夢を、見ていた。
 まどろみのなかは、銀時の腕のなかの温もりにとてもよく似ていた。
 目の前には、銀時がいた。彼に向かって伸ばした両手は、包み込まれるように握られて、二足歩行ができるようになったばかりの幼子にそうするように、一歩一歩、前へと促される。彼の支えがなくとも歩くことはできるはずなのだが、自分の足取りは、不慣れで、アンバランスを絵に描いたようなぎこちなさがあった。
 このまま彼に手をひかれて、支えられて、導かれるままについていけば、何も怖いものはない。温もりと優しさのなかだけで生きていけるだろう。それでも、このままではいけないという強い感情が、胸の内から込み上げ、自分を突き動かそうとする。
 芽生えたばかりの小さな勇気に、大きな決断を乗せて、神楽は彼からそっと手を放した。普段、ほとんど見せることのない優しい笑顔に、驚きの表情が合わさる。
『銀ちゃんはそこにいてネ!』
 神楽は、来た道を戻った。少しずつ少しずつ彼から遠ざかる。戻る必要はなくとも、そうしたかった。銀時は一言も口にせず、じっと見守っていてくれる。しかし、転びそうになると、彼がこちらに向かって歩を進めようとするのが見えて、慌てて呼び止めた。
『銀ちゃんがゴールアル! 動いちゃやーヨ』
 彼が大きく頷くのが見えて、大きな勇気を得る。
 来た道を戻るときとは違い、思った以上に道は険しく、何度も足がもつれよろけてしまうが、歩みは止めない。
 自分は今までどう歩いていたのだろうか。記憶を呼び起こそうとしても、思い出すことができない。まるで初めての経験であるかのように、右も左もわからなかったが、前に進みたいという気持ちひとつで、足を動かす。
 手を伸ばせば届く距離まで辿り着いた。ところが、銀時まであともう一歩というところで、彼は一歩後退する。予期せぬ彼の行動に追いついていけず、前に倒れそうになったところを、力強く腕を引かれ抱きしめられた。自分の小ささを思い知らされるような腕の中で、彼の声をきく。
『――ゴールだ。神楽』
 辺り一面が白光に包まれた。一瞬の静寂の後、テレビの音が意識の浮上を静かに手伝う。それに重なる銀時の独り言。声は確かに聞こえるが、何を言っているのかはわからなかった。夢と同じ、変わらぬ温もりのなかで、目を覚ます。自分の居所を探るために身を捩るが、彼の強かな腕はびくともしない。その腕に、神楽は頬を擦り寄せた。
 衣擦れの音と身近に感じる彼の胸音を聞きながら、神楽は夢の中の出来事を反芻した。そうして思い出す。彼の腕に包まれる前、彼が一歩後退したとき、彼が笑みを浮かべたことを――。
 さらに光の中の記憶を辿ろうとしたが、頭上に彼の吐息を感じて、神楽は静かに耳を傾けることにした。銀時は、今、きっと、笑っている。
「いつからそんな甘えん坊さんになったんだ、オメーは」
「……わからないアル」
 理由なき言葉は、彼の問いに対する答えであったのか、神楽自身にもよくわからなかった。



FIN



[2011/1/4 Web拍手へアップ]