小さな恋のメロディ

「えっ」
 その瞬間、青木は分かりやすくぎくりとなった。互いの体が接していたから、彼が息を呑む気配も振動で伝わった。
「い、いつからっていうのは、一体……」
「何を意味の分からない振りをしている。さっき僕と舞が話しているのを、廊下で聞いていたんだろう? 違うのか?」
「そ、それは……その……」
「青木?」
「……いえ、その通りです」
 普段子供たちに言い聞かせるときと同じ声音で問いただすと、彼は呆気なく陥落した。
 肩に回されていた手を払いのける。青木は降参とばかりに両手を小さく上げた。
「はあ……やっぱり薪さんの目はごまかせませんね。俺物音でも立ててましたか?」
 青木は情けなさそうに笑う。だが彼も刑事の端くれなだけあって、ちゃんと気配を消して潜伏できていた。薪が彼に気づいたのには、他に理由があった。
「では聞くが、さっき舞が焼いたクッキーの中に一枚だけ宛名のないものがあっただろう。なのに、なんで何も言わなかったんだ? おかしいだろう。いつものお前なら、舞が名前を書き忘れたんじゃないか真っ先に心配しそうなものなのに」
「それは……ほら、余った分かなって思っただけで……」
「いや、違うな。お前にはあれがちゃんと誰かにプレゼントされるものだと分かっていたはずだ」
「どうしてですか?」
 薪があまりにもはっきりと言い切るので、青木は不思議そうにしている。薪は彼にネタばらししてやることにした。
「いいか、そもそもあのラッピングセットは十五枚入りだったんだ。そして僕はそれを、今使う八枚と残りの七枚に分けておいた」
「はい」
「ちなみにクッキーは全部で八枚あった。僕ら家族の分が四枚に、舞の友達の分が三枚、名前が書かれていないものが一枚」
 薪は指を折って数え上げていく。青木と言えば、ふんふんと頷きながら説明に聞き入っている。まるで授業を受ける生徒のような態度で。
「お前はさっき袋を確かめるときに、迷わず七枚の方から取っていただろう? それでぴんときたんだ。お前が僕らの話を聞いていて、最後の一枚に名前が書かれていない理由を察しているんだとな」
「ははあ……」
 青木が感嘆の声を上げる。それはまさしく犯人の自白に他ならなかった。
 ──二十二時三十七分、被疑者自供。
 薪はいつもの癖で時間を確認する。すると青木の方も両手を前に突き出す仕草をした。さながら手錠をかけられるのを待つ容疑者のように。
「さすが薪さんですね。御見それしました」
 薪は冷ややかに彼を見る。
「ふざけたことをしている場合か。自分が今窮地に立たされていることを自覚していないのか?」
「えっ? 窮地なんですか、俺?」
「それはそうだろう。お前が廊下で立ち聞きしている間、関係ないゆきを巻き込んだことについてはどう言い訳するつもりだ。廊下は寒かっただろうに、ゆきに申し訳ないと思わないのか?」
「あ、いや……それはですね……」
 息子の名前を出されて、青木は急にうろたえだす。薪は更に追い打ちをかける。
「明日ゆきが風邪を引いてみろ。お前とは別れるからな」
「えっ!」
「当たり前だろう。自分の欲望のために平気で子供の健康を犠牲にするようなやつと、一緒に暮らせるか。言っておくが、子供たちは両方僕が引き取る。財産分与はきっちり等分にしてやるから、お前が一人でこの家から出ていけ」
 恐ろしい未来予想図に、青木はみるみる青ざめる。
「薪さん、そんな……」
「触るな」
 青木がとりすがるように手を伸ばしてくるのを、薪はすげなく撥ねつける。
「信じてください、薪さん。俺、自分の子供にそんなひどいことしません。廊下にいたのはほんの二、三分の間だけです」
「どうだかな。証拠はない」
「ほんとですって。ゆきも別に湯冷めしてなかったでしょう?」
「盗み聞きしてたやつの言うことなんか信じられるか」
 青木は必死に弁解を試みるも、薪は聞き入れようとしない。彼はしゅんとうなだれてしまった。そして上目遣いにこちらを見ながら──座高は向こうの方が高いはずなのに、彼はなかなか器用なことをする──渋々といったように口を開いた。

「……だって、気になるじゃないですか。薪さんがどうして俺のことを好きになってくれたのかなって。それでつい部屋に入りそびれて……」

 ──なるほど、つまりそこから話を聞いていたわけか。
 薪はため息をついた。
「……最初から立ち聞きしていたわけじゃないんだな?」
「もちろんです!」
 青木は即答する。そして居住まいを正して、こちらに向き直った。
「すいませんでした。でも、もう二度とこんな、子供たちを巻き込むようなことはしません。反省してます。だから俺のこと許してください」
 青木がじっと顔を覗き込んでくる。薪がふいと視線を外すと、彼は薪の手を取って距離を詰めてきた。今度は薪も彼を拒まなかった。
「薪さん……」
 青木は顔を近づけて、こつんとおでこをくっつけた。
「陰でこそこそしないで、堂々と聞きます。どうして俺を好きになってくれたんですか?」
「忘れたって言っただろう」
「じゃあ思い出したらでいいから、いつか教えてください」
「いやだ」
「どうしてもですか?」
「……知らん」
 彼に真剣な顔で見つめられたら、薪はいつもの調子が出なくなってしまうのに、そのことを分かっていて、青木はこんな風に聞いてくるのだろうか? だとしたら、彼は相当ずるい。
 青木が互いの膝の上で、指と指を絡めるようにして手を繋ぎ直す。そして反対側の手が薪の頬に添えられた。
 そっと上を向かされて、視界に飛び込んできたのは、彼の黒い瞳だった。目がくらみそうになって、たまらず瞼を閉じると、やがて唇の先に柔らかい感触が触れてきた。
「ん……」
 彼の罠にひっかかってしまったのだと分かっていても、薪は目を開けることができなかった。

