映画ネタバレを含みますので、まだご覧になっていない方はご注意いただけますと幸いです。エンドロール直前のシーンから続いている捏造話(ご都合主義全開…)です。
『Title:約束の時』
どんなに世界が、時代が変わろうと、変わらぬものもある。
青い空。時の経過とともに流れゆく雲。いつの時代でも変わらない、この星の空の色。
銀時によって救われた未来から、銀時を取り戻すために遡った、十五年前の世界。
闘いを終えたあと、時間の断片を繋ぎ合わせて作られる時代は、改変された過去から繋がりゆく未来を、再び築き上げようとしていた。それは、時空を越えてようやく取り戻すことのできた、坂田銀時という男のいる世界だった。
十五年前の過去から未来へと帰る前。自分達は互いの顔を目に焼き付け、小指を絡ませ合い、再び会うことを約束した。
頭上には、どの時代でも変わることのない青い天井。この空の下に再び帰ることができるのならば、きっとまた会える。そう信じることのできる輝かしい光が、その天井には灯っていた。
約束を胸に刻み、未来への旅立ちを迎える時。この星の理は、優しい時の流れに自分達を乗せた。
目を開けると、真っ白な空間が目の前に広がっていた。そこは、重力のない宇宙空間にも似た不思議な場所だった。辺りを見渡すと、新八と定春が目を閉じたまま浮かんでいるのが見えた。
しかし、銀時の姿だけがどこにも見当たらない。再び銀時を失ってしまう恐怖に、神楽の胸は鼓動を強めてゆく。
「銀ちゃんは、どこ……」
白一色の世界は視界を圧迫する。息苦しさをも覚えたが、口を開くと、抵抗なく声を発することができた。わずかながらも、自分の声が届いたのだろう。新八と定春が目を覚ます気配が伝わってくる。
「……アレ、ここどこだろ」
新八が周りを見渡しながら呟く。銀時のいない不安に耐えられず、神楽は声を上げた。
「新八! 定春! 銀ちゃんが……銀ちゃんがいないアル!!」
新八と定春が自分の存在に気づいたのがわかった。新八はもう一度すばやく周囲を確認したあと、眼鏡の奥にある瞳を揺らして、銀時の名を叫んだ。
「銀さん……銀さんんんんん!!」
新八の声は大きくとも震えが混じっている。定春は鼻を鳴らして、銀時の匂いを追いかけていた。二人と一匹で銀時を捜し出すために、神楽も銀時の名を腹の底から叫んだ。
「銀ちゃんんんんん!!」
震えと涙の入り混じった声が、白い空間の中で反響した。それを契機に、目を開けていられなくなるほどの強い光が、目の前に射す。神楽は腕で顔を覆い、目を閉じた。
光が穏やかな灯りへと変わってゆくのを感じて、薄く目を開けると、目の前に人の影があった。
「……俺ならここにいるぞ」
どこか懐かしいとさえ感じる、自分のよく知る男の声がする。
「銀ちゃん!」「銀さん!」
男の名を呼ぶ、新八と自分の声が重なった。
神楽は腕を下ろして正面を向く。男の姿を見て、神楽は息を呑んだ。捜していた男の姿が目の前にあるのに、神楽の胸の奥にある不安は消えなかった。
「……銀ちゃん?」
声は間違いなく銀時のものだったけれど、姿形は自分達のよく知る銀時のものとは異なっていた。銀時が『魘魅』と呼んでいた人物と、よく似た格好をしている。
銀色の髪は輝きを失い、色素が抜け落ちていた。首筋から顔にかけては、梵字のような模様が浮かび上がっている。それは、火傷を負ったあとのような、くすんだ色をしていた。
「俺の救えなかった世界を救った俺は、俺達の生きていた時代から五年前の世界に帰って行ったよ」
今まで自分達が一緒にいた銀時ではないのだと、目の前の銀時は言う。
「……じゃあ、今、ここにいる銀さんは……」
新八の声は震えている。
「俺は……お前らと同じ時代に生きてた俺だよ」
銀時の言葉に、一筋の涙が頬を伝った。五年前。自分達の前から姿を消した銀時なのだと、確信する。
どこからか風が舞い降りた。緑葉の香りを含んだ、この星の夏の風を思い出した。銀時の身体に巻かれていた呪符が、その風に乗って解かれてゆく。銀時は、「もうすぐ、お前らは、ここから十五年後の世界に帰り着く」と言葉を繋いだ。
「銀ちゃんは? 銀ちゃんも一緒なんだヨネ?」
銀時は頷いてくれない。別れの予感が、胸を締めつけた。
「世界を滅ぼした俺の存在は、この星(セカイ)から消える。それが、この世界と坂田銀時を取り戻すということなんだよ」
「……じゃあ、今、ここにいる銀ちゃんとは、もう……」
語尾が涙に掻き消えた。銀時は懐に手を入れて、一枚のフィルムを取り出した。三人で分け合った映画の特典用フィルムの一枚――『豚』のフィルム。
