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一応、敲き台として 1

1_34氏

「よいしょっ。これで全部・・・か」
 潤はバイトの時間を大幅に超過させながらも、ようやく倉庫整理を終えた。
「あらっ、神楽坂くん、まだいたの?」
「あっ、店長」
「朱美でいいわよ、営業時間じゃないから」
 潤は倉庫を出たところで四号店店長、羽瀬川朱美と鉢合わせをした。
「ところで、今まで倉庫整理を?」
「ええ、明日朝の準備で」
「言ってくれれば、手伝ったのに」
「いえ、このためにここに来たのですから」
「ごめんなさいね、男手がなくて・・・」
 二号店の店員である潤が四号店にいるのはヘルプのためであった。開店から
時間が経ち、ある程度軌道に乗ってきたこの店に他店からのヘルプが必要なのは
ずばり、男性アルバイトの人員不足が原因であった。
 Piaきゃろっとはその制服の可愛さから女子高生を中心に女性のアルバイト先と
して人気のある場所であり、そこでバイトをすることは一種のステータスでもあった。
そして、それは男性にとっても同じであった。可愛い制服を着た可愛い女の子に
囲まれてのアルバイト、喜ばないものなどいようはずもない。だが、それは一つの
大きな問題でもあった。
 男性アルバイトが女性アルバイトに手を出すことである。可愛い女の子がいる
環境では当然ともいえることであったが、店にとっては重大な問題でもあった。
年頃の娘を持つ親の中には、Piaキャロットで働くことを喜ばないものが増え、
ひいてはバイトそのものを許可しなかったり辞めさせたりするケースも出てきた。
 当初は店内での恋愛禁止を規則にしようとしたが、二号店店長の奥さん自身が
一号店のウェイトレスであったことは既に多くの人に知られており、こんな説得力
皆無な規則を作っても意味のないことは誰の目にも明らかであった。
 結局、各店舗で男性アルバイト採用の際には細心の注意をはらうべしという
ある意味で当たり障りのない結論に達したのである。
 この決定に最も大きな影響を受けたのが、ここ四号店であった。


 四号店の制服はPiaキャロット全店の中でも、とりわけ大胆であり、ある程度
プロポーションに自信がない女性でないと応募してこないために、キレイどころが
集まる店として一部で有名であった。そのため、応募してくる男性アルバイトにも
下心ありありのものが多かった。それらの多くは四号店マネージャー岩倉夏姫に
よってことごとくハネられたのだが、同時に四号店は慢性的な男性アルバイトの
不足に悩まされることになった。とはいえ、条件を緩めると女性アルバイトの
親に警戒されるという問題もあった。
 この状況に対して、四号店は男性アルバイトの数が揃うまで他店舗のヘルプを
要請したのだが、どの店も事情は同じであったために長期にわたるヘルプに
応えることはできなかった。とはいうものの四号店の窮状を見過ごすわけにも
いかず、各店持ち回りで男性アルバイトをヘルプに出すことになった。 潤が
四号店に来たのはこのような事情のためであった。
 だが実際のところ四号店にとって潤は微妙な存在であった。男装の美少女、
確かに他の女性アルバイトに手を出すことはしないだろうが必要な男性の
腕力が求められるかは疑問であった。実のところ、四号店にとって保護者に
睨まれるようなことをしなければ、節度ある交際程度ならば構わないと判断
していた。それよりも女性アルバイトに期待できないこと、主に力仕事に
活躍できることを男性アルバイトに期待していたのである。その証拠にこの
四号店に限らず、Piaキャロット全店で採用されている男性アルバイト全て
一見優男風に見えるものでもがっしりとした体格をしているものばかりで
あった。決して素行だけで判断しているのではないのである。
 潤は2号店では男性アルバイトの役割をしてきており、また演劇を志して
いるだけあって基礎体力に関しては他の女性アルバイトに比べて大きく
勝っていた。だが、Piaキャロットに採用されている平均的男性アルバイトに
比べると見劣りするのは仕方なかった。
 潤の方も四号店のそんな雰囲気を察してか、無理して一人で作業をしようと
する傾向があった。今日も他のバイトに手助けを求めずに一人で倉庫整理を
して、結果として戸締りの時間まで働くはめになったのである。


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