※二十代半ばの銀さん×四歳児神楽ちゃんのパラレル話です。
神楽ちゃんは四歳児ですが、銀さんに本気で恋をするので、苦手な方はご注意いただけますと幸いです。
銀さんは原作同様万事屋をやっていて、パピーとは旧知の仲ということになっています。
中篇、後篇へと続きます。



『Title:想い出がいっぱい溢れ出す日に・1』



 神楽とはじめて出会ったのは、梅雨が過ぎ去り、地の窪みに流れ込んだ水溜りが、青空を背景にした新緑の木を映し出す頃だった。父親に連れられてやってきた少女は、青い瞳でまっすぐこちらを見上げてきて、一言も声を出さずに、父親の上着の袖にしがみついていた。
「……頼む」
 玄関先で頭を下げている少女の父親は、化け物を狩るため銀河中を駆けめぐるさすらいの掃除屋――エイリアンハンター。その男とは、江戸のシンボルともいえるターミナルで、出航を控えていた船にとりついたエイリアンを相手に共闘したことをきっかけに知り合った。
 その男――星海坊主は、片手では数えきれないほど地球へ来ている。その度に酒を呑みに行く仲になっていたが、今回は酒の誘いではなかった。
「母ちゃんが……死んじまってな。俺の仕事に神楽を連れて行くワケにはいかねェし、他に安心して神楽をあずけられる奴もいねェ」
 再会の挨拶もそこそこに、事情を説明した星海坊主は、少女の桃色の頭を撫でながら、「しばらくの間、娘をあずかってほしい」と言った。
 この銀河に名を轟かしている最強のエイリアンハンター――星海坊主に、娘がいることは知っていたが、こんなにも幼い少女だったとは。しかも、その少女をあずかってほしいと頼まれるとは、思いもしなかった。
「……言っとくが、俺、子育てなんかしたことねーぞ?」
「そんなことは、わかってるさ」
 ふと強い視線を感じて、少女を見る。目が合うとすぐに、少女は慌てた素振りで父親の背後に隠れてしまった。
「名前……神楽っつったっけ?」
 少女に声をかけると、小さく頷くのが見える。「いくつだ?」年齢をきくと、少女は小さな拳をゆっくりと開き、親指だけを折り曲げて言った。
「……四歳、アル」
 はじめて聞いた少女の声は、小さく震えていた。見ず知らずの男を目の前にした少女の恐怖と不安が、そこに表れているようにも思えた。しかし、その声はしっかりと言葉を紡いでいて、四歳という年齢でありながらも、自分の意思を持っていることを伝えてきた。
「……そうか。俺は、坂田銀時」
「さかた、ぎんとき……」
 銀時が自分の名を告げると、少女の小さな手が父親の袖から離れる。一歩分、前へ歩み寄ってきた少女の目には、自分にも身に覚えのある感情の色が、静かに広がっていた。幼い子どもをあずかるという現実を考えるより先に、この少女をひとりにしたくはないという感情が芽生えてゆく。それは、他に何も考えられなくなるほどに、強い、強い、感情だった。
「……神楽。俺と一緒に住むか?」
 少女自身に問いかけると、神楽は驚いた顔をして、星海坊主を見上げた。何も言わない父親に、少女は自分で返事をしてもいいことを悟ったのだろう。神楽はまっすぐにこちらを見上げてきて、大きく頷いた。
「ウン!」
 返事をするのと同時に小さな身体が跳ね上がる。少女の背負っているリュックサックの揺れる音がした。
「……銀時。本当に、いいんだな?」
「ああ」
 間を挟まず返事をすると、エイリアンハンターとしての顔ではなく、これまで見たことのなかった父親の顔をして、星海坊主は礼を言った。そして、「コイツは好きに使ってくれ」と、分厚い封筒――おそらく生活費だろうそれを、差し出してくる。受け取るつもりはなかったが、有無を言わさぬ星海坊主の顔に「わかった」と応え、受け取った。