 本音を言えば、彼が嘘をついていないことはとっくに気づいていた。
 それは、さっき青木が「信じてください」と言ったとき、彼の体のある部分にさっと目を走らせていたから。そこに、彼が嘘をつくときに必ずやる癖が出ていないことを確認したからに他ならなかった。

コメント

しづさん

ああ、なんだろなんだろ、胸が苦しい。
薪さんが青木さんのこと好きなのがすごくよく伝わってきて、それで苦しい。
幸せなんだけど苦しい。おかしいかな?

ひきかえ、青木さんはクッソ呑気だなおい!(笑)

こんな胸アツな青薪さんに浸れて幸せです。
つづきつづきー♪ 

あ、さっきからうるさくしてすみません。
読みながらきゃーきゃー騒いでるだけなので、気にしないで、レスもいいですからね。

レスいいって言われたけど、不要って言われたわけじゃないので、レスします!(笑)

> 薪さんが青木さんのこと好きなのがすごくよく伝わってきて、それで苦しい。
> 幸せなんだけど苦しい。おかしいかな?

うわわ、なんて嬉しいお言葉……。
しづさんがそれだけ感じ入ってくださるのは、もちろんしづさんが感受性豊かな方だからだと思うんですけど、
原作の薪さんの苦しみをリアルタイムで見守り続けていたからかもしれませんね。
私も薪さんが二次創作でも幸せになってくれたらそれだけで胸が塞がる思いがします……。
ああ、ほんと私たちって病気ですね。薪さん病(笑)。

> ひきかえ、青木さんはクッソ呑気だなおい!(笑)

結婚して平和ボケしてるんです(笑)。
「大好きな子供たちと大好きな奥さんに囲まれて、ボク幸せ!この世にこれ以上の楽園なし!」
って状況なんじゃないですか?
自分で書いておきながら、うわ、気楽すぎてムカつく(笑)。

しづさんの楽し気な言葉に私までつられてニヤけてしまいました。
いいなあ、コメントにまで文才があって。
私、人と話す言葉には全然ダメな人で、なんか考えすぎて堅苦しくなっちゃうんですよ。
初めてしづさんの所にコメントした時、確か時候の挨拶書いてた気がします(笑)。
大変な時にコメントありがとうございました。
お気持ちがとっても嬉しかったです!

 

なみたろうさん

そっか。そこからでしたか。薪さんのビミョーな部分は聞いてないんですね。
…さすが青木(笑)はずしますねぇ。

てか、てか、おでこコツン!!!!(°▽°)
うっわーー!!沈丁花さん、ありがとうございます!!(号泣)
わ、私おでこコツンとゆうか鼻キス、このシチュエーションが大好きなんです
いつか青薪で描いてみたいとすら思っておりまして!ううう。うれしい。
やっぱり薪さん接近戦で青木に見つめられると弱いんですね!?
ついつい許してしまうんですね?
その前の怒り方(離婚まで言う!)との落差が。
ほんとに可愛い人だあ…

> 薪さんのビミョーな部分は聞いてないんですね。

さすがにずっと廊下で立ち聞きすることはしないだろうなと思って。
でもドキドキしながら息をひそめてたと思いますよ。
(えっ、薪さんが俺のことを……? 偉いぞ、舞! 今度ご褒美を買ってあげるからな!)とか思いながら。
後半で本人が言ってますが、自分で聞けって話ですよね(笑)。

> わ、私おでこコツンとゆうか鼻キス、このシチュエーションが大好きなんです
> いつか青薪で描いてみたいとすら思っておりまして!ううう。うれしい。

わーい、萌えツボが一緒で嬉しいです!ヾ(*´∀`*)ノ
キスと違って、ちょっと甘えてる感じがいいですよね。
なみたろうさんも描かれる予定なんですか? うわー、ぜひぜひ!
すごい期待して待ってます♡
いつか原作でも二人にしてほしいですよね。多分無理だろうけど(笑)。

> やっぱり薪さん接近戦で青木に見つめられると弱いんですね!?
> ついつい許してしまうんですね?

そうなんです! 惚れた弱みです!
でも青木はそのことに気づいてないんです!
薪さんが自分の真顔に弱いとか全然知らないんです!
彼はただただ、自分の嫁のことしか目に入ってないだけなんです……!(←バカ)

> その前の怒り方(離婚まで言う!)との落差が。

本当に青木が子供たちのこと二の次にして勝手なことをしたら、
薪さん脅しでなく、本気で別れるんだと思います。
でもその時一番泣くのも、きっと薪さんなんだろうなと思います……。

 

 (無記名可)
 
 レス時引用不可