銀時は微笑んで、天からの光にそのフィルムをかざした。
「俺達はきっとまた会える。……約束だ」
この星を砕こうとした闇は、光の洪水の中へと消えてゆく。時の流れは、陽の光に似た眩い光源を従えて、自分達の行く先を導いてゆく。
銀時がフィルムを懐にしまうのが見えた。それを合図に、何の色も持たない光が、周囲を包んだ。記憶は、天に還さなければならなかった。
夏の風が、白い雲の手を引いてゆく。
この星に降り立ってから五年が経過した夏の日に。あの日の記憶と約束、そして魂は継がれることになった。
蝉の鳴き声よりも大きな赤子の泣き声に、神楽は慌ててその声の元へと駆けてゆく。
和室に敷いた布団の上で寝かしつけたあと。和室から台所へ移動してまだ数分しか経っていなかったが、自分の姿がその場から消えたことを感じとったのだろう。生まれてまだ間もない赤子は目を覚まし、泣き声を上げて自分を呼んだ。
「銀楽~、どうしたアルか? 眠れないアルか? お腹空いたアルか?」
万事屋に住みはじめてから五年。銀時と結婚してから三年。銀時と自分の間に生まれた赤子は、銀時と同じ銀色の髪を、窓外からの微風にそよがせながら笑っている。
泣き声を上げたのは、自分をここに呼ぶためだけのものだったのだろう。その証拠に、自分の姿を見るとすぐに、銀楽は無邪気な笑い声を上げた。
「銀楽はさびしがり屋アルな」
「ぶ~」
違う、と言うような声音で銀楽が声を上げたので、「そういう所も、銀ちゃんにそっくりネ」と神楽は笑う。
銀楽は布団の上で小さな身体を揺り動かして、俯せになった。寝返りができるようになったのは、つい先日のことだ。銀楽の成長には日々驚かされる。もうすぐハイハイができるようになる頃だとお登勢が言っていたのを思い出して、神楽は畳の上に膝をつき、銀楽を見守った。
銀楽は布団の上に手をついて、ほんの少しだけ前へと進んだ。すぐにまた俯せになったけれど、布団の上に掌を押しつけて自分の身体を持ち上げようとしている。まだ諦めてはいないようだ。
「銀楽! 頑張るアル!」
「う~」
右手。左手。右手。小さな手が、前へ前へと進んでゆく。布団の上に進んだあとを残しながら、とうとう銀楽は、自分自身の力だけで布団の外へと出た。
「やったネ! 銀楽!」
銀楽の前進は止まず、畳に手をついて、這うようにして自分へと近づいてくる。神楽は銀楽に合わせて後退した。銀楽は休まずに左右の手を前へ前へと動かし続けている。和室から隣の部屋へと移ったところで、銀楽は動きをとめた。
「銀楽、どうしたアルか?」声をかけると、銀楽は自分に向かって小さな手を伸ばしてきた。
「ばーぶ」
銀楽の手には、一枚のフィルムが握られていた。先程までは存在していなかったそれに、神楽は驚きに目を見開いた。一体いつ銀楽の手にそれが届いたのか見当もつかない。しかし、突然現れたそのフィルムに、神楽は見覚えがあった。
「神楽ちゃん、どうしたの?」
そこへ、洗濯を終えた新八が部屋へと入ってくる。銀楽の手に握られているフィルムを指差して、神楽は口を開いた。
「新八、このフィルム……」
新八の眼鏡の奥にある瞳が大きく揺れる。
神楽は視線を更に上へと向けた。『糖分』の文字が入った額へと目を向けたのは、新八と同時だった。その額の端に飾られているのは、いつだったか、映画館の見回りの仕事を請け負ったときに手に入れた『嬢』『豚』『馬』のセル画風特典フィルム。
三枚重ねるとひとつの図柄が出来上がる――三位一体のこれらのフィルムを、三人で分けあったときのことを神楽は思い出していた。自分は『嬢』、新八は『馬』、銀時が『豚』を手にとった。そして、今、銀楽が手にしているフィルムは『豚』。
額の端に飾られているフィルムは一枚も欠けていない。今、ここに、『豚』のフィルムが二枚存在しているという事実に、神楽は信じられない気持ちでフィルムを見つめる。
時間が巻き戻されてゆくような感覚が全身に広がり、寂寥が胸の奥を突いた。瞼の裏に描かれるのは、何もない、白い空間。眩い光の中で、懐からフィルムを取り出す銀時の姿が、眼前によみがえった。
「銀、ちゃ……」
「……銀さん」
同じ記憶を、新八と辿っていることがわかった。記憶の中の銀時が口を開く。この世界から消えてゆく銀時の、最期の言葉が、記憶の渦の中から湧き出した。
『俺達はきっとまた会える。……約束だ』
目の前の光景が涙で滲み、記憶と現実の境目が見えなくなった。床に滴が落ちる音が重なり、隣からは、新八の啜り泣く声がした。