 星海坊主は腰を屈め座りこむと、少女の頭に手を乗せて、「……神楽。いい子にしてるんだぞ」と、左右に大きく頭を撫でた。「ウン!」と再び大きな声で返事をする神楽に笑みを零して、星海坊主は立ち上がり、玄関の扉を開く。そこには、娘との別れを惜しむ父親の背中があった。
「……パピー、次はいつ会えるネ?」
 父親とのしばしの別れを悟った少女の声に、星海坊主は振り返らずに言った。
「一ヶ月……いや、二ヶ月後くらいかな」
 神楽は、父親の返事があったことに安心したような表情を浮かべている。これまで、いつ帰るのかを知らされないこともあったのかもしれない。
「神楽のこと……頼んだぞ」
「ああ」
 玄関の扉が閉まる音。それが、神楽との生活がはじまる合図となった。
 神楽に部屋へ入るよう促し、並んで廊下を歩きながら、銀時は神楽を注意深く見た。神楽の荷物は少なかった。小さなリュックサックひとつと番傘。番傘は玄関に立て置いておくことにして、何を持っているのか確認するために、まずはリュックサックの中身を見せてもらうことにした。
 部屋に入り、テーブルの上にリュックサックの中身を広げる。着替えや下着は入っていたが、十分な数ではない。今日からここに住むのは、小さな小さな四歳児の子どもだ。この家にあるものでは代用できないものがいくつもあることに気づいて、銀時は立ち上がる。
「よし、神楽。買い物に行くぞ」
「ウン!」
 目を輝かせて立ち上がった神楽の手を握る。小さな手の温もりが、銀時の胸をくすぐった。
 外へ出ると、神楽は番傘を開いて自分の隣を歩きはじめた。自分達は陽の光に弱い種族なのだと星海坊主が言っていたことを思い出し、神楽を陽に当てぬよう気をつけなければと心に留める。
 神楽と自分とでは随分と身長差がある。見下ろしても神楽の様子は窺えないし、番傘が歩いているように見えるだけだ。番傘を差しているため、手を繋ぐこともかなわず、銀時は神楽の歩幅に合わせてゆっくりと歩いていたが、自分と神楽の間にある距離がしだいに気になりはじめた。
「……神楽」
 前へ前へと一生懸命歩いてゆこうとする神楽を呼びとめると、番傘がわずかに持ち上がる。銀時は腰を屈め、神楽を覗きこむようにして、子ども用の小さな番傘の中に入った。神楽の手から番傘の柄を受け取って、神楽を抱き上げる。小さく震える細い腕が、自分の首に回った。
「……」
 出会って間もない男に身体をあずける恐怖からか、神楽は目をぎゅっと閉じたまま開こうとしない。
「……怖いか?」
 問いかけると、神楽はおそるおそる目を開き、身体が落下する危険がないことを確認するためか、宙に浮いた足を大きくバタつかせはじめた。銀時が抱き上げた腕に力をこめると、「怖くないアル!」と、安心したように神楽は笑った。
 子どもを抱きかかえて買い物をする姿は目立ってしまうらしく、服や生活雑貨を買っている途中で、幾度も声をかけられることになった。「銀さんの隠し子かい?」と皆が口を揃えて言うので、その度に「違げーよ! 知り合いからあずかったんだよ!」と弁明し続けていたため、買い物を終える頃には、これまでに味わったことのない種類の疲れを覚えはじめていた。
 神楽を抱きかかえた状態で荷物を持っていると両手がふさがってしまい、帰り道は神楽に番傘を持ってもらうことにした。しかし、買い物をしている最中にはしゃいでいた神楽が、帰路の途中で急に静かになってしまう。銀時はその場に立ち止まり、神楽を覗きこんだ。
