / Menu(M) / /