瞬きをすると一瞬だけ視界が鮮明になる。自分達が抱える感情の影響を受けてしまったのか、銀楽が今にも泣き出しそうな顔をしていた。神楽は銀楽の小さな身体を胸に抱きかかえて、上下に揺り動かした。泣き止まねばと思うのに、銀楽をあやしながらも、涙はとまらなかった。
銀楽の手に握られたままのフィルムが透明になりはじめ、神楽がこの記憶との永久の別れを予感した頃。万事屋の玄関の扉が開く音とともに、定春の散歩から帰ってきた銀時の声がした。
「おーう、銀さんが帰ったぞォ~、……アレ? 神楽? 新八? 誰もいねーのか?」
涙で声が詰まり、「おかえり」という言葉を返せずにいると、銀時は独り言を続けながら、廊下に足音を響かせて、自分達のいる部屋へとやってきた。
「わん!」
定春の鳴き声と同時に、部屋の前で足音がとまる。「なんだ、いるんじゃねーか。……オイ、どした? お前ら」と、銀時が心配そうな声で言った。
新八と自分が泣いていることに、銀時は気がついたようだった。
「銀ちゃ……銀楽が、ハイハイしたアル! それで……それで……」
「……銀さん。銀楽が、フィルムを……」
自分と新八の言葉は、途中で途切れてしまった。どう伝えればよいのか、わからなかった。
銀時は何も言わず、銀楽の前に腰を下ろした。すると、銀楽は、今にも消えそうなフィルムを銀時に向かって差し出し、それを渡そうとする。
透明になっていたが、『豚』のフィルムは銀時にも見えているようだった。「……そうか。銀楽、お前が……」とひとり呟くと、銀時は銀楽からフィルムを受け取り、「……あんがとよ」と口にした。
「ばーぶぅ」
銀時がフィルムを懐にしまった。白い空間で見た銀時の仕草に、それはよく似ていた。
銀時は笑って、自分と新八と定春を側に呼び寄せる。銀時は、自分と新八の肩に腕を回して、そこに定春も加えて円陣を組んだ。――あの日と、同じように。
胸に抱きかかえている銀楽が、自分達を見上げて笑った。
「……また会えたんだな、俺達」
銀時の言葉に、神楽は顔を上げた。
「……銀ちゃん」
「……銀さん」
銀時の懐から覗くフィルムが、消えてゆく。再び思い出すことのできた記憶も、自分の中から消えてゆくのを感じた。
銀時が姿を消した日のこと。銀時の帰りを信じ、銀時の魂をこの身に継いだ日々のこと。銀時が自身の手で己の存在を消した日のこと。銀時を取り戻すために過去へ遡った日のこと。この星(セカイ)から消えた銀時の最期の言葉を、その笑みを――。
「イヤだヨ……」
「せっかく、思い出したのに……」
消えてゆく記憶を惜しんでいるのは、自分だけではない。自分と新八の言葉に、銀時が目を細めて言った。
「……俺達の記憶は、還ってゆくだけだ。失くなるワケじゃねーよ」
「……銀ちゃん」
銀時は自分達を強く抱き寄せた。互いの顔が近づいて、互いの顔がよく見える。
「……笑ってくれねーか。全部忘れちまった時、テメーらの泣き顔じゃなくて、笑った顔を見られるように……」
あの日と同じように、互いの顔を目に焼き付けながら。神楽は頬から滑り落ちた涙を追うことはせず、溢れる涙を飲み込んだ。
「ウン!」
「はい」
「わん!」
記憶の終わりが見えてくる。記憶を手離す瞬間は、光の明滅のように一瞬だった。
「アレ? 私達……」
「僕達、今まで何を……」
神楽は瞬きをした。眠っていたわけではないのに、夢から覚めたような。気を失っていたわけではないのに、意識を取り戻したような。一度消えた炎が、再び灯りを放ったような。不思議な感覚が身体の中に広がっていた。
銀時、新八、定春の顔が目の前にある。なぜ、今、自分達が顔を寄せ合って円陣を組んでいるのかはわからない。けれど、神楽の胸の中は、これまで万事屋で過ごしてきた日々を振り返るときのような、優しい思い出の温もりで満たされていた。
自分達を抱き寄せている銀時の腕に力がこもり、神楽は銀時を見た。
「……銀ちゃん?」
「……銀さん?」
銀時は一度目を伏せたあと、顔を上げて、「……いや、何でもねーよ」と微笑んだ。
「ぶぅ」と銀楽が声を上げたので、銀時は銀楽を見下ろし、笑みを浮かべながら言った。
「……神楽、銀楽がハイハイしたんだって?」
「そーアル! 銀ちゃん! 今日はお祝いするネ!」
「夕飯はごちそうにしましょう!」
「そうだな。盛大にパーッとやろうぜ」
銀楽の成長を喜び合いながら、何かが天に向かって旅立っていったような気がして、神楽は窓の外を見た。
青い空を。夏の風に流れる雲を。四人と一匹で見上げる。約束の時を越えて、今日もこの星は、時を紡いでゆく。
FIN