 番傘を持ったまま、うとうとしはじめている神楽を見て、見知らぬ土地、見知らぬ人に囲まれた少女が、一番疲れているのだと思い知る。早く家に帰って休ませてやらなければ、と急ぎ足で歩を進めようとしてすぐ、街の子ども達の元気な声が近くを通り過ぎた。子ども達は駆け足で目の前にある駄菓子屋へと入っていく。
「……ン」
 今の子ども達の声で目を覚ましたのだろう。神楽が小さく欠伸をするのが見えた。銀時は腕の中にいる神楽を上下に揺らして、「神楽ァ」と声をかける。瞬きを繰り返し、周りを見渡したあと、神楽はこちらを寝惚け眼で見上げてきた。
「お前、お菓子食べるか?」
「お菓子!」
 目を覚ました神楽に自然と笑みが込み上げる。銀時は駄菓子屋の前で神楽を下ろした。
「好きなお菓子買っていいぞ。ただし、一個だけな」
「わかったアル!」
 小走りで駆けてゆく神楽の後姿を見送って、銀時はもうひとつ笑みを零した。
 温かい空気を運んでくる風が心地よい昼下がり。青空に浮かぶ白い雲が、波に浮かぶ木葉のようにゆったりと流れてゆくのを眺めていると、神楽が小箱を手にして戻ってきた。
「コレがいいアル」
「……酢昆布か。本当にコレでいいのか?」
「ウン!」
 支払いを済ませて神楽に酢昆布を手渡すと、神楽は大事そうに両手でそれを持ち、「アリガト、銀ちゃん!」と言った。
「……え」
 こんなに年の離れた年上の男を「銀ちゃん」と呼んだ少女の声に、照れくさくなって銀時は頭を掻く。礼を言った神楽はすぐに酢昆布に向き直り、箱を開け、中身を不思議そうに眺めたあと、酢昆布を口に含んだ。
「すっぱいアル~!」と目を閉じたかと思えば、「でも、クセになる味ネ!」と、その場で嬉しそうに神楽は飛び跳ねはじめる。頬が緩むのを抑えきれず、銀時はもう一度頭を掻いた。
 神楽は番傘を持ち、もう片方の手で酢昆布を握りしめて歩きはじめる。今は歩きたい気分なのだろうと、少女を抱き上げることはせず、銀時は神楽の隣に並んで今度こそ家路に着いた。
 家の前へ着き、二階へ続く階段を昇ろうとしたところで、一階に住むお登勢に会った。
「銀時、その子はどうしたんだい?」
 驚いた表情を浮かべるお登勢に、今日何度目になるかもわからなくなるほどに告げた言葉を口にする。
「知り合いからあずかったんだよ」
「そうかィ。銀時が子どもをねェ……」
 神楽は階段の一段目を昇ったり下りたりを繰り返して遊んでいる。神楽を見ながら言ったお登勢の言葉をきいて、銀時は大事なことを思い出した。今日は幸い休みだったが、明日からは仕事の依頼が入っている。神楽を一緒に連れて行くワケにはいかないから、日中は誰かに神楽の世話を頼まなければならない。
「実はひとつ頼みたいことが……。俺が仕事に行ってる間、コイツの面倒、見てやってくれねーか?」
 階段で遊んでいた神楽が動きをとめたので、銀時は神楽の頭を撫でてやりながら、安心させるように言った。「大丈夫だ。こう見えても、ババアはオメーを取って食ったりしねーから」
「何言ってんだい、銀時」
 お登勢は呆れたような口調で言う。そして、「しょうがないねェ……」と言いながらも、まんざらではないような顔をした。早速明日から頼みたいと告げると、お登勢は「わかったよ」と返事をして、もうすぐ営業時間を迎える一階のスナックへと戻って行った。
 自分達も早く家の中に入ろうと、神楽を促す。一生懸命に階段を昇りはじめた神楽を、銀時は転げ落ちないように後ろから見守った。万事屋の玄関に辿り着いた頃には、空は夕陽の色に染まりはじめていた。
 夕飯の前に風呂を沸かし、銀時は神楽と一緒に入ることにした。先に裸になり、脱衣所で服を脱ぐのに四苦八苦している神楽を銀時は手伝った。
「神楽ァ、ばんざーい」
「ばんざーい!」
 脱がしやすいように手を上げさせて、神楽の顔に引っかかっていた上着を引き抜いた。身軽になった神楽は、何の躊躇いもなく下着を脱ぎ捨てはじめる。一瞬目を見張ったが、子どもなのだから、まだ恥じらうことを知らないのだと、銀時はひとりで納得した。
 神楽を風呂に入れるのにも一苦労あった。シャンプーが目に入らないように神楽の髪を洗うこともそうだが、湯加減に失敗してしまい、神楽が熱くないと言うまで、水で埋めることになった。自分にはちょうど良い温度でも、子どもにとってはそうではないのだと知る。ぬるま湯に浸りながら、学ぶべきことはこれからいくつも出てくるに違いない、と銀時は思った。
 風呂から上がって、夕食を作り、今日買ったばかりの子ども用の食器に神楽の分を盛る。食事の前には「いただきます」、食後には「ごちそうさまでした」と両手を合わせることを教えて、一緒に食べはじめた。しかし、ここで、また新たな誤算があった。神楽は皿に盛った量だけでは満足できず、なんと大人以上の量を平らげてみせたのだ。「オイシイアル~」と笑顔でご飯を食べる神楽を見ていると、途中で止めることもできず、結局炊いた米がすべてなくなるまで、おかわりを許してしまった。
 食事を終え、「ごちそうさまでした」と自分が教えた通りに手を合わせた神楽に、家で誰かと一緒にご飯を食べることの楽しさを銀時は思い出していた。と同時に、ひとりで食事をとっていた日々を思い返し、神楽が寂しく思ったりしないようにと、銀時は神楽とひとつの約束をすることにした。
「昼は仕事があるから一緒に食べられねーと思うけど、朝と夜は必ず一緒に食おうな」
「ホント?」
「おう」
「約束ネ、銀ちゃん!」
 笑う神楽の頬にはご飯粒がついていて、思わず吹き出し笑いをしてしまったが、自分が笑うと更に笑みを深めてゆく神楽に、銀時は心が満たされてゆくのを感じた。
 夕食のあとは、神楽と並んでソファに座り、ぼんやりとテレビを眺めた。午後九時前になると、神楽の口から小さな欠伸が零れ出し、そろそろ子どもは寝る時間か、と銀時は神楽を抱きかかえて洗面所代わりの台所に向かう。眠そうな顔で歯磨きをする神楽に、「仕上げは、銀さ~ん、ってか」と苦笑して、磨き残しがないように、小さな口の中に並んでいる歯を隅々まで磨いてやった。神楽の背丈では蛇口に手が届かず、水で口をゆすぐ神楽を銀時は幾度も抱き上げて、一緒に歯磨きを終えた。
 和室に敷いた布団の上に連れてくると、神楽は倒れるようにして寝転んだ。随分と疲れていたのだろう。見知らぬ場所で、知り合ったばかりの男と一緒に過ごすのだ。神楽なりに緊張していたのかもしれない。小さな寝息を立てて眠る神楽に布団をかけてやり、銀時は神楽を起こさないよう、静かに和室をあとにした。
 次に和室に戻ったとき、神楽は額に汗をかいて、小さな唸り声を上げていた。銀時は慌てて神楽の上から布団を剥ぎとったが、神楽の額には、前髪が汗でぴったりとはりついている。指でその前髪を撫でてやると、神楽がわずかに身じろいだため、銀時は身を引いた。しかし、神楽がそれを引き留めるようにして、銀時の指を掴んでくる。小さな五本の指に人差し指を握られている。小さな手にこめられた力強さに、自分が神楽に頼られていることを、必要とされていることを、教えられる。
 神楽の指を引き離すことはどうしてもできず、その場から身動きをとれないまま、銀時は神楽の隣に寝転んだ。別々の布団で寝ることを考えていたが、しばらくは一緒の布団で寝るのもいいかもしれない。そう考えているうちに、いつしか銀時も、神楽と同じ夢の中へと落ちていった。






[初出:2013/4/7 Twitter呟:2010/8/16、2012/7/3、2013/2/9、他]